第38話 彼女は海賊船に出会う
第38話 彼女は海賊船に出会う
「総員武器をとれ!!」
「王女殿下と公太子様を守るぞ!!」
「Woooo!!」
今、目の前にガレオン船が迫っている。大砲がこちらをずらりと狙っているのが見て取れる。
「ねえ、なんとかなりそう?」
伯姪の問いに海の上でどうにかできると即答できるほど、流石に彼女は自信がもてないのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
海を見に行く日、朝から雲一つない快晴で少々船の甲板は暑くなりそうな予感がする陽気であった。少し薄手のドレスを身に纏った王女殿下と、軽装の騎士のような公太子の供として、馬車の護衛の面々が同乗する。野伏は弓兵姿である。
「海賊対策の気休めよ」
それほど遠くに船を出すつもりはないのであるが、海を挟んで連合王国の船がそれなりに航行する海域の中である。王国と大公の旗を掲げるとしても、何も無いとは限らない。
乗船したキャラックは二枚の三角帆を持つ軽快な船で、喫水が浅いことから川もある程度遡行できるのだそうだ。荷物も多くが積めないが、連合王国や周辺の帝国に属する商業都市辺りまでは問題なく航行できる。
神国の新大陸との貿易船を王国や連合王国が免許状を発行した船が攻撃する「私掠船」もこの周辺には存在する。国家公認の海賊船であり、積荷を奪い人も「奴隷」や貴族であれば身代金を要求することでお金に換える。
「いい船ね。内海の船に似ているけれど、この辺りではあまり見ないわね」
「海が荒れていないから、問題なさそうね」
内海と異なり、海流も速い海峡と聞いているので、少々不安ではあるが、考えだしたらきりがないと彼女は思うのである。甲板を所狭しと走り回る猫を見て王女様も楽しんでいるようだ。
『特に、おかしな仕掛けは見当たりません主』
猫はいたって真面目である。彼女と伯姪は今日は冒険者仕様の装備をしている。侍女頭に王女殿下の身の回りのことはお任せしている。乗員に制限があるので、警護のものも最低限なのである。
「そういえば、あなた、ニース領で海賊と出くわしたことあるのかしら」
彼女の装備は反りの入っている剣であり、船乗りの装備品を基に彼女の好みの護拳に変えてある。因みに護拳は……ミスリルの合金を使って、魔力を流し込めるように工夫した。
「幼い頃にね。こっそり見ているだけだったわ」
彼女と辺境伯一家の乗った例のクルーズ船で舟遊びをしているところに、法国のとある商業都市の旗を掲げたガレオン船が近づいてきたのだという。ガレオン船とは、帆と櫓を両方装備した一般的に内海で使用されている船で、風がない時は人力で漕ぐのである。
「いきなり旗を降ろして海賊宣言よ。『そこの船止まれ!』ってね」
船の上は『国家』の領土なのだそうで、その間に起こる闘争は即ち戦争そのものである。人も物も船自体も負けた方は勝った方に没収されてしまうのだ。すべてが換金できると言い換えても良い。
「あの時は、辺境伯の紋章を掲げていなかったから、勘違いされて民間の商船だと思われたみたいね」
着ているものも上等な貴族がたくさん乗っている船足の遅そうな船を見つけて、出来心だったんだろうと伯姪は付け加える。
「その時は、前伯爵様もいらしたのかしら」
「ええ、もちろんよ。一族で食事をしながらですもの」
前辺境伯がいるだけでもかなりの過剰戦力だと思われるのだが、少し若いとはいえ、他の一族の男子も騎士団で鍛えているのがあの一族である。
「その後は、接舷攻撃してきたのよ」
「船を寄せてきたということかしら?」
どうやら、板を渡して乗り移る以前に、鉤のついた金具にロープを付けたものを放り込んで、引っ張って船をつなげてしまうようなのである。
「船も売り物だし、乗員も売り物だから、あまり壊したくないのでしょうね」
ハルバードで引っ掛けて引き寄せたりもするのだそうだ。そして、相手が乗り込んでくる。鎧はほぼ身につけず、伯姪が装備するような曲剣をもつか、先ほど使用したハルバードやピックのような長柄武器、船の補修にも使える斧を装備している者もいる。鎧なしだから何でもダメージになるのだろう。
「どうなったのかしら」
「おじい様がほぼ一人で海賊どもをのしてしまわれたわ」
「……さすがは濃青並と言われる辺境伯騎士団最強ですわね」
たぶん、そのうち王都にやってくるので会えると思いますよ殿下。と彼女はキラキラ目の王女殿下に思うのである。でも、再戦はしないから。
「海賊が現れれば、返り討ちにして見せましょう」
「頼もしいことですわ~♡」
気持ちはその通りであろうが、不安定な船の上で戦うのは剣術の稽古とはかなり勝手が違うのであるが、大丈夫かと心配な気もする。近衛隊長子息はレイピア使いであるし、もう一人は魔法が使えると聞いている。王女殿下も水の壁などで抵抗されれば、そうそう危険はないと彼女は思う。
さて、昼食を陸が見える海域でとりつつ、そろそろ戻ろうかと考えている最中である。
「陸から海をみるのとはまた違う風景ですわ」
「ええ、とても美しいですね」
と、公太子も何度も経験があるわけでもないので、素直に風景を楽しんでいる。陸と反対の水域に一隻の船が見える。恐らくはあの位置だと東に進んで連合王国に向かうのだろうと推測できる。
「ねえ、あの船はどんな船か教えてもらえるかしら」
船の動きを監視しつつ、彼女は伯姪に聞いてみた。
「内海ではあまり見かけない外海の船ね。海国や帝国の貿易商人たちが使うカラック型ね」
前方と後方に大きな楼を持つので、高い波にも耐えられることや、荷物を沢山積めるので、遠距離の航行に向いているのだという。
「ほら、帆の形が三角と四角のものが組み合わさっているのが特徴ね」
「そうえいば、前と後ろだけ三角形なのね」
三角の帆は向かい風でもジグザグに進むことで前に進めるのだそうだが、四角い帆は、風の向く方向にしか進めない。その組み合わせということであるらしい。
「風が季節によって向きが変わるんだそうよ。それに合わせて、行ったり来たりするから、時間がかかるんですって」
海のことは全く分からない彼女なのだが、距離が遠いだけはなく、季節ごとに替わる風向き待ちなので時間がかかるとは知らなかったのである。
「王国から出る事なんてないでしょうけれど、とても時間がかかりそうね」
「そうなの。だから、辺境伯領から王都とか、王都と公都の距離なんて目と鼻の先なのよね」
それはどうかと思うのだが、広い海を見ているとなるほどと少々おもってしまうのである。
「でも、あの船何だかこちらを向いているのではないかしら」
「そうね、向きを変えたわ。あの船じゃあ、公都の港には入れないでしょうに」
船員たちが慌てはじめる。どうやら、あのタイプの船が入港する予定など全くないのだという。
「出たのかしら、海賊船」
伯姪はニヤリと笑う。海賊船と人攫いは何らかの組織的つながりがあるかもしれないと彼女は思うのである。連合王国の私掠船と奴隷商人にはつながりが有るのだから。
現れたのは国籍不明のキャラック船である。ガレオンより古いタイプの船舶で速度が出にくい船型であり、帆も風を拾いにくい形をしている。逃げ切れる可能性が高いと船長は踏んでいた。
ところが、偽装されたガレオン船ではないかと思うほど船足が速い。ガレオン船は細長い船型をしており、帆も大きく速度が出やすい。
「追いつかれます!!」
いささか沖に出てしまったキャラベル船は波の影響を受けて思ったほど速度が出ないのである。河口まで逃げ込むにも、河の流れは海にも影響しており、戻されてしまう分もある。行きはよいよい帰りは恐いのだ。
「河口を避けると大回りでどのみち追いつかれる。殿下、御決断を」
近衛子息が声を掛ける。ここにきて殿下二人を連合王国に攫われるなんてことは考えられないのである。
「では迎え討とう! 王女殿下と警護のものは『いいえ、私と彼女で切込みます』……なんだと!!」
伯姪が公太子たちに向かい言い出す。王女殿下を守るならそれが正しいだろう。
「この船の方が甲板が低い分、上から攻撃されるでしょう。寄せられてはかなり厳しいことになります。ならば、こちらから乗り込むまでです」
「でも、どうやって……」
なにニヤニヤしているのかと彼女は思うのだが、諦めて発言することにした。彼女はこんなこともあろうかと、川面に浮かぶためのフロートを魔道具として作っていたのである。
「ならばそれを『魔力の消費量が膨大です。また制御も難しいので、この中で使いこなせるのは私だけでしょう』……そうか」
「彼女と私で近づいてきた私掠船に忍び込みます。なので、抵抗をあきらめたように演技してください。時間を数分いただきます」
こうして、魔道具『水馬』はデビューを飾ることになるのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『結構、波あるし、お前と二人で沈まねえか?』
「やるしかないでしょう。それに、ちょっと剣の腕が立つ程度の貴族の息子に任せたら、みんな死ぬわよ」
『それもそうだな』
薄赤の冒険者は前に出ず、乗り込んできた場合に奇襲をかけてもらうことにした。殺してもいいし、海に突き落としてもいい。全員生かしておく必要はないが、船長か船主は奴隷の件について確認したいので、生かしておいてもらいたい。乗り込んでくるとは思えないので、恐らく彼女の仕事になるだろう。
近づいてくる船に抵抗するように櫂を動かすのだが、もう目の前に船は寄せられてきている。甲板がかなり高い。
「行くわよ」
「お願いするわ」
『水馬』を装着した彼女の背中に伯姪がおぶさる。腕と足で細い彼女に捕まるのは、魔力で身体強化をしても大変である。
寄せてくる海賊船の反対側の舷から海へと落ちる。『水馬』の性能は多少の波でも問題なく機能するようである。浮くのは魔力を通して『水馬』の表面に張力を発生させていることで成立する。
そして、推進力は水魔法でハイドロ効果を生み出し、前に進むのである。その速度は早足程度であるが、この時代の帆船とそう変わらないので問題ない。
高い後部楼の背後に回り、海賊船の反対側に回り込む。そして、鉤縄を放り投げる。二つである。因みに、彼女の頭の上には猫が乗っているのは言うまでもない。
『主、先に偵察に入ります』
縄を伝い這い上る姿は、明らかに猫ではないのだが、伯姪は「器用ね」とだけ呟く。大変おおらかなのである。
『甲板に出ている人員はおよそ八十名です。全員、剣や長柄で武装しています』
さて、ここで行うべきなのは斬り合いではない。甲板の船員は全員拘束して、犯罪者として裁判にかける必要がある。奴隷商人とその部下としてだ。なので、やるべきことは人攫いの対応と同じだ。
「静かに登って後部楼に回っていてちょうだい」
「あなたはどうするの?」
「派手に煮えた油をあいつらにまき散らすだけの簡単なお仕事よ」
二人は簡単に打ち合わせをすると、するすると音もなく甲板に登るのであった。
「お前ら! 安心しろ、武器を下ろして抵抗しなければ命まではとらねえ!!」
一番ごつい禿頭の男が、大公家の船に向かいそういい放っている。それはそうだろう。彼らの目的は人攫いなのであるから。
「大人しくしていれば危害は加えねえ!!」
鉤縄を投げつけ、何度か甲板員が外そうとするが、しっかりとかかった鉤爪を外すことができない。
「諦めて大人しくしねえと、こうだぞ!」
マスケットの轟音が響き渡り、叫び声が聞こえる。恐らく弾が当たったのだろう。何本も新しい鉤縄が放り込まれる。
『そろそろいいんじゃねえか』
「ええ、十分よ」
『私は、あの者どもの足を刈ればよろしいのでしょうか?』
「油が冷めてからでいいわ。気を付けてね」
既に、いくつもの熱せられた油球が、彼女の頭上に数十個も浮かび上がっているのである。
『備えあれば患いなし……だな』
「獣脂はいくらでも魔物討伐でとれるから、効率いいわね」
斬りこむ様子の私掠船の甲板員たちの背後に向け、数十の熱油球を彼女はゆっくりと叩き込んだ。甲板の上は絶叫する男たちの声と、焦げる肉の臭いで充満するのである。
『主、船長の居場所特定しました。足を刈ります』
「お願いするわ」
後部楼に向かい、彼女は駆け出すのであった。




