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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
『オリヴィ』

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第289話 彼女はソレハ伯爵令息を叩きのめす

第289話 彼女はソレハ伯爵令息を叩きのめす


ガキッ!


 振り下ろした剣が素手で止められる。正確には……魔装布の手袋で伯姪が受止める。


「そろそろ、私も本気でいいか?」

「二人は生かしておいて。殺すのは時間をかけて拷問……いえ、事情聴取してからよ。女の恨みは恐ろしいと地獄まで忘れないように思い知らせないと」


 伯姪は優男の腹に前蹴りを食らわせ、そのまま背後の壁に叩きつけられ、体をくの字にしたまま床に倒れ込む。剣を取上げ、嫡子に相対する。


「私も腕の一本ぐらい斬り落とさせてもらおうか」

「だ、だまれ、貴様!! 俺を誰だと思ってる!!」


 いきり立つ伯爵の息子にカトリナが答える。


「売国奴の腐れ伯爵の息子だろう。お前に、私が誰か教えてやろう。ギュイエ公爵令嬢カトリナだ!!」

「こ、公爵令嬢……な、なんでこんなところに……」


 顔面が蒼白となる。王族に知られたらただでは済まないと売国奴でも気が付いたのであろう。


「皆も自己紹介しておけ。私より驚くだろう!!」


 彼女は渋々名乗りを上げることにする。


「では、僭越ながら。王国副元帥リリアル男爵です。連合王国に内通するソレハ伯爵家の内偵に伺っております。どうやら、お二人はとても連合王国と親しくされていて、王国民を売り払っているようですね。生きたまま捕らえて洗いざらい……吐いて貰います」


 一瞬で彼女は間合いを詰めると、『魔剣』の峰で思い切り胴を薙ぎ払う。


 バキッ!!


 と背骨が折れる音がし、伯爵嫡子は腰が砕けたかのように文字通り倒れ込んだ。


「安心しなさい、殺しはしないわ。簡単に死なせてなるものですか」

「……お、親父が黙って……」

「黙っていられるわけないでしょう。あんたの親父も、この城にいる騎士も全員……処刑よ。生まれてきたことを全員……後悔させてやるから」


 伯姪が本気で怒っている。


「どうする、こいつらこのまま放置か」

「そこの男は縛り上げておきましょ。ついでに足首から下も斬り落として逃げられないように」

「……うー……やめてくれー」


 優男が意識を取り戻したのか、呟くように反応する。


「馬鹿ね、あんたたち嫌がる女に情けを掛けたことが今まであるの? あるわけないわね。だから!!」


 剣の『峰』で思い切り足首を叩き切る。


「ぎゃあああああぁぁぁ」

「うるさい!! 黙れ!!」


 つま先で思い切り顎を蹴り上げ、護拳で歯をへし折る。


「黙らないなら、黙るまで殴り続けるわよ。別にあんたが今死んでも困らないんだから」


 涙と鼻水を垂れ流しながら、見るも無残な顔となった優男が声を殺して泣いている。


「さあ、伯爵の所へ案内してもらいましょう。嫌なら、そこの男と同じことをして、あなたをここに放置して彼に案内させるわ。どうする?」


 薄ら禿げ嫡子は首を何度も縦に振り、案内を買って出る事を誓う。


「アリー、この部屋の書類、全部回収していいだろうか」

「……隠し扉か金庫があるのではないかしら」


 彼女の指摘を待つまでもなく、カミラが「ここに」とその場所を探し当てる。


「開けてよろしいでしょうか」

「できるのであれば、お願いするわ」


 伯爵嫡子が何か喚いているが、大したことは言ってないだろう。その動揺からして、大事な書類を隠してあると予想された。


「帳簿です……人身売買の売り上げ……取引にかかわる内容ですね」

「ビンゴ!!」

「とてもよい証拠ですね。さて、お父様にご挨拶に行きましょうか」


 半泣きの禿げ嫡男は引きずられるように部屋を連れ出されていく。残された元優男は扉が閉まった途端、大声で泣き始めた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 またもや通路をあちらこちら連れまわされ、彼女たちは少々イラついていた。


「案内する気が無いのかしら」


 首を横に振る禿げだが、どうやら時間稼ぎをしているようである。館の中が俄かに騒がしくなり、恐らくはあの部屋の首のない死体辺りが発見されたのであろう。


 走り回る足音や、大声で指示を出す様子が伝わってくる。


「どうする」

「二手に別れましょう。カトリナとカミラは一旦、商会に戻りこの男と帳簿を大至急公都に届ける仕事をお願いするわ」

「商会に預けて戻ってくればいいわよ。どの道、夜は城門の外には出られないんだから」


 二人はその間の彼女たちの行動を確認する。


「で、二人はどうするのだ」

「陽動をするわ。あなたたちが戻るまで、攪乱ね」

「攪乱……一体何を」

「こうするのよ」


 彼女は魔法袋から、こんな事もあろうかと老土夫から渡されたとある装備を持ち出す。


「ん、ハーケン(Haken)ビュクゼ(büchse)か?古いものか」


『鉤爪付銃』を意味するこの銃は、発射の反動を抑えるために鈎状の金具を城壁などに固定し発射する仕様となっている。マスケットの前身とも言える古い形式の銃だ。


「その代わり、口径が大きいの」


『魔装笛』と呼ぶハンドカノンは、長柄武器の戦闘にタッチホール型の銃に似た魔装鍍金の砲身を持つ。その直径は約50㎜、マスケット銃の15㎜の約三倍、弾丸の質量に至っては百倍を超える。


 魔装弾に彼女の魔力を込めた魔石を核に据え、その小型の野戦砲に匹敵する弾丸を発射するのだが、銃身が短い分、射程と弾道の安定性は大いに下がる。だがしかし、目の前の大型目標を打ち砕くには十分な効果がある。


 通常の火縄銃の三千倍、魔装銃の通常弾の百倍の威力を至近距離から外れぬ大きな的に向けるには十分である。


「皆、しゃがんで耳を塞いで」

「魔力壁は?」

「出してちょうだい。発射の後でね」


 彼女はカウントダウンをし、正面の通路の先の壁に向け『魔装笛』を発射する。狭い石造りの廊下に大音響が鳴り響き、弾丸は正面の石壁を破壊し、大爆発を起こした。


 壁が大きく崩れ落ち、外の星空とスカイラインが見える。


「む、確かに得難い景色だな。案内された甲斐があるというものか」


 大きく破壊された石壁から覗く夜空は確かにその通りだろう。


 一際喧騒が大きくなり、開いた壁からカトリナは魔力壁の階段を形成し、一気に城館から脱出し、新街区の商会に向け嫡子を担いでカミラと走り去っていく。


「城壁を一撃なら、竜も倒せるはず?」

「さあ、やってみなければ分からないわ。少なくとも城よりは竜の方が小さいから、なんとかなるでしょう」


 遠くから走り寄る騎士・兵士たちの姿を確認し、彼女たちは一旦横の扉に入り、着替える事にしたのである。流石に、街娘姿で大立ち回りはしたくないのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 彼女たちの姿を探して、兵士と騎士は手分けをしてそれぞれの部屋を探して回っていた。


「どうする?」

「捕まって、伯爵の所に連れていかれるのが面倒が無くていいのだけれど、途中で寄り道しそうじゃない?」


 人身売買慣れしている伯爵の騎士兵士は、女を慰み者にすることに躊躇しないだろう。手間をかけるだけ、無駄だと思われる。


「皆殺しね」

「皆殺ししかないわね」


 生きていても累が家族に及ぶ可能性を考えると、この場で死なせて罪を家族に及ばさせないことを優先すべきだとも思われる。


「その後、大公家でその子供たちの面倒を見ればいいわ」

『親の罪を子に着せず、一から忠誠心を鍛えるか。悪くねぇ』


 罪人の子は罪人にせず、改めて臣下として扱うのであれば、親の死も恨まない可能性は高いだろう。その為にも、ここで死んでもらうしかない。


「王都の東の村を思い出すわね」

「あの時は……それほど死なせていないわよ」


 門番や人攫いに協力していた者は、その場で殺すか処刑させたが、やはり、女子供は生かした。同じことだと、彼女と伯姪は納得することにした。


 扉を開ける音がし、兵士とその背後には騎士らしき男がいる。


「貴様らぁ! どうしてここにいる!!」


 騎士が声を張り上げ威嚇する。兵士が槍を構え、彼女らを威嚇するように穂先を向ける。


「あら、御存知でしょう? あなた方の仕えている伯爵が人攫いをしていること。その被害者の一人よ」

「そうそう、なんだか言葉巧みに旅の女を誘い出して、薬を飲ました挙句に慰み者にして、連合王国に奴隷として売りとばしている、腐れ外道共があんたらって事も承知しているわ!!」


 顔面を真っ赤にし「黙れ!!」と叫ぶ騎士に向かい、伯姪が「図星を刺されると大声で黙らせるしかないのよね」と反論する。


「素直に捕まれば……」

「黙って売り飛ばす……でしょ? 死んで売りとばされた女性たちに謝罪なさい!」


 魔力を思い切り込めて、魔力壁を作り突進する。そして……彼女の魔力壁に叩き潰され、倒れる兵士と騎士。伯姪が、止めを刺していく。


「なんだか、虫を叩き潰すみたいね」

「触るのも気持ち悪いのだから、これで十分よ」


 人の形をした人ならざるものに思えるソレハの騎士と兵士を、彼女は虫を踏み潰すかのように蹂躙し、圧殺していった。




 

 伯爵の城館に夜間に詰めている人間はさほど多くはない。騎士の数にして十数人、兵士もいれて百に満たない数であろうか。


 兵士に関しては、極力殺さず、騎士は皆殺しとすることにした。兵士が女性を凌辱していないかどうかは分からないが、騎士程頻繁にその現場に立ち会っているとは思えない。


 レンヌでの人身売買組織の摘発が思うように進まなかった要因は、ソレハ伯が背後に存在しており、ソレハ伯領都から北の港町経由で人が送り出されており、そこに大公家の影響が及ぼせなかったことにある。


 兵士の関わりが多ければ、それなりに情報が流れた可能性があるが、それが掴めなかったという事は、かなり制限されていたのだろうと思われる。


 小一時間ほど暴れたのち、伯爵の城館の内部にはほぼ騎士の姿も兵士の姿も見ることが出来なかった。


「戻って来たぞ!!」

「お待たせいたしました」


 カトリナとカミラは、商会の人間を数人連れて戻ってきた。襲われて捉えられている女性たちを救出し保護する人員を呼び寄せたからである。


「閣下、荷馬車を城下に待機させております」

「ありがとうございます。恐らくは地下室に監禁されているでしょうから、カトリナとカミラは皆さんを案内してちょうだい」

「……伯爵を捕まえるのはどうするのだ?」


 カトリナは、伯爵の捕縛にも立ち会いたいようである。


「待っているから、さっさと助けて来なさい。こっちは伯爵を抑えておくことにするから」

「よし、いそぐぞカミラ!! ところで、牢の見張りの兵士はどうする?」


 これは完全に共犯者である。捕らえられた女性が助けを求めない訳がない。知っていて協力しているのであれば……


「最初に始末していいわ。生かしておくと残された家族にも累が及ぶから、殺してしまいなさい」


 カトリナは頷き、背後の商会員は顔色を変える。





 伯爵の居室は最上階の中央と思われる。魔力走査をすると……数人の魔力持ちがその辺りにいる。


「どうやら、魔騎士も何人かいるみたいね。待ち伏せしているようだわ」

「……カミラ待ちかしら?」


 彼女は後々面倒なことになりそうなので、魔力保持者の位置を確認しつつ、カミラたちの到着を待つことにした。


 この手の建物は隠し通路のようなものが存在するのだが、どうやら、この城館にはその手の物が用意されていないようである。謁見室のような場所であれば背後の空間に通路を設けることも出来たであろうが、モダンな城館には隠し通路を配置するのには難しいのかもしれない。




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