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第393話 彼女はいよいよ『観戦武官』としての役割を果たす

第393話 彼女はいよいよ『観戦武官』としての役割を果たす


 ネデルの商人たちが育てた多くの都市と、その地域を支配する貴族たちの関係というのは、帝国・王国・神国・法国・連合王国のそれぞれの関係とは少々異なっていた。


 ネデルは、都市に住む割合が人口の三割を占める都市化が進んだ地域である。これは、法国中央から北部地域の次に多く、王国の倍ほどの割合となる。


 聖征の時代以前、多くの土地は修道院などが保有する開拓地であった。その中で、都市が勃興し最初はランドル伯を中心とした西部の地域から都市が発展していった。

 

 街壁を築き、水路を整備し北の産物と南の産物の交易が行える市場を、王国と帝国、そして法国の中間に位置するネデルの地域に設けたのは、ランドル伯、そして、その後ローヌ公家となった王国の分家筋の家系が君主となった公国の存在だった。


 こうして、ネデルは王国・帝国・連合王国と境を接しながらも、地域の貴族と連携しどの国にも支配されない地域を保ってきた。商業による利益は都市とその周辺に還元され、都市を抱える地域の領主・貴族にも富をもたらせることになった。


 この状況が変わったのは、百年ほど前にランドル伯・ローヌ公家の末裔である公女が帝国皇帝と婚姻を結んだためである。今の神国国王の父である、先々代皇帝がネデル生まれのネデル育ちであったのは、公女を母としたためであった。


 帝国皇帝と神国国王を兼ねたこの先々代皇帝は、海外に植民地を広げる為に軍を派遣し、また、サラセンから帝国を守るために多くの戦力を集めた。それ以前に、父皇帝の時代には王国と五十年に渡り法国北部、ミランやサボアを巡り何度も戦った。


 さて、その費用はどこから調達されたのだろうか。様々な皇帝の領地から追加の税として戦費調達がなされたのだが、皇帝の領地と成ったネデルからもそれは大いに引き出された。というか、皇帝の持つ領地のなかで税負担の半分はネデルが支えたと言われている。


 その戦費はネデルの為に必要であったかと言えば……関係ないと言わざるをえないだろう。これが、そもそもネデルで都市を中心として原神子派が勢いを持つようになったきっかけでもある。





 ネデルでは、在地の封建領主と都市が二人三脚で富を蓄え豊かな地域とするべく何百年もかけて関係を築いてきた。その関係を破壊し、さらに豚の貯金箱とするべく活動しているのが、現在の神国国王とその代官であるネデル総督バレス公フェルナンであると言える。


 その昔、王国やローヌ公がネデルの諸都市を強力に支配しようとした時、在地の貴族と都市住民は、それぞれ騎士と市民兵となり大いに戦い自立した環境を守り抜いた。『コルトの戦い』と呼ばれた王国の騎士達が千人以上戦死した戦いはそのような流れで発生した物である。


 今、原神子派の貴族と商工業者を弾圧し、ネデルを強圧的に支配しようとするバレス公の政治姿勢を安易に受け入れることは、これまでのネデルの在り方をすべて否定する事に繋がる。と考えるのが当然なのだが……


「フリンゲンの軍はこれで動くな」

「総督に協力した都市貴族が辱めを受けたのだから、それに対して我々を懲罰しようと軍を進めてくるだろう。幸い、既に糧秣が不足しているという話は伝わっているはずだ。ここで後退を始めれば……」

「急いで追撃してくるだろう」


 残念ながら、目先の自己保身に走る御神子派の都市住人とそれを従える総督府側のネデル貴族、原神子派の中でも中立的・協力的な勢力、そして、異端審問を受ける原神子派の貴族・都市住民という三つにネデルの内部は別れてしまっている。


 本来、オラン公は中立の立場であったが、神国国王に睨まれており、また異端審問を受けることになりそうであったから、ナッツ伯領にいち早く退去した経緯がある。


 また、ネデル南部では貴族も住民も御神子派が多く、ネデル全体でみれば原神子派は半数以下であったりする。都市住民の上層部やその関係で貴族の間に多いという事でもある。婚姻を結ぶために、宗派を同じくする関係で、都市貴族と婚姻を結ぶ際に原神子派となる在地領主も少なくないからである。


 フリンゲンでの依頼の達成報告をした際、本営では今後の対応を進めるべく、急いで様々な活動が始まった。とはいえ、彼女たちは徹夜でフリンゲンへ潜入をしたので、別行動で休ませてもらうつもりではあった。

 




 陸路を撤退するため、北部遠征軍はアップダムを引き払い、エムズ川へと通じる街道を南下する予定であるという。その途中にある小高い丘が連なり、その間の街道が狭まる場所に追撃してくるであろうフリンゲンの総督軍を待伏せする予定であるという。


 街道を外れると、湿地が多く、兵を伏せるのに良い環境であるという。街道に沿って細長い行軍状態となることを前提に、街道を側面から攻撃することを考えているのだろうか。


「沼は嫌」

「ドロドロになりそうですね……汚れ落ちなくなるかもです」


 彼女達は伏せるわけではないので、過剰な心配だろう。戦場が良く見える場所でゆっくりと見学させてもらうまでだ。


 ただし、魔物が出ないとは限らないので、本営近くで待機することになるだろうか。


 街道沿いには『泥炭』を掘り出した壕が多数残されており、兵を伏せておくにはとても適しているのだと街で茶目栗毛が聞いた話を彼女たちに聞かせてくれる。


「今回は魔物は出ないんだろうな」

「急ぎの行軍で鰐は同行できないでしょうから、それはないわね」

「鰐を先頭に進んでくる軍隊がいたら、とてもカッコ悪い」

「「たしかに」」


 魔物使いが従軍するとは思えないので恐らくそれはないだろう。魔物使いは斥候や攪乱などで使われるとしても、軍馬が同行するような戦場では、魔物を恐れた馬が言う事を聞かなくなる可能性があるから連れてこないだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 アップダムを一部の兵を残したまま遠征軍は街道を南下し、エムズ川の河口に向かう。それを知ったフリンゲンの総督軍が、丘の間の間道を通って海沿いを南下する遠征軍を捕らえようとする……その経路上に兵を伏せるのだ。


 兵を伏せるあたりの地名は『ヘルハイル』と呼ばれ、丘の上には修道院が建っている。


『余力があるうちに後退したのは悪くない判断だよな』

「そうね。四千足らずの兵で周囲四キロもある都市を包囲するのは難しいでしょうし、包囲戦は士気が下がりやすいから、遠征軍には不利よね」


 腹いせに周辺の村や街を襲撃することも、オラン公の立場的には難しい。遠征ではあっても、自国領土に対する略奪行為に他ならないからだ。元手のかからないボーナス支給策ではあるが、それはあくまでも他国の領土が対象である場合だけだろう。


 丘に囲まれた間道の出口付近に本営を設置した遠征軍は、三々五々、部隊に別れ間道の奥へと去っていった。フリンゲンからの距離は15㎞ほどだろうか、行軍速度からすれば、あと一時間程度で接敵するはずだ。





 最初に見えてきたのは、先行する騎兵の段列であった。足の速い騎兵を先行させたのだろう。既に、街道を塞ぐように柵が設置され、その周りを半円状にマスケット兵と長槍兵が取り囲んでいる。


「し、しまった!!」

「こちらの奇襲に気が付いていたぞ!!」


 総督の兵をフリンゲンから引きずり出すことが目的の行軍であるから、当然だ。


 Bann!!

 Bann!!


 指揮官の号令と共に、柵の前で躊躇した騎兵の一団にマスケット兵の射撃が開始される。音と煙とその匂いに驚き、何頭かの馬が棹立ちになり、また、混乱しあらゆる方向に走り去ろうとする。


「矛槍兵!! 騎馬を取り囲んで引きずりおろせ!!」

「「「おう!!」」」


 銃兵の背後から、長槍兵と矛槍兵が走り出し、暴れる馬を取り囲み、騎士達を叩き伏せ、フックを持って引きずり降ろそうとする。落とされた騎士は、馬に踏まれたり槍で叩かれ突かれ、引き摺りまわされる。中には、巧みに下馬し向かってくる者もいるが、そういった元気のある騎士には……


 Bann!!


 熱い銃弾が背後から撃ち込まれ、血反吐をはいて地面に倒れこむことになる。


 馬は逃げ去り、落ちた騎士達が数人ずつ塊になり槍を防ぎ、牽制しつつ街道を戻ろうとするが、次々と新しい騎兵が到着し、戦場は大混乱となる。


「押すなよ押すなよ……って感じ」

「それ、誘ってる?」

「騎兵は動きを止められると威力半減ですね」


 百年戦争の際も、木の柵にぬかるんだ地面の環境に追い込まれ、王国の騎士も、連合王国の騎士もそれぞれの戦場で大敗した経験がある。それが、ネデルにおいてだけおこらないということはない。


 当時と異なり、今はマスケット銃が存在する。弓銃より威力の高い武器で、鎧も貫く。そして、何より大きな音と煙が馬を混乱させるのだから、弓銃よりも大きな影響を与える。


 混乱から立ち直らせる間もなく、本営の前では騎兵が次々と討取られ、今度は、遠征軍の騎兵が間道をフリンゲンに向けて追撃するつもりで準備を始めている。





 粗方騎兵を倒し、怪我を負い捕縛する者は捕縛し、間道上は整理された。その奥の方では、絶叫や打ち合う所謂『戦場音楽』が聞こえている。


「奥は観戦しない?」

「今回はこれで十分でしょう。敵味方混乱している場所に行って、私達が危険な目に合うのはどうかと思うもの」

「確かにな。戦場ってのは遠くで見るのと、最中で当事者として斬り合うのは全然違うしな。まあ、お前達の仕事ではないな」


 狼人の言う通り、実際、南部遠征では戦列の後方ながら、戦場を直に経験したのだが、今回のように細長く伸びた敵軍を街道沿いに挟撃するような戦いは観戦武官として直接見る必要はないのではと思う。


「お、アゾル閣下出撃されますよ!」

「馬子にも衣装」

「失礼ですよ。確かに、ちょっと仮装っぽいですけれど。立派な伯爵家の方ですから」


 百騎程の騎兵を従え、街道を早駆けで去っていくその後備で、いって来るぞとばかりに手を振るアゾルは、頭から魔法布をかぶされ彼女にお姫様だっこされた姿から想像できないほど凛々しかった。別に惚れはしないが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 やがて、間道から戦闘を終えた兵士たちが戻って来る。泥濘にまみれ、半ば乾いたその姿は戦闘の激しさを物語っている。そして、捕虜を連れているものはほぼいない。


 恐らく、街道から外れた場所での白兵となり、互いに死力を尽くし戦ったのか、あるいは命乞いを許す余裕が無かったのか……その両方だろう。


『騎士なら身代金ってのがあるだろうけれど、傭兵はなぁ……』


 リスクを冒して捕らえるより、後腐れ無く殺す事を選んだのかもしれない。兎に角、追ってきた兵士はほとんどを打ち倒し、こちらの損傷は非常に軽微なように見て取れる。怪我はあるようだが、圧勝と言っても良いだろうか。


 しかし、何騎かの騎兵が戻ってきて本営が騒がしくなる。なにやら不慮の事態が起こり、判断を求めて来たものと推測される。


「何かしら」

「奇襲を受けた、別動隊を発見したのであれば、混乱するような事はないでしょう。あまり良い出来事とは思えませんが」


 この場で一番参考になりそうな意見を言う茶目栗毛の言葉に、本営で情報を集めようかと考えていると、こちらにルイの護衛を務めていた側近の騎士が走って来るのが見て取れる。


「アリー殿!! ルイ閣下が至急の依頼があると申されております!!

御同道願います」


 彼女は頷くと、茶目栗毛を伴い騎士の後をついていくことにした。




 本営内は異様な空気が支配していた。ルイが彼女の姿を認め、いつものように気軽に声を掛けようと手を挙げて挨拶するが、言葉が出てこない様子だ。


「如何なさいました閣下」

「……アゾルが行方不明だ……」


 どうやら、追撃の騎士隊を率いたアゾルが途中で逆に反撃にあい、銃声に驚いた馬が暴れ、街道を外れ湿地の中へかけいってしまったのだという。勿論、従卒や側近たちも馬で追いかけようとしたのだが、その間を総督軍の兵士たちに妨げられ、その兵を蹴散らした時点で既にアゾルの姿は影も形も見えなかったという。


「それで、私達に依頼をしたいという事でしょうか」

「その通りだ」


 ルイは今すぐ自分が探しに行きたい気持ちだが、指揮官としてそれは不可能であり、アゾルがいない分、側近たちが指揮を分担して受け持たねばならない。今自由に動けるのは、冒険者である彼女達しかいないのだ。


「承知しました。これからですと……」

「生死は問わないよ。落馬して動けなくなっているか、馬が身動き取れずに沼で立ち往生しているか、そのまま沈み込んでいるか……分からないからな」


 底なし沼のような泥の中に沈んでしまえば、死体もみつからないかもしれない。馬が暴れ、そんな場所に分け入ってしまっている可能性もないわけではない。


「急ぎましょう」

「頼んだ」


 彼女はメンバーの元に戻り、現状を伝える。現場まで騎乗で移動するとして、ある程度自衛できる者を選ばねばならないだろう。


「私と……あなたね」

「承知」

「……先生……」


 指名したのは赤目銀髪。魔力に余裕があり、『水馬』の扱いになれている。


「ここは俺に任せて、探索に行け!」


 狼人はいい感じで雰囲気を出しているが、どう考えても探索に行く方が何倍も大変そうであろう。茶目栗毛と灰目藍髪に馬を委ね、二人は後席に乗ると四人は二頭の馬で間道へと走り去っていくのである。



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