第273話 彼女は王都からの応援に驚く
第273話 彼女は王都からの応援に驚く
王都を進発した騎士団の先行部隊が、西門外にある修道院を拠点に集積地を作り始めたのは、グールの討伐があった夜の明けた翌日のことであった。
既に王太子が着陣していることから、早急に戦力をミアンの攻囲を打破する為に差し向ける必要があると騎士団長が判断したためだ。
その戦力は騎士・従騎士とその見習を含め二百程であった。これでも、騎士団としては王都近郊の戦力の半数を差し向けている。
騎士の数が三分の一、従騎士と見習で残り三分の二というところなので、戦力としては騎士団の強化中隊程度となるだろうか。だがしかし、そこには……
「おお、リリアル男爵か。久しいの」
王都にたまたま滞在していた先代ニース辺境伯ことジジマッチョと、その友人の修道士二人が何故かポージングをしてミアンにある騎士団駐屯所の応接室に待ち構えていた。
「ご無沙汰しております。よく、お越しくださいました」
「なに、王国の危機に見て見ぬふりは出来ぬ」
「ですが……」
「ん、なにか?」
「アンデッドを相手に、討伐は問題ありませんでしょうか」
生き物なら殺せるが、アンデッド、特に今回苦戦しているアンデッド・ナイトら悪霊の憑りついている魔物に関して、前伯の能力が未知数なのが気になっていた。
「何、法国の奴らも良く死霊術師を使って、嫌がらせをしてくるから、なれたものだぞ」
「フム、我ら修道士とて同様。この拳に御神子への祈りを込めて叩き込めば、大概の不死者は浄化されるから問題ありませんぞ男爵」
三年振りにもなるであろうか、相変わらず元気な修道士である。しかし、大概……でなかった場合はどうなるのだろうかと彼女は少々気にならないでもない。
「なに、呪われても一週間も山に籠り、自然と一体となれば、悪霊の呪い等というものは霧散するものですぞ!!」
うん、脳筋ここに極まれり。あれだ、高熱があっても「気のせい」で直すタイプだと思われる。
リリアル生たちはジジマッチョとは若干面識があるものの、修道士たちとは初顔合わせなので、互いに交流したそうだ。
「初めまして!!」
「おお、元気な娘っ子だ。飴ちゃんあげようか?」
筋肉なおじさんたちは、常に子供に懐かれるべく小道具を欠かしていないようだ。さしだす飴を赤毛娘は喜んで受け取る。
「……なんだかほのぼのとしているわね」
「良いんじゃない? 応援が来てくれているというのは、やはり安心感につながるから」
伝説の『ニースの魔将軍』とその仲間が到着したという事で、一段とミアンの住民の士気が向上する。昨晩は夜中に討伐をしたおかげで、昼間はかなり眠たい彼女であるが……
『ポーション飲んで元気出すしかねぇな』
「あの子、昨日から元気よね……」
『若さが違うか……』
赤毛娘、未だ十歳。彼女はそろそろ十六歳になろうというところか。いや、世間では圧倒的に若者の部類だ。ジジマッチョの四分の一ほどしか生きていないのだから。
「さて、折角だから儂らの討伐も皆に見てもらおう」
「「おお!!」」
いや、ほら、王都から急いで到着して疲れてらっしゃるんじゃないのでしょうかと誰かが問う。がしかし、「筋肉に疲れる余地なし」とか「アンデッドを倒せば元気になる!」と言った謎の文言で説得しようとしてくるので、諦めて北門に案内する。
リリアルの討伐を全く行っていない北門は比較的スケルトンの残存戦力が多く、未だ二千を越えるスケルトンに、数十のワイト擬きが混ざっている。
「お爺様、スケルトンの中に、騎士や兵士の装備を整え薄黄色に魔力を宿しているものがいます。ワイトだと思ってください」
伯姪が神妙な顔でそう告げる。いくら歴戦の騎士と修道士とは言え、ワイトをそうそう討伐した経験があるとも思えない。がしかし、前伯の答えは驚く物であった。
「ん、帝国の死霊術師を雇った法国の奴らは、よくニースの国境沿いの村にそ奴らを寄越したものだ。なに、魔力をちょっと多めに込めれば、問題なく討伐できる」
「正義の御神は我らの拳に宿っております!」
「ワイト如き、何ほどのものがありましょうや!!」
どうやら、ジジイ三人は『ワイト』も殴り慣れているらしい……
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北門の土塁の上に腕を組み並ぶ三人。マントが風にたなびく。
「あたしも、一緒に行ってもいい?」
赤毛娘はジジイに随分と懐いたようだ。飴って偉大。
「よし、儂らについて来られるのなら、付いてくるが良い」
『……いいのかよ……』
徹夜明けの彼女の意識はやや朦朧としているのか、「やる気があって大変よろしい」と、いつもでは考えられないコメントを告げる。
「ベテランの格闘術を間近で見るのは、あの子にとっても参考になるわ」
伯姪は三人の教え子でもあり、小柄で接近戦を得意とする赤毛娘には有意義であると考えているようだ。そして、今一人参戦。
「お、俺も連れてけ……じゃない、お供させていただきます」
「ん、お前は徒手格闘か?」
「そんなんじゃねぇ……ではないです。不器用なので、魔力を込めて直接殴るくらいしか能がないんで」
「ふむ、いいじゃろ。ついてこい」
鍛冶師としての仕事が一段落した『癖毛』も声を上げる。「足引っ張らないで」「うるせえ」というほのぼのトークが聞こえてくる。
「仲良く喧嘩していて微笑ましいわね」
『お前、今日は一段とボケてるな』
『魔剣』のツッコミを右から左に受け流し、皆に手を振る彼女の姿は……はっきり言って少々おかしく見える。伯姪も一緒に手を振り始め、リリアル生の居残り組も手を振り始め、やがて周囲の市民兵まで手を振り始める。
「なにか、一体感を感じるわね」
『よかったな』
ジジマッチョも彼女のはるか先を行く存在であり、尊敬できる指導者だ。見た目はヤンチャ爺だが。
一気に加速した五人は、いきなりなんの工夫もなくスケルトンの中に飛び込んだ。骨に埋まり姿が見えなくなった五人を心配する声が聞こえるが
DON DOGONN!!
激しい爆発音とともに、空中に骨が吹き上がる、地面に叩きつけられる数多のスケルトンとやがて姿が見え始める五人。
「何やってるんだあれ」
見ている市民兵の疑問の声。恐らくは、単純にスケルトンの打撃を身体強化で全て受け止め、その上で拳を振り抜いてスケルトンを殴り挙げているだけなのだろう。少なくとも、赤毛娘以外は。
「何だか、魔力が有り余ってるって羨ましいわね」
「というよりも、魔力の無駄遣いな気がするのだけれど……個性かしら」
いつもなら切って捨てる魔力の浪費も、初めて見る修道士と魔将軍の戦い方だと思えば、目くじらを立てることもない。魔力馬鹿の癖毛と、元気が溢れ出る赤毛娘にとっては、彼女の狙いすました戦い方よりも、強引でも無鉄砲でも力の限り殴りつけるスタイルは魅力的と感じているかもしれない。
『あれだ、危険があれば即城内に撤退できる環境だから振るえる手段だ』
寝不足というよりも、睡眠を必要としない『魔剣』が平常運転の冷静な意見を伝える。リリアルの常に少数で敵地に乗り込むような戦い方では取ることのできない選択肢といるだろう。
ニース辺境伯領に侵攻してくる敵を叩く仕事では、このように力強く分かりやすい討伐も領民の信頼を得るうえで必要であったのだろう。
「魅せる戦いも大変ね」
「そうね、お兄様はこんな戦い方はしないわ。あれは、お爺様の性格でしょうね」
前言撤回である。
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スケルトンばかりとは言え、中にはワイト擬きも混ざっており、一撃で討伐できない場合、足を止めての殴り合いとなる。その場合、体力・魔力を吸収され、修道士たちの疲労度が一気に上昇する。
「こら!!」
聖魔装のメイスでワイト擬きを一瞬で浄化し、手持ちのポーションを渡す赤毛娘。そして、魔装衣の手袋に魔力を込めて殴り続ける癖毛は、実は彼女の魔力を込めた魔石を握り込んでいるので、スケルトンが一撃で消し飛ばされていく。
「あの子も頭を使うようになったのね」
「おお、少しは見直してやってもらえるかの。あ奴はあ奴なりに、自分のできることを精いっぱい務めておるからの」
弟子の戦いぶりを観戦する老土夫が彼女に呟く。確かに、最初の捻くれた魔力の多いだけの扱いにくい男から、随分と成長できたのはこの老土夫が向き合ってくれたからだと実感する。
「不肖の生徒がお世話になりました」
「いや、孫の面倒を見るつもりで相手をしておるからな。可愛いもんじゃよ」
『ジジイ』『クソガキ』と言いあいながらも、二人は熱心に魔装を作成し、意見を交わし、工夫し続けている。ちょっと尋常じゃない数の装備の生産も行っているわけで……そう考えると、老土夫の席を用意してよかったと思い返しても彼女は思う。
今日は思い返しが多いのは、多分、寝不足で頭の中がループしやすいからではないかと思うのである。
スケルトンを数百ばかり討伐し、ワイト擬きもその中で数体倒す事ができた。とは言え、拳で倒すには限界があり、一時間ほどで息が上がったジジマッチョ団は引き揚げてきた。
「はっ、はっ、はっ……」
「と、歳はとりたく……な、ないもんじゃの……」
肩で風切るではなく、肩で息をする修道士と、鎧が重いと愚痴をこぼすジジマッチョ……伝説の魔将軍はどこへ行ってしまったのだろうと彼女は残念に思うのである。
「お疲れさまでした」
「い、いや、ひ、一息ついたら、ま、また……『辞めときなよ爺ちゃん。そういうの年寄りの冷や水っていうんだよ』……」
赤毛娘の容赦ない言葉に、三人の爺は俯く。
「いや、一時間でスケルトンの二割は討伐したんだから、胸張っていいんじゃねぇの。ジジイ魂を見せたって事でよ」
言葉は悪いが、三人の敢闘に敬意を表している癖毛。周りはそうだそうだと声を上げ始め、やがて大きな拍手へとつながっていく。
「アリーと三人……それと昨日の夜番だった人は、エールでも飲んで夕方まで寝てちょうだい。討伐はまだまだ続くんだからね!!」
伯姪の言葉に三人が肩を並べて北門を後にする。拍手の中を誇らしげにである。
「ささ、先生、一緒におじいちゃんたちを案内しましょう!!」
「ええ、そうね。では、皆さん後はよろしくお願いします」
赤毛娘と連れだって、彼女は騎士団駐屯地へと三人を連れて行くことにしたのである。
駐屯地の食堂には、ヴィーとビルが休憩中であった。
「起きたのですね」
「うん、ほら、外が盛り上がっていたから気になってね。えーとこの三人の方は初めてよね?」
「おお、凄い美人がおるの。その姿は……冒険者かの」
「っふ、これはお褒めに預かり光栄ですわ、ニース辺境伯様」
ヴィーはジジマッチョが前伯であることに気が付いたようだが、本人は彼女との面識はないようである。
「どこかでお会いしましたかお嬢さん」
そして、「こんな美人に会えば忘れんはずじゃが」と小声で呟く。赤毛娘が後で伯姪に告げ口しようと言葉を返す。美人な王都の華を手に入れた前伯は、奥様には全く頭が上がらないので、多分、身もふたもないほど懇願するだろうと彼女は考えた。
「ええ。ですが、その時私は男装しておりましたし、何人かいる冒険者の一人としてお邪魔しましたので恐らく、覚えておられないのは当然でしょう」
「そうか。そう言ってもらえると……お、お主はビルじゃな。ふむ……まあええじゃろ。久しいの、ヴィーであったかな」
「おっしゃる通りですわ、辺境伯様」
「いや、もう儂も歳であるあから、今は息子に代を譲って気楽な隠居のみだ。おかげで、あちこちフラフラとさせてもらっているのだ」
はははと笑う前伯に「はははじゃありません!!」と後頭部に一撃を入れたいのだが、それはそれで面倒なので心の中でだけ殴っておくことにした。
「やはり、お二人は優秀な冒険者でしたのでしょうか」
「そうじゃのぉ、ヴィーの魔術はちょっと見かけないほどの規模と精度であったし、正直、正々堂々の立会でなければ手が出せん。ビルは、見ての通りの偉丈夫。儂との立会では、互角に……いや手加減してもらったのかもしれぬ」
「御冗談を。あの時はあれが精一杯でしたよ」
珍しく、金髪碧眼の偉丈夫が口を開き「機会があれば、また立ち会いたいの」という前伯の言葉に赤毛娘が「だから、年寄りの冷や水!」と再びツッコんでいた。
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