第33話 彼女は旧都に到着する
第五幕『公都訪問』
旧都を経由し川を下り公都へと旅をする一行。公務の間に魔術の練習をしたり、魔物に襲われる。連合王国の陰、王女は海で危機に陥る。
王国内の主な都市の説明
『王都』:王国中央よりやや北に位置する。川の中州に作られた砦に端を発する街で、水運に恵まれる。大きな盆地の中央でまとまった農地もあり、守りやすいため発展してきた。連合王国との戦いで一度大きく破壊され、魔物の群に蹂躙され一度復興の為に作り直している。その都市計画の一族が彼女の子爵家である。
『旧都』:王都を復興するまで仮の王都であった。元々は、副都であり、政治的宗教的な催事を行うことが多かった。人口はさほどではないが、歴史は古い。王都から馬車で1日ほどの距離。
『南都』:その昔は冬の都であった時期もある王国南東部の大都市。河の水運を利用した経済的な王国南部の中心地でもある。王都に継ぐ規模の人口を持つ。また、歴史のある大学なども設置されている。
『ヌーベ公』:ロマン人の王。百年ほど前に王国に帰順したが半独立の姿勢を貫く。地理的には王都の南、南都との中間に位置する。
『ブルグント公』:連合王国との戦争前に帰順した一族。王国とは婚姻などで縁戚となっており、領民にも穏やかな政治をしている。ヌーベ公領と隣接する。
『シャンパー伯』:元同族公であったが、連合王国との戦争前に後継者が女性のみとなり、婿を王家からもらい受け後継を設け、縁戚関係となる。元々帝国に近い王都の南東に位置する領邦のため影響を受けていたのだが、現在、縁戚関係は薄くなり、王国に同化している。ブルグント公領と隣接する。
『レンヌ公』:王家と対等な大公家が支配する半島の主だが、連合王国が王国内の領地を放棄したのち、単独で対抗する愚を避けるために帰順。とはいうものの、異なる民族であり、習慣・言語も異なるので、排他的。王国王女が将来の嫁ぎ先に想定されている、物語の舞台となる。
第33話 彼女は旧都に到着する
旧都は王都の南西にある街であり、川を下るとレンヌ領の現在の公都に到着する。川の水運を使って商業が盛んになりつつあるのだが、距離があるため、王都とは別の経済圏である。
この時代、川沿いに経済圏が発展するのは交通事情から当然であり、大昔のロマン人襲撃も、川を遡るため海から離れた場所でも容易に攻撃されていたりするのである。ロマン人の公爵がいる土地はこの川の水源近くの領地であったりする。
午前中に王宮を出発した一行は、夕方旧都につく予定である。その夕方は、町の有力者と晩餐。翌日は、旧都を観光し夜には歓迎の夜会が開かれる。要するに、王女様の顔見世挨拶大会。
「挨拶される方は、王女殿下より身分が低いものばかりですので、声を先にかけねばなりません」
「……そうなのね……」
今まで、一人で活動したことがないため今回は色々初めてのことばかりなのである。それでも、リュソン宮中伯が横で名前と役職をささやいてくれるので、基本的な挨拶の使いまわしで行けると侍女頭は考えている。
褒める、感謝する、期待すると言った言い回しを名前の後に、立場に関わる事を絡めて一言言えばいい。
「例えば、街の開発に尽力しているのなら、『街の発展に尽力していること聞き及んでおります。国王陛下に成り代わり感謝します』などと言えばよろしいでしょう」
といったロープレを延々と馬車の中で繰り返す……何故か三人でだ。え、言い回しの幅を出すために、彼女と伯姪も王女様役で考えるのだ。
「教会で孤児院を運営している司祭には?」
「『身寄りなき子供らを慈しみ育てていること、神に仕える身とは言えどなまなかできることではありません。王国と子供たちの将来に寄与する行いに、王女としてとてもありがたく感じます。次の機会には、是非子供たちに会わせてくださいね』ではどうかな」
行けたら行くね的な言い回しではあるが、言われた方は嬉しく無いとは言えないだろう。それに、今後は王都の孤児院を訪問するのもいいかもしれない。小さなころから魔力のある者、才能のある者を育てるのだ。
孤児であれば身寄りのいない分、育ててもらった王家や仲間に対して強い忠誠心を持つであろうから、身内として育てたいという気持ちもある。
「孤児院を慰問するのも王族・貴族の務めでございますから、王宮に戻りましたなら王妃様に伺ってみるとよろしいでしょう」
「そうね。お母さまのお仕事、お手伝いできるかもしれないわね」
レンヌへの旅が決まり、魔術の練習を始めて王女殿下も子供から、王族の一人としての自覚が目覚めつつあるようなのである。
王女殿下のお相手をしつつ、この一年で自分を取り巻く環境が随分と変化したものだと彼女は思っている。以前は、王都と民を守るために子爵家を継ぐ姉を助けることが目標であり、その為に自分は裕福な家格が下の家に正妻として入り、子爵家を経済的に支えることであった。
魔剣と出会い、魔力を使えるようになりポーションで金銭的な余裕が出来るようになった。自由に生きてもいい気がした。冒険者になって、代官の村をゴブリンから助けた。そうすると、自らが騎士となり、国王陛下に仕える身になった。
今までは貴族の娘として、間接的に支える方に直接仕えるように思し召しいただいた。感激すると同時に、何をすればいいのかと迷いもした。自分が直接何かを為すことを考えたことがなかったからだ。
物語の中の妖精騎士のように、単純に世の中の悪者を懲らしめてもそれは何の解決にもならない。悪者を少なくする為に、何かを為さねばならないと彼女は思うのだ。
戦争をなくして貧しい人を減らし、貧しくても生きていけるようにすることも大切だと思う。他国に利用され利用し、自分の同胞をお金の為に売るような人間も許すわけにはいかない。それは、味方の顔をした敵であり、はっきりと敵だとわからない分やっかいだからだ。
豊かにすることは陛下や宰相閣下、宮中伯にお任せしよう。ならば、敵に仲間を売るものを見つけ出し狩りつくすことこそ、騎士としての彼女の務めなのではないか。
人攫いはあの商人だけではない。人の幸せを攫って自分の金に換えるものがいる。連合王国、法国、帝国の手先として国を売るものがいる。それと戦うことも、王都と民を守ることになる、自分の役割だと彼女は考えているのである。
『孤児から仲間を集める。悪くないな。俺の声が聞こえれば、そいつは魔力がある』
「伯姪には話しかけないの?」
『今はまだ時期尚早だろ。猫も様子を見ているところだしな』
魔剣の言い分もわからなくはないが、なんとなく仲間ができた気でいた彼女にとってはもやもやするのである。慎重であるのは構わないし、まだ女僧も騎士学校から戻ってきていないわけだから、今目の前の護衛の仕事を全うすることが、いまの彼女に必要なことだと思い、このことを考えるのを止めた。
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旧都は百年ほど前、救国の乙女が連合王国との戦いで勝利した歴史的な場所でもある。川に面した城壁に囲まれた街は王都と比べかなり小振りな街である。
河川水運の港として発達した街であり、数少ない川を渡る橋がある場所でもある。橋がある故に街があると言えなくもない。橋の使用料が旧都を金銭面で支えてくれているからである。
また、旧都には法学に秀でた大学が存在することでも有名である。この大学は大陸の中でも有名であり、帝国・連合王国からの学生も滞在している。また、三身会も開かれることがあり、歴史的大聖堂を有する宗教的にも大切な都となっている。
「この街は大昔のオレアン王国の王都であり、その後、公都となりました。いまの王家はこの地の出身である分家筋から王家を継がれた家系ゆえに、この場所を旧都と称しているのでございます」
街の歴史を解説するのは、この街を預かる代官である。代官とは言え宮中伯なのだが。
「わたくしの御先祖様の生まれ育った土地なのですね」
「左様でございます殿下」
そして百年前の戦争の時、この街が連合王国軍とどう戦ったのかを説明し始めるのだが、王女様にはあまり関心がないようである。王子様なら興味津々であったろうがだ。
「当時、王国は北のロマンデ地方と南のガロンドル地方を連合王国に占領されておりました」
「まあ、なんということでしょう」
戦争をしたことは知っていたが、遠く離れたこの地まで連合王国が攻めて来たことに王女殿下は大いに驚いたのである。
「王都のあった辺りもです。そして、この街にまでロマンデから攻め寄せた連合王国軍は到達いたしました」
ロマンデとはロマン人にその昔与えられた連合王国と海を挟んだ向かい側にある王国北部の地。ガロンドルとは、王国の南西、神国との境目の近い場所である。それぞれの地は、当時の連合王国の王家と姻戚関係にある領主が統治しており、その継承権を持つ連合王国の国王が支配するために、兵隊を送り込んできたため、王国と戦争が始まったのである。
「攻め寄せた連合王国軍は六千人。城内には近隣からの応援の騎士兵士を含めて千人に、市民兵が三千人おりました」
市民兵というのは、いわゆる街の住人が武器を持っただけであり、数合わせ以上の戦力にはならない。攻め込まれるのは防げても、たたき出すことができるものではない。
連合王国軍は、街の周囲に砦を構え、川の中州にもそれを築いた。街は完全に周囲から遮断されてしまう。
半年間の包囲をうけ、攻撃を支え救援を待ち続けていた街に、当時の王太子が派遣した軍の中に「救国の乙女」が指揮する部隊がいた。彼女は、王太子の元に突如現れ、「御神子が王国を救えと私に言いました」と告げ、旧都を救う軍に参加することを強く求めたのだという。
連合王国に負け続けた王国軍にとって、御神子が遣わしたとされる乙女を頂き救援に向かうことは、たとえ虚言であったとしてもどん底の王国軍を大いに勇気づけたのである。
「乙女は軍の先頭に立ち、旧都の周りの連合王国軍の砦を次々に落としていったのです」
一つの砦を落として満足する指揮官たちに、苦言を呈し、息をつかせぬように、次々と攻撃をすすめたのだという。機を見るに敏な少女だったのであろう。
「戦ってのは勢いとか、流れが大事なのよ」
「ええ、それはカードで良く学んだわ。取れる時に出来るだけ獲ってしまわないとダメなのでしょ」
戦争も相手があり、勝負であるのは同じなのだ。このくらいでいいやと油断すれば、ひっくり返されるのも容易なのである。
街を封鎖したまま決めてもなくダラダラと戦力を街の周囲に並べて、乙女を先頭とする王国軍に各個撃破されただけなのだが、負け続けた王国軍にとってこの戦いは大きな転機となり、連合王国軍との戦争に勝利するのである。
少女は騎士に叙勲され戦の先頭に立ち続けたが、ある日姿を消す。連合王国軍に攫われたのか、役割を果たして御神子の元に戻ったのかは未だに謎のままなのだという。
「最近、村を魔物の群から守った少女が騎士爵に叙爵されたのですね。彼女も、この王国に勝利と平和をもたらすものであればよろしいのですが」
旧都の代官である宮廷伯は、その彼女が目の前の侍女の一人であるとは思っていないだろうが、百年ぶりの少女の騎士叙爵に関連付けてそうまとめたのである。
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到着した夜の会食、そして翌日は旧都を案内していただき、市民の代表と昼食をとる。これは、夜会に参加できない階層の人たちを対象としているもので、簡素な食事を囲みつつ、歓談するというある意味顔見世興行的なイベントである。
その分、刺客が紛れ込むかもと警戒したのであるが、『猫』の捜索や彼女らのチェックをした中にも怪しげなものはいないようであった。生かしたまま捕まえるには、このような会食の場に白昼堂々押し入るのは悪手であろう。
『夜会の方が心配だな』
『間違いございません。このあと直ぐ代官屋敷に戻り、会場の警備に不審なものがいないかどうか確認いたします』
『猫』は王女様の飼い猫という設定で、自由に行動させていることになっており、屋内も敷地の中も入りたい放題なのである。怪しげな人との接触や何らかの準備はなされていないようである。
「当日、裏口からこっそり中に手引きする使用人とか、その場にならないと分からないわね」
到着して半日程度では、その辺りのことは分からないのは当然だろう。とは言え、一度失敗すれば警戒され、訪問が中止になるかもしれないだろう事を考えると、旧都では何もない可能性が高い。
『ここから連合王国まで船で川を下って、河口で船に乗り換えるのであれば、難しくないかもだが、ならば、協力者も入り込みやすい公都でも同じことが可能であるし、逃げる距離も短くて済むからな。このタイミングじゃないかもな』
というのが魔剣の意見である。城壁で囲まれていることを考えると、出入りも容易ではないだろう。妥当かもしれない。
「何があっても大丈夫なように準備をしましょう」
『主の思し召しのままに』
『王宮に無事戻るまでが任務だからな』
ということで、彼女たちは王女の周囲に侍りつつ、警戒を続けるのである。
この二日間で、王女殿下はかなりお疲れの様なのだ。機嫌も急降下中なので、『猫』を呼んで相手をさせることにした。
『主命とあらば……』
「あら、今日は何をしていたのかしらー わたくしに教えてくださいな」
『あなたの警護のバックアップと情報収集です。今のところ問題ありません』
殿下にはにゃーにゃー聞こえているのだが、本人はいたって真面目に報告しているのである。
「あらそう、初めての場所で楽しかったのでしょ?」
『いえ、以前任務でこの街には来たことがありますが。随分と様子が変わっておりましたので驚きました』
『猫』の任務で以前この街に来たというのは、例の襲われて死んだ商人がここに仕事で来たということなのだろうかと、彼女は思っていた。多分、そうではないのだろう。
その夜の夜会では、馬車の中で練習した成果が出ており、宮中伯も侍女頭も胸をなでおろしていた。というか、十歳でこれほど丁寧な応対が出来るというのは「聡明な王女殿下である」とか、「大公妃となられれば、レンヌ公の治世も素晴らしいものになるでしょう」というお世辞を沢山いただき、まんざらでもないようなのであった。
とは言え、気になる存在もいるのである。
『主、直接何かするわけではないのですが……』
『猫』曰く、夜会の警備状態を観察するものや、騎士たちに話しかけ、何か頼み事をするものなどがちらほらしているというのである。会場警備には代官の差配した衛兵たちがおり、彼らが案内をしているにもかかわらずなのである。
『まあ、情報収集だろうな』
声を掛けられいそいそと対応するのであれば、上手く警備の隙を作る事も可能だと判断されるのであろう。外堀から埋める気で、騎士たちの警備意識を確認しているようなのである。
「恐らく、誰かに頼まれて意味も解らずそうしている者も相当いるでしょうね」
『まあ、それはそうだろうな。こんなところで尻尾を出すような連中なら、この先の道中も安心なんだがな』
それぞれ、川を下りつつ立ち寄る二つの街でもそれなりに夜会などで王女様は立ち回らねばならないだろう。その辺り、騎士と自分たちだけでなんとか安全確保できればいいのだけれどと彼女は思うのである。
「はあ、私もパーティーで食事したいわね」
伯姪は思ったより侍女として侍るのが大変だと思い始めているようであるが、この辺り、お姫様枠と壁の華枠の二人の違いなのだと感じるのは被害妄想かもしれない。なぜなら、王女殿下とその後ろに侍る二人の年若き侍女は、三人三様の魅力のある美少女だと、夜会の参加者から多くの旧都の民に広がるのであるから。




