第380話 彼女はシスター・アデレードの紹介を受ける
第380話 彼女はシスター・アデレードの紹介を受ける
オラン公の公女を狙ったとされる『メインツの山城』に潜んでいた盗賊団数十人を僅か六人で討伐したとされる王国の冒険者アリーとその一党である『リ・アトリエ』のパーティーの存在は、それに先立つ大司教の眼前で行われた冒険者同士の模擬試合の結果と相まって、これまでの噂に過ぎなかった『妖精騎士』の実力が計らずとも……公に知られる事となった。
少なくとも、依頼を出したメインツ大司教とビゲンの街の公文書と、冒険者ギルドに記録が残る事になる。本来は、調査依頼であったのだが。
討伐の結果に対しても、裁判に掛けられ奴隷として刑罰を与えられる盗賊達の売却益は『リ・アトリエ』へ還付されるのだが、調査依頼の成功報酬以上の物を受け取らないとした姿勢も大いに評価された。本来であれば、討伐報酬を要求されてもおかしくない規模の盗賊団であったからだ。
これは、最初の依頼の内容が十人程度と見積もられており、六人の冒険者パーティーで調査を依頼した場合、実際三十人の規模で、尚且つ、魔剣士も複数含まれていたということから未帰還となる可能性が高かったことを考えると、揉めてもおかしくない依頼と考えられていた。
『ただ働きかよ』
「いいのよ。その分、ポーションの買取を売値と同額にしてくれるそうだから。多少はそれで元が取れるでしょう」
彼女のポーションは金貨一枚程度の利鞘で買い取られるので、十本も売却すれば報償程度に十分達する。まして……そんな物で済ませるわけもない。
『魔剣』は気にかかる事があった。当初、リリアルであることを隠して帝国で調査を進める事になっていたはずなのだが、いまでは隠す事も考えず、積極的に討伐を行っている。目立つのは不味いのではないのかと。
『ワザとなんだよな』
「ええ。わざと目立っているのよ」
王国においてリリアルの騎士達は、彼女を始め実績も実力も評価されそれなりに扱われている。味方からすればその存在に勇気づけられ、王国に敵対する者はその登場に身を竦ませる。
しかしながら、周辺の国、特に王国と敵対している帝国や神国、連合王国からすれば「王国がなにやら宣伝工作をしている」と考えておかしくない。そもそも、十代半ばの小娘が作った組織で、やれ竜を討伐したとか、孤児を育てて冒険者であり魔術師として大いに育成し、魔物や王国内に潜む敵性勢力を処罰している……なんてありえないからである。
魔力持ちの孤児を見つけるために、二千人も面談し素養のある孤児を育てるという労苦を貴族の娘がするわけがない……と考えているのだ。
「実際、オラン公の依頼を受けて魔物や敵対する組織を討伐するという実績を公にする事で、王国に手を出す事を躊躇するようになれば良いと思うのよ」
『だが、敵地で目立つのは危険だろう』
アジトも構え、それなりに中立的な場所であるメインツを本拠地とするとはいえ、所在がはっきりしているのは『狙って下さい』と言っているようなものだ。それに、今回の魔導剣のように対策も打たれている。
「ミアンのような事が起こせないように、こちらに関心を持たせたいというのもあるわね」
『囮かよ』
遅かれ早かれ、リリアルは敵対する勢力から狙われる。それを跳ね返すだけの地力を育てる必要がある。積極的に敵地に入り込めば、今回の魔導剣のような思わぬ成果も受け取ることができる。敵の知恵を貰い受けるということだろうか。
「時間の問題なのよ。王都近郊だけ平和であれば良いというものでもないのだし。ネデルは放置すれば、力を蓄えた神国軍が今度はミアンや聖都を狙うことになるでしょう」
『そういう意味では、オラン公とは宗旨が合わないが、敵の敵は味方という程度に協力できる分、都合が良いかもしれないな』
オラン公は原神子派の集団の意向を無視することは出来ない。王国にそれを持ち込ませるわけにはいかないのだから、お互い利用し合う程度の関係が望ましいのだ。サボアのように完全に身内になってしまえば、守らないわけにはいかない。ネデルの原神子派は共存共栄できる可能性のある戦略的パートナー=潜在敵である。
「帝国内やネデルでの討伐で名前を売ることも、今回の遠征の目的の一つね」
『……自重するのが面倒なだけじゃねぇのか?』
おそらく彼女の姉なら「しょ、しょんなことにゃいよ」と目を泳がせていただろう。
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先に彼女以外のメンバーをアジトである錬金工房に帰し、一人冒険者ギルドで調査報告……という名の討伐報告を行う事にする。
「……お、お疲れ様でございますアリー様」
「ギルドマスターに討伐報告をしたいのですが、お時間いただけますでしょうか」
受付嬢は一瞬ポカンとした後に慌てて一礼すると、背後の扉の奥へ足早に消えていく。
しばらくして戻って来た受付嬢が彼女を個室へと案内する。お茶の用意が出来る頃、ギルドマスターが姿を見せる。
「調査報告だそうだな」
「調査報告という名の討伐報告になります」
「……詳しく頼む……」
廃城塞に潜んでいた盗賊の数は三十人ほど。その内、魔力持ちが五人。一人は取り逃がしたが、その他全員を討伐ないし捕縛した事。死体と捕らえた盗賊は依頼主であるビゲンの街の代官に預けてきたことを告げる。
「そりゃ……申し訳なかった」
「いいえ、調査だけで終わらせなかったのはこちらの勝手ですので」
「だが、魔剣士五人いる三十人の盗賊団だろ? 冒険者に出せる依頼じゃなかったな。それに……並みの中堅パーティーなら調査の最中に気が付かれ逆に殺されていたかもしれん」
それは彼女も同意する。わざわざ夜に調査をしてそのまま襲撃に移るのは彼女達くらいの物だ。夜間の襲撃は苦手ではないリリアル生だが、本来、暗い時間は移動したりしないものだ。
「では、一件落着か」
「そうでもありあません。盗賊は、ネデルの傭兵の偽装兵だと思われます」
ネデルの貴族の子女の滞在する修道院を襲撃し、人質として拉致する為に潜入していたのだと推測を述べる。
「根拠は」
「……これです」
ワルーン語の伝票。盗賊たちが持っていた物を証拠として提示する。
「取調べで裏付けが取れると思います。指揮官は死亡するか逃亡されたので詳しい事は聞き出せないかもしれませんが、あの場所でこの時期に潜伏するネデル総督府から派遣された偽装兵の仕事はほかにありませんでしょう」
最大の目標は公女マリアであったろうが、他にも貴族の娘を拉致できれば、彼らとしては任務達成に貴族の娘を好きにできる特典付きのおいしい仕事だと思っていたのだろう。
「廃城塞は焼いたり、土魔術で出入りしにくくしてあるので、同じ場所に大人数の盗賊はもう集まれないとは思います」
「それは何よりだ。だが……」
彼女は報酬は依頼の分のみで構わないと告げる。その後、裁判の判決で盗賊たちの量刑が決まれば、それにより得られる金銭は討伐報酬としてギルド経由で受け取る旨を伝える。
「なら、書面だけ起しておく」
「それでお願いします。私達もメインツを出ることになりますので」
「わかった」
オラン公の依頼がそろそろ彼女たちの元に来てもおかしくはない時期に達している。春の農繁期が終わり、出兵の準備が進んでいるだろうからだ。
「それと、できれば報酬の件とは別ですが」
彼女は回復ポーションの買取に色を付けて欲しいと伝える。正確に言えば、売値と等価で買取をして貰いたいと。
「まあ、その程度の融通は効かせるぞ。ただし、メインツの冒険者ギルドでだけだ」
「それで十分です」
僅かな調査依頼の報酬を受け取り、それに十倍するポーションの買取を依頼した上で代金を受け取り、彼女はメインツの街へと出る事にした。
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「シスター・アデレード……様ですか」
「ええ、今メインツからロックシェルのゲイン会の修道院へ行かれているの。あの方なら、力添えになって頂けるでしょう」
メインツを出てオラン公の軍に合流する前に、彼女はブリジッタ=メイヤーの元に挨拶に赴いていた。それと、姉が公女と共に向かったロックシェルにおいて、公女を匿うに適した知人を知らないかと尋ねたかったのだ。
ゲイン修道会は、半俗の修道会でありその信徒の多くはロックシェルの商工業者の夫人や娘たちである。他の修道院が原神子信徒に襲撃された際も、ゲイン会の修道院はそういう理由で無事であったという。
しかしながら、今では異端審問が行われており、修道会の伝手を用いて子女をロックシェルから逃がす為に修道会でも顔の広いシスター・アデレードが中に入っているのだ。
「元は貴族の夫人であったのだけれど、子供に恵まれなかったのね。それで、養子に家を任せてご本人は修道会に入ることにしたのだそうよ」
貴族の夫人であれば、貴族の女性だけが住まう修道院もあるのでそちらを選びそうなものだが、シスター・アデレードは以前から交流のあったゲイン会に籍を置くことにしたのだという。
「一人の女傑といったかたね。ああ、でも心配しないでほしいのよ。見た目は優しげな老婦人であるし、勇気と蛮勇を履き違えるような方ではないから」
自ら危険を顧みずにロックシェルで異端審問の召喚を受けた貴族・富裕な原神子派商人の家族を保護するために活動しているのだという。
『まあ、肝の据わった婆さんってことだな』
彼女の祖母もその類だが、見た目は優しげではないとだけ言いたい。ブリジッタは紹介状を書き記し、彼女に手渡してくれた。
「無茶をしないでね。と言っても、ヴィーもあなたも聞かないのは同じかしら」
「リリアル生を預かる身ですから、無理は出来ません」
「そうね……あなたはそういう立場ですものね。失礼しましたわ」
微笑して答えるブリジッタに礼を言い、必ず無事にこの地に戻ると再会を約束し立ち去ることにした。
武具屋に雑貨屋、乾物などの食品を扱う店で野営に必要な物資を購入し、錬金工房へと戻る。既に他のメンバーは自分達のやるべき事を進めている状態であった。
「先生、お帰りなさい」
「遅かったな」
彼女は進発までに済ませるべきことを確認し、優先するのは魔装銃の弾丸の作成であると理解した。千発近くを作るのには、時間と魔力がいくらあっても足らない。
『あのノインテーターの取調べはどうするんだよ』
「移動中にでも進めるわ。工房でなければできない事を優先しましょう」
恐らく、逃げた魔剣士程情報は持っていないと思われる。いつどこで吸血鬼になったのかくらいは確認したいものである。とは言え、他の仲間は吸血鬼化も支配もしていなかったことから考えると、意図してノインテーターとして参加させたわけでもないのかもしれない。
「気軽に不死者になられても困るわよね」
『まあな。でも、あの黒い剣士は吸血鬼ではなさそうだったな』
吸血鬼なら、もう少し荒っぽい戦い方をしたのではないかと思われる。魔導剣を使えるだけの腕のある剣士を、わざわざノインテーターにする必要はないと考えたのか、若しくはノインテーターを作り出す組織と、剣士の主は別の存在なのかもしれない。二つの組織から共通の目的で派遣された傭兵吸血鬼と黒い魔剣士の組合せであったとすれば整合性がある。
「聞けばわかる事よね」
『そうだな。先ずは……鉄砲玉作るっきゃねぇな』
彼女は茶目栗毛と赤目銀髪に声を掛けると、魔法袋から魔鉛と銅を取り出し、窯に火を入れ弾づくりを始める事にしたのである。
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「もう無理」
「はあ、休みなく弾丸作りをするのも……これっきりにしたいですね」
「二人ともお疲れ様。これで、安心して遠征に参加できるわ」
約六時間にわたり、三人は延々と弾丸を作り続けた。小さな丸い球の鋳型に魔鉛と銅を溶かし合わせたものを注いで弾にするのである。コトン、コトンとリズミカルに作り上げていくのが楽しかったのは最初の三十分くらいであり、その後は苦行難行修行の類であった。
「嫌な身体強化の活用だったわね」
『体力ねぇからしかたないだろう。皆腕がプルップルしてたけどな』
弾丸を二十五発づつ小分けにする。革製の巾着に入れ、一つは携行しやすいように襷がけで革紐で吊るすようにする。火薬を用いない分、携行するのも楽ではある。
元薬師娘二人はポーションの作成を昼から続けており、こちらもそれなりの数ができている。彼女も明日はポーション作りに加わる事になる。
「ちょっといいか?」
様子を伺うように狼人が部屋の中を覗き込む。
「どうしたのかしら」
「あの、生首傭兵と話をしていたんだけどよ、あいつ、騙されて吸血鬼になっちまったらしいぞ」
曰く、雇い主に紹介された訓練所に連れていかれ、森の中で瀕死になる訓練を受けさせられたのだという。
「着の身着のままで見知らぬ森の奥に放り出されて、生きて帰える訓練らしいんだが……」
「その途中で死んで吸血鬼になったとか?」
「ああ、大きくは間違いじゃない。森の中で精霊にあって……助けられたって考えているな奴は」
ジローこと『ワルター』は泥酔して森の中で死に掛かって、精霊に助けられノインテーターとなる事を求められたと話していた。それなら、サブローも同じ精霊にノインテーターにされたのだろうか。
「ノインテーターをわざわざ作り出す為に管理されている精霊がいるのかも知れません」
茶目栗毛が呟く。その昔、暗殺者養成所でそんな話を聞いた記憶があるとその後付け加えた。ネデルの森の中にあるという施設は、少なからず総督府や異端審問所と関係があるのかもしれないと彼女は考えるのである。