第333話 彼女はトラップ・ハウスを試行する
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第333話 彼女はトラップ・ハウスを試行する
「ベッドが完成するまでは結局、今のまま仮住まいって事なのね」
「ええ。出来ればこの間に、メインツ以外の都市を訪れたいと思っています」
「いいわね。エッセと鉱山にも連れて行きたいし、コロニアとかその辺も興味があるんでしょ?」
コロニアはネデルに向かう帝国・神国の軍の兵站拠点となっていると聞いている。この目でその状況を確認してみたいと彼女は考えている。
「それと、その前に、『土』魔術を使った水回りや内外装の補修をしてみたいので、お付き合いいただけませんか?」
「ええ、勿論よ。折角、知り合いがメインツにアジトを構えるんですもの、私たちも出来る限り協力するわ。ねえビル」
「楽しみですね」
二人はリ・アトリエの拠点に興味を持ってもらえているようだ。
「それで、メインツの街の中では、一応錬金工房の看板を上げていても問題なさそうでしょうか」
「商業ギルドに登録するつもりなら問題ないでしょうね。けど、それってこの街で商売するつもりって事になるからお勧めしないね」
確かに、錬金術師として商売をするつもりが無いので、紛らわしい名前は出さない方が良いだろう。借主は、彼女の名義となっており、アリサ=ルリリアとして契約している。王国の商業許可証もその名義なので、特に問題は無い。
「三階建てで屋根裏と地下室がある建物で、内装の傷み以外は悪くないと思います」
「まあ、壁が土とか煉瓦なら魔術でちょちょっと治るけどね。漆喰を少々用意しておいてもらえればだけれど」
「要は、普通に補修する資材は必要だという事です。無い物を生み出すのは魔力を多く消費しますし緊急でない限りはお勧めしないのですよ」
武具の補修もそうだが、補修する金属を用いなければ、その分小さくするか薄くして復元する事になる。研ぎ減りした刃物のような状態になるのはよろしく無いという話だ。
「それで、各浴室や水回りには水と湯が出る魔水晶を据えてその場で出せるように改装したいのです」
「うーん、ビルは魔水晶に魔術を込めるの教えられる?」
ビルは少し考えたのち、「難しくはないと思います。但し、簡単な物だけですよ」と答える。何もない所から火を取り出すのはとても難しい。水は、空気中に存在する水分を顕現させるので、余程乾燥した場所でなければ難しくないが、火はそれなりに難しいのだという。
「一番面倒のないのは、燃える石か燃える水を基にして魔水晶に『火』の術式を刻んで発動させるのがいいですけど、ここでは手に入りにくいですから」
火の精霊が活動しやすくなる可燃物があると、更に良いという。一先ず、今の状態で魔力を消費してお湯を出す仕様に整えておくことにした。
「リリアルは魔力持ちばっかりだから、普通の魔力のない人と同じ心配はする必要ないのよね」
「そうでしたね。ビータと一緒に活動していたころを思い出して、余計なことを話したようです」
その昔、ベネデッタとオリヴィ達は一緒に旅をしたのだという。唯一魔術の使えないベネデッタは、魔力もないので魔術を用いる為に様々な触媒であるとか、精霊が活動する素材を追加しなければならなかったという。
「精霊にお願いごとをするときに、ちょっとしたプレゼントをすると気持ちよく働いてくれるのよね。魔力があれば魔力を提供するし、できない人は何か精霊が好むものを対価として与える。当り前のことだけれど、お願いだけして何も与えなければ動いてくれないのよね」
精霊が話を聞いても協力してくれないのは、願う本人に『加護』がなく、魔力もなく、更には精霊の喜ぶ「お供え」もしないからだとい言う。ただ働きは精霊もごめんなのである。歩人や土夫を見ると良く理解できる。
「魔石はあるんでしょ?」
「魔水晶ですね。これに『火』と『水』の精霊魔術の術式を込めれば問題無くなるという事でしょうか」
「お湯用には水と火の二つだね」
オリヴィの言う通りだろう。つまり、一箇所で三個の魔水晶が必要であるということだろう。
「二個でも問題ない場合もありますよ。火の魔石と水の魔石両方に魔力を注がず、水だけに注げば水だけ出ますから」
「それだと、お湯を出しながら水を加えて温度調整できないから面倒じゃない?」
「最初から、一番高いお湯の温度を決めておいて、その後、水で調整するようにすれば、二個で済みますよヴィー」
とりあえず、女性用には三個、男性用に二個で作成してみようという事になった。三個用のお湯の温度は高め、二個用はやや低めにすることにする。女性の方がお湯を沢山使うからであって、男女差別ではない。けっして!!
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翌日、彼女とリ・アトリエメンバーは別行動をとることにした。冒険者ギルドから黄金の蛙亭に使者が来て、先日の調査の件の追加報酬についての支払が確定したという事であった。
「今日はとりあえず別行動ね」
「先生は、コロニアに向かうんですよね」
彼女は頷く。家具が揃うまで、メインツにこだわる必要もないからである。
「俺達もコロニアに向かう護衛の仕事を入れようかと思うんだけど」
「向こうで合流できたらいいかなって」
「冒険者ギルドにメッセージを残すので、確認してください」
無言でうなずく赤目銀髪。彼女はその提案に同意し、オリヴィ達と借家に向かう事にした。
黄金の蛙亭からメイヤー商会のある商業地区を通過し、職人地区と商業地区の中間位にあるのが借家の立地である。環境的には若干騒々しいが、お屋敷町よりは人の気配がある分、防犯向きの場所かもしれない。
「へぇ、こんな感じなのね」
「中は驚くほど傷んでいました。出来る限り片づけましたけれど、快適に過ごすには程遠いです」
「人の手が入らなければ、あっという間に家は傷みますからね。ヴィーならちょいちょいっと直してくれますよ。修道院でも得意ですから」
余計なこと言うなとばかりに叩かれるビルを横目に、彼女は入り口のドアを開ける。ドアも真ん中に鉄の板を入れた丈夫な物に変える方が良いだろうとオリヴィは言う。
「ちょっとした要塞みたいな補強をした方が良いんじゃない?」
「……まずは、普通に居住できるようにしたいと思います」
そもそも、吸血鬼の数体なら、彼女たちのメンバーで十分処理できる存在であるから問題ないだろうと考えている。とは言え、密かに侵入されたり、強襲される場合の対応が容易になる手立ては必要だろう。
「ドアや窓の補強はあっていいと思うわ」
「ならば、聖別された鉄の窓枠を加えましょうか」
「鉄格子を聖別された鉄にするとかですね。良いと思いますよ。知らずに殴り掛かって自爆するとか大変結構な仕掛けですね」
入口ドアの取っ手やドアノブを真鍮から魔銅製に変更する若しくは、『修復』で魔銅を付与する形でも良いだろう。握るとダメージを与えることができる。
「聖別される能力って便利ね」
「流石聖女様というところでしょうか」
二人が揶揄うように言葉にするが、吸血鬼と対峙してきたオリヴィ達にとって彼女の持つ『聖』的な能力は羨ましいと思えるものなのだろう。
「よろしければ、私の『精錬』した金属をお譲りしますね」
「それは嬉しいかな。うん、とても嬉しい」
「魔銀よりも不意打ちに有効でしょうね。プレートの補強や修復に使えば、吸血鬼対策にもなりそうです」
「私は、魔銅の杖が欲しいわね。柔らかい金属の方が、地味にダメージが大きくなるから。ふふ、魔銅の釘で磔なんていうのもありね」
捉えた吸血鬼を速やかに拘束するのに、今の所、リリアルのような魔装の縄などが無い為、魔銅釘や聖別された鉄の杭は相当有効なようだ。
「色々捗るわね」
家の内検をしながら、オリヴィとビルはウキウキし始めていた。
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台所の水回り、そして各室内の壁や天井を購入した漆喰や煉瓦を消費し、オリヴィの『土』魔術を……教わった歩人が必死に修復している。
「な、何で俺だけ……」
「歩人だから当然加護の効果があるはずなのに、何で大変なの?」
「多分、精霊から魔物に近づいている罰当たりな歩人だからでしょうね」
オリヴィとビルは、歩人の精霊魔術の効果が低いことに対する回答を伝える。俗な生き方をし過ぎて、精霊から離脱しつつあるようだ。
「つまり、このままいけばゴブリンになるという事でしょうか」
彼女は深く溜息をつき「ゴブリンは雇えないわね」と呟く。
「ご、ゴブリンじゃねぇし、そ、それに、ゴブリンにならねぇし……」
慌てるセバスにオリヴィが追撃を掛ける。
「あらあら、セバス、あなた精霊に見放されたらゴブリンまっしぐらよ。段々肌が緑色になってきたりしていない?」
「ですがヴィー、足のムダ毛は全部なくなりますよ」
爽やかにメリットを述べるビル。いやそれは、メリットなのだろうか。
「それは究極の選択?」
「……選択じゃねぇ、足モジャモジャでも歩人が良いに決まってんだろ!!でございますお客様」
オリヴィが究極の選択にしようとするが、歩人は即否定する。その後ろで彼女は声を殺して笑っていた。楽しそうで何よりである。
「聖別された鉄や魔銅製の家具や部材で吸血鬼対策ができるなら、ここに拠点を構える意義が相当あるわね」
「ふふ、楽しそうねぇ。まあ、その気持ちわかるわ」
長い間、吸血鬼を追いかけ、追い掛け回されるオリヴィにとって、受動的な攻撃方法を得るのは初めての事であった。
「聖別された鉄製のマントラップとか……いいと思う」
マントラップというのは、密猟者などに仕掛ける対人用の罠の総称だ。トラバサミ・ベアトラップ辺りが適切だろうか。罠の真ん中に足を踏み入れると大きな金属製の歯が閉じて足に噛みつくことになる。家の周りに仕掛けるのは違法の事もあるが、家の中になら問題ないだろう。
彼女とオリヴィは一階入口の床に人一人がすっぽりと落ちる3m程の深さの穴を土魔術で掘る事にした。
「掘った後どうするのよ」
「今日の所は板を渡しておくのだけれど、聖別された鉄製の跳ね板を付けようと思っているの」
普通は、跳ね上げて通れなくするものなのだが、彼女の考えたそれは少々異なる。在宅時は、片跳ね式の床は落ちないようにヒンジのない側に横板を渡して動かないように固定する。不在時はその横板の留め具を外し、ドアのように踏むと下に向けて板がスイングするようになっている。
勿論、落ちた後はバネで戻るようになっているので、踏んだ瞬間に下がった床板が元に戻り蓋となる。
「それを聖別された鉄格子か何かで作るわけね」
「そうすると、逃げ出そうとしても触れば痛みを与える事になるでしょう?持ち上がらないように、下にしか向かないようなヒンジにする予定なのよ」
「吸血鬼ですから、もう少し深い方が良いのではないでしょうか。途中に、ダメージを与える聖別された鉄のスパイクを埋め込んでおくとかですね」
ビルがいい笑顔で吸血鬼に追加のダメージを与える追加の罠の提案をする。
「……掘るの私なんだけど。まあ、あいつ等特に隷属種や従属種は万能感に浸っているから、普通の家なら正面から何も考えずに入ってくるでしょうから、いい提案だと思うわ」
吸血鬼は確かに、血を吸う鬼という強力な魔物だが、殺せないわけではない。むしろ、リッチやレイスの方が実体があやふやであったり、魔術や呪いなどの効果を持つ攻撃をするので、扱いが厄介であることが多い。
吸血鬼は、身体能力と再生能力、吸血する事で喰屍鬼を増やす、魅了で人を操るといった攻撃が厄介なだけで、打撃を与えられる武器があれば普通の魔物として対応できる範囲なのだが、本人たちは『元』普通の人間なので、それが理解できていなかったりする。
恐らく、吸血鬼を作った主である吸血鬼が、さほどその下僕たちの存在に重きを置いていないのだろう。彼女とリリアル生の関係を考えれば、吸血鬼の主従関係はとても淡白……というよりも度を越えて無関心であるように思える。
「先ずは穴をあけましょう」
少し多めに5m程の縦穴を開け、その上に適当な板を敷いて間違って落ちないようにする。大きさを計り、その大きさの鉄の扉とヒンジとバネを注文することにする。
「エッセの土夫に頼めば知り合いを紹介してくれると思うわよ」
オリヴィの馴染みの土夫は武具しか打たないのだそうだが、腕の良い職人はエッセに数多くいるという。ついでに頼むのも悪い事ではないだろう。
仕掛けのある扉をメインツの工房で頼めば、必ず情報が冒険者ギルドのギルマスのような協力者に流れるから、メインツで頼まない方が良いと彼女も理解している。
『トラップ・ハウスにでもするつもりかよ』
「寝ぼけて踏まないようにしないとね」
新しい隠れ家に楽しみを見出した彼女だが、一先ずそれを先において、オリヴィと内装の修復と、水回りの修理を行っていく。
真新しきバスタブに修復し、壁や天井も漆喰や煉瓦で補強していく。彼女の魔力量をもってしても、精霊の加護の有無は大きな差が付く。
魔水晶に魔術を刻み、お湯と水を出せるようにする頃には、かなり疲れてしまっていた。とは言え、加護が無くとも精霊魔術を繰り返す事で、魔力の消費量は減少しており、これを継続する事で通常の魔術同様、発動速度や持続力、消費魔力の逓減も可能だろうと見当をつけることができた。
「この食堂に、必要なテーブルや椅子はメインツでも中古の家具で直ぐに揃えられそうね。それと、鍋類も不足があると思うわよ」
「食器も全然ありませんから、その辺りも揃えた方がよさそうですね」
「ビータのお勧めで揃えましょうか。12組揃えで問題なさそうね」
木の器も良いのだが、最近では陶器やガラスの器も好まれるようになってきている。金属の器は手入れが大変であるし、日常遣いにはあまり好ましくないだろう。
彼女は必要な物をリストにすると、メインツで揃うものとこの先の旅で見つけたいものとを考える事にしていた。
「先生、依頼受ける事になりました。それで……」
馬車に積みっぱなしになっていた『樽入り人狼』なのだが……
『おい、嘘だろ……なあ、まじ、やめてくださいませぇぇぇ!!!』
オリヴィに依頼して、地下室の床下に収納できる縦穴を掘り、そこに樽のまま収める事にした。しばらく、ここで大人しくしていてもらいたいものだと彼女は考えていた。
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