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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
『レンヌ』

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第35話 彼女はエントに立ち向かう冒険者となる

第35話 彼女はエントに立ち向かう冒険者となる


 エントは大きな樹木が動き回る存在である。その張り巡らされた枝や根の部分が手足のように動き回り、想像以上に素早く振り回される。


「全然歯が立たないわね」

「巨人相手ですもの。それに、動きも素早いのですもの」


 なにを目的に暴れているのか分からないが、とにかく足止めをしないと危険な気がする。少女三人の姿に気が付いた薄赤三人が近づいてくる。


「危なくないか」

「陽動だとすれば、部屋にいる方が危ないと判断しました。人間相手の戦い方では、エントを抑えることはできません。それに……」

「エントは強いな。探索中に出くわせば即逃げ出すしかない」


 今はリーダーとなった薄赤野伏の言だ。エントは森を守るために定期的に巡回しているのだそうで、森を荒らすものを見つけると追い払おうとするのだという。


「そういう契約で妖精としてこの世界に存在しているからだろう」

「契約に縛られているとすれば、その契約を利用した何者かにこの城に滞在するものを襲えと命令されたと考えれば状況が理解できます」

「……誰なのよ、迷惑ね!」

「そ、それよりも、なんとかしなくてはですわ!」


 目の前で館の三階もの高さがある見た目木の巨人が暴れまわり、騎士や兵士を追い払いなぎ倒すのを見た王女殿下はパニックである。だが、それでいい。


「殿下、魔法を発動していただきます」

「……水を撒くだけでは木は倒れませんわ」

「見本を見せます。いいですか……」


 彼女は水を生成し、一辺3mほどの立体を作り始める。その中の水を更に魔力を注いで湯に変えていく。熱湯にだ。


「これを、エントの足元に……貼り付けます。動けばその動きに合わせて追従するように」

「……はい……」


 彼女の作った熱湯キューブは庭を横切り一番大きなエントの足元に絡みつく。


『wGooooRooooooo!! WWWGoooooo!!』


 熱湯の塊から逃げようとするものの、彼女はその熱湯を足に押し付けたまま追従させる。目に見えて弱くなる巨大エント。


「い、いきます!」


 幾分小さな熱湯キューブがヘロヘロと庭を移動し、やや小さなエントにまとわりつく。が、爆散!


「もう一回、落ち着いていきましょう殿下」

「私がフォローするわ」


 伯姪がコントロールをサポートするために手を添える。生成と維持は殿下、コントロールは伯姪で分担する。


 今度はスムーズにキューブがエントを追従する。先の大エントは既に動けなくなっており、次の目標へと熱湯キューブは移動した。


「妖精は、他の妖精には容赦ねえんだな」


 薄黄剣士の独り言に猫が突っ込む。


『水と油の関係とでもいうでしょうか。物の本質に近い精霊・妖精の類は反発するのが道理でございましょう』


 やれやれ、だからお前は強くならないのだと『猫』は元騎士として思うのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 熱湯の効果、それは、植物の中に流れる血管に相当する維管束にダメージを与えるのだ。樹木のそれは木の皮の下に形成されている。年輪というのはその跡であったりする。


 血管を熱湯で痛めつけられて、そのまま動き回ることはできない。妖精でも精霊でも、そこに魂を宿したものの理には逆らえない。例えば、『猫』は猫の理に逆らうことができない。『魔剣』は剣の理に逆らうこともできないのだ。


「さて、お話うかがいましょうか」

「俺もついて行こう」

「戦士と剣士は殿下をお願いね」

「「応」」


 エントと遭遇した経験のある野伏を連れて、彼女は一番最初に痛めつけた大きなエントに話しかけることにする。


「ここは人の住む城塞よ。森ではないわ。何を夜中に暴れているのかしら」

『……ダマサレンゾ……キサマラハ……森ヲコワシニ来タノダロウ……』


 びっくりである。城に木こりの集団がやってきたとでもいうのだろうか。


「私たちは、明日、公都に向かう旅人です。森には行きませんよ」

『……イヤ、ソンナハズハナイ。我ハ聞イテオルノダ!』


 王国に屈した公爵は、自らの森を差し出し、王国は森を切り開き木々を伐採し炭とするのだそうだ。その炭は製鉄に利用され、製錬された鉄で国王は帝国と戦争をするのだそうだ。


「それはありえません。戦争するのは不経済ですから」


 リュソン宮中伯が話に割って入ってくる。


「私は、この一行の責任者でアルマンと言います」


 宮中伯はエントたちに説明する。大公の息子と国王の娘が結婚する。親戚同士になるし、子供たちはいとこ同士となる。そうすれば周りの国も戦争を仕掛けづらくなり、武器も沢山は必要なくなる。


「とにかく、戦争が長く続いたおかげで人が死に、たくさんの畑がなくなりました。道も荒れましたし、森も無駄に斬り倒されました。回復するのに人も森も時間がかかります。あなたがたの森を切り開いて、ここから数百キロも離れた王都に持っていく手前に、たくさん森はありますから、ここの森を切り倒す必要もありません。

 いいですか、貴方は、あなた方は騙されたのです。そのことを伝えたものにです。そのものは誰ですか? 貴方を騙したものは誰ですか?」


 エントたちは黙って聞いていたのだが、ヨロヨロと動き始めると、黙って城門から出て行った。夜中に騒いだ迷惑な酔っ払いのようなものである。





 部屋に戻り、彼女たちは着替えて再度寝ることにする。公都の衛兵たちは篝火を増やし、騎士たちは寝ずの番をすることに決めたらしい。まあ、一日徹夜した程度で問題が発生するような軟な兵士はいないだろう。


「エント……凄く大きいわね」

「物語の中に出てくる巨人のようでしたわ。ふふ、エントにわたくし勝ちましたわ」

「ええ、実際魔法を使い、魔物を倒されました。お強かったですよ」

「いいえ。一人では上手くできませんでしたわ。お二人のおかげです。礼をいいますね」


 ペコリと王女殿下は頭を下げた。それはそうと、気になるのはエントをだましてこの城を襲わせた者たちの存在である。


「エントは基本、話を聞きません。思考も人間とは異なるので、意思の伝達に不都合があります」

「言葉を覚えるのは得意なので、あの大エントが人の言葉を覚えていて、それに騙されたと考えるのがいいのかもしれないわね」


 彼女と伯姪は推理を始める。考えられるのは、王家の力が強くなると困る、国内の貴族やその者たちに連なる大商人だろうか。背後には、帝国か連合王国がいる。恐らくは、『同志派』の者たち。


 勿論、連合王国の直接の干渉もあるかもしれない。工作員とでもいえばいいのだろうか。エントが暴れたこと自体を誰の使嗾によるものかを推定するのは、かなり難しい。エントは基本、人とのコミュニケーションをしないからだ。


「『同志派』が協力しているということかもね」

「『同志派』……ですか……」


 原神子教の教えを信じるものを王国内では『同志派』と称している。原神子の教えは教会の支配に対する抵抗運動の要素があり、山国や帝国の自由都市のような教会・君主の支配から独立しようとする商工業者が支配する場所で盛んなのである。


 結果、取引相手である王国内の商工業者も影響を受ける。とは言え、王国は寛容なのでそのこと自体は問題はないのだが、その人間関係を利用し、王国内を乱そうとするものが存在する。


 そうすると、『同志派』に対し取り締まりや弾圧めいたことをしようとする考えを持つものがいる。寛容なのは国王と宰相、そして実際現場で仕事を増やされている若手は弾圧に傾きつつある。具体的には……


「宮中伯に対する挑発行為。そして、暴走することで国内が乱れるのであれば、帝国・連合王国・法国に有利となる……というところでしょうか」

「今晩の反応からするに、それはなさそうね」

「……それはよかったですわ。王家はそういったものも飲み込んで民と王国を愛さねばなりませんものね……」




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 翌日、船で川を下る。護衛の船が増えてはいるものの、半数はアジェンに残り、昨日のエントが暴れた件についての調査を行うようである。とは言え、どこから現れ、どこに消えたのかという程度の痕跡を確認するほか、怪しい事象の確認を城伯に行う程度だが、王家と大公殿下に報告する必要があるので、仕方ないのであろうとは思う。


「今日の夕方にはやっと公都ですわね」

「何事もなくとは申せませんが、一安心できそうでございます」


 侍女頭は昨夜は一人殿下の部屋でお留守番であったのが余程怖かったのだと思われる。え、だって、暗殺者とかと思うと寿命が縮んだのだろう。三人が部屋に戻ると、最初のドアの開閉音で飛び上がり、腰が抜けたようだったのであるから、そう思われるのだ。


 川の流れも緩やかとなり、河口も近いのだろう。幅も広くなってきた。


「このまま海にまでつながっているのですね……」

「そうよ、ニースには川はないけど、途中の南都から海につながる川がありますわね。流れが急なので、ここより怖い思いをしますよ」


 伯姪、慣れてきて言葉か雑になってるわよと彼女は思うのであるが、殿下は昨日の夜、一緒にエントと対峙した時から、一段と仲良くしようと柔らかい雰囲気になっているので、気が緩んでいるのは仕方がないのかもしれない。


『まあ、魔力をお互い通すのは特別な関係だから。仕方ないかもな』

「……そうなのね」


 実際、彼女の受けるカリスマの何割かは、ポーションに含まれる彼女の魔力を体内に取り込んだせいだと思われるのである。猫が主と仰ぐ理由も納得できるかもしれないと彼女は考えた。





 公都の大公の城館も他の滞在した街の城と同様、河岸に建てられているものである。城の周囲は堀がめぐらされており、川からの水が流れ込むように設計されているようである。


「このお城も大きな城塞に囲まれておりますわね」


 過去の戦争で使用された城砦の中に城館を立てているため、変則の五角形の頂点に円形の塔を有した分厚い城壁により屋敷は囲まれている。とはいえ、中の城館は正面のゲートと一体になる形で整えられている青い屋根に白い壁の四階建てほどの館である。


「警備しやすそうですわ」

「死角ができにくいし、堀もあるのはいいでしょう。流石、大公家のお屋敷がある城塞ですね」

「王宮とは別のものですわね。とても息苦しさを感じますわ」


 昨日は初めて魔物と相対した王女殿下からすれば、城塞にあまりいい印象をもたないのかもしれないが、ここは、王宮より危険度が高いと感じているのかもしれない。散々脅してしまったこともあるだろうが。


 夕方、船を降り馬車で城に向かいながらそんなことを話しているうちに、正面ゲートから城内に入ると……整列した騎士たちとその前に居並ぶ恐らくは大公家の有力な家臣たち。


 馬車から降りると、花びらがまかれ、ファンファーレが鳴り響くのである。少々驚くものの、進み出てくる少年が従僕のあけた扉から降りようとする王女殿下の手を取る。


「初めまして王女殿下。私が公太子です。大公家一同を代表いたしまして歓迎いたします」


 赤髪癖毛は噂の通りだが、鋭い顔立ちに目力が強い。黒系統の装いに、深紅のマントを羽織り、『魔王』の様な強面の面差しだが、優しさを感じる所作である。


「は、は、初めまして! しばらく世話になりますので、よろしくお願いいたしますわ」


 年齢差はさほどないはずなのだが、姉の婚約者の令息とそう変わらない大人びた少年に、緊張する王女殿下である。手を取られたまま、屋敷の入口に案内される。中には、大公夫妻に多くの使用人たちが出迎える。足元にはこれでもかと花弁がまかれるのは馬車から降りた後ずっとである。


「王女殿下、遠路はるばるお疲れのことでしょう。今日は、心ばかりの晩餐をご用意しております」

「あ、ありがとうございます」

「自分の館だと思ってお過ごしくださいませ」

「ははは、はい!」


 大公は公太子を肉厚にし、あごひげを蓄えた偉丈夫、夫人は栗目栗毛の朗らかな女性である。え、太ってなんかないよ、ふくよかなんだよ。


『大公、強いな。濃青並の騎士だな』


 魔剣が大公を見るに、そのくらいの力をもっていておかしくないのだろう。少なくとも、護衛隊長では歯が立たないと思われる。彼女でもかなり、卑怯な手段を使わないと難しいだろう。


「大公殿下、今回の一行を代表いたします、リュソンでございます。歓迎ありがとうございます」

「ああ、宮中伯、無事到着して何よりだ。仕事の話は、ひとまず歓迎の食事の後にしよう。皆さんを部屋にご案内しなさい」


 まあ、それはそうだろうと思いつつ、王女殿下と侍女三人は王女殿下の居室へと案内されるのである。今回の滞在は、今後定期的に行われる両家の交流の一環の始まりであり、王都に大公家の居館も整えられる。


 この城館の中にも王女殿下の居室が整えられ、将来的にはここで大公妃として過ごすための準備が進められていくのである。数年かけてであろう。


「侍女頭が隣の続間で、私たちは隣室をいただく形ですね」


 流石に、旅の途中のように護衛を兼ねて三人一部屋というわけにもいかず、部屋割りは変わるのである。それに……


『城内の警備、不審者の確認に行ってまいります我が主よ』

「お願いね」


 猫は早速、城館の中を探検するつもりなのだ。仕掛けるなら、城館の使用人を抱き込んで連れ去るのが、一番仕掛けやすいのだから。





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