第369話 彼女は雇い主に挨拶をする
対照的な表情の二組が向かい合う。険しい顔のオラン公一党、そして気にも留めた風のないリリアル一行である。しばらくの沈黙、そして、口を開いたのはナッツ伯であった。
「……この内容は変えようがないのだろうか」
激昂するでもなく、懇願するのでもなく、こちらの真意を問うような質問の仕方である。彼女は「ありません」と断った上で立場の違いを明確にするべく言葉にする。
「私たちは傭兵ではなく冒険者です。冒険者とは、国内における依頼を行う存在であり、外征軍には参加しないものです」
軍隊の招集に参加するのは傭兵であって冒険者ではない。同じ人物であったとしても、冒険者は民間人であり、戦争に参加する存在ではない。当然、義務もなければ強制される事もない。仮に冒険者が戦争に参加するのであれば、身分は冒険者ではなく金で雇われた兵士である「傭兵」となる。
「私たちは民間人として軍に同行し、冒険者として軍に接触するであろう魔物を駆逐します。これは、酒保商人が商品を提供するという業務を行うのと同じく、魔物を狩るという業務を提供する物です。敵対する軍隊を攻撃する事はありません」
「だ、だがしかし、そなたらが攻撃される事もあるのではないか!」
今一人の弟、一番年の若い騎士風の男がそう言葉にする。戦場に同行するのであれば、酒保商人も攻撃される事がないとは言えない。
「その通りですわね。ですので、その場合は、独自の判断で反撃するなり撤退いたします。これも、依頼を達成する上で問題のない独自の判断を確保する必要があります」
敗走状態となれば、独自の判断で彼彼女ら単独で逃走する事になるだろうと告げる。今までの主張からすれば当然だろう。酒保商人が軍の指揮下に入り、逃走時まで命令を受け入れるなどと聞いたことがない。
「我々六人だけであれば、どのような状況でも生き延びる事は可能です。あくまでも、王国に侵入してくるネデルに潜む吸血鬼やそれに類する魔物を駆除するために協力するという立場ですので、誤解なきようにお願いします」
「「「……」」」
リリアルの参加はあくまで魔物狩りの為の手段であって、目的は王国に侵入するネデルに潜む魔物や暗殺者の駆逐なのである。お互いに利があるということで王国もリリアルの派遣を容認したのであって、それ故に「冒険者アリー一党」という立場を明確にする必要がある。
王国において、原神子教徒の暴走は強権を持って抑制されている。ランドルやネデルで起こった教会や修道院の偶像や絵画を破壊するような行為を一切認めていない。当然、ただの犯罪者として捕縛し取締っている。
教義や宗派の主義主張をするのは構わないが、それによって財貨が侵されるのであれば、叛乱・暴動行為として討伐するということだ。異端裁判など行わずとも、神国兵がネデルで行っているのと同様に取り締まる事になる。
「個人的には、神国の国王の領地であるネデルで、課税が厳しいという事から反抗することになったわけですわね。行うべきであったのは、教会や修道院を襲う事ではなく、建設的な交渉だったのでしょう。
オラン公はネデルで起こった反乱を収めるために尽力されたのでしょうが、多くのネデルの民は、ただただ調子に乗って獅子の尾を踏んだだけでしょう。どちらかが諦めるまで、この争いは続くことになるのでしょうから、王国が今介入する余地はありません」
宗派対立にも関わる事なく、また、神国とネデルの貴族の対立にも王国は関わる事はないと改めて立場を明確にする。
「それが気に入らないのであれば、契約はここで終了して依頼を破棄させて頂きます。巻込めると思っているのであれば、大きな間違いです」
言いたいことを述べる。だまって聞いていたオラン公は「なるほど」と呟き姿勢を改める。
「気分を害したのであれば謝る、冒険者アリー殿。今は僅かな味方でも喉から手が出るほど欲しいのだ。それに、王国が協力してくれると宣言出来れば、より多くの兵が、安い契約料で参加してくれるという懐事情も私たちにはある」
オラン公は自らの立場は脆弱であることを認める。
「それでも、自らの臣下や民を奴隷か何かのように思っているのか、話も聞かずに狂信的に弾圧する王に従うような腰抜けはネデルにはいない。それこそおらんよ」
オヤジギャグを炸裂させ、公は話を続ける。
「弾圧された存在を肯定する事無く、我々は立ち向かわねばならない。軍を率いて存在を示さねば、ネデルは完全に神国の植民地となってしまう。少なくとも、神国国王は神でもなければ神の使徒でもない。大勘違い野郎に過ぎないと、知らしめなければならない」
王国に魔物を放つのは皇帝か神国国王かはわからないが、大勘違い野郎であることは間違いない。不死者を使役するのは、敬虔な神の僕の行いとは思えないからだ。
「では、冒険者としてネデルの魔物狩りをオラン公軍に同行し行うという事で、改めてこちらにご署名ください」
「……承知した」
「「「……」」」
弟たちは不満げであるが、オラン公は彼女がこのまま王国に引き返すくらいであれば、条件が厳しくても従軍してくれる方を選んだ。現実主義者であると言えるだろう。
「これでよろしいか」
「……確かに。確認いたしました」
あまり和やかとは言えない空気であるが、一先ずの会見は終了した。今日のところは貴族や傭兵団長が集まり切っていないため、公式の会見は明日以降となるとのこと。数日、城に滞在し交流を深めたい……とのことであった。
『深めるほどの関係性じゃねぇよな』
「情を絡めて取り込むつもりかもしれないわね。元皇帝の右腕であった方ですもの、油断できないわね」
お城に泊まれるという事で盛り上がる赤目銀髪と碧目金髪、緊張ひと際の灰目藍髪、そして……
「良い城ですね。あちらこちらに武者隠しがあります」
「まあ当然だな。この城、守りが相当堅いな。砲撃にも耐えられる城壁に改修されているし、城塔も死角のないような配置に工夫されて、銃撃に適した狭間になっている。新しいタイプの城塞だな」
「……リリアル城の参考になるかしら?」
王都の南を守る拠点としてリリアル学院は考えられており、敷地の外の騎士団駐屯地を含め、防御拠点として育てていく必要がある。
『ここは川に面した岩山の頂上を掘削しているから、かなり堅固だな。ここよりも、ネデルの川に面した水堀を利用した城を参考にした方がいいだろうな』
『魔剣』の指摘の通り、リリアルは立体的な地形ではないので、この城自体は参考にならない。が、施設の構造などは参考に出来るだろう。
「何か課題を持たないと、弛緩しそうだからよ」
『それもそうか。遠征の会議なんか、俺達には関係ないもんな』
軍議に参加させられれば意見を求められ、意見をすれば遠征軍への参加を強く求められかねない。故に、彼女はその手の会議や意見を求められても「冒険者から申し上げる事は何もございません」と答えるつもりであった。
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晩餐の席では、一転和やかな雰囲気であった。オラン公がその昔、王都を訪れた際の思い出話に、彼女がその頃から変わった王都の様子などを伝え、王都を管理する一族の娘であるという話から話が広がる。
「では、アリー殿が婿を取って爵位を継がれるのではないのかな」
「姉がおります。既に結婚もしておりますので、このまま子供ができれば父に代わって姉が爵位を継ぐことになる予定です」
帝国においても、女性の相続人というのは珍しくないのでここには言及されなかった。王国の場合、王位は男子のみが相続できるとされ女王は存在しないのがどこぞの国とは異なる。
「王国には騎士学校があるとか。どのような規模なのだろうか?」
来期にはエンリが入校するので、兄弟たちは関心があるのかもしれない。
「王都の南に位置する施設で、入校期間は半年ほどです。王国は従騎士の中から上位の騎士が認める「騎士としての能力がある」と評価された者を選抜して入校させます」
騎士学校は彼女も少し前に卒業したばかりであり、どのようなカリキュラムがあるのかはよく理解している。戦技に戦術、下級の指揮官としての実務に必要な座学と遠征を含めた多くの実習を行い、分隊長、小隊長として下級の兵士や従騎士を指揮する能力を身に着ける事が求められる。
「つまり、騎士の子に生まれなくとも正規の騎士になれるのか」
「以前冒険者をしていて、その後従騎士となり、二十代後半辺りで騎士となる人も少なくありません。その場合、多少の魔術を用いた戦技を用いる者もおりますので、騎士の世界だけしか知らない者よりも柔軟に任務をこなす事ができる場合もあります」
「しかし、騎士というのは王国では末端とはいえ貴族なのではないのだろうか?」
帝国騎士は、貴族といえない平民との中間のような存在だが、王国の騎士は貴族である。とは言え、例えば法国では都市に住む富裕な層で「騎士が養える程の税を収められる者=騎士」という身分を与えられる都市も少なくない。
この場合、自身が騎士の装備を身に着け騎士として振舞う事も出来るが、多くの場合、身分と引き換えに税を払い、払った税で傭兵を雇うのが法国流の貴族であったりする。この辺は、帝国自由都市の支配階層にも言えるだろう。
王国の場合、騎士として王国と民を守る能力と志に対して騎士の叙勲を行うという事であり、どちらが正しいかは一概には言えないと思う。
「騎士として自らをかくあるべきとする者もあれば、騎士を養う対価を払う者を騎士として認める者もいるのでしょう。実際、戦争の形態が変わり、騎士の求められる在り方も変わっておりますわね。貴族であるかどうかは分りませんが、民の代わりに自らが戦うものこそ貴族であり騎士である事が、本来の在り様ではないのでしょうか」
三つの階級、戦う者、祈る者、働く者の中で、戦う者=騎士階級であり、その集団の長が王と言われる存在である。祈る者、働く者を守るために戦う者であればそれが騎士であるのだから、生まれは関係ないと言える。
そもそも、役割分担の中で戦うものが生まれ、それが騎士・貴族となったのであって、逆ではないのだ。
「では、冒険者とは何なのだ? 傭兵と何が違う」
四男坊が彼女たちに問いかけてくる。
「傭兵とは、金銭を対価に戦争に参加する職業の者」
「冒険者は戦争に参加するとは限りません。貴族や騎士や都市の参事会が手をこまねいているような案件を解決する依頼を受け、解決し報酬を得る仕事です。魔物や賊の討伐、護衛に素材の採取、手紙の配達などもあります」
赤目銀髪の言葉に、碧目金髪が言葉を継ぎ、そして灰目藍髪が……
「臨時雇いの従士。冒険者ギルドがその能力を認め、依頼を斡旋した者でしょうか」
そこに茶目栗毛が自分なりの見解を重ねる。
「誰かが為すべき事を依頼として受け、自分の力でそれを達成する事に喜びを感じる自由な人達の集まり……というのが物語としては受けが良いでしょうね。最後に、正式に騎士にでも叙任されればハッピーエンドです」
「……しかし、リリアルの冒険者の活躍はまだ始まったばかりだ!!」
「俺達に明日はない!!」
「いやいや、それはないよね。あるよね明日」
「「「「あははは」」」」
「「「……」」」
リリアル生達がここぞとばかりに好き勝手を言い、その勢いに公の兄弟達は呑まれているようだ。
「騎士も冒険者も志が同じであれば似たようなものかもしれません。冒険者は志だけでなれますが、騎士はそうではないところが大きく違うのでしょうね」
冒険者であることは彼女にとってのアイデンティティーであるのは間違いないが、だからといって全てではない。手段と目的として考えるのならば、冒険者も男爵も院長も手段の一つに過ぎない。目的は……言わずもがなだ。
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彼女は男爵として個室を与えられ、他の五人は従者としての大部屋を与えられて一晩過ごす事になった。
『いつまでここにいるんだ』
「明日にでも顔合わせが終われば、こちらとしては用はないわね。さっさとメインツに戻るかコロニアにでも足を運びましょう」
どうやら、城内で移動できる場所は限られているようで、関係者以外立ち入り禁止の場所ばかりである。『猫』があちらこちらと動き回り、城のおおよその人の配置やレイアウトは把握できてきているものの、彼女たちが滞在して面白い事は何もない。むしろ、集まる傭兵や他家のネデル貴族との軋轢でもあれば問題が起こりかねないだろう。
彼女達は冒険者であり、オラン公軍に追随するものの戦場で働くつもりは毛頭ないからである。
『今日の理屈はオラン公には通用しても、他の貴族や傭兵には通用しないだろうな』
王国が曲げて彼女を派遣した理由は様々あるが、最大の理由はネデルから王国に入り込む神国由来の魔物や、原神子教徒の亡命者を駆逐する事にある。どちらも、王国の平和を乱す存在だからだ。こっちくんなと言いたい。
とは言え、遠征に同行するのであるから、途中で差し出口をされるような扱いは避けたい。オラン公一家が彼女たちの存在を理解したとしても、それ以外の『反乱軍幹部』はそうではないと考えられる。
貴族はともかく、傭兵達に関してはさらに一層である。彼らは、自らを頼む存在であり腕に自信がある。それは、戦場で稼ぐために必須のスキルであると同時に、雇い主に自分を高く売りつける為に必要な訴求力を示さねばならないと考える存在だ。
『明日当たり、傭兵隊長? そんなのが集まるんだろうな。そこで、あいつ等の存在を目にして「子供が何しに来た」と凄まれるまでがお約束だな』
冒険者ギルドや王宮、サボア公の屋敷などでも経験したそれである。
「前回は男性が活躍したのだから、今回は女性に活躍してもらいましょう」
『ああ、今回は単なる手合わせで済むからな。ギルドの登録に関してのしがらみもない分、思い切りやっても構わないだろう』
茶目栗毛ではなく、今回は灰目藍髪に手合わせに参加させたいという考えである。彼女自身や赤目銀髪でも構わないのだが、傭兵との手合わせであるなら、彼女自身でない方が良いだろう。
それに、今後のリリアルの育成を考えても、灰目藍髪には育ってもらいたいと彼女は考えている。
「かなり手癖の悪い剣士になっているわね」
『まあな。魔力纏いを使わなければ、身体強化と魔力煉瓦に、気配隠蔽を一瞬使うくらいまでは問題ない』
魔力の消費量は、同時に術を展開する数が増えるほど指数的に増えていく。二つなら二倍で済むが、三つならニの二倍で四倍となる。三つで四倍なら少々燃費が悪いという程度だが、四つで八倍なら、一つ当りの燃費は倍となる。五つで十六倍、六つで三十二倍となり、この辺りになると魔力量が大若しくは、短い時間だけの中クラスが対応できる限界となる。
彼女の場合、十以上の同時展開をある程度の時間可能であり、魔力消費は二百五十倍を超える。発動時間を短縮し、尚且つ精緻な魔力制御により消費量を抑えているのではあるが、消費量としては本来それほどの規模となるのである。