第312話 彼女は帝国でやるべき事を整理する。
第312話 彼女は帝国でやるべき事を整理する。
帝国に入った後、青目蒼髪、赤目蒼髪、赤目銀髪、碧目金髪の四人は冒険者パーティーとしてギルドで登録をし直してもらう事になっている。
「頼むわよ『アンディ』」
「なんか、こっぱずかしいな『ヴィヌ』」
アンディは青目蒼髪、ヴィヌは赤目蒼髪の冒険者名である。赤目銀髪は『マルグリット』、碧目金髪は『カエラ』と名乗ることになっている。
「一番最初はまた薬草集めからですか？」
「それは大丈夫のはずよ。帝国と王国の間で、冒険者の等級の摺合せが行われるから」
オリヴィから聞いた情報によれれば、王国の『薄赤』冒険者は、帝国では星二に相当する等級の仕事を受ける事ができるのだという。
「帝国内で登録する時に、私が紹介する形で確実に星二で登録するように手続するから大丈夫。どこでもというわけではないので、メインツかトラスブルになるけど。今回はメインツに行く形になると思うわ」
経路としては聖都を経由し、城塞都市『ベダン』を通り帝国領に入る。『メズ』から大司教座のある『トリエル』を経由しメインツへと至る事になる。初日は少し急いで『聖都』まで行く事になる。
距離にして約500㎞、普通の馬車なら二週間はかかるのだが、魔装馬車であればその半分程度で到着するだろう。
「先生とセバスさんは冒険者登録はしないんですか」
「……しないわ」
「俺は、商会の使用人の役割だからな。いつもリリアルでやってる事と変わらねぇな……でございますねお嬢様」
「そうそう。今回は、ルリリア商会の会頭の娘として訪問するので、冒険者らしい姿はしないつもりよ」
だがしかし、魔銀製の銃身を持つ短銃を忍ばせているので、冒険者として活動をするつもりはないが、冒険は……恐らくする事になる。
『ようは、お前自身が餌になって、吸血鬼の関係者を釣りあげるって段どりなんだろう？』
『魔剣』の質問に黙って頷く。接触してくる者の中に、害意を持つ者も多いだろうし、吸血鬼の配下の存在も当然そこに含まれるだろう。出来る限り生け捕りにし、情報を引き出す必要がある。
とは言え、王国内で破壊工作を行う吸血鬼のように『駆除』するのではなく、交渉し関係を築いた上で親玉を引っ張り出すつもりでもある。故に、安易に対決するつもりはないのだ。
「夜会で接触してくる者たちは、手下の手下だと思うわ」
「そこから、遡るしかありませんから。欲しい物、必要な物を手に入れるためにルリリア商会と取引をしたがるようにすることができてから、改めて考える事にします」
もしこの役割を彼女の姉が果たすのであれば、恐らくなんの心配もなかっただろう。姉ならば、必ず必要十分な成果を上げてくるはずだからである。彼女にはその自信は今の所はない。
「それで良いと思うわ。冒険者には専門外だけれど、夜会のエスコートが必要なら、ビルを貸すわ」
「それはありがとうございます」
「あはは、若い御令嬢をエスコートする機会に再び巡り合えるとは。こちらこそ、感謝しますよ」
金髪碧眼の美青年に微笑まれると、彼女は自分が場違いの存在になったように思えるのである。
「二人の衣装も誂えないとね」
メインツにはその手の工房も少なくないという事で、二人は改めて帝国風の正装を用意する事にした。従者は……特に必要ないようである。
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聖都での宿泊はニース商会に宿を確保してもらっていたので、少し夜遅い時間であったが問題なく泊まることができた。聖都は吸血鬼討伐依頼の訪問だが、一年と経ってはいない。
「しばらくぶりだけれど、特に問題は発生していないみたいね」
異常があれば、騎士団若しくは大聖堂の防疫担当の司祭から彼女宛に連絡があるはずである。ニース商会の商会員も姉の指示で商売と関係のない事柄でも調査・報告を義務付けられているという。
『まあ、三重の情報収集で漏れる事はねぇだろう』
騎士団はともかく、大司教はお膝元での吸血鬼事件発生で大いに問題視されたため、真剣に調査を行っている。また、姉の配下の商会員は、万が一調査漏れがあった場合の己が身に降りかかる厄災が恐ろしいので、しっかり情報収集をしているという。
『主、私も夜の間、聖都を巡回してみるつもりです』
「お願いね」
今回の帝国行において、情報収集を担当するのは『猫』の役割になる。歩人も活動するのだが、正直荷が重いと思われる。そもそも性格的に向いていない。
宿の窓から『猫』は夜の聖都の闇の中へと消えていく。吸血鬼や不審な存在の有無を知らせてくれるはずである。
翌朝、『猫』は「問題ありませんでした主」と戻って来た。一先ず、帝国に向かう事に問題は無いようである。昨日、オリヴィからも話があったのだが、帝国のネデル総督が新たに着任し、早々、神国の強硬な政策を推し進めているという事で、ネデル北部だけではなく、帝国支配下の南部においても原神子派の多い都市の商工業者は反発するだろうと言うのである。
帝国の工作は、自国内の騒動に王国を干渉させない為に王国内で騒乱を起こす事が想定される。大変迷惑である。
二日目にベダン、三日目にメズに到着。この都市は帝国から王国に近年譲渡された都市だが、未だ帝国風の都市であるのは否めない。
メズを出る際、オリヴィから警告を受ける。
「ここから川を使って移動する人が増える。川の途中には関があって、場所場所に応じて荷駄の内容で税を徴収するの。それがこの辺りの領主の収入になるし、主に商人同盟ギルドに加盟している商人はそこでは課税されないの。まとめて納税しているからね」
川を移動するのは税をとられる半面、関が多いので賊に襲われる事もまれである。その反面、陸路の街道は税が掛からない分安くつくが、盗賊に襲われる心配が多い。
「王国のように一人の国王の元に国の治安を守る仕組みがないのよ。この辺りは、ネデルに攻め込んだ神国の逃亡兵やら食い詰めた騎士やらが傭兵団という名前の盗賊団を組織しているから危険」
傭兵もピンキリで、有名な傭兵隊長は人も集まり、その分戦果も得やすいので契約金も高くなる。反面、無名の傭兵は金にもならず危険な任務を与えられ結果として盗賊の方が割が良いと転職することになる。
有名傭兵は貴族の子弟や有名傭兵の小隊長を務めた、コネのある者が多いというのは、契約する方も人を見るという事だろう。
山間に狭い街道、見通しも悪く路面も荒れているので速度が出ない場所。本来はそうなのだが、魔装馬車にはあまり関係がない。
「最初に冒険者になったトラスブルを出る時は、護衛の依頼が受けられなくて馭者の助手を務めたの」
「オリヴィさんにもそんな時代があったんですね」
馭者台に座るのは碧目金髪の薬師娘こと『カエラ』である。並んで座るオリヴィと共に前を向き話をしている。
「仕事はね、土魔術で地面を均しておく仕事」
「それは、オリヴィさんだから出来る仕事ですよね」
「そうね。そのついでに、コボルドの振りした盗賊団をまとめて討伐してさ。それで、メインツについたらすぐに昇格できたの。運が良かったわ」
オリヴィが馭者の助手を務める荷馬車を襲った賊は大概に不運である。
「それ、どうやって討伐したの？」
「荷馬車の荷を盗もうとしてきた盗賊を見かけたから、穴に埋めてちょこっと傷を付けたら降参されたかな」
「……ズルいくらい強い」
土魔術はたいてい便利である。穴に落ちるのを防ぐには、浮遊の魔術でも掛けておかねば難しい。足元に魔力壁でも可であるが。
「普通はどんな感じで襲われるんですか？」
碧目金髪がそう問うと、オリヴィは前方を指さし「あんな感じだね」と答えた。
街道を塞ぐような丸太が置かれており、馬車を止めざるを得ない。両脇の木々の間から、薄汚れた武装した男たちがゾロゾロと出てくる。
「馬車から降りて手を挙げな」
「うひょー 美人が二人もいる。ご馳走様です」
「高く売れそうな女どもだ。大事に扱えよ！！」
「「「へいぃ！！！」」」
左右に数人ずつ、背後に三人。森の中には恐らく弓をつがえた者か銃を持つ者がいるだろう。
彼女はここで課題を出す事にした。
「ここは四人で切り抜けなさい。丁度良い教材だわ」
「う、わかりました」
指揮官は青目蒼髪のアルジャン。
赤目銀髪は馬車の中から狙撃、碧目金髪は魔力を維持しつつ馬車を護る。残りの二人で二手に分かれて時計回りと反時計回りに賊を討伐して行く事にする。
「背後の三人を頼む」
「了解」
「三人が倒れたら同時に飛び出し、左右の賊を倒す」
段取りを確認し、即座に反撃に移るのだが、オリヴィから「生かして連れて行けば冒険者登録に有利だよ」と伝えられ、全員が頷く。
『主、狙撃兵を押さえますか』
『猫』の提案に、「危険と判断したらお願い」とだけ彼女は答える。人数的にも油断している相手には必要ないだろう。
「林間に狙撃兵が潜んでいると考えて走査、追撃してもいいわね」
「任せて」
赤目銀髪がその役割を果たすようである。人数は……潜んでいる者が二名、左右の森の中に別れて存在する。
「ほらほら、大人しく観念しなぁ！！！」
Bann！！
銃声がこだまする。チャンス到来。
「風の精霊シルフよ我が働きかけに応え、我の剣に風を纏え……『風纏』」
赤目銀髪が『風』の精霊魔術を唱えると、背後の三人に何かが投擲される。
「ぎゃあ！！」
「うがあぁぁ！！」
「痛てぇぇぇ！！」
体の前面に突き刺さる矢のような物。その昔、鏃を飛ばす事を考えたことがあったが、赤目銀髪は『投矢』という形で改良する事にしたようだ。
魔銀鍍金の鏃に魔装布の矢羽根。そして、先日披露した『舞雀』で紐づけし、風の精霊魔術で矢羽根を加速させた。見事に三人を一瞬で無力化したのである。
その隙に、赤目蒼髪と赤目銀髪が荷馬車の後方から左右に飛び出す。
「な、なんだ、どこから反撃……ぎゃあぁぁぁ！！」
「護衛がどこかに潜んで、ガアァァァ！！！」
手足を斬り飛ばされ、倒れていく盗賊たち。そして、魔力走査で潜んでいる狙撃兵を赤目銀髪が倒していく。十三人の盗賊団は二分と経たずに制圧された。
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馬車に数珠つなぎにすると、トリエル迄連行する事にする。神国兵ではなく、落ちぶれた傭兵団のようで、最初から山賊が本業のような存在であった。
ごちゃごちゃ言っているが、大したことは言っていない。
「見逃してくれぇ……」
「もう足洗って真面目に働くからぁ……」
根拠のない戯言だと誰もが思っている。いい年したおっさんが傭兵をやっているというのは、他の仕事に付けなかったから。その傭兵すら務まらずにつるんで弱い者から盗む殺す犯すである。
「大丈夫。きちんと更生される」
「おっさんら借金奴隷になって鉱山労働者だから。そうしないと、私たちに懸賞金が払えないからな。次の職が決まって安心だ」
「私たち親切心の塊り」
赤目銀髪と青目蒼髪がバッサリ。山賊を逃がすなんて論外、意味がない。街で衛兵に引き渡し、裁判を受けて罪科をあげつらわれた挙句、鉱山にぶち込まれる。平均余命三ケ月の世界である。
そもそも、生まれ育った場所で仕事が無く食い詰めた存在が傭兵になり、それがやがて賊となったのだから、仕方がないのである。
「人が余っているわけではないのよね」
彼女はぽつりと呟く。王国が素晴らしいとは思わないが、傭兵崩れの賊がやって来るのは帝国からなのだ。
「帝国は社会がシュリンクしているのよ。争いが絶えない。弱肉強食の
世界だと思う」
「いくつかの勢力が常に集合離散を繰り返していますからね。帝国の中だけでも十分に小世界として成立しているというのもあると思います。街から街へと移動していく中で、徐々に薄汚れ落ちぶれて行く人も沢山見ました」
オリヴィとビルは帝国の中で活動をして、そんな感想を持っているようだ。人が集まり、それなりに経済が動いているからこそ、仕事が生まれ維持できるわけで、その経済を破壊する行為が戦争だとすれば、戦争の多い帝国の内部で貧しい者が常に生まれるのは当然なのだろう。
「それだけではなくって、制度的な問題も多分あるのよね。世の中の変化から置いて行かれている人達もいるし、それを叛乱といった形でしか世の中に示せないという事もあるしね」
王国でも百年戦争の頃までは、同じような状況であったと記されている。諸侯の数が戦争の中で減り、いくつかは王家の臣下となった結果、王国と王領は大きく成長し、経済的にも政治的にも安定したと言える。帝国の問題はやはり制度なのだが、選挙で選ばれる皇帝という制度を考えると、選ぶ側と選ばれる側の関係性は無視できないのだろうと彼女は思うのである。
