第388話 彼女はネデル北部へ向かう
第388話 彼女はネデル北部へ向かう
メインツに戻ることなく、魔導船でコロニアに一旦向かう事にする。情報収集の必要性もあるのだが、姉とオリヴィに冒険者ギルドとゲイン会経由で手紙を送りたかったという理由もある。
姉が帯同している公女マリアの安否も気になる。姉が無事、ロックシェルのゲイン修道院に連れて行けていれば良いのだが。
姉とオリヴィにはムーズ川の支流にあると思われる、『緑灰色』の城壁をもつ『街』を探してもらいたいという理由もある。ノインテーターを生み出す存在と考えられる『アルラウネ』がその街のそばにあり、尚且つ街自体が暗殺者養成所であるとするならば、共に討伐をする必要があると考えられるからだ。
実際、不具となったベテラン傭兵を不死者とし、その経験と指揮能力を生かす狂戦士の隊長とする戦略が拡大するのであれば、王国にその矛先がいつ向けられるのか不安でもある。
『王国で情報収集する方が早いかもしれねぇな』
「……どういう意味かしら」
『魔剣』曰く、ネデル・ランドルに関してはその昔、王家の分家筋であるローヌ公が君主であった時代がある。また、遠征を王国の騎士達が行う際に、当時の地図などが必要であったことを考えると、古い都市の記録が地図として王国の騎士団や王宮に残されている可能性があると考えられる。
「……騎士団か近衛連隊かしら……」
『普通に元帥閣下に調べさせればいいだろ?』
『元帥閣下』とはこの場合、王太子殿下のことである。今は、南都と王都を行き来しつつ、王太子領の施政と軍の掌握に務めている……はずだ。彼女が帝国であくせく働いているのに、南都でバカンスしているなど絶許である。
王都に手紙を出すとなれば、コロニアよりもメインツの方が良いのだが、遠征軍に追いつくのに往復二日のロスは認められにくいだろう。どの道、北部遠征が終わり次第、一度王国に帰還することを考えているのであるから、ある程度王太子の命で資料を探し出してもらい、自分自身で資料を当たる方が間違いない。
「王国に帰還すれば……」
『山ほど仕事があるだろうさ』
言われる迄もなく、彼女自身が処理しなければならない内容が盛りだくさんであろうことは間違いない。
魔導船の中で考える時間がそれなりにある。メイン川を下り、エッセの支流に入り遡上する。その後、陸路を北上し『西ファリア地方』の主要都市『モナステル』を経由し、エムズ川を下り干潟海へと至る。
干潟海は、帝国とネデル領東端のフリジアを隔てる遠浅の海だ。ディルブルク城からの行程は約250㎞ほど。北部遠征軍は一月ほどかけて移動しているはずだが、魔導船と騎乗の併用であれば、四日程度で到着できるはずだ。その大半は、魔導船の上で過ごす事になる。
彼女の懸念は幾つかある。
まず、『猫』が戻ってこなかった事。おそらく、魔剣士を追跡しているのであろうが、ネデルの何処かの拠点なり雇い主の元へ向かっているのに時間が掛かっている。徒歩でも馬でも数日以上かかるだろう。その後、会話のやり取りや誰と接触したのかなどを把握するのに数日はかかる。
『遠征先まで来るかどうかだな』
半精霊である『猫』は、彼女の居場所を魔力を感じる事で特定できるので、北部遠征軍の向かう先に見当が付けば、比較的容易に合流できると思われる。
その後、持ち帰った情報をどう使うかだ。ネデル総督府から派遣された存在か、その下で受けた暗部のような組織の構成員であるとするならば、ネデルに潜入し、組織を討伐する必要性があるかも知れない。
その組織が、神国と深くつながっている、若しくは神国の政府や軍が関わる存在であるとすれば、ネデル領内でその組織を攻撃するのは政治的に見て不可能となるだろう。
「情報を王都に持ち帰って、王宮で判断していただくしかないわね」
『勝手に戦争始めるわけにはいかねぇからな。それこそ進退問題だろ』
「……それもいいかもしれないわ……引退するにはね」
いやいや、人生を引退することになりかねない独断専行となるだろう。
情報を伝え、判断は陛下とその側近の判断にゆだねるのが妥当だが、できればお家に帰りたい。
それに加え、彼女の魔力を込めた剣が受け止められたことも懸案として上がるだろう。魔力を纏わせて斬るというリリアルの戦い方が通用しないケースが確認されたからだ。
「魔導の剣で受け止められたのはどう対応するべきかしら」
『剣で受止められない場所を斬る……とかじゃねぇの』
魔力を纏わせた剣を魔導具でブーストした魔力を纏わせた剣で受止めただけの話だと『魔剣』は言う。
『あれは魔導具に蓄えた魔力を、普通の魔力纏いに上乗せさせてお前の魔力纏いを上回る魔力を剣に纏わせただけだろ』
「……随分、纏ったのでちょっとわかりにくいわね」
確かにその通りだが、話を進める。魔力の出力が彼女の能力を上回るほど瞬間的に魔導具の力で魔力を纏わせて受止めただけ……とするなら、魔石に込められた魔力量を使い切るまで消耗させることも視野に入れられるだろう。
勿論、剣で受止めた状態でさらに魔力を込めて、正面から叩き斬るという男前な方法もある。
『何より、剣で受止めねぇとだめなんだろ? 受け止められない場所や速度、死角から攻撃しなおせば問題ない』
「そうね……でも、魔力纏いの方法を変化させても良いかもしれないわね」
例えば、体表の堅い魔物が存在する。タラスクスは勿論だが、その原種となった『魔鰐』が存在する。鰐に悪霊が憑りついた物であり、狼と『魔狼』の関係を考えて貰えば良いだろうか。
魔熊も外皮・体毛に魔力を纏わせて、攻撃が通りにくくなるような操作を行っている。天然の魔装鎧を身に纏っていると考えれば近いだろうか。
「斬るより突く方が攻撃面積が小さいから、魔力纏いも密度を上げられるでしょう」
『お前の舎弟が得意だろ?』
舎弟とは茶目栗毛のことだろう。彼女や狼人が魔力や力任せに相手に剣やバルディッシュを叩きつけるのに対し、茶目栗毛は人体の急所への刺突を狙って効果的なダメージを与えていた。
魔力纏いも剣の先端だけに集約させれば、より強い貫通力を得る事ができるので、魔力による外皮の硬化も貫けるようになるだろう。
とは言え、魔力を集めることも相当の訓練が必要となる。船の上で時間はたっぷりあるのだ。
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彼女は赤目銀髪に船の操縦を変わってもらい、『魔力纏いで斬れない敵』に対する対する対策を説明する。
「剣で守れない場所を斬る……というより、銃で撃てば解決だろう?」
「……そういう問題ではないわ」
魔力壁のような能力があれば、銃弾を防ぐことができる。相応の魔力量と射撃を受けるタイミングに合わせて発動できる練度が必要だが。
「先生がおっしゃっているのは、魔力纏いを受け止める魔導剣の存在と出くわしたとき、若しくは、魔力纏いだけでは通用しない表皮の堅い魔物に対する場合の訓練が必要であるという事です」
茶目栗毛……助かる。
「魔力量がもともと少ない私はその方が長く効果的に戦えそうです」
「私は……剣はちょっとむりだから」
「俺は……魔力が纏わないで拡散するから無理だな」
狼人……不器用か!!
碧目金髪は銃兵兼薬師であるから求めないとして、騎士志望の灰目藍髪は魔力纏いの効率的な活用は必須となるだろう。
「ですが、刺突は一対多数の戦闘の場合、動きがかなり制限されます。斬って動くより、突いて引く分動きが鈍くなりますから、ここぞという時以外は死角に回って斬ることや、致命傷にならずとも動きを鈍らせる手脚などにダメージを与える事に専念する……という感じでしょうか」
一対一ならば突き技は威力も大きく致命傷を与えやすいと言われるが、その分、次の攻撃へと移りにくいのだ。
「先ずは……刺突で実際に『魔力壁』が貫けるかどうかの確認からかしら」
魔力を集め実際に攻撃することから確認が必要だろう。彼女は順番に自分自身の魔力壁を形成し、代わる代わる魔力纏いで貫けるように訓練を行う事にした。魔導船に乗っている時間も訓練ができるなんて、なんて素晴らしいのだろうかと思わないでもない。
『……お前だけだと思うぞ』
北部遠征軍に参加する中で、南部遠征軍との戦闘である程度オラン公軍の能力を把握したネデル総督府軍は、さらに強力な存在を送りつけてくるのではないかと彼女は考えていた。
「くっ!!」
「む、むり……難しいです……」
船首の位置で二人を相手取り、『魔力壁』を展開して「受け手」に専念する彼女。茶目栗毛と灰目藍髪は、魔銀鍍金製の片手剣を用いてその『魔力壁』を突き崩そうとするのだが……剣の切っ先に魔力を纏める事が難しいのだ。
魔銀鍍金されている剣全体に纏わせることは、身体強化の延長線上でそれほど難しくはない。だが、その力を集約し、先端・切っ先だけに纏わせることは容易ではない。魔力壁も『壁』状に展開するよりも『煉瓦』『礫』の大きさに収束する難易度の方が格段に高い。魔力練度とでも言えばいいのだろうか、操作能力が桁違いになる。
この辺り、魔力量と習熟度の問題となる。多く持つ者ほど練習量や魔力の操作に熟達しやすい。まあ、続けるだけの執着心というか妄執があればだが。残念乍ら、二人は量が少なく操練度も余り高いとは言えない。赤目銀髪は今操船に専念しているが、彼女ほどではないものの、リリアルの中では五指に入るレベルだ。
『武器を変える方が良いかもしれねぇな』
「一考に値するわね」
魔力の集約が容易であるのは、剣より槍である。その昔、竜を倒したとされる『魔剣』『聖剣』と伝えられる存在は、その名称、使用の状態から見て恐らく『魔槍』『聖槍』であったのだろうと推測される。
『エクスなんちゃら』であるとか『デュランかんちゃら』なんて名称の剣は実は『槍』であったのだという。
実際、初期の頃からリリアルにおいて前衛は『ウイングドスピア』や『グレイブ』を用いてきた。突く・斬る・薙ぎ払うといった攻防のバランスの良い装備として、未だ魔力と体の小さな駆け出し魔術師兼冒険者のリリアル生を支えてきたからだ。
今回も偶然ではあるが、『刺突槍』『オウル・パイク』を用意したのだが、この刺突槍はピアスヘッドが80㎝もあるので「収束」するとは言い難い。片手剣と変わらないのだ。
『次に王国に戻ったら相談すればいい』
「そうね……恐らく、刺突用のダガーのような物が必要なのではないかしら」
百年戦争の時代、所謂「鎧通し」と見なされる短剣があった。遠回しに、鎧越しに止めを刺す為「慈悲の剣」等とも呼ばれた。
ミセリコルデと呼ばれ、そのまま慈悲の剣のことなのだが、護身用の短剣として市井に流行し、より実直な意味を込めてメイル・ブレイカーまたはラウンデル・ダガーと呼ばれる。柄に丸い握りの護拳が付いていることがその名の由来だ。
スティレットはより、刺突に特化したもので、オウル・パイクの切っ先部分をダガーサイズにしたものだ。護身用に持ち歩けるサイズであるとされるが、どちらかと言えば暗器の部類である。
「聖鉄製魔銀鍍金仕上げの『スティレット』なら用途を満たせそうね」
『お前自身で実験してみてくれ』
彼女の魔力壁を穿つほどの威力をリリアル生が発揮できれば、恐らく大抵の魔力による防御を一点、貫くことができるだろう。但し、短い刺突剣で致命的なダメージを与えられるかどうかは不明だが。
稽古を重ねるにつれ、魔力の収束度は上がって来たものの、二人の魔力が枯渇しそうなので、一旦稽古は終了となる。
「……私も試す」
「ええ構わないわ」
操船を狼人に変わってもらう。狼人は魔力量はそこそこなのだが、魔力を操ることが得意ではない。正確に言えば、体の外に放出する系統が苦手だ。これは、人狼の能力の影響なのではと『魔剣』は考えている。幸い、操舵する場合、舵に手を振れていれば魔力は勝手に魔導船に供給されるので問題ない。
夜間視ができ、魔物としての特性上睡眠を多く必要としない狼人は夜の魔導船運航に必要不可欠な存在なので、昼間は彼女が、夜間は狼人が舵をとる事にしていた。
「どこからでもどうぞ」
「参る!!」
低い姿勢から踏み込み、下から突き上げるように片手剣を繰り出す赤目銀髪。日頃の飄々とした雰囲気を一変させ、激しい刺突が『魔力壁』を貫く。
Bagiinn !!
「「「うわぁぁぁ」」」
「……貫かれたわね……」
「でも、魔装鎧は無理だった……」
魔力壁の破壊を行う上で、「魔力壁が破壊されたらどうなる?」と周りは気になっていたが、結論から言えば魔装衣である魔装鎧の表面で受止められてしまう。魔力壁以上に強固に魔力を纏うことになる魔装衣は、魔力壁を大きく上回る防御力を『彼女』にもたらせる。
「魔力量と操練度がズルい」
「……先生ならそうなりますね」
「そういえば、俺もそれ必要だよな。学院に戻ったら守備隊長用を申請してもいいよな」
魔力量と操練度が高ければ、魔装衣の性能は格段にアップする。魔力量に左右される防御能力とも言えるだろう。そう考えると、茶目栗毛や灰目藍髪は魔装衣の防御に依存するような用い方は危険となる。剣技を鍛え、身体による防御を磨かなければならないだろう。
『まあでも、刺突の効果は確認できたから問題ないだろう?』
船上で時間を持てあますことなく、翌日の昼過ぎに上陸すると、六人は西ファリアの司教座都市『モナステル』に到着した。