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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
『帝国行』

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第322話 彼女はメイヤー商会を訪れる

お読みいただきありがとうございます!

第322話 彼女はメイヤー商会を訪れる


 翌日、午前中に歩人に先触れを出させたのち、昼食をとり彼女と歩人はメイヤー商会を訪問する。


 オリヴィとビルは同行せず別行動なのは、彼女なりの理由がある。


『心細くねぇのか?』

「馬鹿ね。こちらは、身分を盾に交渉するのよ。伯母の友人の仲介ではないという意思表示よ」


 身内の話ではなく、あくまで王室御用達の商人が訪問するという事で話を進めるつもりなのだ。相手がそれをきちんと受け止められるかどうかは怪しいのだが。


 歩人とメイヤー商会を訪れると、特に出迎えもなく御用聞きのように奥へ通される。想定通りである。


『お前の予想通りだな』


 連絡が遅いこと、こちらが年若い女性であることから使い走り程度に考えているだろうこと。そして、代を重ねた商会の跡取りとしてあまり厳しい状況を経験したことがない商会頭であるということだ。


 案内の使用人も丁寧でもなく、ギリギリ同業の格下相手なら許される程度の対応。先触れ迄出した貴族に対する対応ではない。


 彼女はどう料理してやろうかと考えながら、案内された応接室へと入った。


「どうも。ラウスさんのご紹介だそうで。私はヘルマン=メイヤーだ」


 三十前後であろか、顔に深みのない茶色の髪の男が彼女に座ったまま自己紹介する。


「初めましてメイヤー会頭。私は『アリサ』と申します。オリヴィ=ラウスさんとは依頼を介した知り合いです。メインツでメイヤー商会の会頭をご存知ということで、先ずはご挨拶に伺った次第です」


 と、とりあえず話を合わせておく。


「そちらがサンプルとして寄越した蒸留酒と香水だが、メイヤー商会で扱ってやろう。幾らでどれくらい出せるんだ?」


 さて、今までこの男はまともな取引を成立させたことがあるのだろうかと疑問に思える。


 先触れの際に、改めてこちらから訪問意図を手紙に書いて渡している。そもそも、メイヤー商会は穀物関係の商会であり、奢侈財である高級な蒸留酒や香水を扱える販路を持っていないことは既知である。


 この商会に蒸留酒や香水を渡しても、他の専業の商会に卸されて中抜きされるだけである。なにより、王室・王妃様の紋章入りの高級品を直接貴族に販売する為の彼女の商会なのであって、平民相手に小麦を扱う商会の会頭如きが扱える商品ではないと理解できていないのであろうか。


「メイヤー会頭、何かお心得違いをなさっておられるようですわね」

「……なんだと……」


 面倒だが、分かりやすく説明する事にする。


「まず、この品は貴族の方を相手に販売するものです。あなたは爵位をお持ちですか?」

「……」


 当然持っているわけがない。同じ勧められるにしても、貴族の令嬢から勧められるのと、平民の商会頭から勧められるのでは対応する人が異なる。最終消費者である貴族の当主、もしくはその夫人が直接平民と対等に会話をするわけがない。


 精々、挨拶をさせてもらうのがいい所で、それ以外の話は執事辺りが聞いて商品を納める……という事になるだろう。


「私共の商会は、王妃様の肝入りで腹心の子爵家が始めた商会です。私はその子爵家の娘ですが、畏れ多い事に男爵の爵位も賜っておりますの」

「……男爵閣下……」

「ええ。後で騙されたであるとか知らなかったと遺恨が残ると困りますので、正直に申しますと、王国副元帥リリアル男爵です」


 ヘルマン氏の目が点になり、やがて顔面が蒼白となり唇の色が青白くなる。


「王国の盾にして剣」

「そうですわね」

「護国の聖女」

「畏れ多いことです」

「妖精騎士」

「まあ、そんな物語もあるようですわね。わたくし、大元帥であられる国王陛下、元帥であられる王太子殿下の前でも下馬の礼を免除されておりますのよ」


 元帥に相当する格の副元帥は、軍事における国王の代理人故に下馬礼を免除される存在であり、王族でない公爵並の存在として遇される。


「昨今、王国は平和が保たれ、反面帝国は各地で戦乱が続いておりますでしょう? 蒸留酒も香水とトワレも消毒液や強壮剤としてこちらの国に需要があると王妃様がご配慮なされましたのよ。それで、まず、メインツで貴族の方で軍の関係者にお話をお持ちしようと思いましたのですけれど、残念ながらいきなり面会を希望できるわけではございませんでしょう?

 元は酒保商人から始まり、今ではメイン川流域で糧秣を多数扱うメイヤー商会にお話を繋いで頂こうと思って声を掛けましたのよ」


 糧秣を扱う商人が蒸留酒や香水を扱うのは畑違いであり、その軍関係の伝手を紹介してもらう事で、幾ばくか手数料を支払う用意がある……といった程度の話なのである。


「そ、それなら……」

「ふふ、ですので、勘違いなさらないで頂きたいのです」

『言い回しが気持ち悪ぃぞ』


 『魔剣』のツッコミに内心毒を吐きながら、彼女は言葉を続ける。


「メイヤー商会に話を最初に通したのは、ラウス様への義理。正確に言えば、お世話になったラウス様の親友であるブリジッタ=メイヤー様への配慮です」

「……叔母上への配慮?」


 商会頭ははっきり説明しないと分からないようである。本当に、井の中の蛙なのかもしれない。


「メイヤー商会に話を最初に持ってまいりまして、お断りされたとしてもわたくしには困るところはございませんのよ。私の名前を堂々と書き記し、面会理由を書した手紙を何箇所か出せばよいだけですもの。幸い、王都には帝国に支店をいくつか有する商会を運営する帝国の『伯爵』様に既知の方がおりますの。

 ですが、メイヤー商会はわたくしの申しでを断る事で、後々、困ることになるかも知れませんわね」


 確実に売れ、彼女からしか買えない高級な奢侈財の販売に絡む権利をメイヤー商会は失う事になる。商会頭自らこの取引を蹴ったという事が知られれば、「あの男は商才が無い」と周りには理解され、今後の取引が難しくなることもあり得るだろう。


 なにせ、小麦などは量を納める必要があるだけで、どこで購入してもさほど質に差はない。売り手に優位性のある取引ではないのである。実際、メイヤー商会は安定してはいるが収益性や成長性は余り高くない。納めた商品の代金が焦げ付けば、途端に経営が苦しくなるレベルである。


「も、申し訳ございません閣下」


 ようやく理解ができたヘルマン氏は平身低頭し始めた。


「ご理解いただければよろしいのですわ。商材はご確認いただけたのですわね」

「も、勿論でございます。とても高級な蒸留酒……ブランデーでございましょうか」


 彼女はブランデーの名を『恩寵(grâce)』、香水の名を『憧れ(aspiration)

であると紹介する。


「王妃様の命名ですの」

「こ、高貴な響きでございますな」

「ええ。王妃様の紋章を付けて頂き、また、名も頂戴しておりますので、あまりお安く売るつもりはございません。少なくとも、このくらいで」


 彼女はそれぞれの価格を金貨一枚と提示する。


「……こ、これは高価ですな」

「ええ。ですが、回復ポーション程度のお値段ですわ。製法は細かくはお教えできませんが、錬金工房で似た処理をして作りますの。ですので、数は限られておりますし、高価なものなのですわ」

「な、なるほど。それでは……皇帝陛下の軍の幹部の方を中心に、ご紹介できるように手配をさせて頂きます」

「お願いしますね。セバス」


 背後に控える歩人に合図をすると、小振りな瓶に詰められた蒸留酒とトワレをセットにしたサンプルを一ダースほど会頭に差し出す。


「こちらは、蒸留酒と香水をアルコールで希釈して香りをつけやすくしたトワレのサンプルです。これを持って会頭の心当たりへとお勧めして頂けますでしょうか。詳しい話を聞きたいと仰られる方がいらしたなら、王国の子爵令嬢がご案内に伺うと仰ってくださいませ」


 彼女としては、警戒心を下げるために直接営業に出向かないということであり、一度紹介をしてもらえる貴族がいれば、自身で広められると自負している。法国ならともかく、帝国はこの辺りの奢侈財の入手できる場所は王国よりかなり限られているからだ。


「か、畏まりました閣下」

「ふふ、アリサで結構ですわ」


 最初の不遜な若造から一転、怯えるような表情で言葉を交わすヘルマン。


「では、改めましてアリサ嬢。このヘルマン=メイヤー、商人として出来うる限りの誠意を尽くしてご紹介に努めさせていただきます」

「よろしくお願いしますわ」


 彼女は笑顔でそう答えた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「へぇ、結構いう人なのね」

「ええ、ヴィーといい勝負です」


 黄金の蛙亭に戻ると、オリヴィとビルが商談の結果を聞いてきた。彼女の口振りから、予想外に厳しい交渉……というより要求をしてきたものだと思わず口に出てしまったようだ。


「そうかな。私は身分が無いから、そういう手札がないのよね」

「いいえ。ブレンダン公や色々な方の後ろ楯をほのめかしつつ、自分以外の身分ある方の立場を利用して、良く相手を翻弄していたではありませんか」

「まあね。立っている者は公爵でも使えって言うじゃない?」


 そんな話は聞いたことが無い。今は高名な冒険者として名の知られた二人であるが、駆け出しの頃は得た伝手を使って交渉することも少なくなかったという。


「王国副元帥だもんねぇ」

「まず、普通はお目にかかる事はありません。公爵級ですからね」

「伯爵並の高位冒険者のお二人からすれば、会う機会はございますでしょう。ブレンダン公爵と面識があるのでしょうか」


 ブレンダンは帝国北東部に広く領地を持つ選帝侯家であるが、皇帝との関係はさほど深くない。また、宗教的な対立を抱えているわけでもない。


「先々代になるのかな。ちょっとした依頼で知り合ってね。今はもう縁遠い関係だね」

「ですが、たまに面倒な依頼を受けておりますし、向こうは縁が切れたとは思っていないようですよ」


 星四の冒険者に直接依頼する公爵は十分あり得るだろう。また数日は連絡待ちであろうことを話し、その間にコロニアに行こうかと考えている話を二人にする。


「お二人の予定はないのですか?」

「あると言えばある。それは、あなた次第よ」


 オリヴィ曰く、彼女が動けば相手が逃げてしまうという。故に、何もしないで観光の相手をしているふりをしている方が良いだろうという事なのである。


「吸血鬼って逃げ足早いからね。もう、私たちが近寄ればサっと逃げ出すし、どこかに潜んじゃうんだよね」

「ええ。小者を狩るにしても私たちは名前も顔も売れすぎているので、メインツで大人しくしています。それで、相手が見つかれば……」

「協力して殲滅するわ。勿論、無料提供するわよ」


 ヴァンパイアハンターとしては、近寄れば消える吸血鬼を追いかけるより、彼女たちが釣り上げる吸血鬼の残りを一網打尽にしたいという事のようだ。


「どの辺りの領主なのでしょうね」

「帝国南部、上メインから山国にかけての小領主とファルツ(falz)辺境伯が怪しいと思っているわ。でも、正直その側近や夫人の中に紛れ込んでいるかもしれない」


 高位貴族の当主ではなく、その意思決定に影響を与えられる存在に紛れ込んでいるのではないかというのがオリヴィの推測である。 ファルツ辺境伯は皇帝の代理人としてメイン川中流から上流の皇帝領の総代官と皇帝に臣従する小領主の総督を兼ねている。皇帝の直轄軍はこの辺りの騎士・小領主を中心として編成され、同時にその地域出身の傭兵団が務めている。


 皇帝が法国に攻め込んだり、王国と戦った際にはこの地域の軍事的負担も大きく、困窮する原因となっている。同時に、戦争が無ければ経済的に逼迫する者も多く、戦場を求める人間が多い。


 困窮し疲れた者が戦場で生き抜くために吸血鬼に救いを求めてもおかしくないような地域と言えるかもしれない。


「私が討伐したうちの一人は、メインツとアム・メインの間にある小さな城の主である高位騎士のその夫人だった吸血鬼よ」


 当時、騎士の反乱を陰で操っていたのは、皇帝の代官を務める高位騎士であったという。実際は、その夫人にそそのかされ、村を襲い人を攫っていたのだそうだ。


「トリエルを包囲したジギン団って騎士の反乱軍がやたら人を攫っているから、おかしいなと思っていたのよね」


 戦争のどさくさに紛れ、村を略奪し、村人を殺す『騎行』と呼ばれる戦術は、相手の国力を低下させ君主の威信を損なう事に繋がるが、吸血鬼がいるとすれば、とても魅力的な狩場が常に現れる事に繋がる。


「ネデルでの戦争は、都市を包囲するような戦いだからはっきりしないけれど、どさくさ紛れに関わっていると思う」


 彼女は、ネデルにほど近いデンヌの森に接する聖都近郊で起こった村ごとグール化した事件を思い出す。


「王国でも心当たりがあります」

「でしょうね。上位の指揮官が吸血鬼という事は考えにくいけれど、現場に近い指揮官や傭兵隊長には紛れ込んでいるんじゃないかしら」

「先ずは、手足を捥いでいくという事でしょうか」

「商会として、軍の高級士官に紛れ込んでいる吸血鬼を見つけると同時に、現場で暴れている吸血鬼を討伐する事の同時並行が望ましいんじゃない? 勿論、現場組はこっちで討伐するからね」


 オリヴィに『騎行』らしき現地での破壊工作を行っている部隊の情報を得て伝える事、それに、軍内で指揮系統に入り込んでいる恐らくは上位種の吸血鬼を確保する事を優先する事になるだろうと彼女は考えた。


 そこに、数日ぶりに戻って来たリ・アトリエ組が戻ってくる。


「お疲れ様。トリエルはどうだったかしら」


 彼女の問いに四人は顔を見合わせ、おもむろに話を始めた。


「先生、狩狼官ってなんでしょうか」


 どうやら、面倒な相手と巡り合ったようだと彼女は感じていた。



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