第368話 彼女は魔装外輪船に乗る
第368話 彼女は魔装外輪船に乗る
今回、ネデルに向かう際に幾つかの新装備を試す事になっていた。その一つが『魔装外輪船』である。
通常、船の場合、櫂か櫓を用いて人力で動かすか風を帆ではらみ進むかのどちらかであった。しかし、老土夫曰く、その昔船に牛を乗せ、船の外に水車を設けてその水車を牛が回転させることで前に進む推進方法があったという話から、『魔力を用いて水車を回転させる方法はないだろうか』という事から、老土夫が長年考えていた動力なのであった。
魔水晶を魔力を通す事により振動させ、その振動を回転運動に変え、水車を回転させるという魔導具を完成させたのがつい最近のことである。水車の代わりになるとはいえ、水車を用いた方が効率が良いという厳しい現実に直面しお蔵入りかと思われたのだが「船の動力にしてもらいたい」という伯姪の希望で『外輪船』となったのである。
オラン公の居城ディルブルクはメイン川の支流ディー川沿いにあり、メインツからメイン川を下り、コロニアの手前でメイン川にそそぐディー側へと入り、これを遡る事になる。
六人は馬車を魔法袋に収納し、馬を船に乗せ自分たちも船着場から魔装外輪船に乗りこれからディルブルクへと向かう事になる。彼女は既に老土夫から操作方法を教わっており、今日からキャプテン・アリーとしてデビューする予定である。何故か、海賊帽を被っているのはなりきる為だろうか。
クナールと呼ばれる、その昔『入江の民』が様々な場所へと向かう際に多く使用した鎧張りの船体を持つ1本マストの小型の船がそこにはあった。が、その外観には、通常と異なる特徴がある。外輪である。
「この船体の横に張り出している箱は何でしょうか?」
船体の中央部分の左右に、箱型の出っ張りがある。
この箱の中に、魔導の水車が入っている。その水車を魔力で回転させる道具と一緒にである。
老土夫曰く、ネデルには多くの水路が複雑に入り組み、海へとつながる地形であると言う。馬や馬車を運ぶのも大変であり、それを用いた移動もかなり制限されるだろうと。
「それで、この船を考えた。水車が回転する事で、風が無くとも流れに逆らって動かすことができる。それに、方向転換も水車を片方止めれば容易に変更できる」
「……転覆しませんか?」
「ま、実践あるのみ……」
魔力を通すには、船の後部にある「操舵輪」を握る事で魔力が通るようになっている。因みに、舵はない。
「『外輪』の箱の周りは魔装鍍金の鉄板で覆ってあるので、魔力が通ればマスケットの弾丸でも通らない。船体は普通の木なのでそれなりだな」
船の長さは約10mほど。幅は2m程の細長い船で、恐らく10人ほどは乗れるだろうか。
「馬車は収納するとして、馬二頭とパーティーの六人を乗せられると遠征には十分使えるだろう……と言われたわね」
実際、学院の水路に浮かべ、馬と乗員を六人乗せて確認はしているという。但し、川の流れが早かったり、激しく蛇行している場合はどうなるかわからないとも言う。確かに、実際そういう場所に持って行って確かめる事が老土夫には難しかったのだろう。
「使わずに済めば良いのだが、そうもいかないかもしれぬからな……だそうよ」
複雑に入り組んだ水路を徒歩で移動・逃走する可能性もある。今回の遠征はネデル軍に同行するので、軍が敗走する際に巻き込まれないよう手を打つ必要があるだろう。
彼女は、老土夫に簡単に操作を教わり、「あとは習うより慣れろじゃ」とかなり投げやりに教導を終わらされた。メイン川を下り、実際に操作して見る必要があるだろう。
『川を遡っているのをみられると、かなり目立つよな』
川を遡る事が出来ないわけではない。風向きを上手く捉えて北から南に吹く風に乗って川を遡る事も中流くらいまでなら難しくないだろう。もしは、川岸に沿って人間か馬が牽引して遡るという手もある。
魔装外輪船は、帆もなく川の中央を遡っていくことになるのだから、目立つに違いない。
「『入江の民』のように舷に盾を並べて遮蔽物にしましょうか」
岸から攻撃される場合、遮蔽する物が無ければ防御も反撃も難しい。外輪の箱は有力な遮蔽物となるだろうが、それ以外の場所にもある程度盾が欲しくもある。
『パビスでも使うか』
パビスは『タワーシールド』とも呼ばれる自立式の盾で、弓銃兵などが戦場で遮蔽物として活用する人物大の盾で重さも10㎏程もある。リリアルの討伐では使う機会が無い為用意はないが、必要になるかもしれない。が、船の上に立てるにはいささか大きすぎる気もする。
「現地の武具屋で良さそうなのもが見つかるかもしれないじゃない。それで色々試してみましょう」
『お前が良いならそれでいいと思うぞ』
メイン川を船で遡る……すでに彼女の頭の中にはそのイメージがすっかり出来上がっていた。主に……観光方面で。
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「凄く目立っている」
「でも、これなら川の中から岸に向かって狙撃も出来るし、悪くないと思うな」
一本マストの船体中央に大きな箱をもつ魔装外輪船は、メイン川を下る最中でもそこそこ目立っていたが、水を水車が掻き、川の流れに逆らってディー川を遡行するようになると、川岸やすれ違う船から指をさされ、大声を出されるようになる。
『目立って危険だな』
「ええ。オラン公に接収されないかと気が気ではないわね」
実際、それは無理だろう。何故なら、動力源は魔力であり、彼女以外の魔術師にこの魔装外輪船を実務に耐えるほど扱える魔力保有者がいるとはとても思えないからである。
オリヴィでも精霊の力を度外視すれば無理である。可能性としては、水の精霊の加護を持つ魔術師であれば、魔力の消費を非常に少なくして外輪を動かせそうだと言うが、オリヴィ自身は『土』『風』の加護持ちであり、ビルは『火』となり、二人は使えなかった。
結論から言って、彼女以外に魔装外輪船の船長は務まりそうもない。
「姉さんなら強引に操りそうよね」
『……否定できねぇな。魔装馬車の次に、強請られそうだ』
ついでに言えば、王妃様・王女様にも強請られることは間違いない。「王女の嫁入り道具に必要なのよぉ~」なんて言われるかもしれない。
メインツを出てメイン川を下り、合流点からディー川を遡ること丸一日、ようやく日が暮れる頃にディルブルクへと一行は到着した。
先ずは城下の宿を取り一泊し、翌日に城を訪れる事にする。政治的な拠点であるディルブルクは商人の数も少なく領都としては余り大きいとは言えないのだが、多くの街が精々数百人程度のものが多い帝国の街の中ではそれほど小さいとは言えない。
メインツでさえ帝国の都市の中で上位十番以内の大都市なのだが、それでも人口は三万に少し欠ける程度であろう。言い換えれば、彼女たちが基準と考える王都が世界的に見ても巨大な都市なのである。
街の手前で魔装外輪船を収納し、馬車を引き出して馬具を備え付ける。街にはさすがに馬車で入る事にする。徒歩では格好がつかない。
「今晩は美味しいごはん希望」
「それは無理でしょう。だって、帝国飯だよ」
「……黒パンは健康にいいみたいですよ」
「小食になるからかもしれない」
リリアルでも三食白いパンにする事は無く、腹持ちの良い黒パンを朝と昼には食べるようにしている。これは、冒険者として美食に溺れないようにという意味と健康管理の問題もある。白パンばかり食べる貴族に肥満が多いという理由からなのだが、食事の内容ではなく生活習慣からではないかと
思わないでもない。
「豚肉のソーセージと酸っぱいキャベツの付け合わせばかりなのは少々食傷気味ですね」
「かといって、川魚は高級食材ですから、肉を食べるならそういう素材になります。仕方ありません」
リリアル生は基本、質より量なのだが、遠征中はそれなりに地方の名物を楽しむ事にしている。しかしながら、前回の遠征のメインツで既に諦めムードが出始めている。黄金の蛙亭のレストランにしても、食材の豊富さは王国と比べるべくもなく、数日で同じメニューのローテーションとなっている。高位貴族であれば、食材の種類の豊富さに愚痴も出ないだろうが、庶民の食事に関していえば、帝国は王国よりもかなり選択肢が少ないと言えるだろう。
一行は『猛々しき獅子』亭という比較的設備の良さげな宿に泊まることにした。馬車と馬を預けられる宿の中で一番格式の高い宿を選んだ結果だ。
二人部屋を三つとり軽い夕食を食堂でとる事にする。
「ディルブルク風ザウアーブラーテン」という煮込み料理がメインで出される。これは、馬肉のブロックをロースト、数日間酢漬けにして果汁やワインを使った甘めのソースをつけて食べる料理である。
「さあ、どうぞ。名物ですよ」
宿の女将さんのお奨めという事で皆で食べたのだが、これは味もボリュームも満足のもので、コロニアでは鶏の肉や牛の肉を使う事が多いという。メインツではソーセージばかりであったが、この辺りは少々違うようだ。それとも、料理に支払う金額の問題なのだろうか。
「何でも酢に付けるのは何か理由があるんでしょうか」
彼女も詳しい事は知らないのだが、冬が長く寒冷地の多い土地柄の為、保存食や調理に火を使わずに済む料理が発達したのだと言われている。
「温かい食事は多くても一日一度、時期や土地柄によっては数日に一度という事も少なくないみたいね。ソーセージやハム・サラミとパンに添え物程度で簡素に済ます食事が主で、昼に温かい食事をとり、朝晩は簡素に済ませるみたいね」
「「「うへぇぇぇ……」」」
恐らく孤児院でも似たような生活であったろうが、リリアルで過ごす事三年、既に彼彼女たちにとって、三食温かい食事を食べることができるのは当然のことなのであろう。食事の内容だけで言えば、リリアル生は王都の豊かな商人の家族と同程度のレベルなのだ。
「贅沢に慣れるというのは恐ろしいですね」
「む、食べる事だけが毎日の楽しみ」
「それは否定しないけどね。デザートも楽しみだよ」
リリアル生にとって、食事が最大の楽しみであることは間違いのない所。そして、冒険者としての経験を積め、王都以外の食文化に触れる事の出来る遠征はもっとも期待の高まる活動なのだが……まあ、他の楽しみを見出してもらいたい。
「海が近い所に行くと、魚のフライや貝のスープなんかも出るんだけどね。ここだと魚料理は塩漬けになっちまうから、出しにくいんだよ」
女将さん曰く、塩漬けの魚はこの辺りでは人気がない。何故なら、岩塩が地元で確保できるので、塩を使う保存食を購入し塩分をわざわざとる必要が無いからだという。
「酢は体にいいんだけどねぇ」
「でも、何でも酸っぱいと飽きる」
「……それも慣れだねぇ」
酢を取ると疲労回復の効果があるという。だが、何でも酸っぱいのは何か違う気もする。
既にディルブルクへ到着している旨をオラン公に伝えていたので、翌日の訪問は特に支障なく行われた。既に、多くの公の配下の貴族達が集まっており、近いうちにネデル領内に小規模な侵攻作戦を計画しているという話が漏れ伝わってくる程度に、城内は活気づいていた。
彼女達は一先ず、来訪の挨拶をする為に、オラン公の執務室に隣接する応接室へと案内された。
六人は先に席に着き、その後、オラン公とナッツ伯が弟二人と共に現れた。
「リリアル……男爵でよろしいか」
「オラン公、今回は王国の冒険者『アリー』として依頼を承っております。どうぞ、アリーとお呼びください。それと、帝国の冒険者登録を行いましたので、星四の冒険者として扱っていただければと思います」
星四にいきなり認定されたと聞き、公の弟二人が大いに驚いた顔となる。ドラゴンスレイヤーである彼女が星四の冒険者であることは、何らおかしくないのであるが、その少女の外見から得る印象とは大きく異なるからだろう。
「それでは、今回の依頼について摺合せをさせてもらおうか」
オラン公は王国語と帝国語で併記された契約書を改めて彼女の前に提示する。内容は、王国のギルドで確認した内容に準じているのだが、やはり、今回のネデル遠征に際しての線引きがあいまいであると思われる。
「閣下、私たちは今回、ネデルに遠征するのに際して遭遇するであろう、吸血鬼を主とするアンデッドを討伐するという依頼で参陣する予定ですが、これでは、まるでネデル遠征軍の指揮下に私たちが収まるような内容になっておりますわね」
「……軍事行動に参加するのであれば、指揮下に入るのは当然だろう」
オラン公ではなく、その弟の一人がそう告げる。恐らく、今回の遠征の指揮官に相当するのであろう。
「いいえ、私たちはあくまでも酒保商人のようなものですわね」
「……なんだと……」
酒保商人というのは、軍隊に追従しその先々で必要な物資を軍隊に供給する事を目的とした遍歴商人に近い存在だ。キャラバンを組み、食料や酒のような嗜好品だけでなく、武器や衣料品なども扱う。移動マッコイ商会とでも言えるだろうか。そこには、娼婦や薬師なども含まれる。
「ですので、司令官閣下のそばに侍り、吸血鬼らしき存在が確認され次第、現場に急行するという対応を行いたいと思います。その上で……」
彼女は、オリヴィと話をした最低限の出征中の必要経費としての日当、魔物に対する討伐報酬を提示する。
「ご覧いただけますように、日当は最低限の経費以下だと思いますわ。馬二頭に馬車、六人の一流冒険者を一日拘束するだけで金貨一枚というのは破格の値段です。それと……」
討伐報酬に、魔物以外の設定がない事に言及する。つまり、神国兵たちを討伐しても一切、報償が得られないのであるから、当然冒険者である彼女達が参戦する理由が皆無なのである。
オラン公たちが険しい表情となるのだが、彼女は涼しい顔のままであった。