第344話 彼女はリリアルに戻る
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第344話 彼女はリリアルに戻る
一先ず、メインツにてエンリとその従者の出立準備を待つことになる。彼女はリリアルに二名の受け入れ態勢を依頼するとともに、王宮にも同封する手紙を早急に送り届ける事を祖母に依頼していた。
彼女が王宮に手紙を直接届けるとすれば、間に検閲が入ることは確実であり、情報が漏れる事も十分考えられる。祖母であれば、王妃様に直接お会いし、孫の近況報告という態で手紙を直接渡すことができる。
王妃が絡めば、王もその重臣たちもオラン公の扱いを無下にする事も考えにくい。彼女の立場が悪くなるようなことを王妃が認めるとも思えないからである。
「王国に帰るのも久しぶりと言うかあっという間と言うか」
「今回は準備の帰国ですよね。公爵様の遣いの護衛もありますし」
王家に騎士団、外交関係の官僚との調整や指示を受ける必要もある。それに、王都の冒険者ギルドで正式な討伐依頼。実際吸血鬼がいるかいないかに関係なく、依頼を受けてネデルに同行するという態が必要だ。
この後、合流する事になるエンリを思い出し、青目蒼髪が歩人に話かける。それはもう、楽しそうに。
「セバス、大変だな再戦依頼が」
「俺は執事だから。そういうのはもう無しでお願いするんだよ」
歩人はけんもほろろだが、赤目銀髪は俄然やる気を見せている。何故?
「最弱相手に更に最弱の弟に、リリアルでブートキャンプの用意が必要」
「……必要ねぇよ。俺は絶対手伝わねぇからな!!」
恐らく、赤毛娘や狼人、そしてジジマッチョもゲスト参戦するかもしれない。十七歳のエンリは魔力量もその操作に関しても一段二段と成長する可能性がある。オラン公の為にも、この年若き弟の育成は必要だろう。
「先生、王国に入るまでは野営で過ごしますか?」
赤目蒼髪の疑問に彼女は「そうね」と答える。野営であれば、同行者を一々申告する必要もない。街に入る際は、身分を改める必要があるので面倒だ。オラン公の実弟が同行者などと、記憶にも記録にも残したくない。
王国に入れば、『リリアル男爵』と名乗ってしまえば、余計な詮議を受けることなく済むであろうし、騎士団の駐屯地で仮泊させてもらえば問題ないだろうというのが彼女の考えだ。
こうして数日後、エンリとその供が現れるのだが……
「もう少し、身分が分かりにくい様相に改めてください」
「……兄の名代として……」
如何にも流行りの金糸銀糸の刺繍の入った漆黒の衣装に、丸襟の飾りを付け、肖像画にでも描かれるような装いである。似合っているが、適切な装いではない。身分が分からないような、商人か冒険者のような恰好をして欲しい。少なくとも同行する従者は冒険者風にしていて好感がもてる。というか、常識ではないだろうか。商人の護衛という態をするのは。
「それは、王宮で陛下に会う時まで必要ないじゃない。これだから最弱より最弱はこまるわぁ」
「隠密行動なのに……頭の中も最弱」
「オラン公と王国の関係が知られて良い事は何もないと思いますよ。連合王国みたいに関係を切れと脅されるだけですから。知られないようにこっちは苦労して来てるのに。本当に、世間知らずですねエンリ様は。ふふふ、微笑ましいですね」
容赦のないリリアル女子の攻撃に、今までオラン公の弟としてちやほや
された経験しかない貴公子エンリは大いに凹んでしまう。
「今から色々学んでいただかなければなりませんわね。エンリ様は公の密使としてこれから国を跨いで活動するわけですから、冒険者や商人、傭兵に化ける術も必要ですわよ」
「……そうだな。男爵も騎士や冒険者、貴族の子女に商人の娘と場によって使い分けるのであろう」
エンリは想像できる限りの身分を並べ立てるのだが、「行商人や男装もいたします」と言われ、ギョッとする。
「わ、私には女装は無理だぞ!」
「求めてないから最弱には」
「……それは助かる」
「エンリ様……どんまい」
従者にフォローされつつ、エンリは王国に向け旅立つことになる。
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ワインを下ろし、既に空荷の馬車になっている……と言う前提で、魔装馬車は王国への道を爆走していた。
馭者台には碧目金髪と歩人。そして、荷台には他四人とエンリ主従。
「……ぐっ、これはまるでギャロップではないか」
魔装馬車は全力とまでは行かないが、疾走中である。普通の荷馬車は徒歩より少し早いくらいの速度でノロノロと進んでいく。また、箱馬車の場合、四頭立て八頭立てなど、速度を保つため馬の頭数を増やす豪華仕様も存在する。二頭立ての幌馬車を見て、まさかこれほど早く走るとは思っても見なかったのである。
「リリアルだと普通」
「そう……なのか……」
馬ではなく、兎馬で巡航速度を上げながら十時間くらい疾走するのはよくある出来事であり、身体強化必須の行軍となる。
「身体強化しながら一日過ごせないと、遠征には参加できないのよね」
「マジでキツイよなリリアル遠征」
「何日も野営するよりはまし」
ベッドで寝たいし、温かい食事に風呂もあるリリアルから何日も離れるのは正直嬉しくない。メインツのアジトも、長期滞在を考え借り上げたものだ。
初日、頑張ったのだが王国に到着することができず、メズの先の街道を少しそれた窪地での野営となる。街道上にある野営サイトは野営し易いのだが、他に泊まる者や、街道を移動する人間に警戒しなければならない分、
リリアル遠征向きではないので避けている。
「近づく者がいれば、全て警戒することになるのだけれど、少ないからどちらを選ぶかと言えば……」
「俺夜中過ぎまで見張りするんで、セバス、その後見張な。そのまま、朝の食事の準備までたのんます」
今回の遠征の場合、男が馬車泊、女性は狼皮のテント泊となっている。夜中までは青目蒼髪、深夜から明け方までは歩人が見張をする。
「セバスさん、明日は馭者台で仮眠してもいいですよ。私、頑張りますから」
「昼食と夕食の準備も私たちでやるから、セバスはしなくていいからね」
「おまえら……」
じーんときている歩人に向かい赤目銀髪は「おじさんなんだから無理しちゃダメ」と優しく呟いた。おじさんには優しさが必要なのだ。
特に問題もなく、二日目には『聖都』に到着。ここにはニース商会の支店があるので、今回はそこに厄介になる事にする。
そこには、思わぬ人物が滞在していた。
「あれ、妹ちゃん。その見たことのない若者は……彼氏? 彼氏だな!! このこの、お姉ちゃんの知らないあいだに、いつの間に」
そうではないと知りつつリアクションするに腹立たしさを感じながら彼女は姉を紹介する。
「失礼しましたエンリ様。私の姉で、ニース商会会頭夫人のアイネと申します」
思いもよらず姉が聖都に現れた……余りの勢いに完全に固まるエンリ主従。そして、いつもの勢いに「お姉さんチース」程度の反応のリリアルメンバーである。慣れたものだ。
「エンリ様、先日のワインは姉の商会で購入したものでございます。蒸留酒の素材となるワインもですね」
「おお、あのワインを調達してくれた商会か。あれは非常に美味であった。白ワインも甘くない料理に合わせられる物がよいな」
うんうん、と頷きながら姉はボソッと「ネデルは魚料理がおいしいでしょう」と呟き、彼女は相変わらず察しの良い姉だと思うのだった。
商会の客室に宿泊し、翌朝、彼女達とエンリ一行は別行動をとるようにする。
「姉さん、一先ず王都での滞在先を斡旋してもらえるかしら」
「勿論だよ妹ちゃん。お父さんとニースのコネを振り回して、いい所紹介するからね!」
姉は箱馬車でこちらに来ており、エンリ一行はアイネの客として王都に向かう事になり聖都で別れる事になった。
「先に王都での受け入れ態勢を整えますので、ここで失礼します」
「よろしく頼む、アリサ嬢」
貴族の夫人である姉と『貴族らしい』会話をする中で、リリアルで最弱より最弱と大いに凹んでいたエンリのプライドも回復。王都で実務に差しさわりの無い程度に改善されたようで何よりである。
同じ魔装馬車でも、姉の乗る箱馬車タイプは座席もクッションが効いており、とても乗り心地が良いというのも心を明るくする要因として働いている。
貴族らしい乗り物だからという効果もある。
お荷物もいなくなり、リリアル軍団は最高速で魔装馬車を爆走させ、その日の昼過ぎにはリリアルに到着した。とても早い帰りであった。
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二月は間をあけていなかっただろうが、久しぶりに目にするリリアルに彼女はとても懐かしくホッとする気持ちになる。
『騎士学校の遠征も精々二週間だからな』
今までで最も長く、学院を離れたという事もあるが、不在の間に何事もなければよいのだがと危惧する気持ちもある。
荷馬車が敷地の中に入ると、目にした何人かが走り寄ってくる。先頭は……赤毛娘!!
「おっかえりなっさーい!!!」
二期生達はそれぞれ所定の薬草畑なり演習なりを行っているはずなので、午後一の時間帯は閑散としている。
「今帰った」
「なんか旦那さんみたいだね」
「只今戻りました。院長代理は在室でしょうか?」
「あ、おばあちゃんは、先生の手紙をもらったので、王妃様の所へご挨拶に伺っています」
そこに、伯姪が合流する。
「お帰りなさい。仕事、溜まっているわよぉー」
「それは、片付けておいて貰って構わないのだけれど」
「あなたでないと処理できない案件だけよ。急ぎではないけれど、早めに目を通してもらえると助かるわ。それで、帝国はどうだった?」
彼女の背後の荷馬車から降ろされる樽を指さす。
「色々いそうよ。今回は一匹だけ。新しいものだけれど、見てみるかしら」
「もちろんよ!」
「もっちろんです!!」
樽の蓋を開け、中身を引きずり出す。当然それは人狼だ。
「これ、狩狼官って帝国の役人に化けていたわ。いえ、役人が人狼だったということかしら」
「先生、リリアルも狼人が守備隊長してますけど、問題ないんでしょうか?」
赤毛娘の素朴な疑問に彼女は「余所は余所、うちはうち」と昔散々祖母に言われた言葉をそのまま返した。
湯浴みをし旅の垢を落す。垢だらけなわけではない。仕事用の服に着替え夕食の前に優先順位の高い書類仕事を先に片付ける。そうすれば、今日の夜若しくは明日の朝一番から仕事が進む。
「帰って早々仕事が山積みなのは申し訳ないわね」
「思っていたほどではないわ。随分と代わりに仕事をして貰ったみたいね」
「いい機会だと思ってね。折角与えられた代行業だから、しっかり貴方の仕事を見せてもらったうえで、出来る事は出来る限り務めたつもり」
伯姪の立場は、リリアルを始めた時からの善き相方であったが、その立場はリリアル生の筆頭というイメージであり、一期生のお姉さんとしての立場でありながら、どこか彼女を支えるより子供たちの代表として振舞っている事が少なくなかった。
騎士学校で共に学び、カトリナ主従と言う存在を目にして、院長を支える存在として仕事内容を含めた在り方を変えようとしていた。
仕事を進める彼女を前にしながら、帝国での出来事を伯姪がつらつらと聞いていく。しかし、その内容は少々驚くべきものでもあった。
「それで、帝国はどうだったのかしら」
「詳しい事はまだまとめられていないのだけれど、ネデルのオラン公爵の使者を連れてきたわ」
「……え……なんでネデルの公爵が出てくるの?」
帝国と神国は今や皇帝と国王が別々の存在であり、それぞれが、それぞれの思惑で活動しており、その中に吸血鬼や人狼といった傭兵隊長や軍の指揮官になっている者が相当紛れ込んでいるのではないかという考察をする。
「それで、人狼なのね」
「ええ。ネデルでの異端審問が進められているのよ。今までも異端審問自体はあったようだけれど、神国から新しい軍人の総督が赴任して、その人が神国国王の意を汲んで、強硬な弾圧に踏み切っているということなの」
ネデルの貴族達は異端審問に掛かり、処刑され財産没収となる前に、国外に逃亡している者も少なくない事。
「オラン公は帝国貴族の出身なので実家に帰っているのだけれど、連合王国や恐らく、王国内にも逃げ込んでいる人達はいるでしょうね」
「……厄介ね。原神子信者でしょ? 教会を破壊したり」
「正確には聖典以外の偶像の破壊ね。絵画や聖像などを破壊するの」
「芸術の敵ね。似た者同士で殺し合えばいいのよ」
伯姪の言葉は真理でもあるのだが、そうも言っていられない。何故なら、神国の御神子原理主義者は、ネデルが終われば次は連合王国や王国、勿論、聖王国の奪還に向けサラセンへの大聖征も意図するだろう。
巻き込まれることは必須なのだ。故に、分断し神国の力を大いに弱め、王国に干渉できないようにしなければならないと彼女は考えていた。
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