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第363話 彼女は帝国騎士とフェーデ受ける

第363話 彼女は帝国騎士とフェーデ受ける


 帝国騎士という身分は、王国の騎士よりも数が多く小領邦が散在する帝国において微妙な身分でもある。伯爵以上の上級貴族や王・皇帝に仕える騎士であり、小領主を務めるものであるが、傭兵主体の戦争が行われるようになると、領地経営を他者に任せ自身は傭兵として一団を率いるようになる者も少なくない。


 傭兵企業などと称される傭兵団は、帝国騎士が主体者として運営し、戦争に参加するために人を集め組織を維持運営する。貴族の末端でありながら、冒険者同然の生活をしている者が少なくない。


 また、戦争がない場合、組織を維持するために合法的な強盗行為を行う者たちもおり、『強盗騎士』等と呼ばれる事もある。オーガになった『鉄腕』も若かりし頃には強引に『決闘(フェーデ)』を要求し、また人攫いなどで身代金を集めたりしたという。


 帝国内で騎士達の強引な行動を抑止するために『帝国平和令』という法律が発せられたのはもう百年近く前になる。その上、窮した騎士達が『騎士戦争』と呼ばれる内乱を起し、メイン川上流域の街や村を襲い、最後には討伐された事もあった。


 帝国騎士として『騎士』をしている者は限られており、商売を行うか、傭兵家業に専念するかといった華麗なる転身を行っている場合が多い。


「お前ら、この辺の者じゃねぇよな。なんか、違う」

「……だったらどうした?」


 赤目銀髪が切り返す。どうやら、今回の装備が帝国風でない事で余所者なら絡んでも問題ないと判断したのかもしれない。


「いやいや、この辺の者じゃないなら、色々親切に教えてやろうかと思ってよ。なあ、みんな」

「「「「「おう!!」」」」


 似たような派手な衣装の者が数人、ニヤニヤとしながら彼女たちを見ている。主に、灰目藍髪と碧目金髪を……である。


「ご親切にありがとうございます。ですが、帝国には何度か来ておりますし、メインツも初めてではありません。知人もおりますしお気持ちだけ頂いておきます」


 彼女が丁寧にお断りをする。が、どうやら引いては貰えないようである。


「んぁこたぁどうでもいいんだよ。俺たちは、その後ろのお姉さんたちと仲良くなりたいだけなんだ。ガキはすっこんでろぉ!」


 思わず彼女から濃密な魔力が溢れ出す。


『おいおい、お前気が短すぎだろ?』


『魔剣』に窘められて魔力を収める。


「な、なんだなんだ、文句あるってのかぁ!」

「ええ。はっきり言えば、邪魔だからどこかへ行きなさい。最初から理解できる言葉で話すべきでしたわね。未だに、帝国語は面倒だわ」


 彼女は、シッシとばかりに手を振る仕草を加える。どうやら、冒険者ギルドでも止める者はいないようだ。


「こりゃ、親切を仇で返されたか」

「ん- これは決闘だな」

「そうそう、揉め事は伝統に則って決闘で解決するんだよ帝国じゃあな」

「嫌なら……金で解決する方法もある。これは、意見の相違を裁判より簡潔に処理するための帝国的解決だな」

「さあ、お嬢さん方、どうする。金を払うか、決闘するか。好きな方を選んでいいぞ」


 つまり、お持ち帰りできれば良し、出来なければ決闘を嗾けて金を踏んだくるということになる。


『手加減しつつ、徹底的に潰すにはどうすればいいかだな』


 帝国の冒険者制度が傭兵の受け皿として機能している事を考えると、今後もこの手の騎士崩れの傭兵から絡まれる事は何度もあるだろう。ならば、一度、公に力を示す事も悪い事ではない。拠点も借り、暫く活動する上で一々絡まれるのは面倒だからだ。


 彼女は手袋を外し、目の前の派手な男に叩きつける。


「鬱陶しいわね。その決闘、言い値で買ってあげるわ。そうね、武器は片手剣。真剣ね。そして、場所と時間はそちらに任せるわ。目立つ場所で誰の目にも勝敗が明らかになるようにしてもらいましょう。何なら……メインツの大司教様にでも立ち会ってもらいましょうか?」


 突然、物凄い口調で捲し立てた彼女の豹変に凍り付く傭兵達。そこに、ギルマスが現れる。


「決闘は不味い。だが、公開の模擬戦ならどうだ。勿論、リリアル男爵閣下の名で、大司教様にも観戦していただけるよう案内を出させてもらう」

「構いませんよ私は」

「……リリアル……男爵……閣下……」


 先ほどまでニヤついていた傭兵達の顔が硬直する。そして青白くなっていく。


「面倒なので名乗りたくなかったのだけれど、王国副元帥リリアル男爵本人です。皆さん、全員決闘して差し上げます。良い稽古台になるでしょう」

「良いと思う。試し斬りに丁度いい」

「折角剣の稽古もこなしているから、実戦に出る前の腕試しに丁度いいです」

「あ、あの、銃でもいいですか?」


 剣で斬り合う気満々の灰目藍髪、そして、出来れば遠慮したい碧目金髪。

茶目栗毛が場を整えるように話を始める。


「決闘は剣でも槍でも銃でも同じものであれば問題ないと思います。あ、先生、ギルマスの提案でこれは模擬戦ですので誤解なきように」

「そうですね。決闘は法律で禁止されておりました」


 ニッコリ笑う彼女と、引き攣り気味のギルマスと傭兵達。そのまま、決闘……ではなく模擬戦の手続きに入る事になる。


「ギルマス。面白いので、冒険者登録を掛けて……というのではどうでしょうか」

「ふむ。負けた方が冒険者登録を抹消する……で良いのか」

「ええ。私たちは帝国の冒険者でなくなっても全く困りませんので」

「そうか。儂も、こいつらが冒険者でなくなっても困らない。むしろ、厄介者が消えてくれれば清々する。では、決闘……模擬戦の条件は冒険者登録抹消を掛けて……でよいな」


 周りからは「フェーデだフェーデだ模擬戦だぁ!」の大合唱が始まる。


「一先ず冒険者証を預かろうかの」

「ええ、勿論です」


 リ・アトリエメンバーはさっさと冒険者証を渡す。別の街のギルドで王国の冒険者証を元に再発行すればいいだけなので、気楽なものである。王国の等級を元にするので降格にはならない。傭兵達は冒険者証没収=星無しからの再登録になるのでダメージは全く異なるのだ。


「逃げるなおっさん」

「に、逃げてねぇしぃ。はっ、俺らが勝つに決まってるしぃー」


 赤目銀髪に釘を刺され、渋々冒険者証を提出する。冒険者証がない場合、街の外に出るのも難しくなる。決闘終了まで、お互いにメインツから出る事ができなくなるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 夕食を『黄金の蛙』亭で済ませ、伝言も承った五人がアジトである錬金工房に戻ってきたのはすっかり暗くなってからであった。


「ずいぶん遅かったな」

「ご飯食べてきた」

「……お、俺の分は……」

「干し肉おいしい」


 お留守番の狼人に冷たい。不在の間に吸血鬼を色々尋問したのだというが、情報らしい情報を得ることができなかったという。


「素直に話さないわね」

「雑魚だから仕方ない」

「やっぱり、下っ端吸血鬼には情報持たさないですよねぇ」

「所詮使い捨ての組織の駒。このまま死ぬ運命ですね」

「犬死になるのでしょうね。残念ながら」

「俺は狼だから。犬死しないからな!!」


 「犬」というキーワードに激しく反応する狼人。吸血鬼からは言葉にならない声が漏れ出てくる。情報を渡さないつもりならそれでもかまわない。彼女は、吸血鬼に問いかける事にする。


「あなたのお名前は何でしょうか? 話しかけにくいので教えて頂けると助かります」

「……」

「私のことはアリーと呼んでください」

「私はマルグリット。グリットと呼んでいい」

「いやそれ、言いにくいよね」


 吸血鬼は黙っている。彼女は言葉を続ける。


「あなたが知っていることを話さない場合、このまま死ぬことができません。ずっと、手足のない状態で剣や銃の『的』として生きる事になります」


 彼女は、リリアルにいる四体の先達について説明する。死ぬこともできず、永遠に武具のテスト要員として切刻まれ、撃ち抜かれながら再生する毎日。


「それに、後からお話されても、既に状況が変わっていれば意味がないので、期限は明日の夕方までにします。それまでにお話が無ければ……一先ず永遠にこの落し穴の底で生きながらえてください」

「ちょ、ちょまて!!」


 吸血鬼が目を見開き驚くが、彼女は落し穴に蓋をし話を終えた。




 翌日からの行動。決闘が終わるまで外出を控える事にするが、ブリジッタのところへは彼女が向かわねばならない。それ以外は、狼人と茶目栗毛の二人に買い出しなどを依頼することになるだろう。


「旅の為に食料に余分もあるし、この場所で生活する事に不自由はないからのんびりしましょう」

「庭で稽古もできるので、問題ありません」

「……絡まれるの鬱陶しい。早く大人になりたい」


 最年少の赤目銀髪が呟くが、恐らく大人になってもそれは変わらないだろうと彼女は思う。女性の冒険者自体が関心を引かれる。リリアルは魔術師の女性比率の高い組織であるので、王国外での活動の際は、考慮しなければならないかもしれない。


『外部の男の冒険者を同行させるのも無理あるしな』


 その昔、リリアルができる以前であれば冒険者と組んで仕事をしたことも少なくなかったが、一期生が冒険者として十分育った今の時点で新たに参加してもらうとすれば、それなりの高位冒険者となる。でなければ、噛み合わないことも予想できる。


 何より、リリアルの情報を外部に漏らされる方が問題なのだから、この件は今後の課題になるだろう。二期生が順調に育成できれば遠征に加わる人数を増やすことができるかもしれない。





 翌日、彼女と茶目栗毛は連れ立ってゲイン修道院に、ブリジッタ媼を尋ねる事にした。ゲイン会にもワインを一樽寄贈する事にし、ブリジッタにはボトルのワインと蒸留酒、ポーションとトワレを渡す事にしていた。


 ワインを受け取った院のシスターたちはとても嬉しそうであり、在家中心の修道会であるゲイン会ではワインを購入するしかないので、味の良いものは手に入りにくいのだという。


「まあまあ、こんなにお土産を頂いて。申し訳ないわね」

「いいえ。ブリジッタさんにはお世話になっていますから」

「甥は余りお役に立てなかったみたいで、かえって心苦しいわ」


 今はオラン公と結びついているものの、今後はどうなるかわからない。そういう意味ではメイヤー商会経由の伝手も無駄にするつもりはない。とは言え、今のところ動くことは難しいので、いくつか今回の訪問でサンプルを渡し、メイヤー商会独自に動いてもらう事にする。


 若しくは、商業ギルド経由で取引先を探る事になるかもしれない。


「はい、ヴィーからのお手紙。二週間に一通くらいで来ているわね。そろそろ戻ってくるそうよ」

「ありがとうございます」


 手紙を受け取り、ゲイン会で不足している薬草類などを聞き、王都でのオリヴィーとの交流などについて四方山話をしていると、面会の時間が終わりに気がつく。


「ふふ、とても楽しかったわ」

「私もです。また伺ってもよろしいでしょうか」

「ええ、いつでも歓迎するわ」


 顔に沢山の笑い皴を作り、大きな目を細めたブリジッタ媼は彼女の手を両手で包むように握手すると別れのあいさつを交わした。


「あなたもまた来て頂戴ね」

「勿論です奥様」

「ふふ、ビータと呼んで頂戴」

「では、私のことは『シン』とお呼びください」


 茶目栗毛は自分の名前を告げ、彼女に続いて部屋を後にした。




 彼女はその後、食料品の買い物をし商業ギルドと冒険者ギルドにポーションを卸すかどうか考える為に相場を確認して錬金工房のアジトに戻る事にした。


 商業ギルドでは蒸留酒とトワレのサンプルを提出し、取引をしたい業者があれば取引を行うつもりがあると伝える。金額を提示し、王都の価格の五割り増しで案内する。魔法袋に入れ、冒険者として持ち込んでいるので中間で税を取られていないからこんなものだが、本来なら三倍にもなっておかしくないのだ。


『随分と特権商人の特権が縮小されたとはいえ、物を動かすと税が掛かるのは帝国の悪い所だよな』

「それで地産地消が捗れば問題ないのでしょうけれど、実際は常に小さな小競り合いや隣近所とのひっきりなしの争いですものね。大都市といっても、王都の十分の一程度のものが帝国に何箇所もあって時間が止まっているような国ね」

『実際そうだろう? 皇帝は国王とは違うからな。大公と大司教が何人もいて、小国が乱立しているんだからそうなるのは当然だ。王国も百年戦争より前はそんな感じだぞ』


 百年戦争の頃、王国の領域内には連合王国の領土もあり、王家の分家筋の公国やレンヌやブルグンド等幾つもの小国が存在し、王家に付いたり離れたりする存在が少なくなかった。


 連合王国との長きにわたる戦争の中で、王国を守る為、王家を中心とした集団が形成され、徴税やそれに伴う軍と官吏の組織がつくられる事になる。が、それは一朝一夕ではなく、ある王がそれを築いた後、後を継いだ王太子により反故にされたり、貴族や富裕な特権都市により否定され一進一退の環境が続いた。


 百年戦争と、その後に続く神国・帝国・法国との戦争を続ける中で、王国は王家を中心にまとまり、王都を中心とする軍と官僚組織を育て上げるに至っている。残念ながら、帝国の皇帝には「選帝侯により選ばれる」という手段があり、選帝侯を中心とする合従連衡が繰り返され、領邦はそれらを中心にまとまりつつある。


『御神子と原神子の争いだってこれからも続くだろ。共存する事を選ぶには、まだ大分時間がかかるだろうな。神国は原神子派を許さねぇだろうし、商人や職人共は教会の押し付けを認めたくないから、原神子派で進んでいく。

商人が力を持つネデルが荒れているのは、そういう事だろうからな』


 ネデルでの揉め事が、周りの王国や帝国に波及するのではないかと『魔剣』は危惧し、彼女もそれは同感なのであった。



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