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第395話 彼女は『魔鰐使い』を誘う

第395話 彼女は『魔鰐使い』を誘う


 よくよく考えるに、彼女のこれまでの冒険者としての活動において、アゾルを生きて保護できなかったという『依頼失敗』は、初めての経験であったように思われる。


 そもそも、依頼として受けるというよりは……気が付くと巻き込まれ……いや事件に自分が飛び込んでいくことが多かったこともあり、今回のような出来事は少々ショックでもあったと思われる。


「とは言え、王国を守るためにリリアルの活動を続けていけば、上手くいかない事だってこの先何度でもあると思うのよ」

『今までが出来過ぎだったってのもあるし、お前の手に収まる程度の出来事だけだった幸運もある』


 今回の馬の暴走を受けた指揮官の救出なんて緊急依頼は、そもそも彼女の得意とする用意周到さの範囲外であり、王国という地の利もネデルにおいては無かった故に、そこまで落ち込まずとも良い気がしてくる。


「今回の問題点は……」

『追っかけてくる奴を捕まえてチャラにする』

「その通りよ!」


 『魔鰐』三匹を討伐され、依頼も中途半端に達成している『魔物使い』は、自分が有利である水路で彼女たちを攻撃できるチャンスを逃すはずがないと思われる。あえて、魔導船をこれ見よがしに用いて水路を移動中なのは、誘いなのだ。


 アゾルを救えなかった負債は、実行犯を生きたまま捕らえ、ディルブルクへアゾルの遺体とともに引き渡す事で清算したいのだ。それと、依頼人はネデル総督府なのか、神国軍の誰かなのか、どこを経由して依頼されたのか、その窓口を担っているのはどこの誰なのか……洗いざらい吐かせたい。


「捕まえることができた魔物使いから情報をできる限り引き出したいのだけれど」

「拷問は得意!」

「……それなりに教育は受けておりますので、私も手伝います」

「まあ、力仕事なら俺も手伝うぞ。脚を砕いたり、手の甲に釘を撃ち込んだり、あと……串刺しとかだな」


 確かに、あの時代の彼の国では多くのサラセン兵を串刺しで晒したという話であるが、今回は生かした状態でオラン公に引き渡すのでNGである。


 赤目銀髪が確認したそれを、彼女は自分自身で改めて確認する。彼女の方が、遠くまで確認できるからだ。


「魔鰐が三匹……その背後に……一人いるわね」

「……気が付かなかった」


 魔力を持っているとしても、気配隠蔽か元から魔力が少ないのかはっきりと分りづらいので仕方がないだろう。


 最後尾の魔鰐は彼女自身が直接討伐する。真ん中は赤目銀髪に任せ、先頭の魔鰐は魔導船に残る四人に任せる事にする。段取りを確認し、彼女と赤目銀髪は『水馬』を装着する。


「今回私は『オウル・パイク(awl pike)』を使わないのだけれど、誰か使う?」

「それじゃ、俺が『ワン太じゃ無理』……だよなぁ。魔力が集めらんねぇからな」


 魔鰐の場合、魔力を纏い外皮が堅いため、狼人の力任せのバルディッシュで叩きのめす戦法はあまり効果がないと思われる。


「その槍は私が使う」

「……かなり長いが……」

「問題ない」


 赤目銀髪は弓ではなくオウル・パイクを用いるようだ。恐らく、前回、アップダムで彼女が見せたような扱い方を試みたいのだろう。ぶっつけ本番で。


「魔装銃で口を開いたタイミングで射撃することね」

「「はい」」

「あとは……」

「が、頑張ります!」


 自分の力任せの攻撃では魔鰐に大したダメージが与えられないと指摘された狼人は、ちょっと自信喪失気味ではある。


「魔力を収束させて、この『槍銃』の切っ先で頭蓋を突き刺すわ」

「……わ、私は……無理だから、応援するね!!」


 今回の遠征で、折角の魔銀鍍金のスピアヘッドが生かせていない灰目藍髪が力強く宣言し、碧目金髪は……そもそもそこまで至る以前の問題であったりする。


「この銃を使いなさい」

「……お借りします」


 彼女の騎銃を茶目栗毛に渡し、これで、魔導船上の魔装銃は三丁となる。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 鰐の泳ぐ速度は馬の駈歩よりも早い。つまり……


「来たわ。お先に」

「行ってきます!」


 彼女と赤目銀髪は水馬を使い、あっという間に先頭の魔鰐とすれ違う。一瞬気を取られたものの、目の前の大物ににじり寄り、船に乗りあげようとする。


「こら!! 離れろ!!」


 バルディッシュで叩くものの、大したダメージはない。茶目栗毛も剣で刺そうとするが、魔力纏いをしてもなお剣が通らない。そして……


 Gwaaaaa!!!


 大きな咆哮を放つ魔鰐。だが、開いた口の中に魔装銃が二発、三発と放たれる。


「離れなさい!!」


 逆手に魔装銃を持ち替え、船べりに立ちあがり足下の巨大な魔鰐の頭に魔力を纏わせ、更にスピアの先端に魔力を『収束』させた槍銃を灰目藍髪が叩きつける。


 Gosu!


 銃撃を受け、体内を傷つけられた魔鰐が一瞬怯んだ瞬間、身体強化に用いていた魔力が解け、その隙をついた魔力収束されたスピアヘッドが魔鰐の頭蓋へと深々と吸い込まれる。


「うがあぁぁ!!」


 そのまま、切っ先を穿り返すように回転させ、魔鰐は激しく体をよじりながら、ズルズルと川へと体を沈めていく。


「助かった?」

「お、おう」


 ワニの最大の武器である噛みつきが、守られていない内臓を晒す事になったのは思わぬことであったかもしれない。





 赤目銀髪は、水馬で滑るように水面を移動すると大きく口を開けた魔鰐の手前に魔力壁の滑走台を設けると、空中高く自らの体を跳ね上げた。


 Gwoooo!!


 口を開き咆哮する魔鰐の頭上を越えながら、体を反転させると、手に持った魔銀鍍金のオウル・パイクに魔力をみなぎらせ頭の後ろ辺りに深々と突き立てる。そして、そのまま魔力を収束させると、一気に体の中心を後ろ脚のあたりまで一気に縦に引き裂いた。


「む、やればできる!」


 頭の後ろから体を二つに引き裂かれた魔鰐は一度激しく痙攣すると、そのまま水路の流れに任せるように流れていってしまった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『で、どうすんだよ』

「そうね、まずは、アゾルと同じ痛みを味わってもらいましょう。目には目をよ!」


 ひと際大きな『魔鰐』は、いつぞやのラマンの悪竜を思い出させる威容を誇っていた。恐らく、甲羅を持たなくても外皮は同じように固いと理解できる。


「さて、久しぶりに剣になりなさい」

『出番か!』


 彼女は『魔剣』をスクラマサクスの形状に変化させ、その剣身に魔力を注ぎ込む。相手の外皮を覆う魔力より、更に密度を濃く、分厚い魔力を纏わせれば……斬れない事はない……多分。


 魔鰐は、彼女が『水馬』で突進してくるのに気が付き、待ち構えているようだが、一瞬で彼女は空中に飛び上がり、魔力壁を踏み石に飛び越えるとそのまま後ろ脚の付け根あたりに『魔剣』を叩きつける。


 Gwaaaaa!!!Gwaaaaa!!!


 その尾の長さは5mほどもあるだろうか。太さは一抱え程もある。尾を失った魔鰐は大きく咆哮し、彼女を追い求めるが、既に気配隠蔽をしたまま、次の攻撃へと移る。


「はあぁぁ!!」


 右の後ろ脚、そして左の後ろ脚。尾を斬り落とされ、一気に生命力を失った魔鰐は、簡単に二本の脚を斬り飛ばされる。そして、彼女はそのまま放置することにした。


『前足だけで逃げられるのかよ』

「そのくらい魔物なんだから出来るでしょう。そろそろ、飼い主様が現れるはずよ」


 尾を失い、後ろ脚も傷つけられた魔鰐はのたのたと水路を戻り、恐らくは魔物使いの元へと戻っていくのだろう。





 彼女は魔力走査を用いて距離を取りながら『魔鰐』の跡をつけていく。その前方に小さなとても小さな魔力を感じる。どうやら、魔物使いが待ち構えているようだ。


『隠蔽か?』

「それにしては下手過ぎるわね。恐らく、たんに魔力が小さいだけなのではないかしら」


 彼女を含め、魔力の多いものは隠す鍛錬もしっかりするので、中途半端な大きさとはならない。全く感じさせないか、驚くほど大きいかのどちらかだ。大きすぎて隠し切れない……等という事はない。


 すると、魔鰐の姿を目にしたのか物凄い大きな絶叫めいた声が聞こえる。


『うおぉぉぉ!!! ど、どうしちゃったのマリカたん!!!』


 「マリカ」というのは、内海を挟んだ対岸の大陸にある国の言葉で「女王」を意味する名前であっと彼女は記憶していた。


 岸辺に黒いフードをかぶった、かなり細身で長身の男がのそのそと岸辺に這いあがってきた尾のないワニに縋り付き泣きわめいているように見える。


「感動の再会のところ申し訳ないのだけれど……あなたこの魔鰐の飼主だと考えてよろしいのかしら」

「……だ、だれだ!! マリカたんの飼主ではない。我が飼われているようなものなのだ!!」


 どうでもいいが、魔鰐が本体で男が化体とでもいうのだろうか。


「あなたの主観はどうでもよろしい。では、その魔鰐ごと……討伐するわ」

「お、お前がマリカたんをぉぉぉ!!」


 彼女は『魔剣』の変化した魔銀剣スクラマサクスで『マリカたん』を首の後ろで叩き斬ると、返す刃で男の両の膝下あたりを斬り落とした。


「ぎゃあああ!!」

「ほら、あなたのマリカたんお揃いにしてあげたわよ。それで、今すぐ死にたいのならこのまま殺すけれど……マリカたんとお揃いで良いかしら?」


 男は首を激しく左右に振る。どうやら、マリカたんとは別の道を歩むようである。飼主がマリカたんからリリアルたんに変わったのかもしれない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 水路を戻ろうと考えていた彼女のところに、赤目銀髪が『水馬』で颯爽と滑走してきた。かなり、魔力の制御が上達して、水馬の推進が上手にできるようになっている。


「調子はどう?」

「まあまあよ。これが魔物使いの……『奴隷(esclave)』……でいいのよね」

「よ、よくはない。脚、脚があぁぁぁ……」


 ちょっと……いやかなり短足になってしまった。とりあえず止血し、傷口にポーションを掛けて死なないようにしておく。斬り落とした脚はボチャンだ。


「名前」

「あ、名前がなんだよ……がああぁぁぁ……冗談ですぅ、わ、我の名はセルウスと申しますぅ」

『なんだよ、やっぱ奴隷じゃねぇか』


 セルウスというのは、古の帝国語で『奴隷』を意味する言葉である。膝から下を失ったセルウスは二人に首の後ろをつままれ、水の上の引きずるように魔導船まで運ばれていく。


「ガボッ……息が出来ねぇ……グハッ……」

「このままメイン川まで船に縛りつけて運びましょうか。素直なよい子になるようにね」

「確かに、素直が一番。何でもお話してくれるようになると良い」

『普通に拷問してやれよ。まあ、水責めっちゃ水責めか』


 二人の水馬はスイスイと運河を進み、ガボガボと暴れるオッサンを引き摺っても問題ないほど順調であった。





 膝下を斬り落とされた『魔物使い』セルウスを見ても、魔導船に残ったメンバーは特に関心が無いようであった。


「意外と執念深いな。アゾルと同じ待遇にしたのか」

「ふふ、この程度のことは生かしておくのに十分な刑罰でしょう。この方から、魔物使いがどのような経緯で神国のネデル総督府に雇われたのか、詳しく聞きただして欲しいの」

「承知しました」


 茶目栗毛が拷問……審問担当になる。助手は灰目藍髪。騎士として、容疑者・犯人を責め、調書を作成する業務もある。女性だからと言って舐められていては騎士の仕事は務まらない。良い経験となるだろう。


「先生、指は何本残せばよいでしょうか?」

「そうね。斬り落とさなければ構わないわ。ポーションで治せる範囲で潰してちょうだい」

「お、おいいぃぃぃ!!!!」


 魔導船の甲板に魔装馬車を出し、魔力を通して中の叫び声が聞こえないように工夫しながらお話を聞いたのは言うまでもない。





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