第30話 彼女は王女と伯姪に『水』魔術を教える
第30話 彼女は王女と伯姪に『水』魔術を教える
最初に、納得できないと魔術の発動に障害となるため、彼女は不満げな王女殿下に説明をする。
「水の魔術から練習する理由、貴方は見当つくのかしら?」
口頭試問ですとばかりに、彼女は伯姪に尋ねた。
「一つは、水を生み出せることが、命をつなぐことにつながるからね」
彼女は頷く。海の上で水が無くなっても海の水は飲めない。街にいれば井戸や水場は確保されている、むしろそういう場所に街を築いている。
「大怪我した場合、水で傷口を洗い流すのが基本ね」
「その時に、水が必要なのですね」
王女は水の大切さを理解できたようだ。飲みたいときに、使いたい時に好きなだけ一声かければ出してもらえるのは、城の中で王女様として扱われているからなのである。
「人間、水なしでは3日と生きられません」
「そうなの……知らなかったわ」
冒険者として最初に習う大切なことの中にこの項目は含まれている。故に、水の確保が冒険者としても優先度の高いことになるのだ。その結果、途中で依頼が達成できないというのでは、冒険者を続けられないからだ。
「まだあります。王女殿下、思い当たることはございますか?」
王女は考える……そうね、きっとこんなこともあり得るわと。
「火の魔術を失敗したら、お城が丸焼けになるかもしれないわ。水の魔術なら、ずぶ濡れになるだけで済みそうだもの。どうかしら」
「はい、その通りでございます。殿下は魔力の量も多く、未だ操練に不慣れでございます。水であれば、濡れて済むのでございます」
水を水蒸気にする「霧」の発動には、細かな火魔術が必要だ。スチームをイメージすれば理解できるだろう。水を魔力で生成するのも、例えば、水源を断たれた時の籠城戦や、水源のない荒野での逃避行で沢山の水が必要な時に活躍できるだろう。
「殿下の魔力であれば、大火事も消せる水を生み出せるやもしれません」
「火消し王女ですか、妖精騎士よりも物語になりそうですね」
「……あまりロマンティックではありませんわね。ですが、王都の火事を消すことで民が焼け出されるのを防げるのであれば、それも一考に値するのでしょう」
王女は騎士になることはできない。だが、火消しには……まだなれる可能性はあるだろう。あるよね、あるといいんじゃないかな。
「殿下、水鉄砲を御存じですか?」
「……知らないわ……」
木で作った水筒の一方を押し込むと、反対側の小さな穴から水が勢いよく飛び出す玩具である。王女殿下は好まれなさそうだが、男の子なら知っている者もいるだろう。
「水を生成し、魔術で圧力を高めて飛ばすことで、相手を弾き飛ばすことも出来るのでございます」
「便利じゃない?」
伯姪がささやくが、それには魔力を相当使わねばならないし、連射も難しい。
「例えば、悪漢に囲まれた時、指揮官に不意を突いてその水の塊をぶつける事で、数秒時間が稼げます。その間に逃げるなり、供回りが相手を倒すなりすることができますでしょう」
王女殿下がむやみに人を殺すのは良くない。貴族令嬢であれば正当防衛程度で済むが、王女殿下なら護衛の責任問題になりかねない。王女自らが手を下す状態をもたらした責任である。
「水なら、相手が倒れるくらいで済みそうですものね」
「それに、頭に血が上った人を冷やすこともできますわね」
「……それはとても面白そうですわ。ふふ、頑張って練習しましょうか!」
伯姪、王女殿下をやる気にさせたのは良いが、やらかす気満々ではないかと彼女は思うのであった。
さて、魔術の練習をする二人を監督しつつ、レンヌ行きの準備を進めているのであるが、最近王妃様が静かなのは、タロットカードに侍女たちと嵌っているからなのである。伯姪は、数個のタロットカードを持参し、どれも柄の違う法国製のものであったのだが、王妃様はたいそう喜ばれた。勿論、侍女頭にも内緒で1個選ばせてあげたのである。
それから、昼間は執務があるのでそうでもないのだが、夜に関してはカードにどっぷりとつかっているのだ。ゲーム依存症ではないかと彼女は少々心配となっている。
「とはいえ、警護の騎士団との確認もあります」
「船で移動する件は検討されているの?」
元々、大公と王国が対立している時代は旧都と現在の領都、大公の都なので公都と言えばいいだろうか、そこは川の上流と下流ということで、別の場所に公都を構えていたのである。戦争が終わり、水運に便利な現在の公都に移ったのは商業に有利であるからであり、特に、下るのであれば川の流れに沿うだけなので、日にちもかからないのである。
「なにより、船は快適だわ。馬車よりは揺れないもの」
「馬車は辛いわね。長い時間乗るなら、身体強化で内臓が揺れても大丈夫なくらいはできないとでしょうし」
伯姪の意見に彼女も賛成である。具合の悪い王女殿下が到着すれば、関係もギクシャクするだろう。
「旧都まで1日の馬車の旅。1泊して翌日は旧都のものとの昼食。翌日、早々に船で川を下れば問題なく公都につける」
偏西風の影響で、川をさかのぼることもこの東から西に流れる川においては、容易に可能となるのである。風待ちの可能性もあるが、道中の警護を考えると、馬車の移動を少なくすることは皆にメリットがある。
将来的に大公妃となるのであれば、上流の旧都の有力者との関係も大切になるであろう。その辺りを、王妃様はじめ陛下や閣下に伝えていただき検討されていると良いのであるが、騎士団に配慮があるかどうかが疑問である。最近、仕事も増えているので……ダメかもしれないなと彼女は思った。
「この百年ほど、旧都とその水運を王家は大切にしてきたこともあり、王女殿下が公都に赴く前に立ち寄られるのは、政治的にも価値がある……そう判断してくれないと困るじゃない」
伯姪は王家についても辺境伯家で教育を受けてきたようである。縁故を育てるには、王家とその周辺の貴族の動向・歴史も頭に叩き込む必要があるとされたのだろう。
「旧都から一日でトールの街についてここで1泊。アジェンでもう一泊。その翌日に公都到着となるわけね」
「馬車で一日、休養と荷物の積み込みで一日、下るのに三日。五日であれば馬車より一日少なく済むし、警護も殿下の負担も少なくて済む。これで行くべきでしょうね」
王女殿下は未成年のため、王の代理は宮中伯の一人が同行することになっている。彼も馬車で揺られ続けるのは辛いので、王妃様から根回ししていただこう。
「今後はその宮中伯が大公との窓口となるでしょうから、それなりに頭の回る人なのでしょうね」
平民から抜擢されて『宮中伯』となっている者に愚か者は少ないのであろうが、自らの知恵を頼み過ぎるきらいがあると父である子爵がぼやいていたことを彼女は思いだしていた。
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幸い警護と移動距離、旧都での親善と、馬車で直接移動することより旧都経由の船旅にメリットありとして、旧都経由の往復が決定した。
「水の上、歩けないかしらね」
『お前は御神子目指してるのか。妖精で止めておけよ……』
魔剣曰く、流れの緩やかな川や湖沼程度なら、魔力を用いて水面に立つ程度のことは可能だという。とはいえ……
『魔道具は必要だな』
「そうよね……」
足に嵌める、魔力を放出しやすい植物で造られたスノーシューのような物なのだそうだ。
『橇みたいなものより、鍋の蓋の様な丸いものの方がいい』
前後に素早く動くなら橇状のもの、左右にも動くなら丸いものの方がいいのだ。守るのであれば速度はそれほど必要がないのだろう。
「あったらいいな程度ね。一人で川の上を歩いてもどうもならないもの」
とはいうものの、色々出来ることはあるだろうと、内心彼女は思っている。彼女は気が付いていないのであるが、水の上を歩くなど……今度はニンフなどと言われかねないということにである。
「そろそろ、依頼した冒険者と打ち合わせね」
「騎士団の執務室に行く前に、事前に打ち合わせしておきましょうか」
数日後には公都に向けて旅立つことになる。今日はその事前の確認の為に、警護のための侍女である彼女と伯姪、『薄赤』の冒険者と、騎士団の護衛隊長が顔合わせするのである。
面談室に既に冒険者3人は通されていた。今日はいわゆるお仕着せの従者の服である。何だかおかしいが、意外と似合っている。
「この度は依頼を受けていただき、ありがとうございます」
「おお、またご一緒させてもらうよ。それと、辺境伯家の令嬢もよろしく頼みます」
「こちらこそ。おじい様相手に一撃で倒されなかった方ならば、安心して任せられますわ」
剣士は『俺は一撃だった気がする……』と快活美少女に揶揄されたと凹んでいるが、ヘタレなのは以前からなので誰も気にしない。気にしないったら気にしない。
「皆さん、今回は剣も楯も使えない可能性がありますが……大丈夫でしょうか」
「ああ、警護の時は……俺たちはこれを使う」
いわゆるハーフスタッフという棒である。戦士と野伏はスタッフもかなりの使い手なのだそうだ。少なくとも、長い棒を持っているだけで、警戒されることは剣よりは少ない。
「俺は、ショートソードにする。まあ、従僕の中でも護衛枠ということにしてもらいたいな」
「スタッフ使いこなせないわけね」
「そうとも言う」
ケラケラと伯姪に笑われる剣士である。スタッフはオーク材の棒である。粘りがあり固いトネリコを使うのだが、ただの従僕がそんなものを持つのは微妙なので、オーク材にしたのだ。
長さは2mほど。槍と比べると短いのでショートスタッフと呼ばれる長さになる。先端は皮を巻いているが、実際は『太刀打ち』をその下に備えている。剣で斬りおとされないための補強の金具である。尾部には石突がついているのは槍と同じだ。
「私、スタッフ使う人初めて見るんだけど」
「穂先のない短い槍と同じだ。刃がない分、使い方は少し工夫がいるけど、長柄の武器扱いだな」
「鉾鑓の頭を付ければハルバードになる長さだ。軽い分、取り回しもいい。剣でも槍でもいなす分には十分だな」
伯姪はぜひ手合わせをというのだが、それは顔合わせの後にしてもらいたい。こちらの話を再度直接説明する。
「ああ、船の上ならなおさら剣は使いにくそうだ。乗り移られる時も、長柄の方が阻止しやすいし、落ちても木の柄なら水に沈まない」
トネリコは重いから沈むかもだが、オーク材はそこまでではないだろう。船の上の装備としては悪くない。
「革鎧も持ち込むし、ある程度はなんとかなるだろう」
「それより、騎士との役割分担だな。俺たちを従者として無視してくれればいう事は無いんだけど、どうだろうな」
騎士団長には国王陛下の『魂の騎士』を近侍にする為の布石であることは内示されているのだが、現場にどの程度理解されているかは不明だ。とは言え、王女殿下の従僕は騎士団の従僕ではないと、念を押せばいいだろう。
「王女様が誘拐される可能性もあるの。大公家の従僕たちとも、上手く遣り取りしてもらえるかしら。情報収集の為にね」
「元手はこれでお願いするわ」
銀貨の詰まった革袋を差し出す。金貨では渡しにくいからだ。いきなり、庶民が金貨を渡されれば、喜ぶより驚き警戒するからである。銀貨なら一枚で安物の古着一枚ほどであり、飲食を供された程度で気にするまでもない。と思わせたい。
「戻す必要は?」
「足らなければ、伝えて下されば用意するわ」
「あまりバラまくのも警戒される。酒を飲みながら聞き出すとするさ」
従僕同士、食堂辺りで酒でも振舞って仲良くなるつもりなのだろうか。世慣れした薄赤冒険者にそこは任せるしかないと彼女は思うのである。
約束の時間となり、彼女は伯姪と従僕(の姿の薄赤メンバー)を連れて、騎士団の会議室に移動する。レンヌ公領への護衛のうち合わせをする
為である。
会議室には、騎士団長と護衛隊の隊長、そして、各小隊長が揃っていた。
「これは、子爵令嬢に、辺境伯の姪御殿ですな。初めまして、騎士団長です。この度は、警護にご協力いただきありがとうございます」
「いえ、臣下として当然のことにごさいます」
「どうぞ、お座りください」
令嬢二人は席につき、背後に従僕が並ぶ。騎士団長から、それぞれの騎士の紹介があり、彼女は背後の従僕について説明をする。
「王妃様にご理解いただきまして、御者や従僕の仕事のできる護衛の任に慣れた冒険者を変装して連れてまいります」
「ほお、彼らがそうですか。頼もしい面もちですな」
騎士団長は得心した……というより、妖精騎士の相棒であると説明されており、騎士団だけで何とかできない場合、それなりに役に立つだろうと思っているので特に違和感はない。隠し武器のようなものだ。ところが……
「妖精騎士のお噂は聞いておりますが、腕前は芝居の如きではございますまい。我らが王女殿下共々お守りしますのでご安心ください」
隊長は慇懃にそう述べ、小隊長もそれに同調するのである。警備の計画も特に疑問もなく、旧都での社交も彼女たちが侍女としてついて行くので危険なこともないだろうと判断するのであるが……
「さて、今回はゴブリンは出ないと思いますので、騎士にお任せください」
「「「(笑)」」」
という揶揄に伯姪がキレたのである。おいおい、何でだよと彼女は思ったのだが……
「あんたたち、辺境伯騎士最強と互角の妖精騎士の腕前舐めてるって事でいいのよね。一度、叩きのめされれば目が覚めるんじゃない。どっちが騎士として上か、はっきりさせた方が……いいわよね団長様」
団長はやれやれと思いつつ、彼女たちの腕を確かめることも相互理解に必要かと思い「諾」と言葉を返したのである。




