第390話 彼女は『魔鰐』と対峙する
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第390話 彼女は『魔鰐』と対峙する
ネデル北部は王国と比べかなり気温が低い。この時期は春とはいえ朝晩とても冷え込む。アップダムの街に近寄ると、川から街の中になにやら黒い大きな蜥蜴のような存在が這い上がるのが見える。
「……タラスクス?」
一年ほど前、南都で目にした六本足の鰐のような竜が『タラスクス』である。
『脚は四本だな……竜じゃねぇ。ありゃ鰐だろ……』
鰐というのは、水辺にすむ巨大な蜥蜴のことである。内海では川の河口などにも生息し、水辺に近寄る動物を水中に引き込み食べてしまう。背中は固い骨のような外皮に覆われており、口は牛や馬でもかぶりつけるほど大きなものである。
「けれど、この寒い場所に棲めるような動物ではないわ」
『ああ。魔物で、尚且つ使役されていたらどうだ?』
水路の多いネデルにおいて、水の中に潜む『鰐』は他の地域より余程脅威となる。ましてや『魔鰐』であれば、竜並みの脅威となるだろう。
街の出入り口などに居座るだけで、その街は完全に包囲されたのと変わらないことになってしまう。つまり、この魔鰐はネデル総督府軍配下の魔物使いが反撃要員として派遣したものだろう。
「『魔鰐』ね……」
『厄介だぞ。竜より下手するとな』
街は川沿いに細長く街並みを構えている。東側の河川敷から這い上がった『魔鰐』に長槍を構えた歩兵が列をなして行く手を拒むように立ちふさがる。
一瞬、体を捻ったかと思うと、その太い尾が幾人かの歩兵をなぎ倒し、勢いよく吹き飛ばされていく。残った兵士はジリジリと後退せざるを得ない。
既に河川敷から街路へと這い上がり、姿を見た街の住人が悲鳴を上げ、パニックはさらに拍車がかかる。
「せ、先生……」
「ありゃ、どうする」
五人の目が彼女に集中する。一先ず、街から引き離さなければならない。
「私が下馬して囮になるわ」
「……俺も手伝おう」
「いいえ、『魔鰐』は恐らく魔力を持って体を守っているでしょう。あなたの魔力纏いでは恐らく弾かれてしまうわ」
バツの悪そうな顔をする狼人。彼女は、銃手二人に魔鉛弾の使用するよう指示を出し、茶目栗毛と狼人の騎馬の後ろに乗り、『魔鰐』を追うよう指示をする。
「主人公登場!!」
「ええそうね。あなたの魔銀の矢と私の刺突槍で攻撃しましょう」
奇しくも、タラスクス討伐に『水馬』を使ったクラーケン討伐共に彼女と赤目銀髪は参戦している。今回も水上に逃げたとしても、水馬で追撃するつもりでもある。
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注意を引くために、先ずは、魔装銃で背後を馬上から射撃を行わせる。
Gwaaa!!!
尾に命中した弾丸の痛みに『魔鰐』が振り返る。
「たあぁ!!」
『舞雀』を纏わせた魔銀の矢が弧を描くように振り返った『魔鰐』の背に命中し、更に怒りの咆哮を周囲に響き渡らせる。
彼女は下馬し、『オウル・パイク』をを構え前進する。
! Gwa!! Guwo!
槍を構えた彼女の突撃を姿勢を低くし飛び掛かる構えで迎えうつ『魔鰐』。その前脚に、魔銀の矢が深く突き刺さる。
「はあぁ!!」
刺突槍を『魔鰐』の鼻先に突き刺すが、掠ったように弾かれる。魔力をさほど込めていないとはいえ魔力を纏った槍の矛先を弾くのは、本来の皮の固さに加え、魔力で外皮を強化しているからだろう。
大きく口を開き、咆哮を再び加える。大きな音で体がビリビリと震える。
「頂き」
Paw!! Paw!!
大きく開いた口の中に、二発の弾丸と、鏃が吸い込まれていく。そして、痛みに体をくねらせ、道のわきの家をその体で破壊していく『魔鰐』。とても迷惑な存在だ。
「そんな狭い所で暴れていないで、こっちへいらっしゃいな」
Gwooo……
頭を左右に振り、低い姿勢でゆっくりと街道を街の外に向け歩き始める『魔鰐』に銃口と切っ先を向けながら、ジリジリと後退を始める。
牽制の意味を込め弾丸を放つが、今度は鼻先から前足までパンパンと弾いてしまう。恐らく、魔力の込め方を変え、前面に当たる部分に魔力を集め防御効果を増したのだろう。
『思ったより賢い……いや、訓練されているか……』
『魔剣』の呟きの通り、この魔物は、魔物使いによりある程度状況により工夫するように調教されているようだ。
「必要以上に弾丸を放たないで」
徐々に街の外へと釣りだせているので、倒せないと分かっている銃弾を無駄射ちする必要はないだろう。
見たところ、『鰐』としての攻撃力はその大きな口、脚の爪、そして長く太い尾によるだろうか。それと、巨大な体……おそらくは10mもあるだろうか……その体の重さも武器になる。圧し掛かられれば、骨は砕け、踏みつぶされるだろう。
「さて、どうしましょうか……」
一つ一つ武器を奪っていくのはどうだろうか。先ずは……
『尾が邪魔だな』
「偶然ね。私もそう思っていたのよ」
魔力を全身に纏い、全てを強化するようには訓練されていないだろう。恐らくは体の正面を強化し、銃弾や槍の刺突に対応するように調教されている。尾は……尾の付け根はその対象外だと推察する。
銃と弓で正面に注意を引き付け、その隙に背後に回り込み、尾の付け根から切断する。勿論……彼女がだ。
一瞬、『魔鰐』から距離を取り、赤目銀髪の横に並ぶ。
「これから、私が背後に回り、あいつの尾を斬り落とすわ」
「む、主役交代……」
いや、このお話の主役は終始彼女である。
「あなたには弓で牽制してもらいつつ、突進してきた場合……」
「魔力壁で突進を止める!」
「そう。お願いできるかしら」
「主人公なら当然!!」
いや、このお話の主人公は彼女である。
『魔鰐』に向かい、絶え間なく弾丸が撃ち込まれ、腕や鼻先に命中するものの、大した効果はない。口を開けばその中に弾を撃ち込まれると理解した故に、咆哮も先ほどから行われていない。
『魔鰐』は元が鰐ゆえに、弱点も鰐と同様である。弱点とは……
『あいつら、目が横についているから、正面が良く見えてねぇんだろうな』
確かに、小さな目が平たい胴体の上部左右に突き出すように出ている。正面が見えているわけがない。とは言え、魔物であるから、魔力を感じて正面の赤目銀髪、その背後に控える二騎にむかって勢いよく突進を開始する。
「抜かせない!!」
横長に胸まで程の高さで魔力壁を街道一杯に展開する赤目銀髪。弓を降ろし片手剣を構え突進に備える。
Dowww!!
魔力壁に頭から突っ込んだ『魔鰐』が突然停止する。そのまま、自分の魔力を剣の先端に集中させた赤目銀髪の刺突が、魔鰐の口先を縦に切裂く。
Guwoo!!
痛みに耐えかね口を開き咆哮を放つそこに、背後から二発の銃弾が即座に打ち込まれ、痛みに耐えかねそのまま後ずさりする『魔鰐』。
「はあぁぁ!!」
気配隠蔽を解き、その後退する魔鰐の後足の直後を彼女の無駄に長い『オウル・パイク』のスピアヘッドが上から下へと魔力を纏い斬り降ろされる。
本来はただの金属の四角錐に過ぎないのだが、過剰な魔力を纏いその固い小重ね状の骨の板を切断することに成功する。
一抱え程もある太い尾が、後足の先からバスッと切断され、口先の痛み以上の激痛が『魔鰐』を襲い、その痛みに耐えかね街道の中央から川岸にかけて転げ回るように移動していく。
「良い土産ができたわね」
『……お前の姉ちゃんは喜びそうだよな……』
姉ならば、魔鰐の革で大きな魔法袋でも作るかも知れない。もしくは、彼女の母の商会の執務室にその皮を敷き詰めるかもしれないと思ったりする。
「討伐証明できるように、逃がさないわよ」
彼女は魔鰐の後を追うように川岸へと駆け下り、そのまま、川の水面に周り込み、刺突槍を構える。足元には水馬が既に装備されていた。
背後からは赤目銀髪が剣を片手に駈け下って来る。街道には二人の銃手が魔装銃を構え、いつでも放てる姿勢だ。
魔力壁で拘束するのも良いのだが、早々に決着をつける事にする。このあと、ナッツ兄弟に遠征の経過を確認しなければならないことを思い出したからだ。
既に尾を失い出血も激しい『魔鰐』は、魔力による外皮の強化をする意識が消失しているようであり、後脚を魔力を纏った片手剣で赤目銀髪に斬りつけられ、深々と傷を負わされる。既に、尾を失い、脚も満足に動かせなくなりつつある。
鰐の長い尾は、魚の尾びれのような機能を有しているので、このまま水中に逃れたとしても、素早く泳ぎ去る事も不可能となってしまった。尾のないオタマジャクシの如き無様な格好だ。……決して蛙になれたわけではない。
その姿は少々蛙のように見えなくもないが。
『このまま逃がして、魔物使いのところまで案内させるって手もあるぞ』
『魔剣』の言う事も最もであるが、魔物がこれ一体とは限らない。それに、尾を失っているとはいえ、蜥蜴のように再生させ再び完全な状態で襲い掛かってくる可能性を考えると、この場で止めを刺すべきだろう。
彼女は魔力壁を形成したまま、『魔鰐』の進路を抑えていると、背後から駈け寄って来た赤目銀髪が空中に躍り上がり、落下する勢いを生かして『魔鰐』の脳天を片手剣で深く貫いた。
Gwaaa!! Uwooo!!
刺した剣を手放し、すかさず距離を取る赤目銀髪。そして、彼女は同じように『魔鰐』の上に飛び掛かると……刺突槍を虫ピンのようにその体に深々と刺し地面へと縫い付けたのである。
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川岸で巨大な尾を失った鰐が地面に縫い留められビクビクと動く姿を街道上から少なくない見物人が見ている。四頭の馬が川岸に降りてきたのを見て、彼女と赤目銀髪は視線を向ける。
「馬乗れたの?」
「……乗れます。ゆっくり歩かせるくらいならね」
赤目銀髪のギモンに碧目金髪が答える。馬を走らせるのはそれなりに訓練が必要だから仕方ない。
「終わりでしょうか」
「今日のところはね。使役していたものが潜んでいるでしょうけれど、それはまた後日にしましょう」
「鰐の首、落していいか?」
狼人の申し出に彼女は強く否定する。飾り物にする予定だから、わき腹から心臓を突いてそのまま回収すると説明する。もう一本の刺突槍を魔法袋から取り出し、魔力を込めて前足の後ろ当たりの胸を横から突き刺す。
ビクンと激しく痙攣した後、『魔鰐』は動かなくなった。流石に魔物とはいえ、元は鰐であったので、心臓を刺突して殺すことができたのである。
『吸血鬼はモノによっては心臓二つあるらしいな』
『魔剣』はそんな話を聞いたこともあるらしい。人間であった時の心臓とは別に、吸血鬼となった後に形成される心臓があるのだそうだ。
「でも、首を刎ねれば同じでしょう?」
『……ま、まあな……』
吸血鬼も、彼女に掛かれば首を刎ねれば良いという話でしかない。今回の魔鰐のように、部分的に魔力で強化してしまう能力を持つのであれば、高位の吸血鬼の首を斬り落とすのは容易ではないかもしれない。
とは言え、不老不死の不死者の王であったとしても、その魔力が尽きるまで攻め続けることができれば討伐することは不可能ではない。その為に準備をどの程度積みあげられるかという事もある。
「先生、どうやらナッツ伯の御兄弟が様子を見に来られたようです」
川岸から土手の上に目を向けると、見覚えのある騎乗の騎士がこちらを注視している事に気が付く。その取り巻きの騎士の中から、一騎がこちらに向かってくるのが見て取れたのである。
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