第28話 彼女は伯姪を王妃と王女に紹介する
第28話 彼女は伯姪を王妃と王女に紹介する
ニース辺境伯の母方の従弟の娘。辺境伯家ゆかりの女性であり、内海の陽気な空気を纏い、快活な物言いと健康的な美貌を持つ女剣士。彼女を紹介するのであれば、そうなるのであろう。王妃様は子爵からの申し出を既に知っているものの、王女様は聞いていなかったようで大いに驚かれているのである。
「ふふ、あなたからみて人柄はどうかしら」
「はっきりした物言いをする快活な性格です。剣も馬術も水練も嗜みます」
「あなたとどちらが上なのかしら?」
聞きにくいことをズバッときく王妃である。
「同じ年齢ですが、私よりもかなり大人の女性に見えます。馬術は同程度、剣術は魔力を用いなければ彼女の方が上手ではないかと思います」
『そりゃそうだな。お前より強い騎士などそうはいないからな』
濃青等級並の力は、魔力による斬撃と身体能力の向上あってのものである。実戦の場では言い訳できないが、『剣技』であれば、伯姪の方が達者であろう。銃の威力は彼女が上、命中精度や扱いやすさは伯姪が上というイメージである。
「法国風の美女……という感じかしらね」
「さようでございます。恐らく、王女様のお話相手としては、とても興味深いことをお話しするでしょう」
「……例えば?」
「海賊の話……などは如何ですか?」
「それはとても聞きたいですわ! 本当にいるのですね」
王女様は無邪気である。とは言え、海賊というのは国が雇えば海軍であり、物を運べば武装商人、略奪すれば海賊というだけのことであり、ロマン人の行動そのものである。奴らは国も奪っているので、英雄扱いだが。
「剣もかなり違います。恐らく、女性にも使いやすい握りのしっかりした剣を用います」
彼女は、船の上で食事をしたこと、ずっと揺れていることや海に落ちたら金属の鎧は沈むため、内海の騎士は革鎧を装備していることを伝える。
「それで、騎士の剣ではなく、切れ味の良い片手の剣を用いるのですか」
「はい。半身に構え、相手に剣を向けるスタイルをとります」
鷹の構えではなく、突きが出せる『突き受け』という構えをとる。攻防に優れた構えとされており、一撃必殺ではなく、隙を狙い自分を守ることを優先とした構えである。騎士のそれとはかなり違う。
「彼女は剣を使って人攫いをやっつけた?」
「いいえ。それは騎士の仕事でございます。勿論、切り伏せることはできたでしょうが、淑女の為すべきことではございません」
「あなたは、切り伏せたのよね!」
「はい。私は淑女ではなく、騎士でございますので」
王女も王妃もその言葉に満足したようであった。
「彼女は、恐らくタロットをもってくるでしょう」
「それはなんでしょうか」
「それは、とても楽しみですね」
王女様はご存じないようである。簡単に、絵札と数字のかかれたカードで数合わせや数比べをすることをするのだと説明する。
「それは面白そうですわね」
「ええ。知らずに足し算引き算や確率について学ぶことができますので、楽しんでお勉強ができます」
「わたくしは勉強は好きではありません」
「それはだれしもです。とはいうものの、王女様が悪い商人や臣下に間違ったことを耳にしても惑わされぬように、学ぶことは必要なのですわ」
と、どこかで聞いたようなことをいい、王女様は嫌な顔になる。馬に乗りたい、妖精騎士に関心がある彼女には退屈なのであろう。
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王妃様の前を下がり、侍女頭に自分の部屋を案内してもらう。
「では、今日のところは私について、補助の仕事をしながら、王女様の身の回りの仕事を覚えていただきます」
「承知いたしました。よろしくご指導くださいませ」
侍女頭は頷くと、小さい声で囁いた。
「カード、私にも手に入れることは可能ですか」
女ばかりの王宮で手慰みが刺繍や編み物ばかりでは気も滅入るのだろう。
「伯姪がいくつか持ってまいりますので、お好きなものを差し上げることが出来るかと思いますわ」
と彼女が答えると、淑女の笑みで「よろしく」と侍女頭は返事をした。
『まあ、賄賂にならない程度の手土産は必要だな。その辺も勉強しねえと、敵を作るからな』
魔剣も人間であった頃は王宮で魔術師をしていたのだから、その辺りの人間関係に関しては聞いてもいいのかもしれない。
王妃様曰く、侍女頭は王妃様が実家から伴ってきた侍女の一人で、子供の頃から身の回りの世話をさせ、信用している者であるそうだ。男爵家の娘だが、いろいろあって独身のままお勤めを続けているのだという。
『まあ、男爵も執事の家だと、娘はそうなる。男兄弟が執事を継ぐか、いなければ君主の庶子でも養子に取るだろうな』
子爵家のように騎士上がりの家で王家の直臣なら、娘に優秀な騎士を婿にして跡を継がせるのだろうけれど、彼女はそうではないということと、王妃付きということはそんな家柄だろうということである。
髪を編み込み、エナンと呼ばれる円錐形の帽子をかぶる。侍女は主に類した衣装を身にまとうので、貴族の女性の装いをすることになる。子爵令嬢であり、王国で騎士は貴族であるので間違いではない。
コタルディという胸元の大きく空いたワンピース状のドレスを着て、その上に紋章の入ったサーコートを羽織る。
法国の貴族と大商人中心に、コルセットなる胴衣で上半身を整え、スカートの中に張り型を入れて膨らませるドレスが流行り始めているそうである。とても不愉快だと彼女は考えているのだが、恐らく、姉が婚姻の暁には、王都でも流行することになるかもしれない。その時は、素直に騎士の姿で近侍することを
彼女は決意するのである。
未婚の女性の場合、髪を下ろしても構わないようであるが、ただでさえ年より幼く見える外見の彼女は、しっかりと侍女の衣装に身を包むのである。
さて、王女様付きの侍女として、王女様に付き合わねばならないのであるが、妖精騎士から離れてくれない王女殿下である。
「……ねえ、お話してちょうだい……」
「殿下は騎士になられるおつもりでしょうか?」
「……いいえ。わたくしは王女ですもの、騎士にはならないわ」
「それでは、王女殿下として必要である事をまずは身につけるのが、貴方様の王族としての務めにございます」
「……だって、つまらないもの……」
「ふふ、まるで聞き分けのない子供でございますわね」
彼女は少し辛口にすることにしてみた。姉に言われて腹の立ったことを王女殿下に応用してみた次第である。
「だって子供だもの」
「いいえ、王族は子供ではいられません。まして、それ程先ではない時期に、レンヌ公太子様と顔合わせもございます。貴方様が、かの公領を共に治め、王国を支えられる器かどうか、試されるのですよ」
「……そうなの……」
「ええ。その為の顔合わせでございます。殿下の子供でいられる時期はもう終わりでございます」
と、子供時代の終わりを高らかに宣言してみるのである。王女殿下が成人する年齢で、相手は18-9歳となっているであろう。となると、あと、5-6年で一門の大公妃となる準備をしなければならないのだ。
「王子様の婚約者である公爵令嬢は、もう随分と前から王太子妃となる勉強をなさっております。貴方様も同じでございますよ」
「……そうなのね……とても憂鬱だわ」
「不安でございましょう。それは、一つ一つ学んでいくことで解決されることなのです。私もそうでございましたのでお気持ちはわかります」
「あなたもなの。それは、誰でもなのかしら?」
彼女は魔剣と出会い魔力が使えると知るまで、とても不安であったし、自分に価値を感じることができなかった。その為に、懸命に学び、薬師にもなったのである。
「私はこの旅の間の侍女でございますが、王妃様のお言葉をよく聞かれて、将来幸せになれるよう、今からご準備が必要なのでございます」
「……おかあさまの言葉をよく聞いて……王家と大公家をつなぐ橋のように、なりたいわ」
ということで、馬に乗るのはその先なのではないかと思うのである。ダンスや魔力操作も覚えなければならないだろう。
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侍女をすること数日後、子爵家から令息と伯姪が王都に到着したとの連絡が入った。令息は商会の準備やら、別邸の手配などで未だ忙しいのであるが、伯姪は早速、王宮へ侍女として参内することになったようだ。彼女は少々助かったと思うのである。
早速、侍女の装いに着替えた彼女が、侍女頭と共に王妃様と王女様の前に現れる。カーテシーをして王妃様の声を待つ。
「うふふ、待っておりましたよ。王女のことよろしくお願いしますね」
「ニース辺境伯家の伯姪でございます。子爵令嬢共々、王女様の為に働くつもりでございます」
「あ、あの、よろしくお願いします!!」
浅黒い肌に栗色の髪に栗目の少女にしてはかなり立派な胸の伯姪は王妃様、王女様にとても関心を持たれたようである。
「では、4人でお茶にしましょうか」
侍女頭をさり気に外さないで欲しいと思いつつ、彼女は席を外し、お茶の用意をすることにしたようである。確かに、話したくてうずうずしているお二人の前に、初対面の伯姪を置いて勝手にお話しくださいとはいかないだろう。
「王都への旅はどうでしたか」
「馬車って長く乗っていたら疲れないのー」
まあ、聞きたいことは同じなのだろうが、伯姪はさっくりとこう答えた。
「馬術の練習にちょうどいい旅になりました。妖精騎士に負けないように、侍女の仕事、務める準備は相当してまいりましたの」
おほほほと高笑いが聞こえてきそうな口ぶりである。流石に王族の前ではしないが。まあ、伯姪の中では、まだまだ彼女へのライバル意識が無くなっていないということなのだろう。悪いことではない。
「馬に乗るのは大変ですか?」
「はい。まず、馬に認めてもらえないと、馬は乗せてくれませんから」
「……ええぇぇぇ!!……」
王妃様は横でニコニコしつつ「そうなのよー」と他人事である。教えてあげてないんかい!と思わず突っ込みたくなるのである。
「世話をしながら親睦を深めることも必要です。誰かが整えた馬に乗るだけなら難しくありませんが、馬と仲良くなり、本当に乗りこなすにはそれなりに世話ができることが前提になりますわ」
とってつけたような令嬢口調だが、それに気が付かないほどショックを受ける王女殿下と、ニコニコ顔の王妃様である。何事も、勉強嫌いでは身につかないということを言いたいのだろう。
「そうねー ちゃんと大公様たちとお話しできて、婚約ができたら、乗馬を習うことを許しましょうかー」
「……絶対成し遂げます。護身術と剣術も一緒に教わります!」
「勉強熱心ねー 法国語も勉強しましょうねー」
「……は、はい……」
古帝国語かカナン語も勉強した方がいいのだろうが、まずは、ということなのであろう。王女様は大変です。
「ああ私、日常会話なら、法国語使えますわ」
「……あら、流石ニース辺境伯家ね。当然と言えば当然かもしれないわねー」
伯姪からさもありなんなコメント。まあほら、王女様の相手にふさわしいと認めてもらえたのだろうか。少なくとも、殿下の習いたいことの大半は伯姪が教えられるのだから、認めてもらえておかしくないだろう。
という感じで王女様と王妃様は伯姪も気に入ってくれたようで何よりである。まあ、返しが軽いし明るい会話が続くのは何よりである。
彼女は伯姪と同室で二人部屋となっている。王女様は既にお眠の時間であり、二人は居室に下がっている。
「どんな感じなの?」
ギルドの情報と、想定される危険性に関して話をする。連合王国の工作に、その協力者による王女様一行の襲撃があるかもしれない。
「あの冒険者を使用人に変装させて同行させるのはいいね」
「ええ、今までも下級貴族や大商人の子女の護衛をした経験もあるのだし、敵地に味方が一人でも多い方がいいでしょうから」
ということを確認する。とは言え、伯姪は装備はないのであろうか。
「そうね、王宮には持ち込めなかったし、それに自分用の武具はもっていないの」
「……それはそうね。私、自分が冒険者だからすっかりそのつもりであったわ」
普通の貴族令嬢は武装していないのである。護衛がいるからだ。
「で、私を王女様に会わせた理由……教えてちょうだいな」
「簡単なことよ。あの日の続きをしましょう。そうね、相手は連合王国の陰謀家たち……かもしれないわね」
「ふふ、いいわ、人攫いじゃ燃えなかったから」
「いいえ、王女様を攫って海の向こうに連れていくつもりの奴らの可能性もあるのよ」
彼女は伯姪に、今回の王女殿下が向かうレンヌ公領の説明を、一通りする。
「ああ、そういえばあの人攫いの黒幕というか、協力者には王国に帰順したことが面白くない城塞都市の上層部が絡んでいたわ」
人攫いをした商人の背後関係を洗い直したところ、親法国グループの中に伯姪を人質にして父親をコントロールすることで、王国との距離を取らせる事を画策した者たちがいたのだそうだ。
「でもね、一番の原因は、あなたたち子爵家が辺境伯領に来たことが引き金みたいね」
王都でも由緒正しい子爵家の令嬢、妹は国王陛下の覚えめでたき騎士。その婚姻により、辺境伯家が確実に王国に帰属することに対する妨害工作の一環であったという。正直、すまんかったですと彼女は思うのであった。