第371話 彼女は傭兵相手の模擬戦を見学する
第371話 彼女は傭兵相手の模擬戦を見学する
オラン公の騎士達が本来なら鍛錬している時間、今日の城の中庭は冒険者と傭兵の模擬戦が行われる場となっていた。
立ち合いは灰目藍髪と帝国の傭兵である『アダルガ』という男が行う。朝方に「稽古をつけてやる」と言っていた男だ。得物は矛槍という選択もあったが、無難に剣にしてもらう。
「剣を使うのは久しぶりだ」
「ええ、私も銃を使うのが本職。もっと言えば、私は本来薬師の仕事が主なの」
「へぇ……そりゃ随分と俺も安く見られているな」
アダルガは面白くなさそうに顔をしかめるが、知った事ではない。
「ふふ、そうでもありませんよ。私たちは王都の孤児二千人の中から選ばれた精鋭。誰でもなれる傭兵と一緒にされては困るのよ」
二千人から選ばれてはいるが、薬師は魔術師よりもさらに狭き門だ。魔力があれば、ある程度性格に難があってもリリアルに呼び寄せているが、薬師の希望者はかなり多く、倍率は魔術師の比ではない。魔術抜きのスペックで考えるなら、薬師組は相当優秀なのだ。
「薬師が本業だからと言って、こっちは手加減しねぇぞ」
「ええ。私たちも伊達にリリアルで三年、修行はしておりません。それに……魔物の首は嫌になるほど刎ねているの。傭兵の首も大して変わらないでしょう」
「……」
『魔剣』をして『言いたい放題だなあいつ』と言わしめる灰目藍髪。本人以上に本人ぽくもある。
『お前の場合、貴族の娘であるとか男爵であるとか言う立場を考えて控えめだもんな』
「……そうかしら。確かに、余り相手を貶めるようなことは控えているつもりなのだけれど」
子爵家の次女に過ぎなかった頃から比べれば、随分と優しくなったというか周りに気を使う必要性から丸くなったように見えるのである。肩肘張って自分の存在を主張する必要がなくなったからという事もある。これ以上、余計なことに巻き込まれたくないとも考えている。
言い換えれば、灰目藍髪はこれから自分の存在を高めて行く事で頭が一杯でもある。未だ道半ばな分、強い態度になっていると言えようか。
アダルガは背はビルと同じ程度の身長だが、胴回りは狼人ほどもある。要するに、樽のような太い胸板と腕を持つ。首も太く、顎もしっかりしている。戦場で会いたくないタイプであり、これまでその腕っぷしで敵対する兵士を殴り倒し、斬り殺してきただろうことは想像がつく。
だがしかし、ここは模擬戦。木剣でいい所をコツンと叩いたところで「勝負あり」とはならないだろう。審判はルイが引き受けるようだが、そんな生温い決着を認めるとは思えない。
『指示はしたのかよ』
「ええ。いつものリリアルでお願いしたわ」
いつものリリアルとは、魔術を駆使し相手を翻弄するという事だろうが、『翻弄』の仕方には裁量がある。この場合、受けて立つという演出をした上で、魔術を用いて勝利するというところだろう。それは、対峙している灰目藍髪も理解している。
つまり、姉が好むような展開を望んでいるのである。
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「始め!!」
ルイの号令と共に、模擬戦が始まる。
「掛かって来い」
「ふふ、お先にどうぞ。年上に譲るものでしょう?」
相手は三十前後だろうか、リリアル生の倍ほども生きているだろう。そのうち、戦場にはどのくらい立っているのだろうか。
振り下ろされる剣、灰目藍髪はその切っ先を軽く躱す。一度、二度と躱しているのだが、三度目の斬撃は先の二度の斬撃よりも間合いが長くなってガシッと灰目藍髪の肩を激しく叩く。
「がっ!! なんだよその肩。岩でも詰まっているんじゃねぇのか」
「そちらこそ、肩の入れ具合を変えて間合いを伸ばすのは流石です」
最初の二度は肘を曲げ、肩も深く入れずに斬り下ろし、それを見せた上で深く斬り込んできたのだ。戦場で巧者と相対した時に使う手の一つなのだろう。だが、魔装を身に着けている灰目藍髪にダメージはない。
「戦場なら真っ二つだったな」
「そうかもしれませんね。でも……」
バン!! と傭兵の首の付け根に何かが当たり、喉を突かれたような衝撃を受け顔をしかめて距離を取る。
『あれはえげつねぇな』
「そうね。立会用の魔術かしらね」
灰目藍髪は魔力煉瓦の応用で『魔力飛礫』という技を使う。これは、魔力煉瓦よりさらに小さい手のひらサイズの魔力の塊を形成し、1m程飛ばす技術である。魔力を掌で纏める必要があり、近い距離でなければ魔力が拡散して意味がなくなるので、接近戦専用の術となる。
魔力を用いた接近戦であれば、魔装手袋で殴るか、魔銀剣の魔力纏いで斬れば良いので普通は使わないのだが、相手を怯ませたり一瞬のスキを作る際などに使えるのではないかと灰目藍髪と茶目栗毛が考え練習して来たものである。
「騎士として犯罪者を拘束したり、不意を突くには良い技ね」
『魔物相手には不要だが、こっから先はあっても良いかもしれねえな』
剣を持つ腕にぶつけたり、銃を弾き飛ばすのに剣を振るわずに行えるのであれば、無手の技としては悪くない。もっとも、『飛燕』や『舞雀』のような手が選べるのであれば、それに越したことはない。
相手は『飛礫』を警戒して、最初のように踏み込んでくることはない。どちらかというと、大きな体を急所をガードするように縮こまらせているように見える。それなりに、痛みを感じ、危険有と判断したのだろう。
「どうした、傭兵の旦那ぁ!! 女の子は苦手ですかぃ!!」
「小さくなるくらいなら、最初からデカい態度を取らなければいい」
「そうもいかないでしょう? 傭兵ははったりも大事ですから。お財布に直結するんですから」
「……みんな、煽らないように。危険だから」
「「「煽ってない(です)」」」
茶目栗毛の配慮が却って裏目に出ているようだ。
斬り降ろしや薙ぎ、突きのキレが鈍っている。不意の反撃は力任せの攻撃を鈍らせているからかもしれない。
灰目藍髪は軽く剣を合わせ、左右にステップしながら体を躱していく。大男が小娘にいいようにあしらわれているように周りからは見えているが、当の本人であるアダルガは次第に脂汗へと変わっていく。
力を示せば簡単に倒せる相手だと思っていた。体重は二倍以上、年齢も恐らくそうだろう。戦場の経験なんて比較するまでもない。
だが、目の前の少女にまるで手が出ない。剣の出所を抑えられ容易に斬り下ろす事も突き崩す事も出来ない。打ち込めば魔力の塊に跳ね返され、時に、喉や目などを狙ってその塊が射ち放たれ、少なくない痛みを感じる。
最初の頃は「真面目にやれ」とか「手加減すんじゃねーぞ」と罵声を浴びせていたはずの同業者が徐々に鎮まっていく。それにだ、魔力を用いた戦闘は精々五分程度しか魔力が持たない。戦場であっても、身体強化を用いての最初の突撃の際の一撃、そしてその追撃で使う程度であり、上手く使っても十五分程度しか持たない。そんなものなのだ。
魔術師の用いる魔力は、魔術を発動するためのものであり、騎士や魔剣士のそれとは大いに異なる。魔力が多ければ魔術師として後方から魔力を放ち攻撃する役割に専念するか、魔導具の作成に従事するものであり、戦場に出てくる魔力持ちは少ない者がほとんどであり、稼働時間も限られている。
だが、この目の前の少女は五分はとうに過ぎ、既に十分は経過しているだろう。汗をかき、息も少し上がっているが魔力切れの兆候は見えない。つまり、素の身体能力で大男である自分と対峙できているのだとアダルガは理解した。
「そちらの魔力はそろそろ終わりでしょうかね」
「問題ねぇ。そっちこそ、魔力が足らなくなってきてるんじゃねぇのか?」
アダルガはそうあって欲しいという気持ちも込めて、灰目藍髪に話を振る。
「ご冗談を。十分で魔力切れを起こす様なら、リリアルでは使い物になりません。二三時間は持たせないと」
「……うっそだろぉ……」
嘘ではありませんと言い切り、少女は更に剣戟の速度を上げる。魔力飛ばしや気配隠蔽を細かくつなぎ、足さばきは最初の頃から数段速度を上げている。魔力切れの近いアダルガにはもう追いきることは出来そうにもない。
「これで終わりです」
アダルガの剣の振り降ろしを躱し、懐に入り込んだ灰目藍髪が剣の柄で顎をカチ上げる。実際は、魔装手袋に魔力を通して殴っているのだが、周りからはそう見えたのである。
後ろ向きに倒れ、その首元に木剣の切っ先を当て審判であるルイに視線を向ける。
「しょ、勝負あり! 勝者、マリス!!」
身内のまばらな拍手を受け、剣を掲げる灰目藍髪。一応、これで腕を見せることができた……そう思っていたのだが。
「はっ、戦場での主役は剣じゃねぇ槍だ。槍で勝負しろ!!」
どうやら、先ほどはアダルガを止めていた相棒らしき傭兵が声を上げる。
「……先生……」
灰目藍髪は槍までは十分にマスターできていない。であれば、この場で前に出ることができるのは一人しかいない。
『おい、やめとけ。お前が出る幕じゃねぇ』
「ふふ、『オウル・パイク』を実戦で試すいいチャンスじゃない」
戦場に持ち込む古式ゆかしい錐のような槍を用いて、彼女は腕試しをしたいと考えていた。
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「結局こうなる」
「任せて安心!!」
「手加減しろよ」
「「……」」
ちょっと久々の対人戦、尚且つ初めての槍を用いるので、彼女のテンションはかなり上がっていた。
相手はデアグという赤髪の男。背格好はビルを一回り小柄にしたような細マッチョ系の男である。こちらは、胸鎧だけで軽い動きを優先しているようだ。
「他の子達は弓や銃がメイン武器なので、私がお相手します」
「……そっちの男でもいいんだが」
「彼は手加減できないので、万が一があると困るのでお断りします」
「ちっ、舐めやがって!」
と、最初から煽られた状態で始まる。相手の得物はハルバードと呼ばれる矛槍であり、剣以上に習熟が必要な装備として帝国傭兵の象徴のような装備でもある。
「オウルパイクな。下士官が装備しているお飾りだな」
「そうなのでしょうね帝国では。ですが、これは違いますよ」
ピアスヘッドには革のカバーが掛けられ、刃のあるハルバードには布が捲かれる。それでも、引っ掛けられれば少女のか細い足首などへし折れる可能性もある。
「間違って骨でも折れたらすまんな」
「こちらこそ。良いポーションがあるので、折れたら差し上げます」
「そりゃありがたいが、使う必要はないと思うぞ俺はな」
ハルバードは剣のようにも槍のようにも使える習熟した人間にとっては工夫のし甲斐のある武具である。オウルパイクはプレートやメイルを突き破ることに特化した装備であり、ハルバードより応用の余地がない。装備を見てデアグは勝利を確信しているようである。
ルイはリリアル男爵が怪我でもしては問題が起こると思い判断しかねていたが、オラン公・ナッツ伯の「腕前が見たい」という要望もあり、俺は知らんとばかりに二人の模擬戦を始めさせることにした。
「ルールを修正しましょう。魔力を用いて直接身体を攻撃する方法は無しで。それと、時間制限を。十五分以内に決着がつかない場合引分けを提案します」
「……それは随分とお優しいことだな」
「それと、攻撃は首から下、臍から上の間のみ有効とし、それ以外の場所への攻撃は反則という事にしてください」
これは、彼女がその昔騎士団相手に模擬戦をした時と同じ仕様である。灰目藍髪と同じルールでは……確実に彼女が瞬殺するからだ。何なら、オウルパイクのガードの部分から『飛燕』を発動させることもできる。
開始の掛け声とともに、前に出るデアグ。
ハルバードとオウルパイクともに腰だめに構え胸にピアスヘッドを向けて相対する。デアグはハルバードを引き、オウルパイクに向け斧の部分を叩きつけるように振り下ろす。槍が叩き落されるか、叩きつけた反動で槍先が下を向いた反動を用いてそのままピアスヘッドで刺突するのが一つの操法だ。
Gann!!
だが、彼女のオウルパイクは微動だにしなかった。まるで大きな岩を殴りつけたかのように跳ね返され、腕がジンと痺れる。危うく矛槍を取り落とすところだった。
「そいつは、魔導具かなんかか」
「魔銀鍍金されていますが、特別なものではありません。身体強化と魔術を少々……ですわね」
彼女はオウルパイクの背後に魔力壁を展開し、魔力壁の上にオウルパイクが載せられているような形で待ち受けていた。魔力壁ごと破壊しなければ、反動で跳ね上げられるのは当然である。
ハルバードの攻撃は、殴打からの刺突か、殴打に見せかけてからの刺突の他、スパイクで引っ掛けるという技もあるのだが、当然彼女の体には掠りもしない。
「傭兵のハルバードの操法はみんな大体見ることができたかしらね」
『ああ。問題ないだろう』
彼女が見せたかったのは、ネデルで対峙する可能性のある傭兵の装備するハルバードの動きを実際にリリアル生に見せる事にある。リリアルではウイングドスピア若しくはバルディッシュやグレイブ等の斬撃に特化した長柄の装備が主であり、ハルバードは似た装備であるヴォージェなども装備したことはない。
魔物を魔力で叩き斬る討伐を繰り返してきているので、この手の複合武器対応はこれから考えねばならないと彼女は思っていた。
勿論、このあと一瞬の加速でオウルパイクを相手の胸に叩きつけ、デアグが後ろに吹っ飛ばされて模擬戦は終了となったのは言うまでもない。