第315話 彼女は精霊魔術について考える
夕食をともにしながら、行きつく先の話題は『精霊魔術』の話である。
「オリヴィさんは、いつくらいから精霊魔術が使えたんですか?」
最近、赤目銀髪がオリヴィから『風』魔術を教わり、密かに切り札として活用できるようになったことから、リリアル勢は少々気になっていたのだ。
「私の場合、錬金術の先生が『土』、狩人の師匠が『風』の精霊魔術が使えたの。私自身が『土』『風』の加護持ちだから、両方教わって使えるようになったのはあなた達くらいかしら」
オリヴィ曰く、『精霊』の『加護』持ちは血統的な遺伝で親から受け継がれるので、生まれつきの問題があるのだという。
「それに、精霊の加護は同じ精霊の加護持ち以外は分からないからね。両親が持っている、祖父母が持っているって分かっていればその人から受け継いで色々教わる事が多いみたい。だから、物心ついた頃から少しずつ練習して使えるようになるんだって」
「「「……なるほど……」」」
精霊の加護がある場合、術の発動は精霊に頼る事になるため、精霊との関係が良ければ魔力の消費は少なくなり、発現速度も高まるのだという。
「大規模に術を展開できるなら、精霊に力を借りないと無理」
数キロにわたる土塁を一瞬で形成したり、壕を掘ったりすることも簡単であるし、風の力を纏わせ、空中を移動することも不可能ではない。それは、精霊の加護により魔力消費が少なくて済むからという場合が多いのだ。
「魔力だけではできない事を、精霊の力で行う。精霊の魔力・魔術であって、私の与える魔力はそれを使役する契約の対価として支払われる物に過ぎないからね。火種みたいなもの」
リリアルの魔術は、自分の体内の魔力を消費してすべてを実現するのに対し、オリヴィのいう「精霊魔術」は、きっかけを自分の魔力で与え、実現するのは力を貸してくれる精霊たちの魔力・魔術であるという事だ。
「精霊って、其々相性があるから火と水の精霊魔術を同時に発生させるとかは難しい。というか、ほとんど不可能」
その辺り、物理的な炎と精霊による炎は異なるのかもしれない。
「精霊の加護ってどこから来ているんでしょう?」
「御神子教って、カナンの宗教じゃない。それが古の帝国で広まって、当時帝国の領域だった王国やメイン川周辺の地域にまで広がった。でも、帝国の範囲外の場所ではかなり遅くまで広まっていなかったんだよね」
未だに、帝国の東方には御神子以外の自然神を信じる人々が住んでいる。
「それに、本来、カナンにいた頃の御神子教には、守護聖人なんて存在しなかったんだよね。こっちにいる元々信仰されていた存在を取り込んだり、排除して今の教え方になっている」
「追い出されたものは『悪魔』と呼ばれ、それを信じる者は『魔女』扱いされ弾圧されることもあるわね」
御神子教以前の神様は悪魔とされている場合も少なくない。御神子の教えと異なる神様を信じるように『誘惑する』というわけである。そして、その教えを広めるものが悪魔の手下である『魔女』になる。
王国の領域は最初から帝国に協力する部族が多く、御神子教も早くから広まったため、古い神様は早々に見当たらなくなった。今の帝国領は半ば古の帝国ではない地域も多く、更にその外側から移り住んだものも少なくない。
「そういうわけで、帝国には古い神様、即ち『精霊』を信じていた人たちの子孫が沢山いるから、精霊魔術が使える人が多いという事なんだろうね」
「はぁー 早々簡単に魔術が扱えるようになるわけないか。魔力の消費が少なくて、威力が大きいなんて最高なんだけどな」
青目蒼髪がぼやくと「身体強化と魔力纏いは精霊関係ないし!」と相棒がツッコミを入れる。
「確かに。私は銃手ですから、それほど精霊の加護を頂いても使いでがないんですよね。気配隠蔽と魔装銃を発射する時に魔力を消費するくらい。あと、魔力走査は地味に魔力が減るので……精霊が敵を見つけたり、してくれるならいいですけどね」
「リリアルにはリリアルの戦い方がある。不足はない」
赤目銀髪の言葉を聞き、全員があははと笑う。彼女自身もそう思う。
例えば、土魔術で行う、『土壁』『土牢』『土槍』の組合せは、野戦築城の類いの術である。リリアルは機動重視であるし、気配隠蔽や魔力走査を用いて先手や奇襲、アウトレンジ、罠を仕掛けるのが得意である。
また、野戦築城の一つの形として『戦馬車の城』と呼ばれる馬車を方形に並べ、騎馬の突撃を防ぎ、銃で狙い撃つ戦術が確立されたことがある。魔装馬車を用いることは、これに似た方法論であり、野戦築城の一つの解でもある。
土魔術で行えることを魔導具で代替すると考えればよいだろうか。
また、加速系の『風』魔術が使えなくとも、魔力壁・身体強化や魔力纏い『飛燕』といった精霊魔術でなくとも同様の効果をもたらす方法があり、どうしても必要なものではないという面もある。つまり、必要とされる強化方法は、魔力を使った純然たる方法と、精霊魔術による方法のどちらでも達成しうるということなのだ。
「だから、正直、ミアンでリリアルのみんなの戦いぶりを見たときに、違う魔術なのに同じような効果がある事をこんなにたくさんの魔術師が連携して使っているっていうのに……正直感動したよ」
「感動……する」
「ふふ、必死に訓練した甲斐がありました」
「まあ、俺ほどじゃねぇけどな」
「あんた、才能ないから人一倍努力が必要なだけでしょう?ダサいわよ」
「魔力量が増えて、操作が繊細にできるようになって消費する魔力が減って長い時間維持できるようになるって成長を感じます」
オリヴィの率直な感想は、リリアルの進んできた道を別の場所から見た時の一つの答えなのだろうと彼女は思った。
『生まれつきの精霊魔術の加護が無くても、本人の努力で成長できる方が王国っぽい気が俺はする。お前の好みだろ?』
決して姉に劣る才能ではないはずなのだが、三歳の年齢差は彼女の心の中に、姉に対する強固なコンプレックスを育てるに至った。常に、自らを劣る存在と設定し、その中で試行錯誤を繰り返す彼女の在り方は、けして恵まれたとは言えない出自のリリアル生達にとって、とても良くマッチングするのである。
生まれ育ちの良い貴族の子弟や、生まれつきの才に恵まれた宮廷魔術師・魔導騎士達にはそぐわない考え方であるし、彼女の在り方とそれらは全く異なる。
彼女はエリートではなく、彼女の周りにもエリートは存在しない。それだからこそ、常に狂わしいほどの準備と鍛錬を要求するのである。リリアル生も、自らの出自に寄らぬ存在であるからこそ、平然とそれを受け入れる。
つまり、自らの至らなさ弱さを認め、克服しようとするところにその強さの根源が存在するのであり、その考え方はまさに御神子の教えに沿ったものであるといつか彼女も気が付くのだろう。
――― リリアルで活動することは、すなわち修道生活と変わらないのである。
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『加護』について、彼女は考察するに至る。即ち、彼女には今現在『聖女』の加護が発生している。これは、生まれつきではなく、後天的に発したものであることは間違いない。
それは「神の啓示」があったからではなく、彼女の活動を知る者たちが頼り感謝し祈る事で発現した『加護』なのである。その多くは、広範囲に味方の士気を高めたり、アンデッドに対する浄化の効果を与えるなど、『祈り』に関わることが少なくない。
「『雷』の魔術は加護関係ないのかしらね」
『少なくとも、『聖女』じゃねぇな。だが、思いいたる事があるぞ』
彼女は二つの『精霊』の如き存在の加護を得ている。一つは『魔剣』、一つは『猫』である。猫が家禽として歴史上に現れるのは古代カナンの南にある大河の下流に栄えた王国で信仰された神々の中に存在する。
『太陽神という主神とな、その妻の天空神というのが存在する。つまり、太陽と空が夫婦なわけだ。王様は太陽神の化身である現人神で、妻は……とにかく、妻である天空神は猫が御使いなんだよ』
「それがどう関係しているのかしら?」
『天空神は雷も操る存在だ。つまり、「雷」の精霊を使役する存在だな。猫の精霊がいる事で、お前の周りに「雷」の精霊が集まりやすくなってるんじゃねぇかと思うんだよな』
『猫』との付き合いはまだ三年程でしかない。その間に、徐々に馴染んできた結果として、『雷』の魔術を使えるように……まあ、教えたのは『魔剣』なのだが、行使できるようになったと考えるのだという。
『俺、生身の時は雷の魔術なんて使えてないからな』
「それで良く教えようと思ったわね」
『魔剣になってから、精霊の系統の魔術も理解できるようになったんだよな。理解はできるが行使は出来ないけどな』
『魔剣』は自らの魔力がほぼないため、自身で魔力を発動する事が出来ない。
「完全に『精霊』になれば、魔力も関係なくなるのかしらね」
『そうすると、お前の家に拘れなくなるんじゃねぇかな。それじゃあ、意味ねぇだろ』
大昔の王国の魔術師の成れの果てである『魔剣』は、彼女のご先祖様の友人であったという。そして、その子の育ての親でもあった。どんな子育てしたのかはわからないが。つまり……
「今気が付いたのだけれど、あなた、すっごいお爺ちゃんなのよね」
『……まあな……』
「なぜ、年配者としての威厳らしきものがないのかしらね」
『……フレンドリーな年寄りなんだよ。悪かったな』
精霊の存在が年を経ている程、高い魔力・能力を保つことになると考えれば、年寄りになるほど強力な精霊になると考えられる。だからと言って、人間の年配者のようになるわけではない。故に、精霊が年配者としての威厳を持つとは限らない。
むしろ、若い時代、その精霊の本質が定まった年齢で固定化していると考えて良いだろう。また、『魔剣』は精々七百歳、精霊としては駆け出しといったところだろうか。
「精霊の年齢って上はどのくらいなのかしらね」
『さあな。一万、二万歳ってのはあるんじゃねぇか。人の歴史の記録が残っているのがその位だからな。まあ、ほとんどその頃の文字は読めない。聖典の記録もその位だろう』
聖典の内容を推定すると六千年から七千年遡れることになる。もう少し前かもしれないので、魔剣はそのくらいと推定している。
『まあ、年の話はこのくらいにしようぜ』
一晩眠った彼らは、改めて冒険者ギルドを訪れる事になる。加えて、オリヴィの友人である商家の人を紹介してもらえることになっているので、今日は修道院に向かう事になるだろうか。
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冒険者ギルドに向かう彼女たち一行。今回は歩人も同行する。
「あなたも冒険者登録したいのかしら」
「……パーティー単位で活動するんだから無理だろ? でございますお嬢様」
「ふふ、ほんの冗談よ」
歩人は茶目栗毛の下位互換。主に学院の侍従役として、使いや学院長代理である彼女の祖母の手伝いをしている。王国の冒険者ランクは『薄黄』であるものの、あまり討伐には参加していないので、冒険者としての能力は正直微妙である。赤目銀髪がいるので、戦力的には被るかもしれない。
「そもそも、商会の令嬢が使用人を連れて歩かないなんてのは、外聞がわりぃだろ……でございます」
「そうね、すっかり忘れていたわ」
王都での冒険者・薬師活動の最中は当然供を連れる事もなく、それ以降はリリアルの関係者を伴う事が多いので、一人になるという経験が最近不足している。周りから見れば、彼女は王国からきた貴族の令嬢兼商会の代理人であるから、美味しい餌に見えなくもない。
返り討ちにするのは問題ないが、その後、吸血鬼どもが警戒してしまっては本末転倒である。と思いつつ、歩人は誠に遺憾ながら同行させることにしたのである。
冒険者ギルドに先頭を切って胸を張り入るのは赤目銀髪。昨日の腕相撲の件で一躍有名人である。
「おい!! あれが……」
「嘘だろ? 子供じゃねぇか」
「ばっか、オリヴィさんの紹介だぞ……マジで強えぇから」
ざわざわと冒険者ギルドの中がざわつく。既に朝一の依頼の受注は一段落しているものの、パーティーの集合待ちの人出でギルド食堂が混雑している。視線が多いのも、その辺りである。
受付の列に並ぼうとすると、カウンターの後ろから、ギルマスが「こっちに頼む」と声をかけてきた。
「改めて、今日はよろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
「よろしく」
「えーと、星一つだったら試験受けなくても……良いのでしょうか?」
碧目金髪は、自身は『薬師』がメインであり自衛とパーティーの支援がメインの仕事なので、冒険者等級には拘りがないので遠慮したいと述べる。
「むぅ、カエラ姐さん、随分弱気じゃないですか。胸は強気なのに」
「胸が大きいと弓に向かない。私は自重しているだけ。でも、カエラの自重は必要ない」
「パーティーメンバーの平均が高い方がパーティーのランクが上がるので、そこは協力してもらいたい。これは、リーダーからの命令だ」
「……誰がリーダーよ。馬鹿じゃないの?」
青目蒼髪がリーダーの場合、他の三人は全員女性なので、所謂『ハーレムパーティー』になってしまう。まあ、そうは全然見えないのだが。
「面倒ごとはヨロ」
「妥当というか、前衛のお二人が務めるのが妥当でしょう。私は異存ありません」
非常に消極的な理由でリーダーが決定する。
「とりあえず、鍛錬場に移動してもらおう。オリヴィ達も一緒で構わんぞ」
こうして、中庭にある鍛錬場へとリリアルメンバー改め、リ・アトリエ関係者は移動する。そこには、暇な冒険者たちもゾロゾロとついて来るようである。
中庭はさほど広くはないが、立会をする程度のスペースは十分にある。立木や木人が用意されており、また、鍛錬用の剣や槍、模擬専用の木剣等が用意されており、ギルドの教官らしき職員がその場所に何人か待っていた。
「おいおい、こんな子供相手に俺たちが模擬戦すんのか?」
「いくらオリヴィ=ラウスの推薦とはいえ、ホントに王国の冒険者ランクって正しいのかよ」
教官の間に四人の評価に対する微妙な疑問が存在するようで、聞えよがしに声が聞こえてくる。そして、それは背後に続く冒険者たちからも聞こえてくるのであった。




