第377話 彼女はメインツの山城で盗賊を討伐する
第377話 彼女はメインツの山城で盗賊を討伐する
完全に陽が落ちてからビゲンを出て徒歩で移動する。二度手間になりそうだが、馬は気配を気取られたくないのでおいてきたのだ。馬車だけは収納してある。
「俺はここで待機だな」
「お願いするわ。事が始まったら、周囲に逃げ出す者がいないかどうか見張ってちょうだい」
「逃げ出した者の『生死は問わないわ』……お、そりゃ楽でいい」
全員を生け捕りにするとは考えていない。特に、魔力持ちやノインテーターの類いは危険でもある。魔力持ちは殺すつもりで生きていたらラッキー、ノインテーターはジロウと同じ首だけ確保し首から下は魔法袋に収納する。
残りのメンバーで気配を隠蔽しながら斜面を登る。どうやら、岩棚の上の廃城塞には幾つか窓から明かりが見えており、時折、胴間声が辺りの山野に響き渡っている。
「これは隠す気ない」
「かなりの人数ですね。予想の範囲ではありますが」
茶目栗毛は三十前後と踏んだようだ。仮に、傭兵団か工作兵であった場合、指揮官に分隊長クラスが数人混ざっていて、それ以外はいわゆる素で傭兵なのかもしれない。正規の訓練された工作兵が、敵地で大騒ぎするはずがないからだ。
「哨戒線も設定されていないようね」
大規模な野営に準ずるのであれば、周囲を警戒する歩哨を立てるのが基本だ。だが、塔の上に見張らしき存在は確認できるものの、警戒の為に周囲を警邏する兵士はいない。あくまでも、攻め寄せられるとは考えていないようだ。
「緩い部隊ですね」
「本当の傭兵か盗賊団なのでしょうね。でも……中々の魔力を有している人間が上階に数人見て取れるわね」
彼女の魔力量を生かした遠距離からの魔力走査で、恐らくは上層階の個室にバラバラに居を構えているようだ。下の階で騒いでいる部下とは線引きするように別行動している事を考えると、雇い主側の存在なのかもしれない。
少し考えたものの、彼女は予定通り行動を開始することにした。但し、同行者に赤目銀髪と灰目藍髪を指名する。
「二人の役割りは、見張塔の上から魔力持ちを監視して狙撃することね」
「了解」
「承知しました」
三つの塔がある廃城塞だが、街道上に聳えるやや低めの見張塔に二人を配置し、正面の茶目栗毛たちの死角をフォローすることになる。魔力持ちなら斜面を転げ落ちるくらいの事は行えるだろう。
「魔銀の鏃と聖鉄の弾丸の使用も許可します。恐らく、普通の人間では無い者が相手でしょう」
ノインテーターを完全に殺すには手間がかかる。が、無力化するのはさほど難しくはない。再生能力が高い、首を斬り落としても首を繋げれば再生するとはいえ、魔銀のダメージや聖鉄の効果が無効化されるわけではない。自分で弾丸を除去することも難しいだろう。
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「土の精霊であるノームよ、我が願いを聞き届け給うなら、その結びつきを認め我が魔力を対価に応え、我の欲する土の牢獄を築き給え……『土牢』
「そして土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の土塁を築け……『土壁』
出口を馬蹄形に囲むよう幅2m、深さ3mの壕が掘り下げられ、その掘り下げた土を土塁へと成型していく。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の槍で敵に備えよ……『土槍』
1m程の長さの槍状の逆茂木が地面から壕の外側全周に張り巡らされる。そして……
『堅牢』
城壁として十分な強度を持つ壁と土製の逆茂木が完成し、これで容易に廃城から逃げ出す事は出来なくなった。
「では、行って参ります」
「お気をつけて」
茶目栗毛と碧目金髪を残し、彼女と赤目銀髪、灰目藍髪は彼女の成型した魔力壁の階段をのぼり、城塞の外周から一気に見張塔の上の盗賊の背後へと近づいていく。
『雷撃』では威力があり過ぎ、また周囲の関心を集めてしまう可能性がある。先日、オリヴィから聞いた魔力を剣に纏わせる術の応用を彼女は実行することにする。
「雷の精霊よ我が働きかけに応え、我の剣にその身を纏え……『雷』」
小声の詠唱、その声に気が付いたのか見張が塔の外を覗き見る。
「な、なっ!」
Tamm!!
小さく触雷した見張は、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。
「……すごい……」
「これなら、先生一人で制圧できそうですね……」
パニックを起こす傭兵の群れの中に少数で入り込むより、彼女単独で暴れ回る方が安全だと二人が納得する。
『触るな危険……って感じだな』
『魔剣』のツッコミを聞き流し、二人に縄で縛り上げ口を塞ぐように指示をする。
「魔力走査を使用して、魔力持ちを狙って頂戴。出来るだけ単独でいる者をね」
危険と判断した場合、二人で魔力壁を用いて崖下に逃走することを許可し、彼女は城内へと向かう。
見張塔からの渡り廊下を移動し、城館へと入る。上階には複数の魔力持ちの気配、階下では大きな声で騒ぐと男たちの声。
小火球と油玉を形成し、二階の階段の入口から一階に向け、ポンポンと送り出す。次々に広がる火の海に気が付いた盗賊たちが、一斉に騒ぎ始める。
「か、火事だぁ!!」
「火を消せ。水だ、水を持ってこい!!」
「やべぇ、ここから逃げ出せ。出口を開けろ、もたもたすんなぁ!!」
半ば泥酔状態の者もおり、火が家財や敷物、あるいは置いてある革鎧などに引火して恐慌状態がますます悪化する。出口に向かう者、右往左往する者、火のついた仲間を助けようとする者、様々である。
『おい、魔力持ちが動き出したぞ』
上階の気配を伺うと、二人が飛び出してきたのが見て取れる。
「おい!! 何やってやがる!! ボヤ騒ぎ起してんじゃねぇぞぉ!!」
彼女より頭一つ以上背の高い猪首の浅黒い肌の男が階下に降りてくる。
『どうすんだよ』
「良い考えがあるの」
彼女は階段を駆け上がると、下から猪首の男の膝を斬りつける。
「ガアッ!!」
痛みでかがみこむ男の首がちょうどいい高さに下がったところで、今回は久しぶりに使う事にした魔銀のスクラマサクスで首の後ろを斬りつけ刎ね飛ばす。
大きな音を立てながら階下に転げ落ちる猪首。
『おい、随分乱暴だな。どこがいい考えなんだよ』
「首を刎ねて死ねばただの魔力持ち、回復して首を継げればノインテーターじゃない」
『……お前なぁ……』
初心に戻り、絶好調の彼女である。室内の乱戦である可能性と、サクスが片刃の剣であることから、魔銀製の鈍器として『雷』を用いて制圧する気なのだろうが、魔力持ちは即斬のようだ。
「生かしておけば、後々面倒になるわよ」
『確かにな』
魔力持ちであれば、普通の兵士や役人相手では拘束することも困難だ。また、懲罰を与えている最中に反抗し魔力を用いて暴れる可能性もあれば、奪還しに人が派遣される可能性もある。殺してしまえば後腐れがない。
「そもそも、ネデル兵の魔力持ちなんて殺してしまうべきでしょう。あとあと遠征で大変じゃない」
転げ落ちた仲間を確認しに階段に近づいてきた今一人の魔力持ちの腹を魔銀の剣に魔力を込め貫く。引き抜くと同時に内臓が飛び出し、腹を抑えてやや長髪の若い男だろうか、前かがみでしゃがみ込むので同じように首の後ろをチョンと刎ね飛ばす。
男の首は階段下に落ちていき、そのまま胴体は動かなくなる。
「ハズレね」
『アタリを引いても嬉しくねぇだろ』
アタリが吸血鬼であるとすれば、嬉しい者はいないだろう。彼女は、三階の開いたドアの部屋に入り込む。どちらか殺した男の使っていた部屋だろうか。めぼしいものを探す前に、魔法袋に外していた武具や背嚢の類を納めていく。
魔力持ちの位置を魔力走査で確認しつつ、彼女自身は気配隠蔽を行う。
一人の魔力持ちが三階の窓から外に出たようだが、途端にPowという小さな発射音と、その後の小さな爆発音がする。そして、糸を引くような断末魔の叫び声と地面への激突音。見張塔の二人の狙撃によるものだろう。
城館の正面では外に逃げ出しただろう盗賊共が、暗い足元の穴に落ちたのに加え、土の杭に体のどこかを貫かれ、更にその上に仲間の盗賊が落ちてきたのだろう、阿鼻叫喚の叫び声が聞こえている。
「半分ぐらい生き残るかしらね」
『まあ、生かしておいても面倒だよな』
王国であれば、騎士団に連絡を入れて事後処理はお任せとなるのだが、メインツ大司教領ではそうもいかない。少なくとも、依頼主であるビゲンの街までは生き残った盗賊を連行しなければならない。とても面倒である。
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家主が逃亡するか死んだ部屋の捜索を終えた時点でも、残りの二人は部屋から動かないようだ。恐らくは、武装し直しているのだろう。最初に飛び出して来た二人は、胴衣のみ着用しており胸当や小手などはつけていなかった。不意打ちを避けるためにも、防具は必要だ。それに、既に簡単には逃亡できなくなっているのだから、準備を整えた方が良い。
『討ち入るのも危険かもしれねぇぞ』
『魔剣』の言う通り、中で待ち構えているとすれば、防衛用の罠の類が仕掛けられている可能性も高い。襲撃があると考えてはいなかっただろうが、反撃の方法くらい指揮官なら考えていてもおかしくない。
階段から離れた奥の部屋に二つの気配。一つはやや大きく感じる。
奥の部屋へと近づきおもむろにドアの正面に立つ。
Baann!! Bann!!
扉越しに大口径のマスケットが放たれたのだろう、鉛弾がドアを撃ち抜いて彼女に命中する。
「『魔力壁』展開しておいてよかったわ」
鉛弾はコロリと足元へ転がり落ちる。ドアを蹴破り、油玉を数個投擲した後、小火球付きの油玉を中へと飛ばす。
東側の窓際に完全武装の騎士風の男、そして、北側の窓際には漆黒の革鎧を身に着け細身の剣士風の男がともに片手剣を構えて立っている。どうやら、銃を再装填する時間はないと思い剣に切り替えたようなのだが、銃撃を受けて倒れる音が聞こえなかったことで、剣に持ち替え待ち構えていたようだ。
「こんばんは。いい夜ね」
『まじか。こんな小娘が仕掛けて来たってのかよ』
「外見は中身を必ずしも表現していません。あなたは、この方の魔力を感じないのですか?」
『ああ、そういうのは分からねぇんだ』
剣士はどうやら魔力持ちの強者、そして騎士は……ノインテーターのようだ。
『これじゃあ、首を斬り落とすのは手間だな』
首回り迄しっかり防御されているバゴネットでは、首を斬り落とすことは中々に難しい。と普通は思う。
騎士はずいと炎の中を前進し、前に出てくる。剣を構えると、熱さが気にならないような素振りでそのまま斬りかかって来る。
『吸血鬼確定か』
「我慢強いだけかもしれないわよ」
魔銀の剣に魔力を込め、剣を剣で斬り飛ばす。根元から刃が切り飛ばされるとは思わなかった騎士が一瞬硬直する。その隙に、彼女は剣を持った腕を肩口から斬り落とした。
『ガアッ!! 何、斬り落としたとしても……ちょ、ちょまてよ!!』
彼女は一瞬で騎士の足元に近寄ると、左手で斬り落とされた腕を魔法袋に収納する。吸血鬼の持つ再生能力というのは、元になる吸血鬼の能力により左右される。
真祖若しくは真祖に近い貴種であれば、腕の一本程度即座に再生することができるかもしれない。多くの人の命を奪い、その肉体に取り込んだゆえの能力と言えるだろう。
ノインテーターは確かに首を斬り落としても死なないという特殊な能力を持つものの、吸血鬼としての身体能力は隷属種と変わらない少々魔力のある者であれば十分対抗できるオーガ程度のものだ。腕を斬り落としても、再生などできない。
首を落しても死なないし、継げばいい。というのならば、首を継げないように腕から斬り落とし収納してしまえばいい。そう彼女は判断した。片腕で斬り落とされた首を元の位置にキッチリ収めることは難しいのではないだろうか。ズレるよね。
『う、腕返せ!!』
「返せと言われて返す馬鹿がいるのかしら」
そう言い返すと、再度右側からスクラマサクスを振り抜き、騎士の首を刎ね飛ばし胴を炎の中に蹴り入れたのである。