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第374話 彼女はメインツであれと会う

第374話 彼女はメインツであれと会う


 彼女の姉は、暫くサボア公国で修道女達と過ごしているはずである。そう言ってリリアルで別れたはずなのだが……


「姉さん、こんな所で油を売っている場合ではないでしょう」

「いやー お姉ちゃんは主にワインとか蒸留酒を売っているんだよ。まあ、アルコールも油の一種?」


 と、相変わらずとぼけた事を言い返してくる。お伴は何時ものアンデッドな侍女アンヌである。


「こんな所で立ち話もなんだから、どこかでお茶しながらお話しようよ」

「……遠征帰りで疲れているのだけれど」

「ああ、そうなんだ。錬金工房があるんでしょ? そこに案内してもらおうかな」


 姉はメインツのアジトに興味津々なようで、はよ案内せよとばかりに彼女を急かせる。


「姉のアイネじゃねぇか」

「お、犬の人こんにちは」

「い、犬じゃねぇ!!! 狼さんだよぉ!!」


 狼人は犬扱いに敏感であったりする。どうやら、赤目銀髪が兎馬車に同乗し先に向かうようである。彼女たちも馬車で後を追う。ギルド前で目立つのはあまりうれしくない。姉がいれば、何もしなくとも目立ってしまうのは何時ものことである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「なんかいいねここ。錬金工房って感じするね」

「……居抜きで借り受けているから当然ね」

「あ、落し穴。でもさ、こんな分かりやすい罠に掛かる奴っているのかな?」


 そんな姉の心無い一言に傷つくアンデットが一匹いたりする。


「人間にはあまり効果がないのだけれど、ノインテーターには効果があったみたいね」

「……ノイン?……って何のこと?」


 論より証拠ではないが、説明するのが面倒である彼女は、馬車から降ろしてきた『首だけワルター』を姉に見せる。姉がゲラゲラ笑い始める。


「なーにぃーこれー、おっもしろーい!!」

『……面白くねぇ……』

「ご挨拶は?」


 赤目銀髪に促され、ノインテーターとなった元ネデルの神国傭兵であるとワルターが自己紹介する。


「でもさ、普通吸血鬼って首を斬り落とすと死ぬんだよね」

「ええそうね。でも、帝国やネデルで発生する別系統の不死者はレヴナントと吸血鬼の中間のような存在になるみたい。それがノインテーターと呼ばれるネデルに潜む魔物ね」

「へぇー そんなの王国に入り込まれたら大変だね」


 『主に妹ちゃんが』と姉は付け加える。全くその通りで面白くない。


 彼女は姉に、実物のノインテーターであるワルターを見せながら、聞き取った情報とアンデッドの生成事情の仮説を話す事にする。


「生前のワルターは熱心ではないけれど真面目な衛兵だったのだと思うわ」


 真面目な衛兵が神国軍の傭兵に転職した結果、様々な異端狩りの捕り方として異端審問官の手先となり、今まで同じ街に住んでいた顔見知りや知人を捕まえ牢送りにする手伝いをする事になった。恨み言を言われ、罵倒され、それまでは敬意をもって接してもらえた市民たちから汚物を見るような目で見られるようになった。


「アルラウネの元で魂を取り込まれて死ぬことでノインテータとなるという噂を聞いた心の弱い中年男は、一人で噂で聞いたデンヌの森のアリアドネの元に足を向け、酒に酔ってその場で寝込んで凍死した……そして、吸血鬼(ノインテーター)に転生したといったところかしら」

「えー なんでそのまま普通に自死しないの?その辺、踏ん切りが悪いよね」

『……や、やっぱ死ぬのは怖いだろ?』


 優しさではなく気が小さいが故の性格であったのだろう。不死者となって他人を蹂躙したがる傭兵や盗賊よりは幾分マシではあるが。


「それで、妹ちゃん達はそのアルラウネを討伐する気なんだ」

「会話が成立するならば、別の形で説得したいわね。不死者を作り出さず、大人しく森の中で生活してくれないかというお話ね」

『難しいだろうな。討伐した上で、屈服させないと魔物は言うこと聞かねぇぞ』


 魔猪や狼人もそうであったが、自分より強い者に従う性格なのは植物の精霊由来の魔物でも変わらない可能性は大いにある。人を取り込んで食する可能性もある。


「ネデルの吸血鬼狩りは暫くかかりそうだね」

「ええ。オラン公の軍に同行して、ネデル領内で現れる吸血鬼を討伐する過程で、吸血鬼を育成している組織が存在するならばそれも討伐する……暗殺者養成所というものもデンヌの森にあると思われるから、時間が掛かりそうなのよ」


 姉は「暗殺者養成所」という言葉に反応する。


「サボアでさ、反大公派の貴族が悪さしていてね、裏に帝国領ミランの総督辺りが付いているんだと思うんだけど、街道でサボア公領以外の行商人や巡礼を襲っている村を操っていたんだよ」


 王国からトレノに向かう大山脈越えの街道に現れる山賊は、その地を治めるサボア公の代官と結託し、帝国と繋がった人身売買組織であったという。


「その引き取られ先がね……」

「ネデルの暗殺者養成所……ね」

「ご名答。未だに捕えられている子供や、その親たちも助け出せないかなと考えているわけ」


 養成所では子供を暗殺者に育て、その生きた的として大人を収監しているのではないかと推測している。実の子に親を殺させている事も考えられるという。


「サボアにとっても、王国にとってもオラン公側の勢力にしても……養成所目障りでしょう?」


 サボアで攫った人間をネデルに送り込み、そこで育成した暗殺者や諜報員を王国やネデルに送り込み敵対する勢力を暗殺・破壊工作をするような組織があって良い事は何もない。


「姉さんはどうするつもり?」

「行商するつもりだよ。それでね……」


 姉は古い地図を懐から取り出す。


「これは、聖征のあった時代の頃のネデルの地図だよ。ネデル・ランドル辺りからは相当、聖征に騎士が参加しているからね」

「確か、聖王国の国王になった家系や修道騎士団を始めた騎士もこの辺りの出身の貴族よね」

「そうそう。で、枯黒病が流行った時代に、領地の中で廃村や廃都となった中小領主の領地があるわけだよ。そこが、そのまま丸々育成所に転換されていると思うんだよね」


 枯黒病で使われなくなった『街』であれば、居抜きで使える。街全体を訓練施設として利用できるメリットは大きい。いわば、街そのものが暗殺の舞台として訓練できるからだ。


「自給自足するにしても限界があるでしょう? 川沿いか脇街道から狭い谷を通った先にあるような、周りから見えにくく人の往来の痕跡を隠しやすい場所。今の地図と照らし合わせて、無くなっている『街』で条件にあった場所をいくつか確認すればいいと思ってるんだよね」

「そこで、この首だけアンデッドが役に立つと良いわね」

「そうそう。ジローが役に立つと良いと思うんだよ」

『……ジローって誰だよ』


 姉曰く「ワルターとかカッコいい名前じゃダメ。あんたはジロー」と言いきられる。


「確かに……名前負けね」

「でしょ? 君は今日からジローに生まれ変わった」

『変わってねぇ!!』


 姉は一先ず、ジローを連れ、アルラウネと暗殺者養成所の場所を探るため、ネデルに向かうという。修道女姿で。


「それで、姉さんは神国領に入っても大丈夫なのかしら」

「なに、妹ちゃん、お姉ちゃんのこと心配?」

「し、心配ではないわ。その、ニース家や王国に迷惑を掛けないか懸念しているだけよ」


 姉は「No 心配ない」と答える。


「ニース領はね、『神帝連合』に参加しているんだよ。だから、ニース商会の名前で安全は担保されるんだよね。私、一応ニース家の嫁だしね」


『神帝連合』というのは、サラセンの内海での西征に対して教皇が音頭を取って編成された対サラセン軍事同盟のことである。神国・帝国軍を軸に、内海に属する海軍を持つ国を中心に編成された存在で、ニースは『聖エゼル騎士団』に所属する海軍を教皇から任されているのだ。


「今は、聖エゼルって王国とサボア公国とに分かれて存在するんだけれど、その昔、海軍の拠点はニースにあってさ。教皇から預かっていた存在なのね。騎士団がサボア領内の拠点はサボア公に与えられ、王国内の騎士団領は王家が預かっているんだよ。で、『マレス』島防衛戦で騎士団の軍船がそれなりに活躍してさ、神国とはそこそこ仲が良くなっているんだよ。主に、うちの旦那が」


 そういえば、姉の夫であるニース家の三男坊は船乗りであり、ニースの軍船が出撃する際は指揮官となっていた。マレスにも三男坊は参加しているのだろう。


「なので、神国領内で『ニース提督の妻』というのは、神国総督からしても厚遇すべき存在だから、何かあってもひどい目には合わないと思うよ」

「……姉さんがひどい目に合わせる事はあってもね」

「ありゃ、それは誤解だよ妹ちゃん。周りが勝手に巻き込まれるだけだよ」


 嫌だわおほほ、とばかりにわざとらしく笑う姉。


「ネデルで行商をするのはワインを主に扱うのでしょう?」

「そうだね。あ、リリアルのポーションがあればさらに助かるかな。蒸留酒もトワレもあるから、ポーションもあって困らないし、軍人ならポーションも欲しがるでしょう。それに……」


 姉は「暗殺者養成所もね」と付け加えた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 姉には手持ちのポーションを全て渡す事にする。今回の素材採取で、同じ数程度は作れると思われると同時に、ポーションを渡して姉には早めにネデルに旅立って欲しいという希望もある。


「いいの……こんなに」

「ええ。錬金工房の施設でそれなりに補充できるのだし、こちらは特に問題ないわ」

「じゃあ、出来るだけ高く吹っ掛けてくるわね」

「……そこは、友邦価格で安く売って恩を売るべきなのでは?」

「ははは、植民地から収奪しまくる神国にそんな思いやりは不要だよ。それに、お金を貯め込むのは良くないらしいから、出来る限り私が掠め取ってあげることが、彼らにとっては良い事なんだよ……きっとね」


 その後、姉を「黄金の蛙亭」に招待し、夕食を皆で共にする事になった。帝国の中では群を抜いて落ち着いた雰囲気のメインツの街を喜びつつ、「あーここに支店が欲しいねぇ。錬金工房のそばとか」と口にするのである。


「錬金工房は居抜きで安く借りられたのだけれど、この街は家賃かなり高いと思うわよ」

「そうなんだ。ここよりも、トリエルの方が立地的にはいいんだよね。街も小さいし、出店を嫌がる感じはしないんだ。でも、ねぇ……」


 姉曰く、人口はコロニアやメインツの半分以下、防衛施設的には弱く、内戦でも帝国で起これば被害も出やすいと考えているという。


「ニース商会の商会員に損害が出るのも嫌だしね」

「あそこなら、王国に比較的近いのだし、政治的にも中立じゃない。トラスブルやコロニアよりもずっとましよ」

「そうだね……まあ、ヴィーちゃんにも聞いてみよう。あの子、確かトリエルの大司教様と昵懇だしね」


 騎士の反乱、背後で操っていたのは首謀者である帝国の上級騎士の夫人に収まっていた吸血鬼であったという。反乱騎士軍に包囲されていたトリエルを救った事で、トリエルの大司教座と縁ができ、その後の反乱軍の討伐にも影乍ら協力したのがオリヴィの過去だ。


 オリヴィは、七人の選帝侯と呼ばれる帝国内の大領主のうち、三人と縁があり、過去冒険者として依頼を受け大いに助けたことがある。帝国内で『灰色の魔術師』と呼ばれる著名な冒険者である由縁でもある。


「さて、目指すはコロニア、そしてロックシェルに一先ず入ろうかな」


 ネデルにある神国総督府及び、ネデル統治の主要な行政・司法機関がある大都市がロックシェルである。神国総督の直接統治が始まってから五十年ほど経つが、その間、内海と外海を繋ぐ貿易の中心地として繁栄した都市から徐々に商人たちが逃げ出し、ネデル北部のアント(Ant)

ブルペン(bullpen )からさらに北のアムステラ(Amsterla)へと移動し始めている。


 商人同盟ギルド諸都市が帝国内において大領主の影響下に収まり始め、内海と外海を繋ぐ貿易の主な担い手がネデルの商人となり暫くたつのであるが、ネデルにおける商業の中心地やその役割も大きく変化してきていると言われる。


 それまでが、シャンパー市に変わる交易地でしかなかったランドルの都市からネデルにその場を移す際に、多くの商工業者や貿易商人が集まり、製造拠点としてもネデルは都市を発展させたのだが、皇帝や国王の干渉を受ける事で、受けた都市を離れ新たな場所へと商工業者が移り住んでしまう現象が起こっているからだ。


 そして、拡散された人の繋がりがネデルの外へ広がり、連合王国や神国、王国・帝国の中へと浸透していっている。多くは原神子派の信徒であり、それぞれの国では異分子扱いされる事も少なくないが、教皇と対立している帝国皇帝や連合王国においてはそれなりに活動しやすいようで、拡散しているのだ。


「オラン公も、ネデル北部の方が活動しやすいんだろうね」


 北ネデル、即ち外海に面した港湾を持つ地域は、私掠船も立ち寄りやすく、ロックシェルからも遠く離れている為、軍を派遣されても立ち回りしやすい事ではある。また、帝国領となってから日も浅く、元々は司教領とされた未開の地であった。神国・御神子教の教会に対する反発心も強い地域だと言えるだろう。


「そんなことは、オラン公が考えればいい事ね。私たちは、王国に仇為す存在を王国の近辺から排除するだけよ。ネデルには少なくとも、王国の民を害する吸血鬼の巣と暗殺者の育成施設があるのだから、それをオラン公の軍に便乗して討伐できればリリアルの活動目的は達せられるのよ」

「わかってますー ネデルは商人繋がりでボルデュのワインが強いんだよね。私としては、そこに喰いこめるなら十分だよ。シャンパーとネデルは元々同じ君主に治められていた地域だからね。売れないはずないよ☆」


 シャンパーワインは姉の口車に乗って、葡萄畑の作付けを増やす計画を進めている。葡萄を植えても数年は実が生らないという事もあるので、少しずつ増やしていく途上なのだが、味の劣化する樽のワインより、蒸留した味の変わらないブランデーの方が扱いやすい。高価なガラス瓶で保管することも容易となる。


「コニャックとかアルマニャックなんてのが今は人気だけれど、妹ちゃんのポーションで突破口を開いて、シャンパーの蒸留酒だって売れるようにするんだよ。一石二鳥だね☆」


 姉はいつでも一つの行動に複数の意味を持たせる事を考えている。そんな姉のたくましさを彼女はいつも羨ましく思うのである。




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