第396話 彼女は『魔物使い』の話を検討する
第396話 彼女は『魔物使い』の話を検討する
彼女は『魔物使い』をはじめ、総督府軍の人間が「ノインテーター」をどの程度理解しているのかを確認したかった。
魔物使いは、帝国経由でネデル総督府が派遣を依頼したのだという。
「冒険者ギルドの二部ってのがあるんだよ」
「暗部みたいな存在だそうです」
『暗部』というのは、表立って活動することが難しい工作活動を担う要員のことであり、冒険者として表向きギルドに所属しているものの、請負う内容は、人攫いや暗殺、破壊活動や暴動の扇動など様々な活動を担う存在なのだという。
「では、魔物使いはその形で非公開の指名依頼のようなものを受けて活動しているのね」
「メリッサさんに聞けば一発ですね!」
今はサボアで国境警備の長期依頼を受けている魔物使いの少女。彼女は自身の所属するマロ人集落に依頼が来ると言っていたが、そのマロ人集落の中で二部所属の冒険者登録が為されているのだろうか。
「メリッサのことは知らなかったのよね」
「マロ人ではありませんから。セルウスはサラセンからの亡命者のようです」
サラセンは内海の両岸を支配下に収めつつある。セルウス自身は望むと望まざるとに関わらず徴用され、サラセンの軍に帯同し『マレス島』攻略に参加させられたのち、マレスの騎士団に投降したのだという。
「マレスの騎士団は神国の支援を受けていますから」
「それでネデルに派遣されたという事ね」
海で囲まれたマレス島にいるより、河川の多いネデルの方が活動しやすいのだろう。
「吸血鬼については聞けたのかしら」
「……断片的ではありますが。わかる範囲内で、説明します」
茶目栗毛が聞き出したところによると、まず、所謂『吸血鬼』が神国の領域から今現在離脱しているのだという。吸血鬼は帝国の『東方大公』が窓口となり協力関係を築いている為、帝国領では無くなったネデルから吸血鬼は去り、これまでの協力は得られなくなっているのだという。
「ノインテーターはその穴埋めをするべく投入された『新種』なのだといいます。それに関しては、以前話に出た緑灰色の街壁を持つ暗殺者養成所の傍にあるアルラウネにより生み出される……という話は暗部では知られた話だと言います」
暗部に人材を供給するための組織の一つが、以前、茶目栗毛が所属していたデンヌの森にある施設なのだということも話が聞けたという。
「今は、その多くが異端審問所の職員という形で採用されているようです」
「暗殺者として育てたものが活動しているのね。もう分りやすい存在ではないかしら」
「隠す気ない」
「異端者が……皆殺しだあぁぁぁ!! でしょうか」
拷問や処刑も誰でも簡単にできる仕事ではない。万単位の逮捕状を発行しているのだから、ロックシェルの施設はフル稼働しているのだろう。暗殺者を雇用して。
茶目栗毛は基本的なことを教わっているにすぎないが、尋問・拷問はただ痛めつければ良いという事ではないようだ。とは言え、リリアル生が尋問を得意になる必要はないのであり、その辺りは本来騎士団の専門家が担当することになるのだろうが。
「ノインテーターの供給を止めれば、これ以上ネデルでは吸血鬼騒ぎは起こらないという事ね」
「帝国が神国に協力しなければ……ということになります」
ネデルの商人たちと帝国の商人同盟ギルドは競合関係にあることもあり、帝国としては神国のネデル支配に協力するメリットを感じないのだろう。
内海との貿易ルートは、神国の内海から外海を経てネデルに至るルートと、法国から帝国内を通って外海に至るルートが存在する。過去は同一の君主を頂く国同士であったが、指示を受ける商人たちはそれぞれ別の存在だ。この辺り、ネデルは独自に『暗部』を育成する必要があるのだろう。
「では、『吸血鬼』は帝国の暗部という事なのでしょうか?」
「そうとは限らないようです。外部協力者……くらいの関係だと思われます」
灰目藍髪の疑問に、茶目栗毛が自分なりの分析として話をする。どうやら、今の帝国の中心であるウィン周辺を治める東方大公が自身の勢力を扶植する過程で、『吸血鬼』の貴種もしくは真祖と協力関係を結んだのではないかと言われているのだ。
「では、セルウス自身は帝国の吸血鬼と会った事はないのですね」
「……無いと言っています」
「ウソかも」
「ウソを言う意味が無いから、多分本当なのでしょうね」
ネデルにはグールや隷属種を生み出すタイプの長く生きた『吸血鬼』はいないという時点で安堵と、肩透かしを受けた感じが彼女の中で膨らむ。
行きと比べ、かなり強行軍で移動を重ねた彼女たちは、三日目にはディルブルクまで戻ってきている。
彼女達より早くアゾル戦死の情報は伝わっているはずもなく、いきなりの来訪は城を混乱に陥れる事になりかねないと彼女は判断した。
「申し訳ないのだけれど、あなたに使者をお願いするわ。これが、ルイ閣下からお預かりした書状になります。私たちはこの場で待機するので、受け入れの準備が終了次第迎えをお願いすると伝えなさい」
「承知しました」
使者の役は茶目栗毛に依頼する。狼人を護衛兼従者としてつけ、二人は騎乗するとディルブルク城へと去っていった。
「薬草採取へGO!!」
「そうですね、またつまらぬものに使ってしまいましたからね」
半ば死に掛けた魔物使いにポーションを消費したこともあり、赤目銀髪と碧目金髪は二人で素材採取へとこの時間を有効活用することにしたようだ。
「お、おい」
「……何用ですか」
不安げな表情、そして、すっかり蛙の指先のように平たく潰れた形に固まってしまったセルウスが彼女に不用意に話しかけ、灰目藍髪がいぶかしむように聞き咎める。
「わ、我は殺されるのだろうか……」
「ええ。私たちはその気はありません。尋問にも答えてもらいましたので、そこまではするつもりはないわね」
「そうか……」
ほっと安堵の表情を浮かべる魔物使い。だが、つづけた彼女の言葉に顔面が蒼白となる。
「けど、あなたが殺害したアゾル閣下の御家族はどう考えるか分からないわね。私たちの用事は済んだから、次はオラン公の尋問があると思うわ」
「尋問と拷問……でしょうか」
「た、たしゅけてくだしゃい」
二人は肩をすくめ、「それは無理」と軽く答えるのである。
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昼前に出た使者が戻ってきたのは陽が傾き始める頃であった。暫くすると、城から迎えの馬車……霊柩用の馬車が儀仗兵らしき兵士と騎士を引き連れ現れた。オラン公の兄弟の戦死を弔うための形式を整えるために時間がかかったという事だろう。
それに加え、余り昼日中に城内に遺骸を持ち込ませたくなかったという事もあるのだろう。城の主人の身内が遠征開始早々戦死したのであるから、その様子を見れば動揺するのが当然でもある。
「棺をお返しいたします」
「ありがとうございます」
既に魔装馬車の荷台に乗せ換えてあったアゾルの棺を、四人の騎士が霊柩馬車へと移し替える。そして、葬列を組み静々とディルブルク城へ向け進んでいく。
「俺らどうするんだよ。下馬しないと不味いよな」
「そうね……私は報告もあるので同行するわ」
「……なら私も行く。アゾルの最後に立ち会った二人だから……」
「そうね。それが良いかもしれないわね」
赤目銀髪を伴い、彼女は葬列に並ぶことにする。四人は城へは入らず、最初の時と同じ城下の宿に部屋を借りて待つことにした。城に留められるか、そのまま戻ってくるかわからないからである。
葬列に並び、ディルブルク城へと入る。礼拝堂へとアゾルの棺は運ばれて行き、本来は北部遠征軍の勝利の報告で沸き立つはずが、とても陰鬱な空気となっている。
「アリー殿こちらへお願いします」
一人の騎士に先導され、彼女は赤目銀髪とオラン公の元へと案内される。以前も面談時に使用した個室に案内される。中にはオラン公、ナッツ伯とデンベルグ伯が待っていた。
「アリー殿。先日はありがとう。生きて戻れたのは、貴君のお陰だ」
デンベルク伯からの丁寧なお礼。これは、このあと話をしなければならないアゾルの最後について語る前に、心証を改善しておきたいという伯爵の配慮だろうか。
「お疲れのところ済まないが……わずか三日で到達とは恐ろしいほどの機動力だな」
「交代で馬車と船を走らせましたので、早く着くことができました」
それではとばかりに、今回の北部遠征の経過について彼女の視点から話を始める。実際、フリンゲンが総督のいち早い帰還で城内に遠征軍を引き込むことを止めてしまい、企図が失敗した事。その上で、アゾルと彼女達がフリンゲン内に侵入し、離反を覆した都市貴族たちに警告を発し、晒しものにしたこと。
結果、挑発と遠征軍の撤退の欺瞞行動にかかり、フリンゲン駐留の総督軍が追撃をはじめ、伏せてあった兵により大いに打ち破った事。その過程で、騎兵による追撃を行ったアゾルの馬が暴れ、湿地の奥へと駈け行ってしまったとの報告を受け、彼女たちが追跡を依頼された事。
「追跡を開始した後、アゾル閣下が『魔鰐』に襲われているところに遭遇、討伐したのですが、既に閣下は下半身を魔鰐に噛み千切られておりました」
「……なんということだ……」
まさかの内容に、オラン公らは声も出ない。これは、彼女たちの行為を責める事は全くできない。むしろ、魔鰐を討伐し、アゾルの遺骸を速やかに回収し、五体満足なままこの地に戻してくれただけでも偉業と呼べる範囲の行為だと考えていた。
「閣下のお命を救えず……」
「そこまでだアリー殿……いや、リリアル男爵閣下。アゾルの体を戻してくれただけでも感謝する。おかげで、アゾルの家族にも……その最後の姿を見せてやることができる」
「兄上の言う通り。感謝する!!」
オラン公とナッツ伯は起立すると彼女達に対して最敬礼をした。
「おやめください。一介の冒険者にその様な礼は不要です。それに……力及ばずもうしわけありませんでした」
彼女も同様に、最敬礼で返す。
「その辺でいいだろう? 葬儀の話も進めなければだが、今回の件に関してアリー殿は何か情報をお持ちかな」
デンベルク伯が話の流れを変えるべく、彼女に話を促す。彼女は今回の襲撃の関係者としてネデル総督府が雇った『魔物使い』を捕縛し連れてきていること。帝国内の冒険者『暗部』に神国総督府から依頼が出て、今回の活動が始まっていることを伝える。
「冒険者ギルドの『暗部』か……」
ネデル貴族である三人は、冒険者ギルドの『暗部』組織に関しては余り情報を持っていないようであり、ピンときていないと思われる。
「暗殺や破壊工作を専門とする表に出ない冒険者に依頼をする組織なようです。帝国の……商業同盟ギルドの持つ準軍隊かもしれません」
商人同盟ギルドはその最盛期には集めた金銭で海軍や陸軍を有し、国家を相手に戦争や遠征を行った事もあった。今では勢力を弱めたとはいえ、国家同様に暗部組織を抱えていてもおかしくはないだろう。
三人はネデルの商人と商人同盟ギルドの間の勢力争いを踏まえると、その勢力を削ぐネデル総督府に商人同盟ギルドが少なからぬ協力をする理由が理解できた。
ネデル商人を弱める為には、原神子教徒弾圧にも協力するという姿勢である。商人同盟ギルドに加盟する都市の多くは、原神子信徒が市政を差配する都市ばかりであるというのに。
つまり、同じ信徒同士と言えども、現世の利益優先であるという意味では、御神子信徒以上に自分自身の為に動くのが原神子教徒であると考えられる。王国のように、王家を中心に外国と戦いその中でまとまった国ではないからという面があるだろう。
御神子の信徒はネデルでも半数程度は占めている。都市に住む人口が三割を超えるといっても、残りは農村に住んでいる。その者たちは字も読めず聖典を帝国語で翻訳されても読めるわけではないからだ。
王国や神国はそれが八割以上を占める。
王国は連合王国や帝国、神国とも戦争し王家を中心に教会と貴族と民をまとめて今に至っている。神国も、サラセン人の国が国土を支配した時代を経て、徐々に取り戻し、百年ほど前に最後のサラセンの国を滅ぼし、当時の二つの御神子教の国の王と女王が婚姻し、一つの国に纏まった経緯がある。
ネデルは王国・連合王国・帝国の緩衝地帯として半ば独立し、半ば中立の存在であった。時には王国と結び、時には帝国や連合王国と結ぶ。都市同士は緩やかな紐帯で結ばれていたが、独立した存在であったし競争相手でもあった。
御神子教と王家が結びつき外国勢力と対抗し国をまとめ上げた国と、その必要性のなかった国では、教会や宗教に関する考え方も関わり方も異なると言えるだろう。
「一先ず、王都に戻り、今回の遠征の件を報告したいと思います」
彼女は、王国に戻り暗殺者養成所の存在や、神国・ネデル総督府との関わりに関し情報を整理し、王宮と調整する必要があると考えていた。
なにより、帝国と神国は既に別ものであり、『吸血鬼』と手を結び周辺に影響を与えている存在はネデルには存在しないと考えられるからだ。正確には『吸血鬼』の協力を得られなくなったため、ノインテーターという代替手段を導入したという事だろう。
「ああ、こちらも遠征の再編を行う事になるので、暫くは動けない。秋の収穫の後の時期、再びネデルに向かう事になると思う。その時にはまた、アリー殿の力を借りたい」
彼女はオラン公の言葉に即答を避け、「王都に戻った後お返事を致します」と答えるに留めた。実際、オラン公を含め原神子派信徒とどのように関わるべきなのか、彼女は判断できる材料を持ちえなかったからである。