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第03話 彼女は油をまき散らす

第3話 彼女は油をまき散らす


「……上手くいかないわ」


 獣油はギルドで相談すると簡単に手に入れる方法は教えてもらえた。皮をなめす時に、皮の裏側の皮下脂肪を集めることで良く集まるのだそうだ。ランプの油としては臭いや煤が多いのであまり好まれないのだが、安価なこともあり、それなりに需要はあるのだ。


 とは言え、その油にカイエンの成分を抽出し、対魔狼用の武器にしようと考えたまでは良かったものの、思うようには油がまとまらないのである。


『お前、油に自分の魔力を練り込んでないんじゃないか』

「あっ……」


 魔力で生成した『水』は、自分の魔力を帯びた状態で発現するのだが、獣脂を基にした油には魔力を帯びさせていないため、コントロールできていないのだと推察された。


『実際、中身の抽出には魔力を使用しているから、ただの油よりはコントロールできただろうけどな』

「そうね、完全に慮外であったわ。だめね……」


 彼女は少々落ち込んだものの、実際、油が自分の水の魔術と同様に飛来し、目標に命中するのを確認し自信を取り戻すことができた。


『油を当てた後、「火球」を飛ばすと派手に燃えるだろうな』


 魔剣はそうつぶやくのだが、村の中や市街地、乾燥した冬の森の中では大火事になりかねない。とはいうものの、城攻めをされた時や雨で多少燃えにくくなった場所などでは、油を当ててその刺激で戦闘力を喪失した魔物に炎で追撃をするのは悪くないと思うのである。


『燃える水が手に入ればいいのだが。高価だからな』


 魔剣のいうそれは石油のことであり、この王国では魔導士が管理している素材で、民間で入手するのは困難だし高価なのだ。


「植物の油で十分よ。獣の油は固まりやすいから向かないわね」


 ということで、ギルドに向かう際、短剣と油を入手する必要があると思うのである。





 魔狼撃退用の油球に入れる刺激物は「カイエン」という、カプサイシン多めのこの世界におけるハバネロである。その成分を魔力で抽出し、油の中に魔力を通して溶け込ませることで、魔力で生成した水球と同じように打ち放つことができるようになった。


『水球の練習、レベルを上げるか』

「……まだ髪が伸びてないから嫌よ」

『いや、対価はもらってある分で構わない。今の水球を分割する方法を練習するんだ』


 最初覚えた水の球は密度も普通であり、正直それだけで魔物を倒すことはできないのである。


『球を圧縮して「弾」に変える。更にそれを分割して「散弾」にするんだ』

「水の球を圧縮するのは魔力なのよね」

『そうだな。生成する速度が上がったので、それに更に魔力を込めると圧縮されて強度が上がる。上級者であれば家の壁や騎士の盾くらい貫く水の弾丸となるな』


 魔剣曰く、魔導騎士の鎧を貫通するのは難しいが、並の騎士の鎧は穿つことができるそうだ。特殊な竜種や災害級の魔物でなければ、かなり有効に使えるという。


『水は火と違って燃え広がらないから、そういう意味で人がいる場所での戦闘には有効だな』

「ええ、そうね。自分も炎にまかれるなんて困るもの」


 水が長い時間をかけて岩をも穿つように、魔力の籠った圧縮された水は金属や鉱物も貫くことができるだろう。


 生成した水を魔力で圧縮する練習、それを素早く射出する練習。毎日魔力が限界になるまで、数日間彼女は練習を繰り返した。とはいうものの、家人からは「下のお嬢様がまた暇つぶしをしている」程度にしか思われておらず、女子供の遊びにしかみられていないのは幸いであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 魔狼を倒して数日後、彼女は再びギルドにやってきた。そろそろ狼の皮の売却代金と魔狼の皮を返却してもらおうと考えていたからだ。ギルドの冒険者受付に顔を出し、いつもの受付嬢に声を掛けると、お待ちしておりましたとばかりに挨拶をされる。


「実は、ギルドマスターがお話したいことがあると申しておりまして、お時間を少々いただけますでしょうか」

「はい、承知しました。魔狼の皮の返却は大丈夫でしょうか」


 受付嬢はニッコリ笑い、お話の後、報奨金と依頼料、素材の売却代金も間違いなくお渡しするのでと話すと、先に立って歩き始めた。


 ギルドマスターの執務室はカウンターの奥の階段を上り2階にあった。場所は……受付カウンターの真上であり、耳をすませば階下の音が聞こえる場所である。


『盗み聞きされてるのかよ』


 魔剣は呟くが、それはそうだろうと彼女は思わないでもない。子爵家の屋敷においても、二つの応接間があり、片方は会話の内容が確認できたり、様子がわかる設備が整っている。また、警護のものもそこに潜んでいたりするのである。


 中には壮年の男性が座っていた。魔力は感じられないのでおそらくベテランの戦士か剣士であったのであろう。かなり前髪が無くなっており、白髪も半分ほどである。ギルマスは立ち上がり挨拶すると、ソファーを勧める。どうやら彼女が貴族の一員であることを知っており、子爵令嬢として接するつもりのようである。


「ご令嬢にはこのような場所にまで足を運ばせてしまい申し訳ない」

「いえ、ここでは駆け出し冒険者の一人にすぎませんので、そのように扱っていただいて問題ございませんわ」


 挨拶用の笑顔を顔に張り付け、定型の答えを返す。この程度の愛想は彼女にも可能なのだ。


「では、この先はギルマスと冒険者として相対させていただくのでご承知ください」


 咳ばらいをすると、ギルマスは自らの名を名乗り、改めて今回の報告をしてくれたことに感謝するとともに、「フェアリー」のポーションを納めてくれる彼女に深く感謝の意を伝えた。


「お互い納得してのやりとりですのでお気になさらずに」


 彼女は答えるが、本心からギルドを代表して感謝を伝えているということは伝わってくる。とは言え、これが本題ではないだろう。


「あなたが提出してくれた毛皮なんだが、魔狼と鑑定された。脅威度は黒だが黄に近い存在だ。魔狼だけの集団であれば単体で黄、群れでは赤の判定だろう」

「……そうですか……」


 魔剣との約束が果たせそうで一安心と思う一方、王都のそばに魔狼が出没したということは少々問題となっているという。


「魔狼の出現はゴブリンの集団と重なることが多い。それも、かなりの規模の集団だな。ご存じか」

「はい、調べておりましたので」


 ギルマス曰く、騎士団にも届け出をし、ギルド内部でも情報として伝えているのだが、調査の依頼も討伐の依頼も今のところは出ていないのだという。


「ところが、魔狼の出た森の王都と反対側の地域で、大きな狼の出現が確認されたり、いくつかの隊商が襲われる被害も出ているんだ」


 王都の周辺にはいくつかの大規模な森林があり、その森林を迂回するように各地への街道が設置されている。直線なら森を通れば近い場所も、魔物が存在するので迂回して移動するため移動も大変なのである。


「あなたが討伐した魔狼のいた森の向こう側の村にも魔狼が出ているようで、今のところ人の被害はないが家畜がやられているんだよ」


 森の向こう側の村……そこは、彼女の子爵家が預かる村でもあるのだ。





 王国では上位の貴族と下位の貴族ではかなり存在が異なるのである。江戸幕府の大名に相当するのが上位貴族、旗本に相当するのは下位貴族と考えると分かりやすいかもしれない。


 下位貴族は王家から所領を預かっているものの、『代官』のような存在であり、管理する対価として一定割合の税を自家のものとすることができる反面、徴税権と警察権程度を認められるに過ぎない。これは、王家の騎士の家系が周辺の小王国を統一する過程で手柄を認められ叙爵したためである。


 対して、公爵は王家の支族であり、侯爵は他国の王家の末裔、伯爵は侯爵家ほどではないがそれなりの支配地を持つ辺境の支配層というものが多い。故に、子爵男爵家と、侯爵伯爵家では大きな階級の差が存在するといえる。


 もちろん、爵位だけ有する宮廷貴族や、王家の親族としての大公のようなものは領地を持たないのだが、伯爵以上の家系は先祖代々の領地と、その領地内では王家の支配を受けることがない存在でもある。故に、自衛のための武力を有していたり、内政に関しても王家は特段手を出すことはない、半独立国というか同盟関係に近い存在である。


 なので、王家や王家に連なる公爵家から王女や公女が嫁ぐことが多く、少し間が開いている家系には下位貴族の子女が嫁ぐことは難しいのだ。


 姉が嫁ぎたい家の多くは、そういった王家との縁が薄くなっている家系が多く、王家の手前そういった家から誘われることもないので困っているのだという。公爵家あたりだと子爵令嬢ではあまりに身分差があるので、せいぜい頑張って侯爵なのだ。


「あの村で起こっているのですね」

「その通りだ。まんざら知らないわけでもないのだろう。そこで、こちらから調査の依頼をお願いしたい」


 指名依頼というわけではないのだが、領主の娘である彼女が、自然な形で村の周辺の状況を確認してもらいたいということなのである。顔見知りなら、下手な冒険者などが調査に入るより、彼女が聞く方が細かな情報が入手できると考えたからである。


 また、その結果、問題があるようであれば彼女の父親を通して王国に問題提起して騎士団の調査も引き出すことが可能かもしれない。


「……初心者には荷が重いです」

「そうだろうか? あの狼の群は黄等級の魔物の脅威度があったはずだ。白になりたての冒険者一人で対応できるわけがない。それに、今回の魔狼討伐の件で君は『薄黒』に昇格してもらうからな」


 登録してわずか1週間ほどで黒になってしまった。その代わり、働けと言うことなのだろうが……


「君は子爵の令嬢という態でギルドの用立てた馬車で村に向かってもらう。護衛は濃黄のパーティーを加える。彼らは君の護衛兼、小規模な魔物の群に対する討伐を依頼の範囲に加えている」


 なるほど、自分はあくまで冒険者ギルドのメンバーであるが、村人からすれば「子爵様のご令嬢が村の様子を見に来た」と思われることに意味があるわけなのだ。村人の協力も得られやすくなり、お飾りの自分の仕事はさほどではない。姉の仕事に似た範疇だ。


「日帰りとはいかないでしょうし、家の者に話をする必要があります。数日猶予をいただけますでしょうか」

「ああ、それで頼む。できれば回復ポーションも増やしてもらえるだろうか」


 最近、王都周辺で歩いて行ける範囲で薬草が減ってしまい、森の向こう側の村に足を延ばす必要も感じていたのである。母に対してはその辺りで、薬草採取のついでに村を見てくるとでもいえば容易に了承してもらえるであろう。


「では、用意ができたなら、出立できるようお願いします」


 そして、彼女は一つついでに頼むことにした。


「それと、マスターおすすめの武具屋を紹介していただけますでしょうか。予備のダガーを購入したいものですから」

「では、この名刺を持っていきなさい。店の場所は受付で教えてもらうといいだろう」


 ということで、元戦士のギルマスおすすめの武具屋にいくことになったのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 素材カウンターで売却金と魔狼の皮を返却してもらい、受付で報奨金と依頼達成のお金を受け取り、武具屋の場所を聞く。場所はギルドからさほど遠くなく、ありがちな偏屈な頑固おやじ系の店主でもないようなのである。


 ギルドの前の大通りを歩き、少し先の路地に入る。ここは職人街とでもいうのだろうか、様々な工房が並んでいる。恐らく武具の販売と修理、オーダーも受けられるようなところなのだろう。


『お、ここだな』


 ギルド御用達とプレートのついた簡素な外観の工房に入る。中は外観同様スッキリしており、質の高い武具が揃っているように思われるが……魔剣の類はなさそうである。


『魔力を必要とする武具は魔道具屋だろうな。普通の武器屋には扱えないからな』


 魔力のない職人には扱うことすらできないのが魔剣の類であるからその通りではあるのだろう。


「こんにちはお嬢さん。今日はどんなご用件ですか?」


 30代後半と思わしき細マッチョな店員が声を掛けてくる。一見さんお断りとでも言われるかと思ったが、意外と親切な対応である。


「驚いたのかい? 冒険者ギルド御用達ってのは護衛される側の武具も用意するからね。荒くれものばかりを相手にするような店構えでは成り立たないというわけさ」


 なるほどと思いつつ、彼女は用件を切り出した。一つは護身用の短剣を購入したいこと。そして、その短剣の鞘を持参した魔狼の皮で作成したいことである。


「魔狼……お嬢さんのものなのかな」

「ええ。わけあって譲ってもらったものなのです。鞘とお揃いの外套の内張も作りたいのですが」

「ああ、冬用の内張だね。良いものができると思うよ。それと、ブーツのインナーもできると思うよ。大きいからね」

「そうですか。それはありがたいです」


 インナーブーツを長めに作りそれを折り返してブーツのアクセントにする。今年の冬は暖かく可愛らしいものになるんじゃないかと彼女は思い始めた。


「お嬢さんにお奨めの短剣は……この辺りになるかな。剣術や護身術は学んでいるのかな」

「ええ、子供の頃から。それに、素材採取の為に森に入ることもあるので、それなりに使えますの」


 と、ギルドであいさつした時のように、ご令嬢らしいスマイルで店員に答えるのであった。



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[気になる点] 主人公が冒険者に使わせるために安価で売ってるポーションが高い値段で転売されてる? なんかすごくイライラする。
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