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第378話 彼女は黒い剣士と対峙する

第378話 彼女は黒い剣士と対峙する


 騎士を倒し、一人残された剣士風の黒い革鎧の男と対峙する。


「お仲間は皆死ぬか捕らえられたみたいね。あなたは投降するつもりはないないのかしら」

「お嬢さん、俺はここから一人でなら十分逃げ出せると思っておりますよ」


 自信たっぷりに言ってのける。だが、ここで少々揺さぶりをかける必要もあるだろう。


「時間稼ぎをしている中、申し訳けないのだけれど……」


 彼女は騎士の胴体を魔法袋へと収納する。これで、ノインテーターは首だけの存在となった。


『お、おい、お前ぇ!!』


 ゴロゴロと背後で首が転がり回り抗議の声を上げるが無視をする。


「この集団が、オラン公の公女殿下を修道院から攫う為に送り込まれたネデル総督の兵だという調べは付いています」

「……」

『な、何で知ってるんだぁ!!』


 首騎士の声を聞き、案の定表情を変える剣士。この集団の実質的な指揮官は目の前の革鎧の男なのだろう。


「公女殿下は既に旅立たれました。行く先は……ご想像にお任せします」

「ならば、私達がここにいる理由も無くなりましたね。失礼させていただきます」

「ふふ、それは……」


 私を倒してからにしてもらいますという前に、彼女は剣士に向かい踏み込んだ。既に、火が相当に回っているのだが、彼女自身は魔力壁で全周を囲んでいるので問題はない。床の炎で首が転げ回りながら熱い熱いと叫んでいるが無視。


「目的は達せられたのですから、ここまでにしませんか?」

「あなたを捕まえて、完璧を期するというのはどうでしょう」

「何事も、過ぎたるは猶及ばざるが如し……と言うではありませんか!」


 剣を躱しながら、お互いに隙を伺い斬り結び、再び距離を取る。


『……おい』

「ええ、斬り飛ばせなかったわ」


 魔銀の剣に魔力を纏わせ、剣士の片手剣を切断するつもりで剣を合わせたのだが、剣は断たれることなく、彼女の魔銀剣を弾き飛ばした。


「簡単には参りませんよ」

「……その通りみたいね……」


 彼女は敢えて隙を作り、見張塔の射線に入る窓際に逃げるように誘導する。北側の窓から飛び出せば、狙撃は可能だろう。


「それではお嬢さん、またどこかでお会いしましょう」


 北側の窓から逃げ出す剣士。


 Pow!! Pow!!


 二発の発砲音と、その後くぐもった声。少なくとも一発は命中し、剣士にダメージを与えたのだろう。


『追うか?』

『主、私が追跡します』

「お願いするわ」


 隙を伺っていたが出番のなかった『猫』が暗視能力を生かした追跡を申し出る。剣士がどこの誰と繋がっているのか、『猫』であれば確実に押さえてくれるだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 床で転げ回るノインテーター(首騎士)を拾い上げると、彼女は目つぶしを仕掛ける。


『ギャア!!』

「これからする質問にキリキリ答えなさい……サブロウ」

『サブロウって誰なんだよ』


 姉がジロウと名付けたノインテーターに対抗してサブロウと呼ぶ事にしただけである。


 既に剣士は逃走したとはいえ、彼女の魔力を纏わせた魔銀剣を受け止めた剣の存在は少々気になるところではある。魔銀の装備は、魔力を纏わせる者の魔力の操練度・魔力量にその強度が左右される。


 同じ魔力量であっても、操練度が低ければ威力は低下する。また、魔力量の多寡によっても威力は変化する。例えば、彼女の姉の魔力量はかなり豊富だが、黒目黒髪が同じ装備を整えた場合、日々操練を繰り返している黒目黒髪程姉の装備に強度は付与されない。


 然るに、圧倒的な魔力量と操練度を誇る彼女の魔銀剣が受止められる剣が存在するという事が少々驚きなのである。普通なら、何でも真っ二つにしてしまう、怒らせなくても怖い女が彼女だからである。


『あれ、魔導具だな』


『魔剣』の見解では、剣に魔石を封じており、その魔石に魔力を溜め込んで使用者の魔力量を補う仕様なのだろうという。


「魔石の耐久性に疑問の余地があるわね」

『ああ。だからある意味使い捨てに近いな。剣の限界は魔石の寿命によるってことだろう』


 魔石が破損すれば、ただの魔銀製の剣という事だろう。それでも、魔銀製なのだが。


 魔導具と魔銀製の剣の両方の性質を持つ武具の値段は、恐らく金貨百枚はくだらないだろう。それを個人で装備できる傭兵がいるとは思えない。資金の問題ではなく、製作を依頼できるか否かの問題である。


「ネデル総督府の諜報員かしらね」

『そんなところだろう。あいつらの監視役兼、指導員ってことろだろうな』


 なるほどと彼女は頷く。最初から戦う素振りも無かったことを考えるとその通りなのだろう。


『お、おい。火が回ってるぞ!!』


 魔力壁の中ではあまり関係ないのだが、床はそうでもない。サブローを魔力網に入れひょいと担ぐと、彼女は窓の外に魔力壁の階段を作り、見張の塔へと戻る事にした。




 赤目銀髪と灰目藍髪は、剣士を取り逃がしたことをとても悔しがっていた。


「残念無念」

「先生、申し訳ありません」

「いいのよ、ワザと止めを刺さなかったのだから」


 彼女は『猫』が後を追っている事を告げ、一先ずノインテーターの討伐に成功し、公女誘拐の目的を頓挫させたことで良しとすると告げる。


「流石先生の姉」

「まぐれだと思うわ」


 姉の判断の大半は「どちらが面白いか」で決まるので、公女を修道女にしてネデルに連れて行くと楽しそうだから程度で誘ったのだと思われる。だが、それが結果として正解であったというだけの話である。


「落ちたもう一人はどうなったのかしら?」

「落ちて死んだみたいです。隊長が確認して、念のため止めを刺していました」


 どうやら、頭から落ちて首の骨を折ったらしい。残念である。


「先生から逃れる剣士……凄腕……」


 敵対するものと遭遇すれば、捕らえるか討伐するかのどちらかであり、逃れた者は記憶にあまりない。とは言え、断ちきるつもりで振るった剣を斬れなかったことで隙が生まれ、その隙を逃さず戦う気を見せずに引いた剣士の判断による所もある。


 壁伝いに駆け下り、そのまま斜面のどこかへと逃れたのだという。残念ながら、魔装銃では連射ができず、追撃は出来なかったという。


「それほど凄かったのでしょうか」

『ありゃ、魔力の使い方をかなり限定していたからだろうな』


『魔剣』の見立てでは、魔力を剣と身体強化に使った結果、装備は革鎧にして軽量化し攻撃に特化させていたのだろうという。剣士としてはそれで十分であり、音もなく近づくには金属鎧より音の出にくい革製の鎧が向いている。


 剣の腕は確かに高いレベルであったようだが、魔力の量は少なく操作に関しても魔石の補助が無ければかなり低い程度であった。


「つまり、私対策をしてきたという事かしら」

『正確には、リリアル対策だろうな。魔装は真似できねぇから、魔導具で剣の腕を強化したってところだろう』


 リリアルの騎士達の装備や戦い方を分析し、それに対応した剣士を用意した。確かに、彼女以外であれば剣の腕が優れているうえ、装備では互角となれば、場合によっては厳しい状況……殺されるか或いは拉致される可能性もあったかもしれない。

 

 残念ながら、彼女自身が直接対峙することで、相手が無理をせずに引いたという事に過ぎない。純粋な冒険者組以外が相対した場合、危険な相手であると理解する。


「あんな奴が現れるとはね」

『そんな数はいねぇだろうし、それが全部リリアルにぶち当たるわけじゃねぇだろうから、杞憂だろうさ』


 二十人三十人と集められれば、一気に厳しい状況になりかねない。とは言え、学院以外に滞留することは少なく、それだけの凄腕剣士を装備含めて揃えて襲わせるほどの余力がネデルの総督府にあるとは思えない。


『ありゃ、切り札だったんだろうぜ』

「……警戒しつつも、深く追求するのは止めましょうか」


 城塞内の捜索を行うには三階は火の手が強く、暫くはここで休憩する必要がありそうだと彼女は判断した。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 見張塔の二人に警戒しつつ、交互に休憩を取るように伝えた上で、彼女は正面の土塁へと向かう事にした。どのような状態なのか気になったからである。


 外に出ることができそうな城館周りの窓は、煉瓦と土魔術で塞いでしまったので、脱出できる場所は正面の出入り口だけであった。城館から石の階段を降り、中庭を通って城壁の外に至る、その道は大きく掘り下げられ石の乱杭が敷設され落ちた者は傷つき呻き声をあげていた。


『後ろの奴らに押されたんだろな』


 火事から逃げ出し暗い階段を降りてそのまま暗闇にぽっかり空いた穴の中へと次々に落ちて行ったのだろう。気が付いて立ち止まろうにも、後から続く者たちに突飛ばされて落ちるしかない。


「先生、中はもう一段落でしょうか」

「ええ。申し訳ないのだけれど、中の捜索を手伝ってあげてちょうだい」


 茶目栗毛はこのメンバーの中では捜索に最も適した存在だ。傭兵達がどこかに命令書を隠した収納があるかも知れない。逃げ出した剣士に関しても何かしらの証がある可能性もある。


 彼女は一人の魔剣士を逃走させていること、後を追わせている事を説明し、盗賊に偽装させた傭兵に対する監視役であったのではと推測を伝える。


「ネデル総督か神国軍につながる命令書の類があればという事ですね」

「重要な書類は処分しているでしょうけれど、ネデルに繋がる証拠があればありがたいわね」


 少し前、ルーンの郊外で廃村に潜伏していた連合国兵を討伐した時も、隠れ家の捜索でその手の物を確保したことがあった。メインツに対しても、また、オラン公に伝えるにしても人以外の証拠が欲しい所だ。


「先生、この呻いている盗賊たちはどうします?」


 助けを求めたり、凄んだりする声を聞き、彼女は少々面倒だと思い始めた。明るくなるまではこのまま放置であろうし、ここは戦場と変わらない。下手に情けを掛ける必要もない。


「明るくなるまで放置で。生き残りは捕縛してビゲンに連行し、衛兵に引き渡す事になるでしょう」

「……わかりました」


 放置する旨が漏れ伝わった事で、穴の中が騒がしくなる。罵詈雑言と言ってもいいだろう。


「ふざけんな!」

「いい加減にここから出して、手当くらいしろ!!」


 等と、我儘を言うおっさんたちである。


「人攫い目的で侵入した賊が猛々しいわね。これでも、その言葉を吐きつづけられるのかしらね」


 魔銀の剣を引き抜くと、彼女は『雷』を纏わせた魔力の刃・飛燕である『雷燕』を穴の中に無数に飛ばす事にした。


「「「「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」」」」

「静かにできないのなら、静かになるまで打ち込み続けるわよ」


 必死に声を殺し、息を潜ませる穴の中の面々。死なない程度のダメージのはずだが、運が悪ければショックで心停止したかもしれない。




 

 彼女は碧目金髪を狼人と合流させ、先に廃城塞の中庭に魔装馬車を出し、野営の準備を始める事にした。一階も三階もまだ燃えている場所もあり、捜索はいったん打ち切って明日明るくなってからに切り替える事にしたからだ。


「うー 焦げくせぇな……」

「石造りの城でも燃えるんですね」


 壁や床は石材で作られているとはいえ、内装には木も使われているので、火事にならないわけではない。とは言え、撒いた脂が燃え尽きた時点で、それほど燃え広がりはしていない。暫くは熱いだろうし、焦げ臭くあるが。


 赤目銀髪に茶目栗毛を呼びに行かせ、六人が揃ったところで、今回遭遇した魔剣士について説明することにした。


「魔導具の剣……『魔導剣』とでも言えばいいのかしらね。魔力を纏った私の魔銀剣を受け止めるだけの魔力纏いをしていたの。恐らく、魔水晶に自身の魔力を溜め込んで、瞬間的に魔力纏いの量を増加させるものね」


 今まで対人戦と言えば、偽装兵か盗賊の類しか対した事が無かったリリアルにとって、魔導具を使う正規の兵士もしくは高位の冒険者らしき存在は初めての経験である。


「先生の魔力纏いの剣を受け止めるというのは……相当ですね」

「正直考えたくない」

「あー 俺もそんな武具が欲しいぜ……」

 

 独り異なる感想を持つ者がいた。今まで魔物や盗賊相手に圧倒的な優位を保ってきた彼女たちにとって、次に遭遇した時はかなり厄介で危険な相手であろうと警戒するのであった。




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