第283話 彼女は『ラブル』の事実を確認する
第283話 彼女は『ラブル』の事実を確認する
外で食事をとった馭者役二人が戻ってくると、酒場で集めた情報に関して、彼女に報告すべきことがあるというので、夜遅くではあるが話を聞くことにした。
「定期的に出没して家畜を襲って食いだめするのがパターンなんだと。だから、川沿いの農民は税金みたいなものだと思って諦めているらしい」
ヴァイが酒場で聞いた噂の一つを彼女に告げる。川沿いの横穴に潜んでいるかなりの大きさの蛇のような胴体の中央に亀の甲羅のようなものを持ち、周りは長い毛でおおわれている……どうして甲羅と分かるのかは疑問だが。
「剣や槍では刃が立たないというのは専らの評判だ。炎を吐き、毒の針で攻撃してくる。家畜を食らい畑を枯らす。疫病神の一種だな」
アンドレも聞いた話は事前の老土夫の話とよく似ている。
「ラマンより東の上流、ハウス川周辺でしか発生しないので、ラマンの住民は噂を聞いたら近寄らないって対策で、大人しくなるのを待つってのがやり過ごす方法みたいだ。討伐は成功したことがない代わりに、被害は拡大するので、手を出さずやり過ごすが基本だというぞ」
しかしながら、今回は周期も季節も外れているので、何かおかしな事だという話もあったという。
ただ、ラマンに直接現れる事も過去には無く、出現する場所もハウス川流域の問題と考えているので、動揺は起こっていない。
「とか考えてると、意外と現れたりするのよね……」
「ふむ、望むところだ」
「殿下のお迎えが無事終わるまで、そういうのは止めて欲しいのだけれど」
カトリナの能天気さには若干腹立たしい。公女とは言え一貴族の女性と副元帥・男爵では事が起こった時の責任の重さが違うのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「騎士団にお任せして、戻ってきた際にどの程度問題が発生しているか確認してからの判断になりそうね」
「ここから迂回する選択肢もあるのだから、それで良いと思うわ」
「かえって、王女殿下の送迎の安全確保から転じて、地域を不安にする魔物討伐につながるのなら、王国にとっては良いことだろう?」
カトリナの物言いは間違ってはいない。が、「今」「彼女」が行わないのであればという条件付きでだ。意図された出現なら、当然絡んでくるに違いない。
「本当に腹立たしいわね、次から次へと」
「いよいよ私にも、竜殺しのチャンスが!!」
「ふふ、そうそう、まあ、運が良いのか悪いのかわからないけどねー」
リリアル幹部で唯一タラスクス討伐に加わらなかった伯姪も、竜殺しを希望しているのだろうかと彼女は思う。竜殺女子仲間になりたい?
「しかし、殿下の護衛と竜討伐は分けて考えねばなるまい」
「騎士団長の判断次第となるのだけれど……」
彼女は断って考えを伝える。この場所に騎士団が中隊レベルで戦力を投入する。レンヌ大公子を王都に向かえる旨を伝え、同行してもらう際に護衛も少々つけていただく。
ラマンに到着し騎士団の一部と大公子直卒のレンヌ親衛隊で王都に殿下と向かっていただき、我々はこの地で竜討伐を行う。
「……というのはどうかしら」
「ナイスアイディアだ!!」
「護衛だけの旅というのも何か物足りないわね。王国副元帥の判断であれば、王妃様や陛下もご納得いただけるでしょう」
彼女ははぁと溜息をつき、レンヌ大公子を王都に迎える許可を王宮にいただけるように手紙をしたためる事にした。どうやら、カトリナも「私も添状を書こう」と言い出し、共犯者となる気満々のようだ。
「大公子もお忍びならともかく、正式に王都に滞在するのは初めてになると思うから、意外と喜ぶんじゃない?」
「帰りは川下り、土産に『水馬』でも持たせれば喜ぶのではないか!」
大公子と王女殿下が『水馬デート』をすると言い出せば、護衛は大変なことになると彼女は憂慮する。
「王女殿下は川下りを大変好まれているので、それを体験していただくのは悪いことではないでしょう。旧都までのお見送りであれば、魔装馬車で半日掛からずに出来るでしょうし、旧都の有力者を招いて昼食会を開けば、良いお披露目にもなると……付け加えましょう」
「うむ、これならば確実に我々以外で護衛を務める事も了承されるであろう」
「馬鹿ね、竜が突然現れたから『仕方なく』私たち魔騎士が対応する事になるんじゃない! 偶然よ偶然」
「そんな偶然は偶然とは言えないでしょう」
「何事も、筋書きというものは存在するものだ。筋書きはあくまで筋書き、血肉を与えるのは、我らの活躍次第だ!!」
おかしい……王女殿下をお迎えするための旅程なのに、なぜか竜討伐が前提の活動に変わってきている。恐ろしいものだ、脳筋パワーはと彼女は体感していた。
『こいつも、あの脳筋マッチョの血縁者だからな』
「馬鹿ね、うつったのよ」
伯姪……そもそも母方の親族じゃないかと彼女は『魔剣』に言い返すのである。前辺境伯夫人の妹の孫であり、伯姪にとっては『大叔母』にあたる。つまり、ジジマッチョとの間に本来直接の血縁はないのだから、病気が……ゲフンゲフン環境は人を形作るものである。
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王妃様宛に、レンヌ大公子を王都にお迎えするという提案の手紙を出し、翌日、彼女たちお迎え組はレンヌに向け馬車を走らせることにした。
因みに、馭者役二人は「馭者に専念するので竜討伐はお前らに任せた!」と凄い勢いで回答してきたので、彼女たち四人が竜討伐組である。
「む、竜討伐か。腕が鳴るな」
「変な方向に折れ曲がってね」
「なっ、こ、今回はそのような事は起こらぬように慎重にだな」
「……カトリナ様、出来ぬことは言葉にしない方が宜しいかと……」
「そ、それは、自らの決意を表明しているのだ」
竜にぶん殴られたら、腕くらいひしゃげるかもしれないが、こんな事もあろうかとポーションは常に携帯している。ミアンでも死傷者は思ったほど出なかったので、回復は教会の司祭に任せていたためポーションの在庫は十分に存在する。
「問題は、炎を吐くことよね……」
「まあ、魔力壁で炎は回避できても、熱は残るから厄介ではあるな」
「……いつの間に身に着けたの……」
「弛まぬ精進だな」
「ミアンでのリリアル男爵のご活躍を拝見して、私もあれをやるのだと駄々を捏ねたので、仕方なく……」
子爵令嬢カミラ、最近お付きをするのが疲れたのか、今回はなかなか辛辣である。この馬車には同じ冒険をした身内しかいないので、少々気安いのかもしれない。あと、カトリナへの敬意が霧散したかの二択。
「いや、アリーの姿を見て私は確信したのだ。あの姿こそ、騎士の誇るべきあり様だと」
確かに、敵に向かい只一騎突撃し、一方的に蹂躙する姿は、騎士物語の一幕を思わせる。只の力でゴリ押しなのだが。それが騎士だ。
「あ、でも、カトリナの魔力だと浄化されないじゃない?」
「まあ、弾き飛ばすだけだが、アンデッド相手でなく例えば槍兵や銃兵相手であれば、十分に敵の縦列を突き崩すことが出来る」
この時代、長弓の運用から始まり、槍の方陣で騎馬の突撃を止める、銃でアウトレンジから攻撃するなど騎士が単独で突撃することはかなり死亡する確率の高い戦術となっている。
魔力壁による突撃は、魔力量に左右されるが彼女やカトリナのような規格外に近い魔力量、彼女の場合精度もそこに加わるのだが、それを用いた攻撃力はまさに動く城壁のようである。
「因みに、お前の姉も練習していたぞ」
「……姉さん……」
「絶対やると思っていたわ。だって、面白そうじゃないとか言って……」
彼女が東門の対応と、夜間の警邏を行っている最中、姉は南や北の門で「リリアル男爵の姉でございます」と名乗り、堂々と『壁突撃』を行って盛り上がっていたらしい……何それ聞いてないんですけどと彼女は思う。
「言えば止められるから、言わないだろうな」
「ええ、それはその通りね。そんな体力も残っていなかったでしょうし、知らずにすんで良かったわ」
姉に勝手に名乗るなとも言えず、とりあえず姉が勝手にやらかしていることは彼女はあずかり知らぬこととスルーを決め込んだ。
ラマンから半日ほど、通常の馬車であれば丸二日かかる距離を移動し、レンヌの領都に到着したのは、当日の夕暮れにはまだ早い時間であった。
三年振りに訪れる彼女と伯姪。前回は王女殿下の護衛兼侍女として訪問し、二人で私掠船を接収する手柄らを立て、レンヌに巣くう人身売買にかかわる商人の摘発も行った。
王女殿下が未来の大公妃となる街で、領民を虐げるようなことは見過ごせなかったことと、この領都の面する川の上流には恐らく王国に敵対する貴族の領袖と連合王国の見えない糸が張り巡らされていたのだと推察される。
レンヌ大公の伯父に当たる伯爵が反王国親連合王国派を纏めているという噂もかなりの信憑性をもっていた。
「随分と変わったのよね」
「レンヌの反王国派はかなり衰退したと言われているわね」
王国の王女殿下を次期大公妃として迎える婚約が成立し、連合王国が内政干渉のみならず、連合王国が領民を領内の悪徳商人と手を組んで奴隷として売却している事。王都でも同様の犯罪が明るみとなり、それは後にルーンをはじめロマンデ地方でも行われていたことが発覚した。
「全部、リリアル絡みで討伐されていると聞いているな」
「……そうね、たまたまと言うよりも、その組織に手心を加える必要性が私たちには皆無だから、キッチリ処罰してやったわ」
「あのあと、騎士団内でも内通者が摘発されて組織改編につながったしね」
各分駐所、駐屯所を増やし、騎士の増員、上下関係の流動化を進め、上司の権限を緩和するように努めている。派閥ごとに干渉しないであるとか、上司の不正を見逃すような体質ができにくいように、人員の交流も積極的に進めている。
「王国の雇われ騎士が、絶対君主のように従騎士や見習騎士に君臨する事自体おかしいよね」
「貴族家に帰属する騎士団はその家に忠誠を誓って貰わねばだが、王国の騎士は王家と王国に忠誠を誓うべきで、上司の騎士に忠誠を誓うわけではないのでな」
リリアルのような外部組織が立ち上がり、騎士団と近衛騎士団の縄張りも絶対的な物ではないとなってきている。それが、不正を生み出しにくい環境……足の引っ張り合いによる相互監視の促進につながっている。
「ギルドの見習制度や孤児院の諜報網もリリアルが抑えているんだけどね」
「騎士団がもう少し立て直されるまでは、通報者の安全確保の為にも私たちで扱うべき情報ね」
などと、レンヌの街を抜け、やがて現れる巨大な城塞。領都の城塞は相変わらず堅固な姿を見せていた。
「何度も戦火に耐えた城塞だったか……凄いな」
「中の白い城館もなかなかよ」
ギュイエ公爵家のパワトゥやボリデュの館はどのようなものなのか、彼女は少々気になる。
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城館の入口には、見知った顔があった。親衛騎士団長の長子で王太子の側近である熊のような近衛騎士だ。また一段とふとマシくなっている気がする。
「ようこそ、レンヌへ王国副元帥閣下。それに……」
「ギュイエ公爵令嬢カトリナ。今は、近衛従騎士として王女殿下の護衛としてこちらに罷り越した」
笑顔の熊が「お噂は兼ねがね」と答える。伯姪とカミラを簡単に紹介し、四人は城館へと案内されることになる。馭者二人は別行動となるのは身分的にも役割的にも仕方がない。
どうやら、王女殿下の滞在に向け館の内装が明るい白系統に整えられたようで、若々しく華やいだものに変わっているのに彼女と伯姪は気付いた。
「明るい内装になりましたね」
「はい。王女殿下のお好みを反映させるようにと。王宮の内装などを参考に、整えている最中にございます」
大公妃としての輿入れまでに、この城館や幾つかある郊外の城館も内装を新しくしているという。
「警備のレベルも改善中です」
「……なるほど。お忙しいのですね」
「王女殿下は王太子殿下の同腹妹であられますので、万が一のことが無いように進めております」
三年前よりは引き締めは進んでいるだろうが、連合王国と関係のある……足が抜け出せない者も相当数いると考えられる。どこから、王女殿下に魔の手が伸びないともわからない。
「それに……半島の内部ではオークの集落が増えているという報告もあり、討伐の必要性も高まっています」
「オークですか。少々厄介ですね」
王国内には少ないが、オーガほどではないが人より優れた身体能力を有し、集団で武装し人間の村落を襲う危険な魔物である。ゴブリンの上位種並の危険度で、それが粗末とは言え武装し、軍隊のように活動をする。時には、簡易な船も用いて川を遡上することもある。
そして、人や家畜を攫うことも行う。単体では黄色等級だが、群れれば赤等級の魔物となる。オークにジェネラルのような高度の知能を持つ個体が含まれればさらに等級が上がり青等級……国家的な対策を打つべき魔物の集団となる。
「オーク討伐か……竜の前に丁度良い腕試しになるか」
「……ならないでしょ。目的、間違ってるわよ!」
昂ぶるカトリナを伯姪がたしなめる。
「さあ、どうぞ。皆さまお待ちです」
おかしな話だが、騎士学校に通い始めてから王女殿下とお会いする機会はめっきり少なくなり、レンヌ大公御一家とは侍女として訪れた前回、私掠船討伐の後に礼を言われた程度の関係であるから、『お待ちかね』される程の事ではない。
『カトリナの事じゃねぇか』
『魔剣』の呟きに彼女は納得する。カトリナは王女殿下とは年の近い親戚のような存在であり、おそらく小さい頃から遊び相手をしていたのだろうと彼女は考え納得したのである。




