第345話 彼女は王宮に参内する
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第345話 彼女は王宮に参内する
長く学院を空け、更にはネデルへの長期滞在が確定しつつある。祖母には申し訳ないが、彼女の不在を任せられる人は祖母しかいない。伯姪では、王都・王宮との接点が少なく、どこに話を持って行けばよいか、話を聞いてもらえるかは分からないからである。それは、彼女も同じなのだが。
帰国し一仕事終えたのち、休憩中であった祖母の部屋へと挨拶へ彼女は赴いた。
「なんだもう帰ってきたのかい。王妃様にはお手紙渡しておいたが、あんたも自分で帰国の報告に向かうこったね」
「ありがとうございます。一時帰国のようなものです。今回はネデルの貴族の子弟を同道しておりますので」
「預かるのかい?」
「今は何とも。ですが、こちらでお預かりして騎士学校で教育を受ける事と、その代わりに、我々のネデル滞在時の庇護を交換条件としてお願いしてみるつもりです」
「ネデルねぇ。神に素直に感謝できない捻くれ者の土地だよ。あまり仲良くは出来ないだろうね。国家に友人はいないというしね」
祖母の言葉はもっともだ。友人ではなく、敵の敵を敵とせず、その力をお互い利用し合うというところだろうか。
「お前の目で見て、ネデルはどうなんだい」
「まだ何とも。これから騒動が拡大し始めると思われます。王国でどの程度把握しているか。連合王国との経済的繋がりを絶ち、経済的に立ち行かなくさせて支配するつもりのようです」
「じゃあ、どうやって税金搾り取るつもりなんだい。地面から金が生えてくるわけじゃないんだよ。羊毛を買って織物にして余所で売るから金が生まれる。はっ、流石に国王になって早々、破産する男は考えが突き抜けているねぇ」
神国国王は度重なる戦費の調達の為借入を行っているのだが、十年程前に破産=国庫からの支払い停止宣言を行った。王国・帝国・法国勿論、自国の富豪からの借り入れの支払いができなくなり、年間五分の分割払いに切り替えて貰ったのだが、その支払いを三年後に早速停止するほど、困窮している。
世界的な領土を持つとされ、巨大な軍隊を持ち、多くの軍船を様々な場所に派遣し支配を広げ富を集めているというのに、その富は借金の支払で消えていくのである。よく考えた方が良い。
『もしかすると、聖征の発動による借金踏倒しや臨時課税をもくろんでいるのかもしれねぇな』
王国や帝国でもそうなのだが、王が臨時に課税できる権利を行使できる機会は本来制限されている。その一つが『聖征』に関わる徴税だ。
連合王国が女王の父王の時代、教皇の影響から離脱する為に独自の『聖公会』を設立し王自らがその長に就任している。連合王国の教会は、教皇を上に戴かず国王が最上位の存在となっている。
父王は原神子信者ではなく、敬虔な御神子教徒であったので、『聖公会』は原神子信徒の組織ではなかった。だが、その後の息子、そして今の女王は原神子派であり、一時、ネデル同様教会や修道院を襲い偶像破壊をしていたため連合王国内で反原神子法が存在していた物を近年廃止した。また、教会法を改正し教皇とは独立した関係であることを公にした。
これは、聖公会が御神子信徒であるものの、部分的に原神子信徒の考え方を許容するという形で「第三の道」を示したものでもある。
これに対して、教皇とそれに近しい神国国王は『異端』として処罰したいと考えている。その方法は『聖征』であるというのが一つの可能性だ。聖征は決してカナンの地に向けてだけ行われたわけではなく、また、サラセンのような異教徒に対してだけ行われたわけでもない。
古の帝国の末裔を滅ぼしたこともあるし、王国南部の異端とされる宗派の信徒たちを殺戮したこともある。異教徒でなくても、その矛先を向ける可能性は十分あるのだ。王国は王国貴族家出身の司教を代理人に、様々な利害調整を教皇に対し行っているし、帝国もそれは似た状態である。
連合王国のように「教皇の権力を認めない」となれば、既に『破門』された状態の女王は、次に討伐の対象になり兼ねない。ネデルに深く肩入れできない理由はその辺りにある。
サラセンとの関係が一時安定している現在、神国国王はネデルを一気に陥れ、王国・連合王国に対し優位に立つつもりなのだろう。反対に、ネデルの抵抗が強ければ、支配に多くの軍の駐留が必要であり、王国に軍を派遣する余裕はなくなる。
「まあ、お前が深く悩む必要はないよ。そういうのは、国王陛下とかその側近どもが考えればいい。身の程を知りな」
祖母の言葉じゃきついが、決して彼女を揶揄する者ではない。十六歳の少女が国を背負う必要などないと、暗に生真面目な彼女を慮る言葉に過ぎない。彼女もその意図を取り違えることはないのである。
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翌日、彼女の元に姉から「エンリ君は実家に暫くいます。商談かな」という簡潔な手紙が届く。形の上では、ルリリア商会の太客という扱いで、商会頭の家に滞在し、観光などするという設定にしたらしい。
「ワイン、どれだけ売りつけるつもりかしら」
『魔法袋新調しないといけねぇかもな』
魔法袋は、その内容量に応じて消費する恒常的魔力が大きくなる。彼女か黒目黒髪、癖毛くらいでないと、馬車数台分の荷物を収めることはできない。
つまり、また彼女が遠征するのは確定なのだ。
リ・アトリエメンバーも魔力的には相応の魔法袋が使えるが、流石に前衛を務める者たちに大事な荷物を預けるのも難しい。あとは、歩人を倉庫番代わりに使うくらいだろうか。
朝一番に、帰国の報告を王妃様と実家経由で宮中伯アルマンに行う。騎士団長ではなく宮中伯なのは、外交が前提だからである。最近、国内の問題の時は王太子か騎士団長で済むので、久しく顔を見ていない。
リリアル滞在中に、装備の改修の件を進める事にする。少々割り込みになる可能性もあるが、ネデルでの活動に必要なので最優先でお願いしたい。
工房を訪ね、老土夫にネデルで必要な資材に関して話を進める。
「魔装笛か。四つ程度なら即対応できるが。弾丸はどうするのだ」
「実は、新しい素材ができるようになりました」
彼女はオリヴィの元で『土』魔術の『精錬』や『修復』を習い、また、魔鉛と銅を組み合わせた『魔銅』という金属で銃弾を作る事を考えると説明する。
「銅の弾丸か。鉛よりは高価だが、魔水晶の粉を収めて魔力を入れるより、お前さんの精錬で最初から魔力が含まれているのなら、加工するだけでいいから、便利ではある」
「私も同感です。それと……」
彼女は鉄の廃材を『精錬』して鉄の塊を形成する際に、『聖別』された鉄が作られている事に気が付いたことも報告する。
「つまり、魔銀ほどじゃないが、アンデッドに効果のある鉄素材を作る事が出来るようになったというのだな。それも、魔力を通さずに、魔力の使えない人間にも有効な」
「そうです。魔鉛同様、最初から私の魔力を含んだ鉄ですので、その効果のようです。これが、回収した剣を補修した『聖別された剣』になります」
何本かの回収『修復』を行い聖別された鉄が用いられた片手剣を取り出す。
「むぅ、確かに微量の魔力を帯びているようだな」
「リリアルの魔術師には不要かもしれませんが、魔力を持たない騎士団の騎士達には有用かもしれません」
対アンデッド用の装備が魔銀鍍金のメイスなど供給したとしても、魔力を用いる兵士・騎士は限られている。その上、彼らは指揮官クラスであり、不死者との戦いにおいても前に出て常に戦う事は難しい。
この聖別された鉄の供給は、そういった問題を解決する事になる可能性が高い。
「じゃが、お前さんが精錬するだけの存在にされかねないだろうな」
「私もそう思います」
「……工房で非常に少量製造できるものだとしようかの」
嘘も方便である。彼女が精錬した鉄塊を小出しに使用し、少量の生産がリリアルで為されているとすればいい。
「小僧に『修復』を覚えさせれば、騎士団の剣を修復するという事で、少しずつ供給できるじゃろ?」
「良い考えだと思います。修復はさほど魔力も時間もかかりませんので、私がリリアルにいる際に纏めて修復し、小出しに返却するという事でも構いません」
「それもそうじゃが、小僧に直させるのが一番だ。だが、小僧の魔力では聖別が弱まるかも知れないので、その時はあんたに頼む事にする」
先ずは『聖別された鉄』の話、次に魔装馬鎧の件についてだ。
魔装の馬鎧の話を進めると、老土夫は「戦場に出るのか」と問うた。
「わかりませんが、念のためです。今の戦場は、弓よりも銃兵の数が多くなっているようです」
神国軍では五人に一人の銃兵を戦列に配置するようだ。先に銃で攻撃し、戦列を乱した後、槍兵が突入し、押し合った間に剣兵が切り込んで戦列を破壊するという戦いが多いようである。
「まるで動く城壁だの」
「はい。戦場でそのようなものが現れた時、リリアルは無力です」
「ふむ、その為の『笛』と『馬鎧』というわけか。分かった。馬鎧自体はそのものが分かるが、可能であれば、外から分からないように、真ん中に魔装布を入れ、両側を本来の馬鎧のキルトで覆うというのはどうだろう」
魔装は目立つので、狙われないとも限らない。それは良い提案だろう。
「それでお願いします」
「急ぎなら、魔装の幌でもなんでも利用して作れるからの。数は?」
「四頭分でお願いします。それと……」
彼女は二人乗り用の馬の鞍を用意できないかと相談する。
「まあ、鞍を二つ繋げて、鐙を二人分にするくらいかの。後ろの鞍には手綱が無い分、鞍に握るところを付けたり、背もたれのように少し高くするようにするかぁ」
「私たちが乗る分ですので、少々小さめでも構わないでしょう」
「確かにな。完全鎧の騎士が乗るのとは座面の大きさから何から変わるだろうから。これは、早急に試作を作らせてだな……」
やれ鞍に魔法袋を付けるだとか、色々創作意欲が高まるようである。兎に角、二週間程度で用意できるようにお願いし、彼女は工房を後にした。
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王宮からの呼び出しは意外に早かった。恐らく、ネデルの情報に関して王とその側近は既に把握しており、彼女の話を奇貨として進める事にしたと考えられる。
「今回は、あなたに供をお願いするわ」
「わ、私ですか!!」
指名を受けた碧目金髪は少々慌てている。とは言えネデルに向かったメンバーの中で王の御前に参ずるにあたり……一択であろう。
「晩餐じゃなければ用は無い」
「堅っ苦しいのは無理だな」
「二期生をしごく仕事があるので、今回はカエラ姐さんにお任せします!!」
騎士爵三人衆は逃げて行った。二輪魔装馬車で王宮へと向かう。馭者は久しぶりの茶目栗毛である。歩人を王宮に連れて行くのは、馭者としても少々憚られる。その点、執事然とした茶目栗毛は適切な存在だ。
「今日はよろしくお願いしますね」
「はい。ですが、この剣は……」
「聖別された鉄を用いた剣です。使い勝手を報告してもらいたいのよ」
魔力を用いずに不死の魔物にダメージを与えられる剣。魔力量の少ない茶目栗毛に好感を持たれるのであれば、騎士団へ拡大する事も十分意味があるだろう。
「承知しました。次回の遠征迄には報告書を提出します」
「お願いするわね」
書類仕事が得意なことも、モニターに指名する一つの根拠である。茶目栗毛、黒目黒髪、そして元薬師娘二人がその手の仕事に堅い人材であり、他の子達は少々苦手としている。特に赤毛娘。
王妃様ではなく、今回はお仕事として参内するので、正面の公用門から入城する。馬車にはリリアルの紋章が入っており、彼女の存在は広く知られている事もあり、本日の来訪は既知の事であったので、問題なく奥へと通される。
「私はここでお待ちしております」
「長くはないと思うので、それほどゆっくり出来ないでしょうけれど、お願いするわね」
「……変わりませんかぁ」
「変わりません」
従騎士の制服に再び身を包んでいるカエラこと碧目金髪。二人の来城は周りの視線を集めている。概ね好意的だが、中には敵意を込めた視線を送る者もいる。大概、近衛かその関係者である高位貴族の子弟なのだが。
恐らく「成り上がり」とでも考えているのだろうが、こちらからすれば大昔の先祖の貢献か部族の長の家系として受け継いだ爵位に胡坐をかいている者共の方が笑止千万である。文句があるなら、竜の一体でも討伐してくればいい。
元を正せば、お前らの先祖こそ成り上がりであり、その搾りかすが高位貴族なのだが。
『まあ、そんなもんだ貴族ってのは』
『魔剣』のボヤキが心に染み入る。
案内する従者に先導され、彼女は奥まったさほど広くない会議室に通された。そこにいるのは、思ったよりも年を取っていた宮中伯アルマンに、何故か騎士団長。そして、普通の貴族のような衣装を着ているが、明らかに国王陛下である。
「お待たせいたしました」
「いや、連絡を貰ってありがたかった。それで……」
「その前に、陛下が何故そのようなお姿で」
「まあ、余りネデルの件を知られたくないという事があるな。宮中伯の部下の一人という事にしておいてくれ」
その割に、席はお誕生席なのはおかしいと彼女は思う。
「ネデルの話はそれなりに聞いていたのだが、思ったより徹底して異端審問が始まっているのだな」
「おそらく、サラセンとの戦争が一段落している間に、早急にネデルの統治を強化したいのでしょう。兵士を貼りつけずに済み、尚且つ徴税が順調になれば、この後の戦争が楽になりますから」
「ネデルに展開している神国兵とは接触できたか」
「いいえ。伝え聞いた情報によりますと、総督府のあるロックシェルを中心に、異端審問の為に多くの人間を召喚する為の尖兵として活動しているようで、主にネデル中部から南部にかけて活動しているようです」
ロックシェルにおいても、多くの教会・修道院が破壊されており、総督の着任前にオラン公ら穏健派の貴族が兵を率いて鎮圧していたのだが、間に合わなかったと聞いている。
「ではリリアル男爵、君の意見を聞こう」
宮中伯がそう言うと、参加者の注目は彼女に集まった。
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