第31話 彼女は騎士団で腕試しをする
第31話 彼女は騎士団で腕試しをする
最初は言い出しっぺの伯姪……ではなく、小隊長の一人と野伏であった。三人の小隊長に薄赤二人と伯姪、隊長と彼女が対戦することになった。
「とんだとばっちりだな」
「謝らないわよ。冒険者舐められちゃ、商売あがったりでしょ」
「それは、騎士様の方だろ? 手加減してくれんだろうな」
野伏と戦士と伯姪は三人でわいわい話しているのだが、薄黄剣士は除け者である。え、だって並の騎士クラスで小隊長に適うわけないじゃないですか。剣士だし。騎士の下位互換だし。
「……俺って見学なんだよな……」
「私、勝てない勝負は挑まないのよ」
「全然優しくねえ……」
伯姪は辛らつであるが、事実でもある。負けられない戦いもあるのだ。
騎士団の屋内練習場。とは言え床は地面であり、窓の大きな厩舎のような建物だ。
「あまり周りから見えるのもよろしくないので、ここでお願いする」
騎士団長が説明し、参加者全員が頷く。護衛同士の手合わせだが、勝ち負けが見えるのも後々面倒である。双方、自分が勝つ気なのであるが。最初に、野伏が前に出る。構えるのはスタッフ。相手は騎士の鎧に、木の剣を構える。
「はじめ!」
騎士団長の合図で双方が対峙し始める。剣を正眼に構える。『鋤の構え』とロングソードの剣技では呼ばれている。野伏は棒先を下に向け下段の構えだ。
「騎士は剣同士での訓練が多いだろう。戦場なら剣で戦う騎士同士か、徴兵された兵士なら並んで鑓を並べるだけで鎧と剣で前に出ることができる。この非対称な戦いは経験がないだろうな」
騎士は常日頃から訓練をしている者であり、兵士は戦争の時に動員される農民たちである。長柄を持つものの大半は訓練をほとんど受けていない。それなりに習熟したものであれば、剣と長柄の力関係は逆転する。
剣を振るうのを棒で絡めていなし、残心で目の前にぴたっと棒の先を騎士の顔面に向ける野伏。正直、剣を落とさせるか顔面に突きを決めるかしか、スタッフの勝ち目はない気がしている。
剣を打ち払われて冷静さを失った騎士が踏み込むタイミングで……足を棒先で巻き上げた! 背中から地面にたたきつけられる騎士の顔面に、ぴたりと石突を合わせる野伏。
「そこまで!」
鎧は胴鎧に腕鎧程度のやや軽装ではあったが。それでも、ただの従者姿の棒切れを持った男に倒されたのは、心身ともにショックであるのは間違いない。
「お疲れ、良い技決めたな」
「わるい、警戒させちまった」
「なに、本職の俺が楽するわけにいかねえからな」
入れ替わる薄赤戦士と野伏が言葉を交わす。気になる言葉が聞こえた。
「本職って何?」
同じことを思った伯姪が野伏に聞く。どうやら、戦士は盾を持つために剣を装備しているが、本来は、両手で持つポールアームが得意なのだそうだ。
「足を痛めただろ? だから動きを制限される盾役を引き受けてくれてるんだが、ハルバードあたり持たせたら……手が付けられないくらいあいつは強いぞ」
若い頃は青等級確実とうたわれた戦士だった男だ。騎士相手の手合わせで本気にならない理由がないと彼女は考えた。
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ショートスタッフは、剣と異なり、持ち手の位置を変えたり持ち方を変えることで、間合いや操法がかなり変わるのである。剣よりバランスが良く、振り回すのも楽だ。何が言いたいかというと、なぶられている騎士がだ。
「ほれ、その距離じゃ剣が届きませんぞ」
上段から振り下ろすスタッフを騎士が避けようと剣を上げると、絡めて剣を受け流して兜に棒の先端が強打する。怪我はしないが、相当の衝撃だろう。クラっとしているように見える。
兜は視界が狭くなるので、スタッフの切先をとらえるのに苦労しているし、コツコツと顔面に突きが決まっている。決まるたびに、二三歩よたよたと後退するので、決してダメージがないわけではなさそうだ。それなりに衝撃が来ているだろう。
「バゴネットじゃなきゃ、首がやられるんだが、よし悪しだな」
首の部分まで鎧があり、肩と兜が接しているので、首だけで支える兜より、ダメージが逃げやすいのだ。
「でも、バケツ被って叩かれているみたいな音するから、相当耳とか痛いわよね」
ガンガンとスタッフが当たるたびに、耳が痛いくらいだ。叩かれている当人はたまらないだろう。
やがて、鎧を着こんだ騎士の動きが鈍くなってくる。訓練しているとはいえ、それなりに重たい鎧を着て動けば、体に負担もかかるのだ。既に、いいように、鎧を突かれながら距離を取られるを繰り返している。
「そろそろ終わりにしてもらおうか」
と野伏が声を掛ける。瞬間踏み込んだスタッフの先端が、騎士の鎧の喉ぼとけの当たりを突いていた。体重をかけた突進の突きを受け、騎士は後ろに吹き飛び、背中から地面に落ちて動けなくなった。
「最初から狙っていたの?」
「動きが鈍るまでは避けられるから、見せなかったが……そうだな」
突きが決まるためには、動きを鈍らせることも必要だと判断し、魔物を弱らせるように時間をかけたのであろう。騎士相手に時間を稼げるのであれば、護衛として十分役に立つ。守るのが仕事であるのだから、とてもその仕事ぶりは有効に見えるのだ。
騎士を立ちあがらせると、控えていた部下の騎士が小隊長を救護室に連れていくようだ。
「さて、私の相手はどなたかしら?」
小さめの木剣を手に取り、軽く体を動かす伯姪。姿はいわゆるコタルディである。騎士が動揺する。
「その姿で……立会するのか」
「もちろんよ。王女殿下の侍女がこのスタイルで護衛するのは当然ですもの」
確かに、足元はブーツであるから、彼女は問題ないだろう。
「はじめ!」
身長差は三十センチ以上あるし、体重なら倍は違うだろう。それでも、伯姪は落ち着いている。
「あいつ、強いのか」
薄黄剣士が聞いてくる。
「普通なら、貴方と同じくらいでしょうね」
「……令嬢としてはかなりのものだな。でも、あんたほどじゃない」
その通りなのだが、王都に来る前までの話だ。彼女の周りに薄っすら輝きが見える。魔力持ちなら認識できるだろうが、なければわからない程度だ。
彼女は魔力による身体強化の勢いを悟らせないスローな動きで近づき、軽く木剣を突きだすと、それに応じて騎士が剣を跳ね上げようと絡めてくる。長い方が有利であるし、リーチも腕力も騎士の方が上なのだが……
「げっ、あいつなんなの……」
「最近、身体強化が使えるの彼女」
ロングソードを受け流し、騎士の腕を脇に挟むように躱すと、木剣の切先を顔面に突き付けた。
「それまで!」
この瞬間的な動きからの致命傷を与える剣技であれば、突然の襲撃者を無力化することも可能だろう。剣の切先は眼窩から脳にまで達するかもしれないだろうが。
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護衛の小隊長が冒険者や令嬢にワンサイドで負けたことで、護衛隊長は焦っているようであるが、騎士団長は非常に楽しそうである。
「もしこの後よろしければ、私とも手合わせ願えますか」
「……謹んでお断りいたします。前辺境伯様が姉の婚約の際に王都に来られるかと思いますので、お手合わせはその方でお願いします」
騎士団長が何故と問うと、伯姪が答える。
「だって、おじい様と彼女引き分けたのだもの。それに何でもありなら、おじい様が死んで負けだったでしょうね。傭兵二人瞬殺よ」
伯姪は人攫いの用心棒を彼女が倒す現場を見たわけではないが、騎士を連れて戻って来た時に死体を見て、かなりの腕前の傭兵二人組の必殺の間合いを難なく処理していることからそう悟ったのである。
「死ぬのにはまだ早いので、おじい様にお願いするとしようかな。ははは」
護衛隊長に「まあ、頑張れ。殺されない程度に」と声を掛け始めの合図をする。彼女は内心、ビビらせ過ぎだと二人に不満を感じたりしたが、一瞬で集中した。
彼女も伯姪同様、コタルディである。靴はさらに普通のパンプス。
護衛隊長は慎重に受け重視の構えをとり、彼女の周りを円を描きながら隙を窺うように動く。彼女も少しずつ動きながら正対するのだが……
「……」
「……」
「ど、どこにいるのだ……」
仮にこの場の足元に、砂でもあれば足跡で掴めたかもしれない。だがしかし、彼女の魔力を纏い隠蔽する能力は熟達しているため、足跡すら残っているかどうか微妙である。
見ている全員が彼女の姿を見失うと、護衛隊長は彼女のいた場所に剣戟を見舞う、勿論空振りだが、その直後、鎧と兜の継ぎ目に激しい剣戟を受け、姿勢を崩したところを足をすくわれ後ろ向きに倒され、強く頭を打って昏倒した。
「少々、加減を間違えたかもしれません」
魔力を消し、再び認識されるようになった彼女の剣先が、隊長の兜の目の前に突き付けられていた。
「そ、それまで!!!」
まあ、はっきり言って、立ち合いで隠蔽を発動するのはズルな気がする。
王女の最終防衛ラインである、侍女と従者の実力は騎士団の護衛各位も認めてくれたようで何よりである。大きなけがもなく、遺恨も残さずに済んだ。はずだよね。
「最後のあれは何だったんだい?」
騎士団長がさらっと大事なことを聞いてくるので、「妖精ですので」とサラッと躱しておく。ネタバラシは良くないだろう。
「しかし、手加減ないね」
と、からかわれるのでどうしたものかと思っていると、伯姪が「手加減してるわよ思い切り」と答える。
「噂で聞いてるかもしれないけど、私とこの娘は人攫いにわざと捕まってその一味を彼女が一網打尽にしたのだけれど、容赦ないわよ」
彼女に首をはねられた傭兵崩れや、死なない程度に痛めつけられた商人や取り巻きのチンピラを見た伯姪はそう説明する。
「私は民を守ることを是として育てられています。それで騎士爵も賜りました。辺境伯領の民も、王国の民です。害するもの、不条理に踏みにじるものに手加減する必要はございません。今日はそうではなかったということです」
従者姿の三人も意味ありげに笑う。彼らは容赦のない彼女の姿を見知っている。
「人間の姿をした魔物もおります。ならば、魔物として処理するのは冒険者としても騎士としてもためらう道理はございません」
以上でこの話は終わりとばかりに一礼すると、彼女はその場を後にした。
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この公都への訪問に関して、公爵家とのやり取りをするのは宮中伯の仕事であり、その内容は護衛兼侍女である彼女のあずかり知るものではない。せいぜい、料理の毒見をするくらいの関りしかないはずである。
宮中伯とは、単純に言えば有期採用の王家の使用人に、伯爵としての権威を与えたものである。それは、国王と接する、もしくは他の上位貴族と接する際に爵位が必要であるから、それに任じているだけの便宜上の存在であったりする。爵位のないもの、低いものが国王陛下と直に話すのは問題となるからである。
親から世襲するものもいるが、裕福な平民が任期終了後買い取ることも出来るが、その爵位はある程度毎年「使用料」を王家に支払うことになる。貴族の会員権みたいなものと言えるかもしれない。
代々領主を務めた元王家と同格の君主か、王家から叙爵された名ばかりの貴族かの違いはあれども、伯爵は伯爵なのである。
「まあ、王女様になにからなにまで任せるわけにはいかないから、その面倒を見る係の人と思えばいいのよね」
国内ではあるが、大使みたいなものだ。役割も命令系統も異なるので直接かかわる事は無いだろうと彼女は思うのである。
『どんな奴かは知らんが、使い走りくらいはできるだろうさ』
魔剣は感心なさそうに呟くのだが、そうであれば良かったのにと後で思う彼女であった。




