第36話 彼女は王女殿下歓迎パレードに参加する
第36話 彼女は王女殿下歓迎パレードに参加する
「そんなことがありましたか。いや、早朝に報告があったのだが……」
「エントと王女殿下が相対したとは、流石王家の姫様、勇気がありますわね」
晩餐であまり良いとは思えないのだが、昨日のエント騒動の話がなされている。王女殿下に宮中伯、大公一家で食事がなされている。来賓は後日、ということで今日は内輪での晩餐となっている。
侍女三人は別室で別の食事をいただいているし、別棟の騎士の居館では同行している騎士たちが食事をしているのだろう。従者である冒険者は今日は街の酒場で情報収集すると言って出かけていった。
「殿下のいない食事も久しぶりね」
「大丈夫かしら、お一人で」
宮中伯と大公が主に話をして、他の三人は聞き役になるのだろうと想像はつくのである。
「明日の予定、聞き及んでいるでしょうが……」
侍女頭から珍しく会話が始まる。役職名からおばさんのように感じるかも知れないのだが、年齢的には二十代半ばほどの可愛らしい女性……に見える。
「明日は屋根なしの馬車で王女様と大公ご一家が街でパレードをすることになっています」
その後、市民の代表者や教会の関係者と昼食会なのだそうである。流石に、十歳の王女殿下に夜会とは……旧都の件は王家の務めなので仕方がないのだろう。ゲストに強いるのとは違うという考えか。
「それもそうだけど、警備の問題もあるんでしょ」
「その通りです。暗い間は、大公城からは出ないということになるようです」
エントの件も問題になっているのだろう。エントの存在は大公領内でも確認されている。海を挟んだ連合王国西部にもエントは住んでいるから当然なのであろう。
「樹木を育む精霊だと聞いています。王都の周辺にはいないようです」
「帝国の南部の黒森にはそれなりにいるのかしら」
黒森とは遠くから黒く見えるほど木々がみっしりと生えている森であり、あまり人が住むのに適していない場所だという。魔物も多い。
「どうでしょう。帝国のことはよくわからないわね」
「デンヌの森にはいるかもしれないわ……」
デンヌとは帝国と王国と山国の間にある森であり、街道がいくつかあり森の間に小さな街がある地域ではあるが、レンヌ同様森が深い。迷う者も少なくないという。
「エントはともかく、エントを騙したものたちが、パレードを邪魔するかもしれないという心配があるのではないかしら」
彼女たちは侍女であり、恐らく警護には就けないであろう。騎士は基本的に魔術は使えないし、使えても身体強化くらいだ。王女殿下がもう少し上手になれば、馬車ごと魔力の結界で覆うくらいは出来そうだが、いまのところは難しい。
「王国の場合、王家の馬車には魔力で結界を施してあるので、大公家も同様の措置はしているでしょう」
侍女頭は言うが、伯姪が反論する。
「馬車ごと破壊されれば意味ないわよね」
「それはそうだけれど……」
街中で警備も多数ある中で、馬車ごと爆破となると、もう大公一家ごと暗殺するつもりである。そこまでできるかどうかという問題もあるし、理由も考えねばならない。
「王家と大公家が不仲になることで利するものがいる。大公家まで死んでしまうのは不味いと思うんじゃない?」
「それはそうね。今の段階で『同志派』もそこまで過激になってはいないでしょう。護衛の件は大公と宮中伯と護衛隊長の考えることだから、私たちは日々のことだけ考えましょうか」
むしろ、海を見たいと殿下が希望した場合の方が……事が大きくなるかもしれないのである。
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「というわけで、二人には申し訳ないが、よろしく頼むよ」
「……かしこまりました」
リュソン宮中伯アルマン様は朝いちで、侍女たちの控室に足を運び、今日一日の段取りに関して説明を始めたのである。
当初、大公家側は一台の馬車に大公夫妻と公太子と王女殿下を乗せるつもりであったようである。ところが、エント事件でなにやら不穏な問題が発生しないとも限らないとの疑念から、一台を王都から移動させた専用の馬車で行うことにしたのだそうだ。
これは、国王陛下が宮中伯の判断で使用を許可する書状を携えており、大公夫妻と、公太子・王女殿下を分けることで、ターゲットを分散させる効果を狙う。と同時に、王家の馬車の結界を有効に利用することにもなるのである。
「流石に、大公殿下も王家の馬車以上の結界を有する装備はお持ちではないでしょう。それが大きな理由です」
パレードの前後を固める騎士団は、王女殿下の馬車は公太子付と王女殿下付きを半々とすることになったのだが……
「馬車の中で一番近い場所を二人に任せることになりました」
「……騎士姿でですか」
「ええ、幸い、子爵令嬢は騎士爵ですし、民の間で評判の『妖精騎士様』です。辺境伯令嬢も辺境伯騎士団で訓練を受けていたと聞いておりますので問題ないと判断しました」
リュソン宮廷伯、かなり強引なのだが……極めつけは王女殿下からのお願いなのだそうである。ならば、仕方がないと伯も大公殿下も折れたのだそうだ。
「騎士の装備なんてないのだけれど」
「フルプレートということではないようね。男装すれば十分じゃない?」
「……誰の服を着るのよ……」
と考えていると、宮中伯から「王子の少し前の衣装を持ってきている」ということであった。いいのだろうか……王家の衣装を令嬢辺りが着てしまってもと思わないのでもないのだが、王女を守る女騎士が着るのであれば喜んでと王妃様も王子様も言って下さっているのだという。
「あなたは問題なさそうだけれど、私が大丈夫か心配だわ」
「そう、喧嘩なら言い値で買うわよ」
『なにカッカしてんだよ、負け惜しみはみっともねえぞ』
まだ諦める時間ではないと、彼女は自分自身に言い聞かせるのであった。
警備を固めるのであればという事で、王女殿下の御者は薄赤の野伏と戦士の二人にお願いすることにした。御者のお仕着せの下にはチェーンを着こむことにしたという。
王子殿下から貸与された衣装は、王家の色であるブルーの胴衣で、黄色の糸で刺繍が施されたものである。スパッツを履き革のブーツで足元を固める。
「これ、私が付けてもいいの?」
「……仕方がないでしょう。魔力を込めるとラインが変わるから、それで誤魔化してちょうだい」
「ありがとね」
伯姪は王子の衣装をまとうと……胸回りがかなりパツパツなため、胸鎧を付けて誤魔化すことにしたのだ。王女殿下の前に座る護衛騎士、彼女は背後のステップに立つ騎士の役割を果たすことになる。悔しくなんてないやい。
馬車はコーチスタイルのものになりそうで、四人が二人ずつ向き合う形で客室に座り、進行方向に公太子・王女殿下、その向かいに伯姪と公太子の側近兼警護役の騎士が付く。背後のステップに彼女と公太子の警護隊長、
御者は薄赤二人である。
「でも、事前に騎士団で実力見せておいて良かったわよね」
伯姪の言葉に軽くうなずく。侍女二人はともかく、御者の役を冒険者に任せるというのは普通は考えにくいだろう。面子がある。とはいえ今後、魂の騎士を王女殿下に近侍させるには実績作りとばかりに御者も認める判断をしたのだと思われるのである。
「エント騒動の時は表立って活躍していなかったけど、いい動きだったわよね」
「魔物慣れ護衛慣れしているからでしょうね」
彼らのアドバンテージは経験値の多さだろう。護衛と魔物対応に関しては騎士団より数段勝っている。護衛の仕事は騎士団の仕事のごく一部にすぎないし、国王陛下の近衛ほど慣れていないから当然だろう。
「近衛を連れてくるわけにはいかなかったのよね」
大公領を訪問する期間が長いことを考えると、王宮と国王陛下を守る近衛を付けるのは難しかったのだろう。とは言え、王女殿下の護衛は専業のものを育てるべきだろう。大公家に嫁ぐ前提で、誰もつけないわけにはいかないのだから。
「でも、そうなると、考えちゃうでしょうね」
「王家に直接仕えることではなくなるでしょうからね」
今回の護衛隊長たちを近衛に転属させ、その後王女殿下付きにするという可能性もあるだろうか。ほら、エントでいいところ見せられなかったしね。ありえるありえる。
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「昨日、聞いた範囲では王女殿下の訪問は好意的に見られているな」
「余所者相手に話を合わせてるって感じでもないぞ」
「パレードで姿を見れば、たぶん、イチコロじゃねえかな」
三人の冒険者が酒場での王女殿下の訪問に対する街の雰囲気は概ね歓迎であった。戦争していたころから一段落しており、記憶は風化しつつあるのだろう。一般的にはだ。
「御者かー」
「俺の出番は『猫と一緒に留守番。王女殿下の部屋周りの警備ね』……『猫』と一緒というのはどうかと思うが、任せておけ」
『ふふ、足を引っ張るなよ小僧』
薄黄剣士には「にゃー」と聞こえているだろうが、彼女にはちゃんと聞こえているのである。侍女頭と猫と剣士は城館で待機である。
パレード開始の定刻となり、パレードの車列が公都城の中庭から順次出発していく。先頭は大公家の近衛の騎兵、その後に大公夫妻の馬車が続く。その馬車の周囲を、側近の騎乗するものが進んでいく。
「出発です」
王女殿下の護衛隊長が声を掛け、大公殿下の車列の後に続く。王女殿下の馬車の周りは、半数は王国の護衛だが、残り半数は公太子の近衛たちである。
「では、今日は一日よろしくお願いします妖精騎士」
「はい、公太子近衛隊長様」
馬車の後方ステップに並んで立つ明るい赤毛に緑色の瞳のマッチョなお兄さんである近衛隊長は、公太子の学友でもあり、現近衛隊長の次男でもある。彼は魔力はないものの、濃赤レベルの剣の使い手、細身の剣いわゆるレイピア使いなのだ。
大きな両手剣や金属鎧の継ぎ目やリングを貫通するエストックのような剣を使う時代が長く続いたのだが、帯剣する武器ではないのである。
「刺突剣は平時の備えとして十分に威力があります。長さも適切ですし、護衛用に十分です」
隊長はそういいつつ、腰のレイピアを叩いて見せる。彼の肉厚な体には細身の剣より、ハルバードやクレイモアが似合うと思うのだが笑顔で答える。
「私は魔力を通すことができるので、その辺り拘りがありません。古風な剣ですが、これは新しく誂えたものです。ミスリルと鋼の合金です」
「はは、流石ですね。そのか弱き姿からは想像もできないほどの腕前と噂には聞き及んでおります」
どこかのジジマッチョが嬉しそうにあちこちに吹聴しているのが容易に想像つくのである。ここで勝負を挑まれる事は無いだろう。どうやら、マッチョつながりで伯姪は赤毛翠目の近衛隊長が気になるようである。彼は、令息の様な軽やかさはないが、人の好さげな口ぶりの話しやすい男である。
勿論、ステップの元では、公太子殿下と、王女殿下が時折話をし、両脇に並ぶ大公家のものに手を振っている。橋を渡り、いよいよ市街に入る。沿道には王女殿下を一目見ようと、たくさんの街の人が並んでいる。
――― 王国万歳、王女殿下万歳! レンヌ大公万歳! 公太子万歳!
コールが続く中、花吹雪が舞い、笑顔で沿道の人々が手を振る。笑顔で応える王女殿下がとても可愛らしい。この笑顔守りたいのである。
さて、船で移動する三日間、彼女は新しいことを考えていたのである。それは油球の発展形、獣脂球である。水球を加熱し、熱湯球としてエントに放ったのは記憶に新しい事。それを、油に変えるとどのような事が起こるだろう。
油の加熱された温度は水の二倍を超える。圧力をかけると更に温度を高く保つことができる。そして獣脂は常温では固まるのだが、温度を上げれば液体となる。安価で手に入りやすいものでもある。
獣脂を加熱し油球として待機させておき、目標に命中させると、お湯以上のダメージを与え、尚且つ、温度が下がると凝固するのだ。高温の油が鎧やチェーンの間から肌に触れ焼けただれたのち凝固するのだ。襲撃者に取っては熱湯どころではない。
攻城戦時に城門から攻撃側に熱した油をかける防御戦術があるが、それの魔力を用いた応用であると考えると良いだろう。
というわけで、現在、彼女の足元には油球がクルクルと回りつつ浮遊しているのである。魔力で覆っているので獣脂の臭いは気にならないのだが、そこにあるのは気になるのである。
「その足元の危険な気配はなんでしょうか?」
「使う機会がなければよいのですが……難しいかもしれません」
パレードを見上げる沿道の住人の中には、小さな子供もいるのだが、馬車が横切ることに注目している親の関心が薄れるのを狙い、子供を誘拐しようとしている者がいる。
彼女は熱々獣脂球を、子供の口をふさぎ、連れ去ろうとしている髭面のごつい中年男に向け飛翔させ命中させる。魔力を纏っているので、その魔力が命中したものに油はまとわりつくのである。頭から油を被った男が人とは思えない絶叫を上げ、転げまわる。
手を離された子供が母親に泣きつき、その周辺が騒然とする。
「あの男を捕らえてください。後で事情を聴きます。治療もお願いします」
馬車に並走する護衛兵に頼んで、男を取り押さえる。さて、この街にも人攫いがいるようだと彼女は少し憂鬱になったのである。そして、横の親衛隊長殿は、油で焼かれた男と、平然と次の指示を出す彼女を見て唖然としていたのである。




