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第373話 彼女は為すべきことを確認する

第373話 彼女は為すべきことを確認する


 会議を終え、彼女は今回の訪問で必要な伝達事項を伝え終えたこともあり、一度メインツに戻り、実際の行軍開始までアジトで待機しつつ、冒険者として活動しながら情報収集を行いたかった。


「もう戻られるのか?」


 審判をして多少親しくなったルイからの問いかけに、オラン公には内諾頂いているとしてメインツに戻るつもりであると伝える。


「情報収集も必要ですので。一度コロニアに向かいたいと思っております」

「……ノインテーターの件か」

「それ以外にもですわね」


 吸血鬼を栽培している『暗殺組織』の存在に関しては、茶目栗毛の過去情報しか存在しない。ネデルの森のどこかという程度である。暗殺組織に関わる存在がメインツではなくコロニアの冒険者ギルドなどで確認できないか調べてみるつもりでもある。


 実際は、この場所に長く滞在することに意味を見出せなかったという事もある。




 一度メインツに戻る事にした彼女は、戻る途中でポーションの材料となる薬草をメイン川東岸を北上しながら採取するつもりであった。西岸はメインツとコロニアの間の街道もあり、人も多く住んでいるが、対岸は比較的人口も少なく、薬草の採取や魔物の数もそれなりにいると考えられたからである。


 メインツに戻るに際し出来るだけ野営を経験するなどして、オラン公の軍に参加した際にマッチング出来るようにしたいと考えていた。薬師組は遠征の経験も少なく野営も当然行う機会が無いからである。


 馬車で城を出て、暫く川沿いを移動した後、馬車を収納する。


 森に入るのに、馬車では難しいからだ。


「ここから、騎乗で移動する組と、薬草を採取しながら移動する組で別れて活動します。この遠征で使う分は既にポーションとして確保できているのだけれど、メインツの錬金工房で回復ポーションを作り込みたいと考えているからね」

「ふむ、オラン公の軍に売りつけるのか?」


 狼人の問いに彼女は首を振る。オラン公の軍の中核は傭兵達であり、常備の軍ではない。お得意様になってもらえるのは別の集団だ。


「その辺りは野営の時にでも話をするつもりです」


 彼女は、赤目銀髪と碧目金髪、茶目栗毛と灰目藍髪のペアを作り、『猫』を先行させ薬草の在り処を探らせながら森の中を進んでいくことにした。周囲の警戒は、騎乗の彼女と狼人の仕事となる。


「あなたは前に出て、魔物がいれば露払いを。私は後方の安全を確保する事にするわ」

「任せておけ」


 魔力走査を広い範囲で行い、彼女はゆっくりと森の中へ馬に乗り入っていった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 素材になる薬草はとてもたくさん採取できたのは、やはり人があまり足を踏み入れていないからだろうとメンバーは口を揃えて報告している。森の中でやや開けた野原を見つけ、そこで馬車を出して野営を行う事にする。


 馬車の周りを土魔術による土塁で囲んだのは、騎乗で楽をした彼女のせめてもの心尽くしと言ったところだろうか。鉄鉱石の精錬も行い、『聖鉄』作りにも余念がない。半ば最近のライフワークと化している。


「今日はお疲れさまでした」

「久しぶりの薬草採取楽しかった」

「最近は、薬草畑で採取している事が多いので、勘が鈍ってた気がします」


 と、赤目銀髪と碧目金髪が呟く。狼やゴブリンも時々遭遇し、ちょこちょこと討伐する必要があった。さほど脅威とも言えないのだが、野営の際には狼人は一人番をするので問題なさそうだ。半魔物は二徹三徹も全然関係ないと言うのでお任せする事にする。


 簡単なパンと土魔術で作った炉で煮込んだスープという食事でも、堅苦しい城での食事より余程楽しいのか、六人の会話は宿に泊まった時よりも弾んだ。


「改めて、今回の遠征の目的を確認しておくわね」


 一通り食事が終わった後、片付けを終えた全員に向かい彼女は切り出した。


「一番の目的はネデルに潜伏する吸血鬼の討伐。今のところ、聖都を襲った帝国の系統ではなく、ノインテーターの存在しか確認できていないのだけれど、可能であるならばその両方を討伐したいのね」

「その為にオラン公軍に参加すると」

「ええ。冒険者と言えども神国の総督が異端狩りを行っているネデル領に入り込んで調査するのは無理があるでしょう。万が一、異端狩りに関わってネデルの役人や騎士達と戦闘になるのも困るもの」


 王国内であれば、「リリアル男爵」という肩書と騎士団・国王の下命を受けて動いているという態で様々な捜査が可能であったが、国外ではそうはいかない。ネデルに侵攻する遠征軍に参加すれば、神国軍に潜む吸血鬼が現れる可能性が高いと彼女が考えていた。


「それと、ネデルが不安定である方が王国にとっては都合がいいみたいね」

「……それはどのような意味でしょうか?」


 灰目藍髪の質問に、彼女は「はっきりとは言われていないのだけれど」と断り、彼女の推測を交えて説明する事にした。


 ネデルは元々帝国の一部であったのだが、海運が盛んであり、また連合王国から買い入れた羊毛を船で運んでネデルの諸都市で毛織物に加工する関係から、連合王国と関係が深い。


 また、現在の女王の父王の代に修道院を廃止して財産を王の物としたり、連合王国内での教会の最上位を国王であるとする法令を発して教皇と対立する関係にある。ネデルの原神子教徒とは宗派が異なるものの、反教会・反教皇という点で立場が近い。


 そして、神国の貿易船を私掠船という形で連合王国も、オラン公側に属するネデルの船も攻撃している。神国という共通の敵に対してこの二つの勢力は手を結びえるのだが、連合王国と王国は長らく敵対関係であることからすれば、潜在的にはネデルともそう仲良くはできない。


「今は、神国の勢力を弱めるためにネデル独立派……とでも言うべきオラン公に協力する事は問題ないのよ。このまま神国がネデルを完全に掌握する事になれば、ネデルの軍が進むのは陸続きの王国に違いないのだから」

「そうでしょう。ミアンや聖都はとても危険だと思います」


 ネデルの状況は商人を通じて王宮も随時把握をしている。ネデルから逃げ出す原神子信徒が王国に入り込んで問題を起こす可能性を考え、ミアンには近衛の部隊を一部騎士団とは別に配置をしている。また、騎士団も増強し、聖都とミアンの間の警邏の密度を拡充してもいる。


「時間を掛けて神国駐留軍とオラン公に付く反乱軍勢力が対峙してもらう事が重要なのね」

「片方が勝ちすぎても困る」

「ええそうよ。王国がこの状態なら、即座にロックシェルの総督府に侵入して総督らを捕らえるようにするでしょうけれど、それでは私たちに利があまりないの。長く、ネデルが争って王国に害が及ばないように調整する事が大切ね」


 オラン公の軍はあまりに少ないので、まずは、吸血鬼のような強力な戦力で軍が壊滅しないようにセーブするのが当面の彼女たちの仕事になるだろう。が、勝たせ過ぎてもいけない。


「それと、吸血鬼以外のネデル総督府の協力者を削る事。具体的には、デンヌの森の中にあると考えられる『暗殺者養成所の破壊……』という事になるわね」


 彼女の会話に珍しく言葉を重ねる茶目栗毛。自らの出身母体である暗殺者養成所には、思うところが当然あるのだろう。


「……暗殺者」

「……養成所……」


 初めて聞いたメンバーが思わぬ事だと驚く。彼女は、孤児を集め教育し傭兵のような形で雇われる暗殺者を供給する施設であると説明する。


「リリアルっぽい?」

「そうかもしれないわね。私達も守るものが明確でなければ、暗殺者と変わらないこともできるのだから」


 焚火を囲み、飲み物を口にしながら爆ぜる炎を見つめつつ、彼女は同意する。「商売としての暗殺、破壊活動を行うというのは、冒険者ギルドならぬ暗殺者ギルドと言えるかもしれないわね。傭兵や冒険者の中にもそうした技術を身に着けた人が紛れ込んでいるかもしれない。今いる存在をどうこうすることは難しいかもしれないけれど、新しく育てられないように施設と……そこで教育を施す人間を始末する事で、禍根は一先ず断たれるのではないかしら」


 暗殺者としての技術を身に着けているだけで処刑するというのは問題があるだろう。が、暗殺者を育て供給する施設とその管理者を討伐する事は新しく生まれる者を……減らす事に繋がる。できれば、王国に来ないで欲しいのであるが、立地を考えれば帝国・神国もしくは連合王国に雇われ王国に害をなす存在を育てているだろう。


 教官ができるほどの人材を始末すれば、何年かはその施設の機能を麻痺させることができる。その間に、リリアルを始め王国は更に体制を整えていけば良い。


 恐らく、異端審問の為の捜査員もその施設出身者が少なくないだろうし、神国軍に所属する諜報員も共有しているだろう。滅ぼせば、オラン公の反乱軍の力になる。


「流れとしては、最初に戦場に出てくる吸血鬼を削って、調査を進めていく間に、ネデル領内にある施設の破壊という形でしょうか」

「概ねそうするつもりです。遠征が失敗に終わった場合、王国に戻り改めて調査を行うつもり。兎に角、暗殺者養成所と吸血鬼を生み出している元凶を最優先で討伐します」


 その上で、ネデルにメインツで作ったポーションを持ち込んで売ることを考えているという。


「ネデル……なんで?」

「敵に塩を送る事になりませんか先生」

「そうよ。ケガや病気になって困っている人も増えているはずよ。それに、腕のある錬金術師ならネデルに滞在する事を避けて余所に行く事になるでしょう。需要が大きく増えているのに供給が不足しているはずね」


 彼女は、ポーションを売りネデルの継戦能力を維持させつつ金銭的な負担を与えようとも考えている。ついでに、オラン公軍に従軍しても大して遠征費用の足しにならないことを考えると、ポーション頼みで活動資金を確保することも必要だ。


「ネデル領内に入るのは難しいのでは?」

「コロニアの薬師ギルドか冒険者ギルドで販売しようかしらね」


 薬師ギルドだと恐らく、商人同盟ギルドに加盟している都市の薬師ギルド所属でないと買取してもらえないかもしれない。反面、査定は下がるものの、冒険者ギルドであれば、帝国での冒険者登録がある彼女たちに買取をさせることは可能だと考える。


「それか、メイヤー商会経由も検討の余地があります」

「忘れていた」

「そう言えば、ブリジッタさんの知己でどなたかいらっしゃいませんか」


 メインツならともかく、ネデルでは難しいような気もする。むしろ、ネデルに有効な伝手を持つ存在を彼女は思いついたのであるが、あまり使いたくない存在でもあった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日は一日薬草を採取しながら移動し、更に野営をすることにした。特に変わった魔物やおかしな現象に遭遇するする事もなく一晩を過ごし、メインツの街に到着した。


「一先ず、冒険者ギルドで情報収集をして、ついでに少し回復ポーションを売って価格を確認しようかと思います」

「依頼も面白そうなものがないかどうか確認する」


 一応、オラン公の依頼を受けている最中……という設定になっているので、今回は常時依頼のようなもの以外は受けない事になっている。


「いや、ポーション作ったらコロニアに移動するんだから駄目じゃない?」

「コロニアへ向かう隊商の護衛とかでしょうか」

「船で下る事になるだろうから、それはそれで少々手間だろうね」


 コロニアで情報収集が優先である。


 初めに、ポーションを買取カウンターで売却の打診をする。


「回復ポーションの買取をお願いします」

「はいはい、助かりますぅ~♡」


 受付嬢曰く、やはりポーションの需要増加に仕入れが追い付いていない為、ポーション価格が高騰してるという。


「高くすればいいというわけにもいかないので、冒険者等級と販売数量を限定してギルドでは販売しているんですぅ」


 星三以上、一月に一本までという制限を付けているという。これは、下位の冒険者が高価なポーションを購入できるはずがないという点と、ポーションが必要になる事態を事前に回避するために危険な依頼を無理をして受けないように、また、受けた依頼の最中に無茶をしないように指導する意味合いもある。


「こちらのポーションは……とても状態がよろしいですね……」

「数量的には何本か出せますが」

「えっ、これ一本だけじゃないんでしょうかぁ!」


 彼女は、もう五本ばかり魔法袋から取り出して見せる。


「これで如何でしょうか」

「さ、さすが星四の冒険者さんですぅ。しょ、少々お待ちください」


 受付嬢は上司を呼びに行ったらしく、元冒険者然とした固太りの中年男性を連れて戻って来た。


「噂の妖精騎士様にお目に掛かれるとは光栄だ」


 と、どうやら素材担当の責任者であるこの男は、彼女が訪問した時にギルドに居なかったようで、真剣にうれしそうである。何だか、冒険者ギルドではあまりされたことのない反応をされ少々困惑する。


「それで、このポーションだが……買取で金貨二枚で一本当たり購入させて貰えないだろうか」


 以前は一枚で買い取り、販売が金貨一枚と小金貨五枚となっていたのだが、ここ二年ほどでその金額がそれぞれ倍になったのだという。


「錬金術師がいないのですか」

「それもあるが、素材の採取をうける駆け出し冒険者が傭兵に流れているという問題もある」


 傭兵は駆け出しでも冒険者よりそれなりに賃金が支給される。中には支度金として前払いされる金額もそこそこあるので、農村から出てきた少年たちは徴兵官に誘われ傭兵になる者が増えているのだという。


 彼女は六本を売却し、一先ずギルドでの用事を済ませることにした。情報はコロニアで収集する方が良いだろう。


 冒険者ギルドを出ると、目の前に見慣れた乗り物が停車した。兎馬車である。その馭者台には黒い修道服を着た二人の修道女がいる。


「あれ、妹ちゃん。こんな所で会うなんて偶然だね☆」


 何故かメインツに彼女の姉が現れたのである。



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