第268話 彼女は北門城外に王太子を送り届ける
第268話 彼女は北門城外に王太子を送り届ける
午後遅く、南門の向こうに魔導騎士を伴う聖騎士らの小集団が到着するのが見て取れた。
物見からの報告を受け、城外に到着した援軍との連絡手段をどうするか、守備隊長らが議論を重ねたのだが……
「私が向かうのが無難なのではないでしょうか」
「……え……」
「いえ、私単独であれば、問題なく接触できると思います。銃手の効果で東門も膠着状態に持ち込めましたし、弓手は待機させておくので一旦、脱出して連絡を取ってきます」
「でも、どのように……」
仮面の騎士ロランを呼びつけることにする。彼は城内でフラフラするよりも、やるべきことがあるはずだからだ。
暫くすると、魔銀の仮面をつけた男が現れる。
「何ようかな?」
「既にご存知の事でしょうが、城外に聖都からの増援の第一陣が到着しております」
「そうだね。いよいよ北門の掃討開始かな」
うんうん、と他人事のように頷く王太子……の代理人である銀仮面。
「そこで、ロラン殿には殿下の名代として北門外の指揮をお願いいたしますので、私と城外へ同行していただきます」
「……え……」
「おそらく、魔導騎士団・騎士学校・聖騎士・騎士団所属の騎士と指揮系統の異なる寄せ集めの部隊ですので、めいめいが勝手に行動する可能性があります。元帥閣下の名代であれば、それを指揮する事も可能でしょう」
「だ、だがしかし! わ、私は!!」
「左様でございますか、私を捨て国に殉ずるお覚悟、私も見習いたく思います。では、『水馬』もお持ちでしょうから、早々に向かう事に致しましょう」
彼女は『川の上を移動すると包囲を抜けられるよ』情報をロランから自己申請されていることを付け加え「その方法で外部と連絡をします」と防衛隊の幹部に伝える。
仮面の騎士は珍しく動揺を隠せないまま……彼女に引きずられるように部屋を後にした。
『水馬』を使うことに慣れているのは、クラーケン狩りに参加したメンバーだが、赤目銀髪は弓手として残すので、青目蒼髪・赤目蒼髪の何時ものペアに……
「あたしも行きます!!」
赤毛娘に彼女を加えた四人を仮面の騎士のエスコート役として北門外の味方まで連れて行くことにした。
「では、暫く留守にするけれど、夕食までには戻れると思うわ」
「任せておきなさい。何か緊急事態が発生したら、狼煙を上げるわ」
「了解よ」
左右をリリアルの騎士に囲まれた王太子……の代理ロランは「じゃね!」とばかりに明るい声であいさつするとドナドナされていった。
これで、城内の平穏も保たれるというものだろう。
ミアンを流れる川は南から北に流れており、やがて外海に流れ込んでいるのだが、北門外の味方に合流するには、水馬で川を遡る必要がある。幸い、改良型の『船型』は魔力を流し込むと推進力を得られる仕様となっているので、川の流れに遡ることはそれほど難しくない。
「いっやっほぃ!!」
「ちょっと、護衛護衛!!」
「……ちびっ子はしょうがねぇんだよ……」
赤毛娘が暴走、そして赤目蒼髪がたしなめ、青目蒼髪はいつものことと諦め顔である。
「随分とスケルトンは集まっているもんだな」
「……ええ、御覧のとおりですわ殿下」
「いや、わ、私は」
「少なくとも、リリアル生は全員気が付いてます。何度か会ってますから」
「……うそ……」
青目蒼髪の淡白なツッコミに王太子が崩れ落ちる。いや、普通に気が付くだろ! と彼女の内心の激しいツッコミがそこに圧し掛かる。
「ですので、城外の指揮をお願いします。今後は王都方面からの部隊も暫時到着しますでしょう? 先代辺境伯様も到着するでしょうから……」
「あー わかった。確かに私でないと誰も意見する事はできないだろうな」
仮面の騎士ロランのキャラを辞め、いつもの口調に戻す王太子。
「今日の段階から魔導騎士の稼働状態も確認しつつ、城外と呼応して一気にスケルトンは掃討できるだろうな」
「ええ。問題は、東門のアンデッド・ナイト達ですから。一般の騎士や兵士では対応が非常に困難であることを、王太子殿下の命で周知させていただければと思います。
幸い、東側の戦力は川の対岸ですから、何もしなければ問題は発生しません。東側は城内の戦力、正確に言えばリリアル。城外のスケルトンは増援の兵士を、一部二百程のアンデッド・ナイト達には聖騎士・魔騎士ら魔力を有する戦力を当てる指揮をお願いします」
「そうだな。城内で把握している包囲の状況を説明するところから……副元帥に頼もうか」
こんな時だけ役職を出されると「否」とは言えない。彼女は不承不承に頷いた。
「えーと、王太子殿下だったんですね!! あたし、全然気が付きませんでした! その仮面、カッコいいですね☆」
赤毛娘のコメントに、王太子は仮面を外し満面の笑みを浮かべると「これをどうぞお嬢さん」と自らの仮面を赤毛娘に手渡した。多分、このまま増援部隊と会うのは恥ずかしいと思ったのだろう。「仮面、恥ずかしいんじゃない」と彼女は思った。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
北門の正面から一キロほど離れた城外の病院に仮の指揮所が設置されていた。王太子が到着した時点で、稼働時間の短い魔導騎士を投入するという件に関して騎士団と魔導騎士団の間で激しく意見が対立していたのは言うまでもない。
「殿下!! よくぞご無事で!!」
王太子の登場に、指揮所の空気が変わる。上位者が現れ、自分たちで判断する必要性が低下したからだ。
その背後には四人の少年少女。騎士団、聖都の聖騎士はその姿を知っているが、魔装騎士団はそれを知らない。
「従者は下がれ。これから殿下と共にミアン奪還の会議を始める!!」
魔装騎士団の部隊長と思われる騎士が、リリアルメンバーにそう宣言をすると、王太子が困ったような表情になる。
「んー 訂正しておこうか。彼女はリリアル男爵、王国副元帥にして、このミアン『防衛』作戦の主要な参加者であり戦力だ。その他の三人はリリアルの正騎士だ。少々若すぎるがね」
赤毛娘が威圧するように「にしし」を笑う。
「リリアル男爵です。包囲されている敵戦力のこちらで把握している情報をお伝えするために参上しております」
王太子の「お守り」とはさすがに言えない。
「それに、ミアンは占領されておりませんし、既に西門側の討伐並びに掃討は完了しております。残る戦力は三方。川で隔てられた東門正面のアンデッド・ナイト並びにポーンは約千の戦力を有しており、これは城内の戦力で対応します」
「……千……」
「北門、南門にはスケルトンが約三千、その他指揮戦力としてのアンデッドナイトらが百前後存在します。スケルトンは問題なく討伐できるかと思いますが、アンデッド・ナイトは『ワイト』の能力を有する強化されたスケルトンであると認識していただければと思います。通常の攻撃ではダメージを与えられず、魔力を持ったものでなければダメージを与える事は出来ないと思われます」
彼女が滔々と説明し、指揮所の隊長・騎士たちが静かに拝聴する形になる。そして、役割と今後の増援が到着するまでの各自の役割を王太子殿下が指示する事となる。
「……では、皆の意見を聞きたい」
騎士団・騎士学校の関係者は王都からの増援到着後に速やかに決戦に移行できるように周囲の監視と情報収集を王太子殿下の下で行い、指揮所の機能の充実を提案する。これは間違っていないだろう。
聖騎士は、アンデッド・ナイトらの『斬首作戦』を実行したい旨を提案。スケルトン兵の中に紛れ込んでいる可能性もあり、発見できればという条件を付ける事になる。
魔導騎士は、稼働時間の制限もあり、スケルトン相手に討伐を行い、出来る限り討伐したのち、一度『アンゲラ』に帰還し整備を行いたい旨を伝える。
「魔導騎士四体で、北門側のスケルトンは粗方討伐できるかと思われます」
「そうか、私も魔導騎士の活躍を間近で見てみたいものだな。早速、命じてもらえるだろうか」
「ははっ!!」
魔導騎士隊長は踵を返すと、足早に指揮所を退出していく。彼女は内心何か思惑があると考えている王太子の顔をジロリと睨む。
「何をお考えでしょうか殿下」
「早期に問題点は把握しておきたいからね」
王太子は魔剣士・魔騎士の稼働時間が十数分と短い事と比較し、数時間の継続的な戦闘の行える魔導騎士鎧の効果をそれなりに評価している。
とは言え、例えば、身体強化し魔装衣を纏った『彼女』『赤毛娘』と比べればただの腕っぷしの強い騎士に過ぎないと考えているのだ。
「魔力を身体強化全振りにして、魔石ブーストした動く鎧みたいなもんだから、突破してきた敵を抑え込むには良いかもしれないけれど、楔の先端を担うにはちょっと役不足だと思うんだよね」
「リリアルも防御的な集団ですから、それは同じでは?」
王太子はニヤニヤと笑い、首を横に振る。
「確かに、外部に打って出る組織ではないが、その討伐はかなり前のめりの戦い方をするのが君のリリアルだろ?」
「当然です。王国と王都を脅かす者に裁きの鉄槌を下すのが役目ですので」
「そうそう、そこまで魔導騎士は強力じゃないからね。四体でタラスクスも多分討伐できないよ。あくまで長時間身体強化のできる騎士だからね」
装備の充実と、討伐慣れしてきた彼女たちからすると、その辺りの自己客観化が出来ていないのかもしれない。
「大体、今回も西門のスケルトン二千くらいはリリアル単独で討伐だよね」
「「「……え……」」」
「半分くらい魔猪ですけどね」
「「「……え!!」」」
王太子は「それでも」と付け加え、ワイト擬き四十を半時ほどで殲滅させたメンバーに付いても付け加える。聖魔装を用いたとはいえ、魔物の討伐慣れしているリリアル騎士でなければ、相当後れを取ったであろうと。
「グールよりは骸骨の方が気が楽だもん」
「あれはないよね。見た目は顔色の悪い普通の人に見えるから」
「女子供までグールだもんな。首を刎ねるだけの仕事でも、ちょっとくるものがあったな。家族や恋人同士のグールとかな」
「「「……」」」
騎士たちは、少年少女が彼らの知らないところで様々な辛苦を舐めていることをこの時初めて知るのであった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
指揮所に魔導騎士隊長が戻ってきた。王太子に出撃準備が完了した旨を報告するためにである。
「では、折角だから皆も観戦してもらおうか」
「有難き光栄でございます!!」
スケルトン三千と、魔導騎士四体。これが問題なく達成できたとすれば、彼女たちリリアル騎士は二人で魔導騎士一体分の戦力に相当するものと考えてよいのだろうか。
「なんか、面白そうなことが起こる気配☆」
「いや、絶対面倒ごとに巻きこまれるだろ……これ」
赤毛娘が呟き、青目蒼髪が反論する。仲の良い兄妹のようで微笑ましい。
「先生」
赤目蒼髪がいつでもフォローできるように待機すべきかと目で確認してくるので彼女は頷く。恐らく、彼らは根本的な間違いを犯すはずだ。
魔導騎士が四体横隊でジリジリと南門正面の街道を直進する。街道上には無数のスケルトン。そして、遠目では分かりにくいが、ワイト擬きが混ざっている。西門は独立した部隊として後方で待機していたが、あれは、王都からの増援を遮断する為の配置であったのかもしれない。
「接敵します!」
魔導騎士隊長が王太子に声を掛ける。無数の白い骨の壁が、四体の魔導騎士と対峙し、やがて接触する。片手に長大なランス状の長柄武器を持ち、突き払いながら四体は前進を続ける。その歩みは留まることなく、寄せるスケルトン達が次々に突き飛ばされ薙ぎ払われる。
「「おおぉぉ!!」」
観戦する騎士達から感嘆の声があがる。
スケルトンの壁を押し、前に進む魔導騎士。その背後を取り囲むように両翼を伸ばしたスケルトンの集団が背後の街道へと到達する。
「……不味くないか……」
「え、いや、そんな、はずは……」
魔導騎士隊長が困惑している。魔導騎士が戦場に現れ、戦列に突入すれば、兵士は壊乱し馬は逃げまどい、瞬く間に戦列が崩壊するのだ。マスケットの弾丸も、ハルバードの矛先も通用せず、まるで鎧を身に着けてないかのように動き回る魔導騎士に「敵わぬ」と見た敵兵士の士気が崩壊し、やがて全軍へと波及する事になる。
「そんなわけないじゃんね。相手はアンデッドなんだからさ」
赤毛娘が呟く。アンデッドの魔物に恐怖心など存在しないからだ。
「四人で攻めるなら、ダイヤモンド型のフォーメーションで先頭が穿ち、左右と背後がそれをフォローしつつッて感じっすかね」
恐怖に逃げない魔物には、攻撃一辺倒ではなく相応の対応がある。リリアル生には当たり前のことが魔導騎士には理解できていなかった。




