第326話 彼女は捕えた『人狼』を連行する
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第326話 彼女は捕えた『人狼』を連行する
従者を放置したのは……正直王国ではないので面倒であったからだ。
王国であれば、騎士団と連携し『狩狼官』の不正に関する捜査・追及に
関して協力することができる。
ここは帝国であり、ファルツ辺境伯の配下であると称する特権持ちを
拘束して誰にどう説明すればいいのか想像もつかない。決闘して勝利した
ので、彼女とアドルフの間に問題は存在しないのだが、その後起こった
事件に関して、更に『人狼』が存在する事に対して誰に何をどう説明すべきか
見当もつかない。
「下手に届け出れば、こちらが犯罪者にされかねないわよね」
彼女が思案していると、良い事があるとばかりに赤目銀髪が話を始める。
「幸いいい樽がある」
「詰めておきましょうか。懐かしいですね人攫い村を思い出す」
「派手にやったな……人間相手は初めてだったよな」
「……仕方ないですよ。王都に出稼ぎに向かう人を騙して攫って売りとばして
いた悪人ですから。ゴブリンなら皆殺しでしょ?」
リリアルを動員して封鎖した村。樽の中に攫われた人が収められ、荷馬車に
乗せられ出荷されるところであった。
「魔装網と魔装縄で縛り上げておけば大丈夫でしょう」
「先生特性の聖別されたナイフで固定しておこうか?」
「それは鬼」
「鬼はこいつだろ? 人喰いの鬼じゃねぇか」
樽に楽しそうに詰めていくリ・アトリエメンバー。邪魔な腕や脚はバッサリと斬り落としていきます。
「これって素材になりそうでしょうか」
「人狼の革の盾とか?」
「毛深い男はキモい」
「「「わかる(俺は好きで足にたくさん毛が生えてるわけじゃね
ぇ!)」」」
人狼の話をしているのに、何故か毛深いで流れ弾の歩人。歩人は膝から
したが毛で覆われている。素足で音を立てずに歩くのに適しているのだが、
それは気持ち悪いことを否定する理由にはならない。
樽の中で騒ぐ人狼に短剣を突き立てつつ黙らせる。口は魔装布でくるみ、
呻き声が聞こえる程度で収まるようにする。
「死体にすれば魔法袋に入れられるわね」
彼女が呟いた途端、耳がペタッとなり呻き声が掻き消えた。どうやら、死ぬのは
嫌らしい。
「達磨増えましたね」
「吸血鬼とどう違うか比較が楽しみ」
射撃練習場の的の四体目という事になるのだろうか。
「ワン太と友達になれるかな」
「難しいんじゃない? お互いに似て非なる者って一番気に食わないじゃない?」
狼人は『伯爵』の臣下としてリリアルに居候する客分なので問題ないが、人狼が人間の配下に入るとは思えない。主人はやはり高位の吸血鬼である真祖か貴種かではないだろうか。
つまり、ファルツ辺境伯ないし、その側近に高位の吸血鬼がいると考える事ができるかもしれない。皇帝の代官が吸血鬼であるとすれば、宗派対立を利用して戦争を継続する理由が理解できる。
『詳しい話はオリヴィが合流してからだな』
「それ迄数日どう過ごすかね」
彼女たちは一旦トリエルの冒険者ギルドに狼を討伐した報告をし、討伐依頼ではなく、常時依頼の範囲で報酬を受け取る事にした。依頼を受けた村とは余り関わり合いになりたくないからという面もある。
また、狩狼官一行が消息を絶った後で、村を調べに来る可能性もあると
考えられる。
「失敗したかしらね」
『いや、向こうから出向いてくれるかもしれないだろ? どっちに転んでも、会えればいいじゃねぇか』
会うだけではなく、しっかりと討伐まで持ち込みたい。とは言え、帝国の高位貴族が吸血鬼であった場合、勝手に討伐するのは問題となるかもしれない。その辺り、オリヴィと打合せする必要があるだろう。
「最悪、討伐して王国に逃げれば問題ないわよね」
『問題あるだろう? 本人以外の吸血鬼を狩れるだけ狩ればいい。本人
以外の吸血鬼だって、育てるのにも手間暇と原資がいる。それだって、
十分に相手にはダメージになるだろう』
かえってムキになる可能性も考えられるが、長生きな吸血鬼が考える
時間の流れと自分たちの時間の流れでは大いに異なる。帝国内から出てこずに、王国に関わらなければこちらも無理に討伐しないと脅せば済む事なのだろうか。
「脅しに屈するのも、プライド高そうだから難しいわよね」
『まあ、時間かけて調べるしかないだろうな。こちらに干渉したくなくなるように手を打てばいい』
向こうから仕掛けてきた戦争なのだから、向こうが手を出したくなくなるようにすればよいかと彼女は考える事にした。
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トリエルで狼の討伐を報告し、依頼のあった村とは話が成り立たなかったと説明、今回は常時依頼として狼を討伐したことにする。受付さんは何やら申し訳なさそうにしていたが、正直関わり合いたくないということを伝えた。冒険者ギルドとしては、このまま依頼はそのまま村が取り下げるまで掲示しておくことになりそうだ。
「全然、大した報酬にならずにごめんなさいね」
「別に構わない。素材採取もできたし、いいお土産」
「そう。それなら良かったわ。また、依頼を受けてもらえると嬉しいので、たまに立ち寄って下さいね」
受付嬢はそういって銀貨十五枚を渡してくれた。
狼一頭当たり銀貨一枚相当のようで、少し色を付けてくれたようである。
「あの白銀の狼犬は……高く売れそうな色だった」
「そう言えば、いつの間にかいなくなっていたね。やっぱ逃げちゃった?」
「気が付きませんでした」
馭者台には男二人、荷台ではプチ女子会である。このままトリエルに泊まる
事も考えたが、時間的にはメインツに戻れそうなので戻る事にした。
「従者のおじさん達、そのまま放置しちゃいましたね」
「いいのよ。所詮は山賊崩れみたいなものだし、あの怪我ではしばらく碌に動けないでしょう」
「でも、あの依頼の村とか襲いませんかね?」
そういえば、あの村の場所を狩狼官たちは知っているだろうし、次に狼を嗾けて金を搾り取るつもりだったのだろう。
「……明日、私とセバスで武器を貸し付けに行こうかしらね」
「げぇ……でございますお嬢様」
馭者台で歩人が大袈裟に嫌がる。四人組が代わりに行こうかというが、
彼女の中では村人を見極めたいという気もする。自分たちで拠って立てる
気持ちがあるかどうか、その辺り確認した上で、槍の一つ二つでも貸し与える事は吝かではない。
手傷を負った従者崩れの山賊が四五人であれば、なんとか対応できる
程度に、武器を貸し与えても良いだろう。
「今日の狼狩りの結果と、自衛の心構えを確認する事にするわ」
「……じゃあ、明日は俺たちは休み?」
「なわけないでしょ!! ビータお婆ちゃんの所でお手伝いよ!!」
「美味しいお菓子でも差し入れしてあげたいですね」
「錬金する気満々」
ブリジッタの所に顔を出す、彼女の祖母と同世代であろうか、柔らかい雰囲気が孤児の子供たちにはとても魅力に感じるようで、既に懐かれ始めているのかもしれない。
『あの人は、柔らかい人っぽいからな』
「そうね。受け止めて、受け入れてくれる存在ね」
ありのままのその人を受け入れてくれる空気を纏うビータお婆ちゃんは、幼くして孤児となり、自立する事を要求されてきた彼彼女らからすればとても魅力的な存在なのだと彼女は思った。
『お前も、甘えたいんじゃねぇの?』
「ふふ、そうね。もう五歳も幼ければそんな気にもなったわ。でも……」
『もう十六だからな。大人扱いだ』
『魔剣』がいう以上に、彼女はずっと昔から大人扱いされている。それを
望んだのは彼女自身でもあるのだが。
メインツに戻ると、彼女たちは一度宿に馬車を置きに行く。既に日も
沈みかけており、一旦、汚れを落としてから夜の冒険者ギルドに行こうかと考えていた。
「何故行こうとするのか……でございますお嬢様」
「ふふ、狼男を尋問する場所に相応しい場所を借り受けるため……かしら」
流石に、高級宿で狼男を尋問するのは難しい。そこで依頼を確認することになる。
「メインツの周辺で、調査依頼があれば、その場所まで移動して調査がてら
尋問しようかと思うの」
「ああ、なるほど。調査依頼をわざわざしなくちゃいけないって、人跡少ない
場所だってことですね」
人が近寄らない場所であるから、わざわざの調査依頼。その場所で尋問するのは相応しいだろう。
「廃砦とか、昔の城跡とか沢山ありそうですけどね」
「小領主の砦が沢山あるのだけれど、何故ここにという感じの場所が少なく無いのよね」
聖征の後、メイン川の両岸には小領主の徴税の為の城塞が沢山建てられたという。そのほとんどが、数人が配置できる程度の見張台に毛の生えた程度の城塞である。
「不便」
「樽持っていくの俺だろ。勘弁してくれ」
「軟弱」
風呂に入り着替えて表へと出る。セバスは……出かけないようである。
「ぜってぇ面倒ごとに巻き込まれるから行かない」
「あら、では晩御飯は抜きね」
「……干し肉でも齧っている方がましだ……でございますお嬢様」
彼女たちがメインツの冒険者ギルドに行ってトラブルに巻き込まれない
はずがないというのが歩人の見解なのだ。
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既に薄暗くなり始めている時間、受付は閑散とし限られた窓口だけが
開いている。冒険者食堂は酒場として既に満席に近い状態で、依頼を終えて報酬を受け取った冒険者が夕食をとり、一日の疲れを癒している。
やや薄暗い依頼の掲示板を見ながら、依頼内容で良い情報がないかどうか確認をしている。
「廃鉱山の調査……ねぇ」
「こっちは、メインツ司教領にある砦跡に潜んでいる魔物の調査……だって」
廃鉱山であれば、恐らくはその鉱山の持ち主である領主もしくはそれに類する都市貴族が依頼しているのだと思われる。本来、単なる実地調査であれば、専門の文官や兵士を送り込めばいいはずだ。その為の人材を領主が持たないはずがない。
では、何故わざわざ冒険者に依頼をするのか。
「王国ではあまり見かけない依頼だけれど、水晶の村と同じ理由ね」
「ああ、自前の人材を消耗したくないんだ」
単なる調査ではなく、依頼する側はそこに魔物がいる事を知っている。
その上で『調査』として依頼をするので、その報酬はかなり安い。
「日帰りできるからって小金貨一枚ですって」
「狼五頭と同じ。ありえない」
「だから塩漬けなのよね」
受ける冒険者もそれは理解している。最初から『調査』ではないと、ベテランは理解しているし、それが分からない駆け出しの冒険者には受付嬢が遠回しに避けるように話をする。
結果、適正な討伐報酬並みに吊り上がるまで依頼は実行されない。冒険者は成功報酬なので、依頼人は冒険者が死んでも痛くもかゆくもないと思い、こうした依頼を出すのだろうが、冒険者ギルドも掲示だけして「仕事した」という証拠を提示したいだけなのだ。冒険者が減れば、依頼自体滞るからだ。
「帝国貴族は狼」
「まあ、事実だね」
人狼が紛れ込んでいるので、嘘ではない。鉱山ではついでに拷問……
尋問するつもりの彼女たちにとっては、音が響いてたまらない。故に、
選ぶのは「メインツ領の砦跡」に潜む魔物。こちらは、メインツ司教座からの依頼なので特に安くもない。小金貨三枚で、討伐した場合別途内容により報償の上乗せがある。
「こっちは真面目な依頼」
「外から観察できるし、オープンエアなのはいいな」
「では、これを受けて、明日は早々に向かいましょう」
彼女がそういい、四人は受付に向かう。夜遅くの依頼受注に受付嬢は
少々驚いたが、顔を見て「あなた達なら大丈夫でしょう」と納得して受注を受けてくれるようだ。
注意事項として、かなり古い城塞の跡だが土塁や縄張りは城として有効に機能しているため、見えにくい場所がかなりあるので危険度は高いという。以前はオークの群れが潜んでいたこともあり、今回もそれに類する魔物の集団がいるのではと近隣住人から声が上がっているのだという。
「魔物の被害は出ているのですか?」
「今の所、近隣の集落が襲われたという実績はないわ。でも、夜に悲鳴が
聞こえたり、かなり大人数の移動した足跡が砦に向かっているという報告もあるので、もしかすると野盗の類かもしれないわね。
ですがトリエルでの討伐報告は確認しているし、ラウス様からあなた達の実力は折り紙付きと紹介されているから心配はしていません」
「任せて活殺自在」
赤目銀髪が無表情のままサムズアップをすると、受付嬢は思わず吹き出しそうになる。
「じゃあ、引き上げるか」
「晩御飯どうするの?」
「たまにはここで食べて帰りましょうよ。気になるじゃないですか冒険者飯」
たまには冒険者らしい食事でもと思い、五人は冒険者食堂で夕食を取る。
彼女たちはその時点では知らなかった。川の向こう岸にある為に、別途
渡し賃が実費負担であることを。故に、依頼料が少々高価なのである。
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