第321話 彼女は聖別された武具を作る
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第321話 彼女は聖別された武具を作る
彼女の修復したバゼラードと、歩人の修復した物を並べ、明らかに仕上がりが異なる事を確認する。
「でも、良かったじゃない? 里に戻っても研屋として仕事にありつけそうだし」
「まあまあ。研屋なら成功できる部類」
「これなら、リリアルの台所用品も綺麗にして頂けそうです。助かります」
完全に、家事テツ方向に評価される歩人である。
「この加護付の武器はアンデッド対策になりそうですね」
「……大変そうなのだけれど」
彼女の仕事がまた増えたという点が一つ、それと加護付の武具がホイホイ出回るということもどうなのかという点である。
「一先ず、ここに買い揃えた破損武具を、皆が冒険者の依頼を受けている間に直してみましょう」
「先生が修復した武器は、分かるようにしたいですよね」
追加効果のある聖なる武器を別に管理するために、目印のようなものがあるといいのだろう。彼女は「リ・アトリエ」と銘を入れるのはどうかと提案する。
「私たちの日常遣いに丁度いい」
「吸血鬼対策を施した装備を中古武具に施せるなら、偽装も簡単ですね」
「リリアル工房とは別のラインという事で、管理も楽でしょう。学院の使用人・薬師の子達で魔力のない子の護身と身分の証明用に良いかもしれません」
バゼラード程度であれば、素材採取に使うことも出来るだろうし、なにかあった時の身分証明用にリリアルの紋章入りの鞘を与えるということも良いかもしれない。魔銀製の武器は高価であり、魔力のない者には価値が半減する装備だが、リサイクル武具を用いることもあり、悪い提案では無いように思える。
「私も昔、中古武器を補修して安く貧しい村に売る行商をしたことがあるからよくわかるけれど、このくらいの物がちょうどいいんだよね。バゼラードは分解して刀身だけにすればスピアの代用品も作れるしね。良いと思う」
幸い、破損武器は沢山屑鉄としてメインツには流れ込んでくるので、バゼラードを集めるのはさほど難しくないという。
「では、これを買った武具屋さんにあればあるだけ買い取るつもりなので、まとめて置いて欲しいと希望を伝えましょうか」
「先払いならなおよしだね。三本で銀貨一枚でしょう? 小金貨一枚も預ければ本気で集めてくれると思うわよ」
滞在中の日課として、この武具の精錬と補修を続けようと考えていた。―――百合工房の銘を彫金してもらう職人も探す必要もある。
これも一つのお土産かと思う事にする。
「彫金はともかく、工房の知り合いはメインツじゃなくってエッセにしかいないのよね。土夫の工房で腕は確かよ。私の剣は、そこで誂えているから。信用しているの」
エッセはコロニアよりさらに下流にある都市の一つだ。ある程度まとめて修復しておき、彫金をそこに依頼するのも良いかもしれない。
「エッセの傍に、隠し鉱山を持ってるのよね」
「……はい?」
その昔、廃鉱山を占拠しているコボルドを討伐し、そのボスと認められ、鍛冶をさせたり採掘を任せたりしているのだという。
「鉱石を精錬してあげて、武器を作らせる。作った武器で自衛するから、ゴブリンやオーク位なら勝てるみたいね。最近、傭兵隊も返り討ちにしたとかリーダーが自慢していたわ」
「あんた、何やってんだよ」
歩人が言いたくなる理由もわからないではない。
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翌日、リ・アトリエの四人は馬車に乗りトリエルに向かう事にした。依頼を受け、数日は戻らない予定だという。その間に、メイヤー商会とのアポを取り、その合間に、メインツの街でウロウロしようかと考えていた。
「商業ギルドに登録しないの?」
「行商人として届け出した方が良いのでしょうか」
「うーん、必要ないと言えば必要ないかな。そもそも、村を周るわけじゃないだろうし、商会に卸すわけでもないからね。個人的に貴族に売るのであれば、特にいらないかもね」
彼女の場合、輸送や保管を業者に頼る必要が無い。ギルドに登録しなければ、そういったインフラを利用することができない故に、面倒になる。間にギルドをいれれば、その分割高になるだろうし、彼女が必要としない繋がりもできてしまう。
あくまでも帝国の中に巣くう戦争に関わる貴族や傭兵の中の吸血鬼の関係者を炙り出す為の道具としての商材なのだから、あまり商人としてまともに活動して、手間を掛けたくはない。
「ビータの所が関わってくれるかどうかなのよね」
「ゲイン修道会関連ではどうなのでしょう」
「メインツなら同じだね。人間関係が大体重なるから。私の知っている所だと、トラスブルとルベックくらいだけど、両方自由都市だし、戦争には余り関わっていないから」
「それでは、メインツで伝手を探す方が良いでしょうね」
法国のミラン公国から内海経由の補給が伸びているとも聞いているが、実際、帝国内での物資の調達はメイン川流域のコロニアかメインツが主だろうと考えられる。
「メイヤー商会が糧秣で喰いこんでいれば一番なんだけどね。競合しないし、価値が分かる貴族の指揮官たちの覚えが良くなれば、ビータの甥っ子の顔もたつじゃない?」
オリヴィの言葉にうなずき、数日どう過ごすかを考え、半日はゲイン修道会で薬草畑の世話の手伝い、午後は武具屋でバゼラードや長柄の穂先を買い回る事にした。剣は正直、騎士や冒険者でなければ携帯しないし、使うのも一苦労であるので素材として買うにとどめている。高いし。
こうして、ゲイン修道会で薬草畑の世話をしに毎日やってくる彼女とオリヴィは徐々に修道女や在家の夫人たちと仲良くなり、お茶に招待されるようになってきた。
王国の貴族の娘であるということから、一目置かれるようになり、また、魔力持ちで真面目でな性格が年配の夫人から好まれるようになる。
『お前、婆には人気あるよな』
「……お婆様が厳しかったから、慣れているのよね」
彼女の祖母は王家に侍女として仕え、当主も努めた賢夫人であり、中々厳しい人物でもある。祖母に受け入れられるということは、大概の年配者から好感をもたれるレベルである。
「孫の嫁に来て欲しいわ」
「うちの孫娘もこのくらい賢ければ嫁の貰い手に困らないのだけれど。あれは、母親が悪いわねぇ」
と、ありがちな会話に巻き込まれるのである。それを聞きながら、オリヴィとブリジッタは微笑ましいものを見る目を彼女に向ける。
『まあ、たまに年相応に扱われるのも悪くねぇな』
『主は今までずっと気を張り詰めてこられておりますから。少し緩めてもよろしいのではないでしょうか』
因みに、『猫』と『歩人』も大人気である。かわるがわる弄られるのは同じ扱いだからだろうか。因みに、彼女の祖母の薫陶もあり、従者として歩人の練度は高い。給仕役も完璧で、ある意味気持ちが悪い。
「良く見ると何だか……」
「お嬢様のお婆様の薫陶のせいじゃねぇか……でございます」
こういう、ゆっくりとした時間もたまには良いかと思うのである。
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そんな日が続くある日の午後、日課の精錬を街の外で行う彼女につきそうオリヴィ。二人の間でふとしたとこから、吸血鬼の話題となる。
彼女が常々疑問に思っていたこと。それは……
「血を吸われた者が全て吸血鬼になるわけでも、グールになるわけでもないじゃない……何が違うのかしらね」
ヴァンパイアハンターなら知っているかと思い、話を振る。
「吸血鬼の上位種が下位の吸血鬼を作るには、手間暇と時間がかかるのね。普通に血を吸い殺せばグールにしかならない。ここまではいいわね」
オリヴィが彼女に確認する。それは幾度となく数多く見ている。
「これが例えば従属種が隷属種を作るとするじゃない? 先ず、相手の血液を時間をかけて死なないように少しずつ摂取する。そうすると、相手の血液が自分の血液と混ざり、吸血鬼の血液が相手と親和性を持つようになる」
「親和性?」
「そう。本来、吸血鬼の血液は『毒』なのよ。それを、自分の血を吸わせる事で自分の血に近い物にする。最後に吸血により死にかかるところで、自分の血とまじりあった吸血鬼の血を取り入れる。そうすると、吸血鬼となる条件が成立する」
吸血鬼は、自分に従う僕である下位の吸血鬼を作り上げる間、他の人間や動物の血を吸う事は出来なくなるというのは、『親和性』が損なわれ、従属者を育てられなくなるからなのだ。
「それと、相手に吸血鬼の血を与える際に、吸血鬼となる魔力を自分の体から分け与える必要があるのね。一時的ではなく永続的に。吸血鬼が血を吸い相手を取り込む理由は、自らの魔力の底上げのためね。魔力を有する者の血を吸う事でその魂の持つ魔力を自らに取り込む事ができる。反対に、下位の吸血鬼を作るには、自らの魔力の根源を分け与えなければならない。それをしないなら、グールにしかならないの」
吸血鬼の力の根源を分け与えるからこそ、容易に吸血鬼は増えることがなく、魔力を持つ者の吸血を通じて魔力の根源を取り込み、自身の魔力を高めることができる……なるほど、吸血する理由が理解できる。
「余程気に入らなければ、貴種や従属種の吸血鬼は生まれないのはそういう理由。グールの指揮官なら隷属種でも構わないし、隷属種が従属種になるほど魔力を手に入れるには相当の時間と魔力を有する者の魂……血液が必要になるからね」
そこで、彼女は思い至る。
魔力持ちは支配されにくいが、最初から餌としてターゲットにされるのであればその限りではない。
『魔力持ちの冒険者や騎士なんてのは、吸血鬼にとっては美味しい餌になるわけじゃねぇか』
「……吸血鬼に魔力を取り込ませるための餌ね。これは、王国内にも周知させねばならないわね。もしかすると……」
彼女はゴブリンが魔力持ちの脳を食べる事で、被捕食者の能力をゴブリンが手に入れることができるようになった事件を思い出す。そして、オリヴィにその事をつたえると、女魔術師は「へぇ」と驚いた。
「魔力持ちがゴブリンに殺されることは余りないから、帝国の冒険者時代にその話を聞いたことはないわね」
「数年前に分かった事なので、時間差があるのかもしれません。ですので、王国内ではゴブリンはオーガやオークより怖ろしいと感じられています。魔力をもつ騎士などは、数で押し込まれて魔力切れを狙われます」
「ああ、それは冒険者でもありがちだね。ゴブリンは弱いけれど、ゴブリン達は侮れないからね」
久しぶりに冒険者の視点に戻った彼女は、懐かしい思いになる。
「リリアルの子達は吸血鬼にとって魅力があるわね」
「吸血鬼が貴族の中に紛れ込む理由も理解できます。魔力を持つ貴族や騎士がその狙いなのでしょうね」
自分自身の魔力を高め、その下僕を作り出すための素材ともなる魔力持ちの血液を通じた魂の摂取。オリヴィや彼女の血であれば、万金の価値があるのだろうか。下位の吸血鬼には魔力が多すぎて毒になると避けられるのだが。
「ちなみに……私の血液はヴァンパイアにとっては毒なので、危険はない。むしろ吸って死んでもらいたい」
「……そういうわけですのね」
「そういうわけなのよ」
彼女の秘密の一つなのだろう、薄く微笑む以上の答えは返ってこなかった。
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黄金の蛙亭に戻ると、メイヤー商会からの手紙が届いていた。
「明日の午後なら時間が取れると書いてありますね」
問題ないので、即座に承知したという旨を伝える。既にブリジッタ経由で商材のサンプルは渡してある。また、来訪の目的も明確にしているにも関わらず、随分と面会するのに時間がかかるものだなと彼女は考えていた。
「私たちの背後関係を調べたのでしょうか」
「そうであれば、時間がかからなさすぎるでしょう? 王国と往復するだけで一月位普通はかかるもの。調べるにしても、ただの商人が王国の貴族の運営する王妃様御用達の商会なんかに接触できるわけがないじゃない。
所詮は、平民なんだから」
帝国における商人同盟ギルドとその加盟する商会が力を持っているのは、彼ら以外帝国内で相互に関係を保てる存在がいないからだ。ある意味、外交官のような存在であり、貴族同士が対立しているからこそ、彼らの存在に意味がある。
王国のように、王家の元に様々な貴族・商人が一元的に統制された国の中において、商人がどれだけ有能であろうが、貴族との接点はとても限られている。また、王家に関しては絶無である。
「帝国のメインツの周りしか知らないから、そういう対応になっているのよ。
たぶんね」
代を重ねある程度同じことの繰り返しで仕事が成り立つ故に、新しい外部からの刺激に対して鈍感になっているのだという。
「何時もあちらこちらで内乱が起こっているのが帝国だけれど、メインツは帝国第一の司教座のある都市であるし、保守的で原神子派が自己主張したり、対立軸となるほど街の上層部や権力者に存在しないのよね。だから、コップの中の平和を謳歌している」
中小の領主が疲弊し没落し、自由都市の多くがいずれかの大貴族の影響下に収まるように変化しているのだが、メインツは百年前と変わらぬ安定した社会を維持している。その弊害だというのだ。
「それはそれで、安定したパイプが維持できているという事でしょう。安心しました」
「……安心というか、どうとでも料理できるくらいの感じなんでしょ? まあ、ビータにも生意気言っているみたいだから、あなたにちょっと世間を知らしめてもらうのもいい経験になるわ」
どうやら、甥っ子のブリジッタに対する在り様に、オリヴィは腹を立てているようだ。「最善を尽くします」と答えると『魔剣』は、「お前の最善が怖い」と呟き、先触れに向かうだろう歩人は「まじ、可哀想だな」と答えるのである。
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