第265話 彼女は応援の到着に驚く
第265話 彼女は応援の到着に驚く
王太子……の代理である騎士ロランは翌日の朝まで寝ずに城内を見回り積極的に声をかけていた。特に、消耗の激しい東門には差し入れと救援兵を携え、頻繁に訪れた。流石に、本人が乱入する事は控えたが、供をする聖騎士がかわるがわる応援に加わった。
また、その声色は自信に満ち溢れ、「応援が到着するまで今しばらく堪えるのだ!!」と話しかけると、暫くはその場所の士気が回復するのであるが、やはり彼には『英雄』の加護があるのかもしれないと彼女は思っていた。
激しい魔力の消費から、夜は宛がわれた宿舎で睡眠をとり回復に専念させてもらっている彼女とカトリナの代わりに、王太子……代理騎士ロランは十分にその役割を果たしたと言えよう。
その怪しげな銀の仮面も、今となってはすっかり信頼の証のような存在と化していたのはおかしな現象である。
既に丸三日に攻防が続き、設備の破壊はそれほど進んでいないものの、休みなく攻めよせるスケルトンと、堡塁をよじ登ろうとするワイト擬きへの対応で、市民兵の疲労はピークに達しつつあった。
「そろそろ限界ね」
「でも、東側の堡塁にワイト擬きが集中してくれて良かったわよね」
伯姪もゲッソリとした表情に目の下に濃い隈を作っているものの、言葉の上だけはいつもの溌溂とした口調で良かった点をあげていた。それは、彼女の言動に耳を傾ける東門の守備についた者たちに聞こえるように配慮されたものだった。
「この堡塁は大きいし、甕門も備えているから、容易にワイト擬きと言えどよじ登れないじゃない? 万が一陥落しても、背後には川から引き込んだ水路と橋の手前には『聖女の壁』もあるわけだし。更に橋が落とされても東側と西側の街区は中央の川で区切られているから、何度か後退することも可能じゃない? 三日もここを保たせたのだから、あと三日くらい粘れるわよ!!」
周りから「そうだそうだ」とか「一日頑張るぞ!」と言った賛同する声が上がる。彼女にはできない、伯姪の性格ゆえに許される会話でもある。最悪に備えることを考えるあまり、良い面を見つける事に罪悪感があるとも言える。
「貴方が副官で良かったわ」
「まあね。助け合うのは当然よ。私は貴方になれないし、貴方も私にはなれない。だから二人でやってこれたんじゃない?」
「ええ……そうね……本当に……そうだわ……」
彼女の胸にこみあげるものがある。きっと、子爵の家において彼女と彼女の姉もそういう関係であったのだと今更ながらに気が付く。彼女は姉の代わりにはなれないし、姉も彼女の代わりは務まらない。だが、互いに互いを必要とするくらいには……姉妹なのだ。
「あの子たち、そろそろよね」
「今日の昼か夕方には到着すると思うのだけれど……」
「馬車でこの中に入るには、どこかの門の周りを掃討しないと無理よね」
王都からの街道は西門に通じている。掃討するのならば、そこだろう。
「今日は西門に集中的にかな」
「東門も手数は減らせないから、出るとすれば私と貴方ね」
「二人で十分よ。あの子たちを胸張って迎えましょうか!!」
今日一日あれば、恐らくは最初の、そして最も二人が望んでいる援軍がやって来ると彼女たちは確信していた。
早々に、西門に二人は赴く。市民兵は交代で休息を取りつつ、取り込んだスケルトンを討伐しているものの、既に丸三日の作業に疲労の色が濃い。とは言え、二人のリリアルの騎士を迎え、西門の士気は大いに回復する。
「今日は、一日西門でお手伝いさせていただきます」
「あ、ありがとうございます!!」
市民兵の西門指揮官は最敬礼で二人を迎える。周りの市民兵たちも喜色を顕わにする。職場の華がやってまいりました……というところだろう。
その中に、一人の伝令が現れる。
「軍用犬が堡塁に入ってきました。どうやら、連絡用の手紙を首元に収めております」
小型犬でありながら、銀色の毛並みを持つそれは……待っていた狼人の変化した軍用犬である。顎を持ち上げ、「ほら、さっさと引き抜け」とばかりのポーズをする。
内容を確認すると、どうやら既に半日の距離まで接近しているので、九時課(午後三時相当)の鐘を合図に突撃を行い、門までの道を切り開くので、合わせて欲しいということである。
「これ、考えたのあの子でしょ」
伯姪は、赤毛娘の顔を思い浮かべている。最近、彼女の姉に感化され、かなりの突撃馬鹿になりつつある。面白いけれど。
「そうね。でも、恐らく、何か策があると思うわ。でなければ、周りが抑えるはずですもの」
「……確かにね。じゃあ、生徒たちの成長を学院長先生は見届けないといけないわけね」
軽くウインクする伯姪。それまでに、ある程度スケルトンを討伐し、門前を掃き清めておかねばならないだろう。最終的には、鐘の音と共に、二人は打って出るつもりでもある。
「三時のお迎えね」
「延長保育でも構わないかしら……」
孤児院は働く親の為に、一時的に子供を預かる事もある。普通は九時課までなのだが、晩課(午後六時相当・日没時)まで預かる事を「延長保育」と表現する。
出来れば、明るいうちに子供たちを収容したいものだと二人は考えていた。
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その日、西門では彼女と伯姪が……と言うよりほとんど彼女がスケルトンを浄化していた。
「スケルトンだけなら楽なのだけれど」
「確かに、貴方のお陰で骨の回収も無いから、楽と言えば楽ね」
濡れた紙のように溶けて消える骨、ただの魔力持ちではスケルトンの消去まではいかない。精々、常人より大きなダメージが与えられるだけだ。スケルトンが消え去るさまを見た市民兵は口々に「流石は聖女様」とか、「リリアル男爵万歳」などと嬉しそうなのだが、このスケルトンをコツコツ削る間に、昼になってしまう。
凡そ五百は討伐しただろうか。一息入れて昼食を取っていると、俄かに堡塁上の物見をしている兵士が大声を上げる。
「きょ、巨大な猪らしきものが見えます!!!」
ミアンの市民たちが『新しい魔物の来襲か!』騒ぎ出す中、二人は落ち着いて食事をしているのである。
「……予想外ね」
「たまには連れてけってごねたんじゃない?」
その昔、廃城塞でゴブリン村塞から逃れて群を作っていたあの『魔猪』がリリアル生と共に到着したのだろう。小屋ではなく家ほどもある大きな猪であるから、その姿は遥か遠くからでも見て取れる。
「遠目にはドラゴンよね」
「剛毛のドラゴンね」
仮に人間の軍隊であれば、城門に押し寄せている兵士たちは背後に現れた『魔猪』に気を取られ、また指揮官は一旦、魔猪に対応する為に戦力を再編成するため後退させるだろう。もしくは戦力を二分する。
アンデッドの兵士、さらに単純な行動しかとれないスケルトンにはそのような判断力は無いので、ゴーレムさながらに目の前の堡塁に殺到し、登るか城門を叩くかの繰り返しが継続する。
二人は食事を終えると、『魔猪』の発見の報を聞いた仮面騎士ロランや守備隊長が西門に集まってきたので、恐らくこれから始まるであろう、増援を城内に導き入れる為の作戦について説明することにした。
「カトリナは東門かしら」
「流石に、彼女まで離れるのは危険と判断して留め置いている」
「絶対見に来たがっているでしょうね。でも、あれ、リリアルの飼い魔物、番犬ならぬ番猪だから安心していいわよ」
リリアル学院の増援到着と伝わり、守備隊長をはじめ、ミアン市民兵に大いに安堵が伝わる。一部、市街に伝令が出され、暫くすると教会の鐘が『増援到着』を知らせる連打を始める。
とはいっても、精々十数人なのだが。全員が魔術師・魔装騎士である事を考えると、戦力としては一個大隊五百人に匹敵するだろう。
「九時課まで暇ね」
「それほど時間はないわ。それに、あの魔物がいるという事は、あの子達がやりそうなことははっきりしているもの」
猪の突進力を生かした一点突破。魔量を宿したその外皮・体毛をスケルトン如きが傷をつける事は出来ないだろう。踏みつぶし、押しのけた後を魔装馬車で一気に突破するつもりだろう。
「でも、よく考えたらさ」
「……何かしら?」
「あの猪、堡塁の門に入らないわよ」
「「「「「あー!!」」」」
それはそれで問題だ。西門にはスケルトンと百に満たないアンデッド・ナイト&ポーンが押し寄せている。ならば、これを機会に、全てを討伐してしまうことも可能かもしれない。
「あの猪次第ね」
「あの子たちがいれば、百のワイト擬きもそう苦にならないわよ」
ワイトも魔装鎧で完全防備のリリアル騎士には、触る事でダメージを与える事は出来ないだろう。そして、与える一撃は致命的となるはずだ。たとえ、聖なる魔力を有していなくても、聖魔装を用意しているはずなので、十分に浄化に至ることが出来る。
「今日は夜ゆっくり出来そうね」
「ええ、その前に、ひと働きが必要でしょうけれどね」
守備隊長に、リリアル生の宿を二十人分と馬車の保管場所を宛がう手当をするようお願いし、二人は門前の胸壁を馬車が通れるように叩き壊すことにした。
西門側はスケルトンを引き入れて討伐をするサイクルから完全に解放される前提での破壊だ。
周囲は、彼女の活躍を知っているので特に大きな不安はないものの、東門での一騎駆けを再現する事は西門前では不可能であることは理解できていた。何故なら、門の前にはビッシリとスケルトンが立ち並び、背後から駆け抜け弾き飛ばすという戦術はとる余地が無いからだ。
「閣下、馬を曳いてまいりましょうか」
「いいえ、今回は二人で門前をクリアにします」
「大丈夫。任せておきなさい!!」
彼女は薄く微笑み、伯姪は満面の笑みで守備隊長に言葉を反す。
「さあ、いよいよ私たちのターンね」
伯姪は魔装鎧で完全武装し、顔もスカーフで収め眼だけが出ている状態だ。それを見た仮面騎士ロランは「あれでも良かったんじゃないか……」
と呟くが、それではサラセンに伝わる『仮面騎士月光』ではないかと彼女は思うのであった。どこの誰かは知らないけれど誰もが皆知っているおじさんだ。大事なことなのでもう一度、仮面騎士月光はおじさんだ。
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九時課の鐘が鳴り響き、小山のような『魔緒』の姿が徐々に大きくなって来るのが見て取れる。
「あの猪の背後に馬車が続いているはずです。その馬車を門内に入れてください」
「え、え、それでは」
「大丈夫、馬車には魔装騎士が乗ってるから、門の中に入り込んだスケルトンなんて、瞬殺よ瞬殺!!」
そう告げると二人は門の前に群がるスケルトンの上に飛び降りた。
『魔装壁』
六面を魔装壁で囲い、二人は地面へと飛び降りる。彼女の魔力の壁に押しつぶされるように、下敷きになったスケルトンが溶けて消える。
「これ、このまま前進したら良くない?」
「……良くないわ。それに……カッコ悪いじゃない」
確かにと伯姪は頷き、彼女はバルディッシュを構え魔力壁の前面と床面を解除する。
壁が無くなり、押し寄せるスケルトンにバルディッシュの薙ぎ払いが命中、数体のスケルトンが弾け飛ぶ、その背後から押し寄せるスケルトンに伯姪が飛び込んで抑え込む。
彼女が構えを戻したタイミングでバックステップ、前に出てくるスケルトンを薙ぎ払い、再び伯姪がダッシュで前に出てスケルトンの前進を止める。
「これ、結構しんどいわね」
「もうすぐ目の前にやって来るわよ」
意図的に門の正面から外れ、馬車が通れるように位置を変えていく。同じことの繰り返し、彼女が薙ぎ払い浄化し、伯姪が突っ込んでくるスケルトンを抑える盾でありターゲットになる。彼女が構え、バックステップして回避すると、すかさず前進するスケルトンの戦列に彼女のバルディッシュの薙ぎ払いが命中する。ただそれを繰り返し、みるみるスケルトンが倒されていくが、殲滅には程遠い。
「来たわよ!」
スケルトンを跳ね上げ踏みつぶし、よく見ると……浄化しているようにも見て取れる。全身が薄っすらと青白く輝いて見える黒い体毛の『魔猪』。
「……聖性を持ってしまったのかしら……」
「ああ、あいつ森で魔物を喰い殺してるから、近隣の村から『森の守護者様』とか言われて、信仰され始めてるのよ。だから、最近魔力の質が魔物ッぽくないのよね」
「……嘘……」
彼女の中で聖女≒森の守護神という図式が成立し、軽くショックを受けているのであった。
彼女の目の前に到達する『魔緒』その背後には1台の魔装戦車と、二台の兎馬車が続いていた。猪はその場で旋回し、門の周り、彼女と反対側のスケルトンを蹂躙し始める。
「「「先生!!!」」」
三台の馬車から、学院生たちの彼女と伯姪を呼ぶ声が聞こえた。




