第355話 彼女は『導線』を用いる
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灰目藍髪の作った『導線』に関して、彼女は即座に真似することができた。とは言え、彼女自身にはあまり必要でなかったこともこの魔術を思いつかなかった理由でもある。
『基本的に、遠距離からの攻撃をしないからなお前』
「それはそうなのだけれど、これなら弾丸を遠くに飛ばす能力さえあれば、見える範囲なら必中させられるという事だわ」
例えば『火砲』サイズのものであれば、弾丸を魔力水晶を込めた魔銅の砲弾を使い、砲身を魔銀鍍金した砲身を用いれば、砲口径で数倍の効果を必中させることができるようになるのではないかと思われる。
人間のけん引若しくは馬一二頭で運べるサイズの隼鷹砲と呼ばれる軽火砲で15㎝・20㎝の砲に相当する効果を与えられる可能性がある。牽引は魔装兎馬車の応用を行えば、更に機動性は増すであろうし、魔法袋に収納すればいつでもどこにでも展開ができる。
射撃速度は比較にならないほど高まるだろう。砲身に火薬の燃焼による加熱が伴わない事が大きな理由である。
「……夢が広がるわね」
『相手にとっちゃ悪夢だろうぜ。王国を敵に回すんだから、そのくらいは覚悟してるんだろうけどよ』
彼女はまず『笛』を用いて効果検証をする事を考えている。魔装銃の中で最大級の効果を持つ竜をも倒す大口径銃。それが、騎乗で放てればとても大きな効果を敵味方に与えるであろう。
魔装銃の17㎜の口径で打ち出される弾丸の重さは30g、これが『笛』サイズとなると、口径は約30㎜となり弾丸は100gとなる。弾丸の種類にもよるが、並の城壁程度であれば崩す事も可能であろうか。野戦で使用すれば、それこそカノンのような効果が発生する。数十人が吹き飛ばされる事になる。
彼女は早速、その思い付き……フラッシュアイディアを老土夫に説明し、新型の『魔装笛』と専用の魔銅弾を作成してもらう事にした。
「儂のアイデアなんじゃがな……」
老土夫曰く、魔銅弾の中に魔水晶を加え、『雷』の魔術を付与してから射撃してはどうだろうかというのである。
「直接ダメージがなくとも、近くを通るだけで『雷』による昏倒・麻痺が発生すると思うな」
「……それもお願いします」
「試射するなら砂浜とかでやってくれ。試射場だと場所自体が破壊されるからの」
彼女は思い出深いガイア城の城壁に向け射撃してみようかとも考えたが、のちのち問題となりそうなので断念する。
「しかし、このサイズの銃なら、聖鉄で造った方が良いかもしれんな。その上で魔装鍍金処理するというのはどうだろう」
「お任せします。鉄の在庫は問題なさそうでしょうか」
彼女は毎日、ノルマとして鉄鉱石の『精錬』を行い、聖鉄を作り続けている。とても魔力を消費する為……ここにきてさらに魔力量が増えている気がする。
『気のせいじゃねぇぞ』
『魔剣』の言う通りのようだ。既に、人間の領域ではないと言うので、恐らく、なんらかの『加護』の影響だろうという。
聖鉄と魔銀鍍金を施した特大の魔装銃である『笛』は、逃げ出す時の切り札になるかもしれない。また、魔力量中以上のメンバーに配備する事で、数台のカノンを装備する砲兵並みの戦力となる可能性もある。大砲は城攻めの際に利用される兵器であるが、その反撃にも城から撃ち放たれる兵器でもある。
射程が1㎞を越える大砲は、他の兵器の射程外から一方的に攻撃できるからだ。
「運用は帝国遠征が終わってから考えましょう」
「ミアンで装備できていれば、楽できたかもしれんな」
「いいえ。あれはあれで、魔装銃の良い検証ができたので問題ではないと思います。それに、恐らく過剰な装備となったでしょう。魔銅弾の導入であの規模の戦闘は恐らく今後問題なくなると思います」
「確かにな。包囲の外側の王国軍に被害が出たかもしれんし、王国軍がその砲兵を当てにして余計なことを考えるかもしれん」
リリアルの大型魔装銃十数門もあれば、一万程度の敵の戦列を崩壊させる事が十分可能だろう。リリアルの兵士は『隠蔽』を行ったうえで、移動しながら一分間に数発の弾丸を発射できる。
大砲の射撃速度は数分から数十分かかり、また、過熱による暴発を防ぐために一時間当たり、十発程度しか発射することができないと言われる。つまり、大型魔装銃の存在は、射撃速度を加味するとするならば、一つの銃が十数門の砲列に匹敵し、尚且つ反撃も受けにくい兵種となる。
「土魔術で土塁でも即座に形成すれば、かなり有利な射撃ができる気がするわ」
それを遠くで耳にした歩人が嫌そうな顔を見せている。
二人乗りの訓練をし、馬を変え、装備を調整し不具合を確認してある程度目途が付いたところで馬を降りる。次は、『導線』の実践である。
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試射場はいつもの50mほどの吸血鬼が標的とされる場所と別の、遠距離の標的を狙える実戦的な練習場が新たに設置されており、そこで試射を行う事になった。
「へぇ、これが新しい試射場か!」
「……姉さん、呼んでいないのだけれど……」
「いやー 面白そうなことやってるなって思って、アリアの子達のところ顔出して、こっちに来ちゃった☆」
来ちゃったではない。アリアの子とは魔装修道女である四人が所属する修道院名から採られた呼び名である。決してボッチだからではない。
先ずは、50mの位置から灰目藍髪と彼女が射撃を行う。観戦するのは碧目金髪と茶目栗毛。赤目銀髪は新式の魔銅製の鏃に魔装の矢羽根を付けた『魔銅矢』でその隣に並ぶ。
彼女の練習を見て、『導線』の魔術に気が付いたのか、見よう見まねで始めたのであるが、彼女は既に『舞雀』が放てるので、むしろ簡単なようであった。
「ワゴンウエイの上を走るように……『導線』……」
ワゴンウエイとは、鉱山の中につくられた荷車を運ぶための木製のレールの上を馬車が走る道の事である。馬一頭で三十トンの鉄鉱石を運べるのだから、ある種魔力を用いない魔装と言っても良いだろう。
その矢は本来より幾分水平に近い飛翔を描き、50m先の的のど真ん中に突き刺さる。その左右上下に二の矢、三の矢と次々に綺麗に命中していく。
「……すごいです……」
「私が次に……」
碧目金髪が感嘆する横で、灰目藍髪が射撃を開始する。中心に命中、そして上下左右と順に命中させる。綺麗な四角形とその中心に空いた穴を確認し満足げである。
「弓だとこれ以上の距離では難しい」
「そうね。大型の特殊な弓を用いるしかなくなるかもしれないでしょうし、そもそも、この距離でも正確に命中させられるのだから十分よ」
「馬上で移動しながら後ろ向きに射てれば、銃より有効」
弓より銃の方が騎馬での移動時に銃口が上下し、『導線』も発揮しにくい事は理解できる。逃走時、殿を委ねるなら赤目銀髪が適切なのかもしれない。とは言え、弓の飛翔速度は弾丸の五分の一程度であるので、その分、ガイドする時間がかかるのは難点と言えるだろう。
銃手としての碧目金髪には灰目藍髪が、弓使いとして茶目栗毛には赤目銀髪が付くことになる。この組み合わせは、次回の帝国遠征メンバーでもある。
「私も練習しなければね」
『……あんま無茶すんなよ……』
彼女は銃を構え的を狙う。とは言え、今回彼女が老土夫から試射の依頼を受けたのは、先日話の出た大口径のマスケットである。今までのマスケットは140㎝程であったのだが、これは180㎝を超える長さであり、腕で持つには長すぎるほどである。
故に、今回の魔銀鍍金聖鉄製の大型魔装銃には、短い柄のバルディッシュを銃架として用いることができるように改良したものを装備している。バルディッシュの柄を用いて銃身を支え、射撃を行う。
勿論、このバルディッシュのブレードも魔銀製ではなく、より廉価な魔銀鍍金聖鉄製となっている。
射撃は同じ50mであるが……
Dannn!!!
今までの魔装銃の銃声が『Paw!!』程度であった事からすると、あまりに大きな銃声である。それでも、火薬を用いたそれよりは相当小さいのだが。
「……」
「…音大きすぎ……威力あり過ぎ」
固まるメンバーの中で、唯一他の者の声を代弁するべく声に出したのは赤目銀髪。彼女の指摘する通り、的を射抜くどころか爆散させる結果となった。
「威力だけではなく、魔力も相当用いるわね」
弾丸の重力と威力が増えた分、魔力の消費量がかなり増える。また、射程を伸ばせば、その分『導線』で用いる魔力も増えてしまう。
彼女の結論から言えば、今、この銃を十全に扱えるのは彼女自身と黒目黒髪だけではないかと思われる。魔力量だけではなく、魔力の操練度の違いで効果のある兵器となるのは学院では二人だけではないだろうか。
「すっごいねその銃。お姉ちゃんにも貸ーして!!」
学院の輪を外せば……姉も対象になるだろう。
「姉さん、ほら貸して上げたわよ」
彼女は昔、姉にされたように銃を片手でヒョイと上に持ち上げた。ほっそりした少女が180㎝にもなるマスケットを片手で高々と差し上げるのは、いささかシュールな絵面である。
「またまた、お姉ちゃんにはその銃が必要です」
「……また良からぬことを考えているのでしょう。そうね、実費負担なら試作品テスト要員として下賜してあげてもいいわ」
上から目線ではあるが、姉は気にしないだろう。その高価なおもちゃを目の前にして、瞳がこれ以上なくキラキラしているからである。
彼女は『金貨十枚銅貨一枚まかりません』と言うと姉は即決する。この時代の騎士団の聖騎士の半年分ほどの収入であり、兵士なら二人分の年収でもある。
「安いものだよ妹ちゃん。この銃があるなら、私の領地に攻め入ろうなんて馬鹿は絶対いなくなるからね☆」
姉はどこに向かっているのだろうか。
「それよりもさ、アリアの諸君とリリアル生の交流戦を企画したいんだけど、賛成してくれるかね」
既に魔装修道女(見習)である四人の滞在も一月を過ぎようとしている。元の身分や年齢的な差があるとは言うものの、四人の士気は高く、既に一年以上教育を受けたレベルまで達していると言える。
二期生の意識を高める為にも、力試しは有効かもしれない。
「私から打診しておくので、そちらはお願いするわね」
「即OK!!」
全く相談もなしに受けるとは思わなかったが、四人の力を見せてもらい、今後の参考にしたいと考えている。一流冒険者であるアンドレイーナが加わっているだけでも、二期生には相当不利だと思われるのだが。
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伯姪とも相談し、二期生の比較的年齢の高いメンバー四人でパーティーを組む事にしてもらい、修道女の四人と模擬戦を行う事になった。二期生のメンバー四人は銀目黒髪『アルジャン』と茶目灰髪『ターニャ』が前衛、灰目灰髪『グリ』と赤目茶毛『ルミリ』が後衛となる。ルミリは弓銃装備だが、鏃は練習用の木の平たい鏃のものである。当たれば痛いが。
「さあ、あなた達の力を見せて頂戴!!」
「おお、副院長!! 任せるのだ!!」
前衛のターニャが元気よく答え、アルジャンがフィストバンプで答える。グリは「なんで……」と自分が選ばれた事が不本意なようで、ブツブツと呟いている。十歳という年齢からすれば怖いのだろうが、他のメンバーは全員女性なので消去法の選抜だ。
それに、灰目灰髪ことグリは、素早さと身体強化を用いた動きの良さが評価されている。見た目も中身も歩人に似ているとも言われているのだが。ルミリは緊張しているようで、動きも表情も硬い。
「無理はしないで、今の実力を確認することが目的なのだから」
参加するメンバーたちに彼女が答えると、修道女達からは、思わぬ答えが返ってくる。
「勿論ですわ。ですが、やるからにはそれなりの形にしませんと」
「む、そうだな。私もメンバーの中での立場というものがある」
「なのです!!」
今までの姉と関わり合ってからの四ヵ月間の積み重ねを確認したいという強い意志が感じられる。これは、既に勝負ありなのではないかと彼女は思いつつあった。
「では模擬戦始め!!」
二期生からは後衛のグリが一気に最前線に飛び出し、前衛のアルジャンと最も強者と思われるアンドレイーナを狙うように移動する。
ところが、グリの飛び出しを読んでいたのか、アンナリーザの弓銃での牽制射撃に驚き動きが鈍ったところを、気配隠蔽から接近していたベネデッタがグリを背後から一撃し倒してしまう。
『事前に指示が出ていたな』
「ええ、恐らくアレッサンドラさんから三人にね」
模擬戦が始まる前、三人に指示する元伯爵令嬢の姿が見て取れた。姉曰く「リーダーはあの子しかいないでしょう」という話は聞いていたが、自分より冒険者としての経験もあり、一流と呼ばれるランクのアンドレイーナを始め三人にきちんと作戦を理解させ、具現化する力量を見て改めて四人の成功を彼女は確信していた。
『でも、簡単に倒され過ぎだろ二期生』
「指揮官不在だから仕方ないわよ。これは、反省材料として生かしてもらえれば良いと思うのよ」
彼女は二期生の中に積極的にまとめ役を買って出る存在がおらず、集団としての力が発揮できていないという事が理解できれば、この模擬戦を行った意味が十分あったと考えていた。
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