第372話 彼女は乞食軍の軍議に参加する
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第372話 彼女は乞食軍の軍議に参加する
「何だか避けられているような気がするのだけれど」
「気のせい」
「いや、しっかり避けられていると思います。まあ、ありがたいですけれど」
模擬戦が終わり、一戦目以上に彼女の対戦は衝撃であったようで、我先にと中庭を後にする傭兵達とは対照的に、何故か貴族たちは少々明るい雰囲気となっていた。オラン公には彼女たちがあくまでも魔物対応しかしないという事を未だ伝えられてないからなのだろうか。
少女二人がベテラン傭兵といい勝負……どころか、一方的に打ち負かしたのはどうなのかという気もするが。
「問題ありません。我々と軍隊では戦い方が違いますから」
「まあそうだな。攻囲戦と野戦で大きく分かれるけれど、攻囲戦なんて都市の周りを大軍で囲んでキャンプ大会だし、野戦は出来る場所も限られているし、滅多に起こらない。損害も出るからやりたくねぇしな」
「へーそうなんですねぇー」
騎士学校並みの教育を受けた茶目栗毛と、実際に百年前に攻囲戦・野戦を主に防衛側で担っていた狼人からすると、傭兵としての仕事と冒険者としての仕事には大きな差異があるという事は明白だという。
「あんま腕っぷしとか関係ねぇな。城壁もないような町や村を襲うにしたって抵抗されれば損害も出るし、時間もかかる。まあ、略奪暴行をボーナス感覚で与えるならまだしも、普通は計算が合う時にしかやらせない。まして、今回ネデルに入るわけだろ? 元自分たちの領地で略奪はさせないだろうから、傭兵だって集まり悪いぞ。金払いは向こうの方がいいだろうしな」
傭兵もこちらよりネデル駐留神国軍に付いた方が確実だし安全でもある。こちらに付いている傭兵は、元ネデルの貴族に仕えていた原神子派の騎士・兵士・傭兵達が主なのだろう。
軍を起さなければ、解散するしかない存在でもある。既に、ここに集まる原神子派の貴族達は身分を剥奪され財産没収されている存在であり、いつまでも兵を養えるほど資産が残されているわけではない。時間の経過と共に溶けて無くなるような戦力なのだろう。
「兵を養うのは大変な事よね」
僅か半個中隊規模のリリアルでさえ、資金繰りは大変なのである。その敷地・主たる城館は王妃様から貸し与えられた物であるから問題ないとしても、それ以外の宿舎や様々な動植物を育て、鍛冶工房やその他宿屋なども経営しているのだ。専業のリリアル出身の使用人とニース商会の協力があって初めて成り立っている。五十人ばかりの組織でさえ様々な仕事が存在する。
まして、領地も収入も失ったネデル貴族に後はないのだ。
この後に行われる会議にオブザーバーとして参加する事になっている彼女であるが、依頼の内容の周知とノインテーターについての事前情報を幹部に伝えるという役割がある。
『何にもなきゃいいけどな』
「それはあり得ないわね」
彼女は他のメンバーに別れを告げ、呼び出しに来た侍従に案内され会議の場へと向かうのであった。
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ネデルの南側、デンヌの森を抱え、旧ローヌ公国の中心に近い地域は古の帝国時代から人が住んでおり帝国の支配下にあった地域である。ここは、帝国崩壊後も御神子教の元に纏まっており、言語も王国語の方言のような地域が多い。時代によっては王国に帰属していたこともある。
反面、外海に面している北部は古くは蛮族の地であり、特にメイン川から北の地域は帝国の版図の外。入江の民が侵入した時代においては時に征服され、時にはともに連合王国や王国に侵入したこともある。
それ故、その時代においては司教領として教化が行われていた。
古くから帝国・王国として帰属していた地域が今の時点では発展しているのだが、その為に今の宗主国である神国に強く支配されているという面もある。反面、北はさほど都市が発展していないものの、干拓された土地は穀倉地帯となっており、また、海に近い場所では船舶を多く保有して海運を担っている人々が多くいる。
南部の商工業者は弾圧されており、北部は海運業を中心とした就業から半ば傭兵のような活動をしている者も少なくない。船乗りは全員が戦士になる必要があるのは今も昔もなのである。
そう考えると、今の時点で神国兵が多く駐留しているのは南部であり、取り返したい場所でもあるのだが、七万近い神国兵、その内、戦慣れした精兵である本国・法国出身兵だけでも凡そ二万。対する反乱軍と言えば……
『金がないと戦争は出来ねぇよな。まして外征だもんな』
「そうね。王国も先々代の頃にサボアやミランに遠征を繰り返していた頃は王家の財政も火のクルマであったというもの」
百年戦争の頃、連合王国軍の遠征軍は多くの場合王国の派遣する軍より数的に劣勢だった。勿論、騎行戦術を行い王国に多くの打撃を与える長弓兵を抱えていたとしても、騎士も歩兵も数はずっと少なかった。これは国力・人口の差もあるだろうが、遠征軍を多く派遣するには兵站が困難であったという事もある。
今目の前で行われている軍議は、その延長線上にある。そして、騎行戦術は取れず、長期間ネデルを荒らし回れば良いというようなものでもない。一時奪い返したとしても、長期的には維持できるとも思えない。
重要な経済的な領地は南であるが、抵抗を継続するのであれば北部の海に面した都市。尚且つ、協力する船舶を保有している有力者を味方に付け、いざという時は海上に逃げる必要性もある。
その上で……
「兵力は三千ないし四千か」
「それ以上は金が持たないでしょう。不足すれば叛乱ないし、略奪を行い始めかねない」
「「「「……」」」」
ということなのである。反攻しなければ、取り上げられた物をそのまま認める事となる。身分は剥奪され、財産は没収。そして、異端であることも認めた事になる。宗派対立だけでなく、ネデルの貴族を介した間接的な統治から、神国総督と神国軍による直接統治・占領になることをネデルの貴族も民も認めたことになる。
何のために、人の住まない沼地に居を構え自分たちの住処を守ってきたのか分からなくなる。当然それは、許容できない。
オラン公には兄弟姉妹を通じて、ネデルの高位貴族との姻戚関係が存在する。これは、ネデル以外でも貴族同士で婚姻関係を結び地域として結束することは珍しい事ではない。ネデル東部の貴族は帝国のメイン川中下流域の貴族と婚姻を結んでいることが多く、この地に集結している理由もそれである。
その義兄弟の一人にファン・デベルグ伯爵がいる。オラン公同様、以前は州総督を担っていた義兄である。伯の領地は、帝国に隣接するゲルダ州である。
メイン川流域の北部と西部に領地が分かれているものの、西部であればコロニアからさほど遠くもなく、最初の外征先としては適切ではないかと思われる。但し、三千しかいない戦力であるが。
参加している中で、ナッツ伯は外征には参加するはずもなく、旧領主である義兄のデベルグ伯爵とその配下の騎士達が中核となり指揮をとる事になると思われる。
方針としては問題が無く、但し、これは占領を伴う軍事行動ではなく、国内に残る原神子派に対する示威行動であると定められた。神国軍が出てくれば距離を置き全面的な戦闘を行わないということである。
実際に回復するとするのであれば、更に北部の海に面した地域に軍を駐留させたいと考えていた。神国総督府のあるロックシェルから距離もあり、討伐軍が派遣されたとしても、その動きに対応し自軍を移動させる……転進させる事も可能だからだ。
春先にゲルダへ遠征。その後、短い再編期間を置き夏前に北部へと遠征する事を計画していた。
だが、共に戦力は三千程度であり、それもネデルの貴族に従う者と帝国傭兵の混成部隊に過ぎない。軍事演習に近い活動になるだろうか。
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彼女は部屋の片隅でじっと話を聞いていた。彼女自身が『王国副元帥』という肩書を持つ存在ではあるものの、独立した特殊な騎士団を預かる身に過ぎない。身分は王国内の貴族や軍人に対する牽制の意味を持つものに過ぎず、実際に軍を動かすような活動に参加したことは直接ないのだ。
『まあ、思っていたよりまともだな』
「寄合所帯が現場でどうなるかは別でしょうけれどね」
兵を損ねたくない傭兵と、主に認めてもらいより大きな権限を与えられたい貴族の騎士や下級貴族の間には共有する物が不足している。これが全員王国を守るために集まっているという存在なら別だろうが、同床異夢というやつである。
なので、現場に出てしまえば勝手に戦闘を始めたり逃走したりするのではないかと彼女は危惧していた。
「ところで、冒険者殿はなぜ同席されているのでしょうかな」
わざとらしいとは思ったが、彼女は発言する機会を与えられたと理解し、その発言を促したルイに断りを得た上で話を始める。
「発言の機会を与えて頂きありがとうございます。オラン公から冒険者ギルドを通して指名依頼をいただきました理由は……ネデル神国軍の中に、魔物を使役するもしくは、魔物に支配された部隊が存在するという情報を得た為、魔物討伐の経験豊富な私たちが招集されたのです」
『魔物』という言葉に、ゴブリンやオーク、魔狼を思い描いたであろう貴族・傭兵隊長から「大袈裟な」であるとか「既存の部隊で討伐可能であろう」といった発言が聞えよがしに上がる。それは当然だろう。
「では、これをご覧ください」
彼女は床に置いてあった一抱え程の袋から網に入れられた丸いものを取り出す。網からは出す事はせずに。
「ワルターご挨拶を」
彼女の声に何事かと注目する諸将。そこで、丸いものが人の生首である事に気が付いた者が声にならない悲鳴を上げる。
『初めまして反乱軍幹部の皆様。俺はネデル神国軍に所属していた傭兵のワルターだ。元はロックシェルで衛兵をしていたんだけどな。故あって、神国に雇われた傭兵になった後、『不死者』になったんだ。俺の他にもそれなりにいるんだぜ『吸血鬼』がよ』
大きなざわめきが会議室に広がる。驚きの声、手品だ奇術だと否定する声。魔物の範囲に不死者を含めていなかったのであろうか。
「王国ではネデル・ランドルに隣接する地域からアンデッドの魔物が侵入する事件がここ一年程で数件発生しています。聖都周辺での吸血鬼に支配された元領民のグール化、ミアンへのスケルトンの万を超える軍勢の集結、それ以外にもワイトやスペクター、アンデッド化されたオーガやゴブリンの群れも発生しているのです。その原因の一つに、神国軍・ネデル総督の配下に魔物を利用しようとしている存在がいると考えています」
彼女達がネデルの中を商人や修道女としてうろついても、実際魔物を使役する存在と巡り合える確率は非常に低いだろう。だがしかし、戦場になれば話は別である。
死者の軍勢が反乱軍を攻撃する可能性は低くはない。何より、死なない軍であるから損害も考えずによく、まして処刑が決まっている異端者たちに費用をかけて編成した正規の軍を当てるのは経済的軍事的に効率が悪い。
王国へ浸透させる前の実験台として、ネデルの反乱軍は丁度いいと考えるだろう。そこを、先回りしてリリアル=リ・アトリエの冒険者が叩く。そして、供給先となっている存在ごと、反乱軍の軍事行動に便乗して討滅してしまう。オラン公の依頼を受けた理由は、王国に矛先を向けさせずにネデル内で処理を完結させたいという考えからである。
「首を斬り落としても死なないアンデッド……」
「因みに、このノインテーターは魅了により周囲の影響力を与えられる存在を強化することができます」
本来、ノインテーターは蘇った後、血縁者を殺して回り回復するという行為に及ぶのだが、既に地縁血縁を失っている傭兵からすれば、自らが集め育てた傭兵団の部下たちがその血縁者・家族の代わりを務める事になる。
「ノインテーターが討滅されれば普通の人間に戻るようですが、それまでは、超人的な力を発揮します。それこそ、火事場の馬鹿力とでも言えば良いのでしょうか。端的に言えば狂戦士化します」
人間の限界を超えた力を発揮する不死者に率いられた集団が段列に襲い掛かって来た時に、果たして雇われ兵や士気の低下したネデルから連れてきた貴族の従兵が役に立つのか大いに疑問でもある。
「そ、その、吸血鬼は討滅できるのか、お前……貴公に」
冒険者である以前に、王国貴族である彼女に非礼にならないように言い換え、ファン・デベルグ伯爵が問いかける。
「可能です。口中に銅貨を入れた状態で首を斬り落とす。吸血鬼としての身体強化能力は低いので、私たちの用いる魔導具で拘束は十分可能となります。戦場で突出してくれるのであれば、容易に討伐できるでしょう」
目の前に生首を差し出され、納得せざるを得ない。とは言え、ノインテーター『ワルター』はトラップで捕まったのではあるが。
「それで、どう対応するつもりなのだ」
「そうだな。吸血鬼討伐の手段はどうなっているのだ?」
幾人かの貴族・傭兵隊長から声が上がるが彼女は封殺する事にする。
「この場ではお答えできません」
ネデルの神国軍に通じている者がいない保証はない。
「冒険者に手の内を見せろと強要するのは契約違反……でしたか」
「ご存知頂き幸いです。対策を立てられないためにもその場において対応可能であるとだけ申し上げておきます。私たちは一団となり指揮官の傍近くで状況を確認します。大きく突破する小集団があれば、吸血鬼に率いられた狂戦士団であると言えるでしょう。急行し、これを私たちが叩きます」
「「「おおぉぉぉ」」」
模擬戦闘の効果か、彼女の発言は真実であると受け入れられた。これで、不用な軋轢を受けることなく、オラン公の軍に滞在できるだろう。彼女は無駄な模擬戦にならずに済んで内心ホッとしていた。
「それで、このノインテーターはどうするつもりなのか」
オラン公からの質問に彼女は「情報収集にお使いください。ネデルに侵攻する際は、こちらで必要な際に回収させて頂きます」と答え、ワルターとはしばらくお別れである。
『お、俺の胴体によろしく伝えてくれ』
「任せておきなさい。季節の変わり目には陰干しするようにしておくわね」
吸血鬼の胴体に陰干しや日光浴が必要だとは思えないのだが、預かり品として保管することを誓う。
恐らく、ワルターは銅貨を口にして死んだ後、墓地に埋葬してもらいたいのだろうと彼女は考えていた。しかしながら、吸血鬼となった男が、最後の審判の日に復活できるとは思えないのだが。