第364話 彼女はメインツで公開模擬戦を観戦する
第364話 彼女はメインツで公開模擬戦を観戦する
アジトである錬金工房で『模擬戦』の日程を待つ事数日、大司教からも「是非見たいものだ」とお言葉を頂き、明日にでも街の大聖堂前広場にて公開模擬戦を行う事が決定したという連絡が届いた。
「いよいよ」
「待ち焦がれましたぁ」
赤目銀髪はともかく、碧目金髪は参加する気はないのではなかったか。
「あなたもヤル気ね」
「違うよ。外出できないのが嫌なんだよね。先生、模擬戦の提案があるんですけど……」
碧目金髪曰く、『勝ち抜き戦』にしたらどうだろうかという。勝った人間が残り、次の相手に負けるまで闘い続けるという事になるだろうか。
「……先鋒は……」
彼女が出ていくのでは、折角の傭兵との戦闘経験を無駄にする気がする。
「それは、男の子じゃないですか、やっぱり」
「なにがやっぱりなんですか」
茶目栗毛も微妙な反応なのだが、この中で彼女を除けばまともに剣術で対戦できる筆頭だろう。
「いや、そこは俺がやりますと言うべき」
「そんなべきはない」
灰目藍髪が乗っかり、赤目銀髪が混ぜっ返す。だが、総当たりでは少々厳しいかもしれない。五対五の勝ち抜き戦であれば、少なくとも五回戦以上行われる。先鋒が全部勝ち抜けば五回戦だが、勝ち負けが錯綜すれば、回数は増え観客も喜ぶというものだ。
「その内容で、ギルドには事前に根回しするのですか?」
「いいえ。こちらから申し出たので、こちらで対戦方法も指定できるのだから、その場で問題ないでしょう」
「その方が盛り上がる」
「盛り上がりますねぇー あ、私大将で!!」
「私が副将。これは譲れない」
後衛で剣の扱いが不得手な碧目金髪と赤目銀髪が大将・副将に名のり出る。
「では、男性が先鋒、私が次鋒、あなたがその後で」
「わかりました。ですが、先生で終わりです」
他の三人も頷く。彼女が先鋒ならそれで終わりなのだが、今後のことを考えると、リリアル男爵だけが強者ではないというところを見せておく必要もある。今回は、彼女と赤目銀髪以外は比較的魔力の少ないメンバーを揃えたのだが、決闘となれば話は少々異なる。
茶目栗毛は魔力量小寄りの中だが、討伐では遊撃や斥候を担当する場合が多い。正面戦闘を行う場合、魔力の量が少々心許ないからと言える。
遊撃や斥候の場合、身体強化と気配隠蔽の常時発動、これに魔力走査を定期的に発し、攻撃時に魔力纏いを行うといった程度の魔力使用の組合せとなる。魔術の発動が二つになれば、魔力の消費量は四倍となる。三つになれば九倍、四つになれば十六倍となる。複数の魔力壁を形成しながら身体強化・気配隠蔽・魔力纏いを組合せる彼女の運用では、魔力消費量は百倍近くまで上昇する。
決闘では、気配隠蔽や魔力纏い、魔力走査は使われない。身体強化と一瞬の気配隠蔽や魔力飛ばし程度では茶目栗毛の魔力量で十分に五人抜きは可能である。
むしろ、剣技を用いた決闘の形式で、生かさず殺さず相手を打ちのめせる程の技量を有するのは、伯姪と茶目栗毛しかいない。彼女や蒼髪前衛ペアの場合、加減をする方が難しいのだ。今回は討伐ではなく、力量を示し、尚且つ、メインツ大司教周辺と知己を得ることも目的の一つなので、決闘……模擬戦で死者が出るようなことは避けたいというところだ。
「期待してもいいかしら」
言わずとも、なぜ自分が先鋒に選ばれたか理解している茶目栗毛は、彼女の言葉に「勿論です。期待に沿うよう全力を尽くします」と答える。
「それで、俺はどうすりゃいいんだよ」
「留守番」
「お願いしますね隊長!」
「……ですよねー」
冒険者登録をしていない狼人は冒険者ギルドの模擬戦に参加するはずもなく、今回もまたお留守番枠である。
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メインツに向かう最中に採取した薬草を用いて、ポーションを作成するなどアジトでの時間を過ごしたリ・アトリエメンバーは、模擬戦当日を迎え大聖堂前の広場へと向かっていた。
「腹ごなしに丁度いいね」
すっかり自分は関係ないような気になっている碧目金髪の呟きに、女子メンバーが同意するのは同じ立場だからだと言える。
「応援頑張る」
「いや、そこは自分も参加するつもりで行こうよ」
「あなたの次は先生でしょ? その次まではないわよ」
「あり得ない」
茶目栗毛の後は安全を期して彼女が次鋒で出るので、間違っても三人は出番はないと安心している。
既に昼の鐘の時間が近づいている。大聖堂の前の広場は既に多くの人で賑わっており、日ごろから見かける屋台の他に、臨時の出店も並んでいる。
「買い食いしている暇はなさそうですね」
「盛り上がっているのは良い事」
「観光気分、やめて欲しいですね……」
茶目栗毛……大いに頑張って欲しい。
どうやら、運営本部らしい天幕が展開されており、数人のギルド職員と審判役を果たすギルマスの姿が見て取れる。
「後ほど大司教様にはご挨拶してもらいたい」
「ええ構いません。私だけでよろしいのでしょうか?」
茶目栗毛と赤目銀髪は正式に騎士爵を賜る王国貴族の端くれなので、彼女の同行者として過不足はない事を告げると、ギルマスは「五人で挨拶を是非してもらいたい」という事であった。どうやら、ミアンでのアンデッド討伐の話が聞きたいようである。
『聖職者としては気になるよな』
『魔剣』が指摘するまでもなく、アンデッドとなる素材に困らないのが帝国の今の状態である。選帝侯である大司教が治めるメインツで同様の事件が発生すればどうなる事か心配でもあるだろう。経験者に話を聞きたいと思うのは無理のない話でもある。
大司教様は、広場に面した大聖堂のテラスの一角から観戦することになっているという。目が合わないようにしないといけないのだろうか。
模擬戦の相手である傭兵は十数人で現れた。広場の一角がその傭兵達で占められ、観戦に来ていた市民たちが潮が引くように周りからいなくなる。
「お祈りは済んだか、今ならまだ止められるぞぉ! それなりに金はかかるけどなぁ!!」
昨日絡んできた帝国騎士の一人が大声で彼女たちを威嚇するかのように話しかけてくる。
「では、皆さんをお待たせしているので始めましょう。こちらから一つ提案があります」
ギルマスに「勝ち抜き戦にする」と宣言する。互いに五人の代表を出し、先に五人勝ち抜いた側が勝利となることを伝えたのである。
「あぁ! なんだ、自分が勝つ自信がねぇのか?」
「ふふ、馬鹿なのかしら。私が先鋒で出たら、五対一でも私が勝つことになるのだから面白くないでしょう? 手加減してあげるのだから、さっさと始めて貰えるかしら」
激怒する傭兵達。だが、ほとんど事実である。ギルマスは先鋒同士を呼び出し、ギルドの模擬戦用の片手剣を手渡す。同じものを用意したことになっているのだが、事実かどうかは不明だ。
傭兵側は、大将が件の帝国騎士であり、先鋒は副官風の帝国騎士である。茶目栗毛より頭一つ背が高く、浅黒い肌に褐色の髪と目を持つ男である。魔力持ちかどうかは不明だが、騎士としての資質は高そうに見える。むしろ、大将よりも優秀なのではないかとすら思える。
「始め!!」
茶目栗毛は護拳を頭上に掲げ、刃を斜め下に向けたガードからカウンターを狙う防御重視の構え。先ずは相手の出方を見るという事なのだろう。対する傭兵側は、右前に剣を掲げ斬り下ろせるように構える。
恐らく、身体強化を伴う激しい斬り降ろしの一撃を狙っているのだろう。
前にすっとでた傭兵が自分の間合いに入った所で打ち下ろす。茶目栗毛よりリーチが長い分、先に攻撃が当たると踏んでの行動だ。
が、一瞬、茶目栗毛の姿を見失ったのか、剣先が空を切りバランスを崩した傭兵がたたらを踏む。背中を突飛ばされ、前のめりに転びそうになる傭兵。茶目栗毛は気配を残しつつ、その場から気配隠蔽で移動し背後に回り、護拳の部分で背中を突いたのである。
「なにやってんだぁ!!」
「シャキッとしろ!!」
「ガキに舐められたら傭兵稼業も仕舞だなぁ!!」
周りの観衆からやんやのヤジが飛ぶ。冷静で優秀そうであった傭兵騎士が一気に顔を赤黒く染め、茶目栗毛に突進してくる。
「があっ!」
突然顔面を抑える傭兵。茶目栗毛はその隙に、がら空きの腕を剣先で激しく刺突する。剣を持たない左手を刃引きの剣とは言え、細長い棒の先端で激しくつつけば、相応の打撃となる。
「ぐぅぅ……許さねぇぞ」
「……出し惜しみなしでお願いします。帝国の傭兵の腕を確認するのが今日の仕事なので」
「ザケンナアァァ!!」
がむしゃらに剣を振り下ろす傭兵を円を描くような歩法で躱していく茶目栗毛。そして、勢い余ってよろけそうになるところ、尻を蹴り上げたり、腕を再三叩きのめしたりする。左腕はもう持ち上げられないほど痛めつけられだらんと体から垂れ下がっている状態だ。
『えげつねぇな』
「彼の本質なのでしょうね。執拗な所は評価できるわ」
ギン!!
茶目栗毛の体に初めて傭兵の剣が当たるが、まるで金属鎧を剣で叩いたかのような音がし、剣が弾かれる。刃引きではあるものの、自分の腕同様、ある程度のダメージを予想していた傭兵の顔色がどす黒くなる。
「なんだそりゃ。てめぇ……」
「標準装備ですよ私たちの」
魔装の胴衣を着用している茶目栗毛は、剣の斬撃も魔力を通していればフルプレート同様に弾き返す事を理解している。これを着ていなければ、リリアルの稽古など怖くて敵わない。
腕を切りつけ、胸や肩を斬りつけても弾き返される事に気が付いた傭兵の目の色が死んだ魚のようになっていく。躱され、背後から蹴り飛ばされ、剣が当たっても全くダメージが入らない。
「ぐっ、いっそのこと止めを刺してくれ」
「……無理です。あなた方は売ってはいけない人に喧嘩を売りました。二度と商売できないように、この場で掣肘することが今日の私の仕事です」
「……」
徐々に痛めつけられた傭兵騎士は、膝や脛を茶目栗毛に打ちのめされ、最後は力尽きて動けなくなるまで相手をさせられたのだが、その時間は十分ほどであった。
「しょ、勝者リ・アトリエ!!」
大人と子供の体格差をものともせず、むしろ一方的に翻弄し叩きのめした茶目栗毛の姿に、観衆の声援も徐々に小さくなっていく。
「公開処刑」
「まあ、ちょっとやり過ぎじゃないかな」
「次は、接近戦でお願いします」
見学する気満々の三人から次のオーダーが出る。彼女も黙って頷くだけである。
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続く三人は、騎士ではなく戦場のたたき上げといった感じの冒険者崩れの傭兵達であった。
剣技は戦場の剣であり、古の帝国時代における剣闘士のように組技を絡めた戦いを仕掛けてきた。これは、最初の一方的な剣術の戦いよりぶつかり合う姿に観客は盛り上がり始めた……最初のうちは。
力と体格で勝る傭兵達に組み付かれた茶目栗毛が一瞬、苦しそうな態勢を取るのであるが、あっという間に剣を返し、腕を絡め体重をかけて引き倒し、その上で護拳の部分で殴りつけ、顎や首元を剣身で叩きのめす姿に、しばしポカンとするのである。
『あいつ……ヤバいな』
「これほど体術も巧みとは思わなかったわ……」
魔物相手には使う事のない、人体の可動域を考慮した組技をリリアルで使う事も学ぶ事もない。対人戦闘に関しては、恐らく孤児になる以前の訓練所での生活で身に着けたものなのだろう。
気道を圧迫し、頸動脈を締め上げ三人の傭兵をそれぞれ気絶させた茶目栗毛の模擬戦の戦い方に、観客の声援は再び静かになるのである。
「隊長の五人抜き、ここから見てみたい」
「そうですね。私たちも気を引き締めないと」
「それって、応援するだけでしょう?」
もうすっかり終わった気になっている三人娘のお気軽コメントなのだが、四人分の戦いを見て、帝国騎士である事のきっかけを作った傭兵は何か策を用いてくるだろうと彼女と『魔剣』は考えていた。
「対人戦というのは奥が深いわね」
『お前には関係ないだろうがな……普通は、こういう技術で補うんだろうさ』
対人用の剣術も今後は練習する必要があるかも知れないと彼女は思いつつ、どんな場面で使用するのだろうかと考えるのである。