第264話 彼女は思わぬ増援に驚く
第264話 彼女は思わぬ増援に驚く
攻撃開始から三日目、二日目の夜を越えた状態で市街は今だ冷静さを保っていた。それは、彼女の派手な演出も効いているのだが、三つの門で繰り返しスケルトン退治をした市民兵が自らの行いを家族や隣人に文字通り『己を誇る』ように話していることも大きく貢献していた。
数としては全体で数百、押し寄せたスケルトンの一割にも満たない数だが、確実に手ごたえと「なんとかなる」という希望を持たせることには成功していた。
いつもと同じように教会の鐘が鳴り、日々の日課をこなす市民たちの生活が始まっている。流石に、外との交流を必要とする輸送関係の労働者は市民兵とその補助要員として動員されており過ごす事はなかったが、パン焼き職人はパンを焼き、肉屋は今日も肉を捌いている。それは、門の外とはかけ離れた日常の生活である。
包囲されている、アンデッドに取り囲まれているという不安と緊張感は存在しないわけではないが、いまだ日常を失ったわけではない。その変わらぬ生活が、市民の心を安定させていた。
東門の状況は芳しくは無かった。魔力ポーションを飲みつつ、ワイト擬きと対峙するのだが、倒すほどの大ダメージを入れられる者はそう多くはない。
「うっらあぁぁぁ!!」
自慢の聖魔銀のバスタードソードを振り回すカトリナと、そのフォローをする魔銀製のメイスを振り下ろすカミラの二人。聖魔装のメイスを持つ聖騎士は確実に一体ずつ倒していく……が、それ以外はなかなか難しい。
従騎士達は、手傷らしきものを負わせた段階で後退されてしまうので、止めに至らない。魔力操作と当てる場所が遠いのだ。とは言え、普通の魔銀製の剣で頭をコツっと叩いたくらいでワイトは浄化されないので仕方がない。
「なんだか、モグラたたきみたいね」
「おお、聖石壁はできたのか?」
『聖石壁』とは聖女の魔力により形成された石壁の事で、別におちょくっているわけではないのだが、何となく馬鹿にされた気がするのは彼女の被害妄想なのだろう。
『まあ、第二の人生は壁職人ってのも有りだろうな』
それはそれで楽しそうではある。何なら、石畳職人になって、王国中を旅するのもいいかもしれない。大変そうだが。
「ん、ちょっと疲れ気味か」
「魔力をかなり消費するから。昨日はほぼ空っぽになるまで使っているから余力がないのよ」
今回は、珍しく長期戦だ。リリアルの遠征は期間こそ長いものの、魔力を使う時間はそれほど多くはない。精々数十分といったところだし、回数も限られている。この攻防戦は、大魔力を継続して消費するので、過去に経験のない状況なのだ。
「苦しいのは皆同じだから、あまり口にしたくないのよね」
「まあ、副元帥様は弱音を吐けないのは当然ね」
ちょっと重たい空気を混ぜ返す伯姪。
「貴方はどうなのカトリナ?」
「今小休止というか、聖騎士殿たちと入れ替わった。十五分交代だ」
十五分ほど持ち場を死守したら、入れ替わるのだという。勿論バディでだ。
「よじ登ってくる奴の頭を叩き潰すだけの簡単な仕事だがな」
「その割には、剣筋が立っておりませんが?」
「む、力むのが良くないな。なに、百も二百も斬れば、嫌でも腕が上がるというものだ。良い経験をさせてもらっていると思うぞ」
カトリナはメイスではなく、あくまでも自分の得物を使いこなすつもりのようだ。それが正解なのだろう。
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解呪を担当している司祭の魔力が不足しそうなので、魔力を回復させるポーションを渡す。また、大怪我をした市民兵をポーションで回復させると、その効果の高さに驚かれ、深く感謝される。
「大袈裟ではないかしら」
『おまえ……リリアル標準になってるから、感覚狂ってると思うぞ』
駆け出し冒険者であったころのポーションと比べると恐らく三倍近い回復効果が見込めているのだという。それも『聖女』効果のなせる業《WAZA》か。
東門以外はいたって落ち着いており、怪我人が増加している東門に増援を送る事も可能となっているようだ。
守備隊長の顔には疲労が見て取れるが、眼には強い意思が宿っており、防衛戦完遂に自信があるという心が見て取れる。
「男爵閣下。ご懸念はございますか」
彼女は「増援が来ても、アンデッド・ナイトには苦戦しそうです」という己の見通しには封印を施し、「東門の増援を検討されていれば特に問題はないでしょう」と答える。
守備隊長は一瞬ホッとしたような顔を見せたが、「それでは失礼いたします」とその場を去っていった。
スケルトンをコツコツと倒す作業、替わらぬ日常、このまま何事もなく過ぎていき、やがて増援が着て救われる。そう多くの者が思い始めている時に事件が発生した。
「……侵入者……ですか。人間ですか魔物ですか」
「おそらく、人間なんですが、リリアル男爵に直接お会いするまでは一切黙秘すると言っておりまして……同行お願い致します閣下」
四方の門とそれを囲む城壁の状況を確認し終え詰め所に戻る途中、彼女を探していたと思われる聖騎士から呼び止められたのである。
その場所は、市長舎として用いられている大きな石造の建物の一角に設けられていた貴人用の獄舎である。出入口など厳重に鉄格子などが嵌められているものの、内装などは貴族に対応する仕様になっている。
『面倒ごとだな』
『魔剣』の呟きに彼女も内心同意する。幾つかの潜り戸を抜けると、応接室と言って良いのだろうか、対面するソファとテーブルの配された一室へと通された。
「リリアル閣下をお連れ致しました」
「閣下、御足労戴き申し訳ございません」
市長が一礼する。そこには、数人の武装した市民兵が壁に沿って配されており、ソファには市長とその対面には豪奢な魔銀製の鎧に、最近法国で流行している貴人が被る『バウタ』と称するフルフェイスの魔銀製マスクを装着した金髪碧眼の男性が着席していた。
「ようやくのお出ましか。リリアル男爵」
彼女を認めたのか、その男性は話し始めた。
「ご機嫌よう皆さん。私は騎士ロランだ。仮面を外すのはご容赦願いたい。顔に傷があるのでね」
「……殿下……」
「ん? 私は騎士ロラン、そのような『王太子殿下。声も髪も目の色もそのものではありませんか。本気で身分を隠すつもりがないのでしょうか』……いや、その、率直な意見を聞くに王太子のままでは難しいと思ってだな……」
王太子殿下……その顔を隠すマスクだけではあなたの『俺は王太子』オーラが隠せていませんよ……と彼女は思う。
「いや……まあ、そのような者ではない。王太子殿下の遣いとして見分に来たのだ」
王太子は『王太子の友人である仮面の騎士』という設定を続けることにしたようである。しかしながら、彼女たちの関心事は別の所にあった。
「王都に知らせが届いてからの進発にしては余りにも早い到着ではありませんか?」
リリアル学院生の応援より半日以上早い。そして、どうやってこの場所まで侵入できたのかはっきりさせたい。
「なに、母上……殿下の母上であられる王妃様から魔装二輪馬車をお借りし、更には『水馬』もお借りしたのだ」
魔装二輪馬車で昼夜兼行で王都から急行させ、尚且つ、包囲されるミアンの上流から『水馬』を用いて水上移動して川から侵入したということなのだ。
「ゲートが下りていたはずなのですが……」
「ん、魔力でちょいっとね」
魔力壁で階段でも作って無理やり侵入したのだろう。魔力の多さはカトリナ同様かなりの者であるし、制御の訓練は王宮の魔術師に幼少のころから鍛えられている。腕前は、タラスクス討伐で実際確認している。
「本隊の到着は」
「……時間がかかる。なにしろ、王国内の聖騎士の半数と魔騎士をほぼ集めるつもりだからな。順次投入というわけにもいかぬ……と王太子は申しておったな」
設定は続くよどこまでも。王都周辺だけでも百人程度の聖騎士は集められそうだが、王都の近衛兵に彼らを加えるにしてもやはり一週間は掛かりそうだという。
「幸い、ミアンに最近発生していたスケルトンは集結しているようで、一先ず他の地域は安全だ。魔導騎士も半数を聖都の聖騎士・騎士団と共に移動させているが、あれは、簡易整備用の装備を『アンゲラ城』に設置しての支援になるので、常駐は出来ない」
魔導騎士は強力であり、ワイト擬きを直接浄化するだけの魔力を鎧から発生させることが出来るが、稼働時間とメンテナンスに問題がある。滞在時間は移動に片道二時間かかり、この場には一時間から二時間程度しか活動することが出来ないだろう。
「今後は、簡易整備施設を大聖堂のある都市には持たせるように改善をする……と王太子は言っていたが、今回は当てにならぬ」
「はぁ。魔導騎士の稼働時期はいつからでしょうか」
「早ければ明後日。もしくはその翌日だと想定している」
リリアルの増援よりは遅くなりそうだ。王太子(仮)がいくつかの状況の説明を求められたので、市長・彼女・後から訪れた守備隊長から話をそれぞれ聞くに至る。
一通り説明を聞いた後、『ワイト擬きは少々厄介なのだな』という結論に達する。他の三方に関しては、スケルトンを暫時掃討していくことで何とか出来そうなのだが、千に迫るワイト擬きを少数の魔騎士で対応するのは魔力的に限界があるからだ。
「男爵なら、こう、ババっとやっつけられるのではないのか?」
「……王太子殿下からどのように伺っているのか存じませんが、私の力はそれほど万能なものではありません」
「はっ、昨日のあの演出を見せつけておいて、どの口で言うのか!!」
振り返ると、そこにはカトリナ主従が立っていた。
「王太子殿下の遣いが来ていると小耳に挟んでな。おお、その怪しげな仮面の男がそうなのか。失礼、私は、ギュイエ公爵令嬢カトリナ、この度は騎士学校の遠征研修においてこの地に滞在していた者だ。以後、お見知りおきを」
「おお、カトリナ嬢。ご活躍は兼ねがね。先日は、冒険者として、帝国の元騎士であるオーガを討伐したとか?」
カトリナは最近の最大の自分のイベントを知ったものがいて、大いに興奮するんだが……貴方の親戚ですよと彼女は内心思う。というか、まさか……
「カトリナ、今、王太子殿下に……『王太子殿下に報告するために、この仮面の騎士殿に説明中なのであろう。すまぬ、出過ぎた真似を』……」
「カトリナ嬢、私の事は『ロラン』とお呼びください」
「では、騎士ロラン殿とお呼びいたす。私の事はカトリナと呼んでもらおう」
カトリナは王太子の前で見せる令嬢風の挨拶ではなく、騎士としての挨拶を交わす。いつも王太子の前で見せない凛とした表情に、仮面の奥の王太子の眼が大いに見開かれていることを彼女は見て取っていた。
一通りの説明の後、城内を周りたいという申し出に「では、私が案内しよう」
とカトリナが声を上げ、ロラン、カトリナ主従、聖騎士二名と市長が同行し、一行は応接室を出ていくことになった。
「閣下、あの方は……」
「王太子殿下御本人です。それと、潜入に使用した魔導具はリリアルで開発したもので、王妃様に献上した物を拝借したようですね」
「……な、なるほど。それでは、侵入されるのもやむを得ないのでしょうな」
守備隊長の危惧も分からないではない。今回はアンデッドが水上を移動出来ないという特性を利用した濠を最大に生かした防衛戦闘を考えている。
「先ほど、大聖堂から聖水を東門の防衛に使えるように樽で用意するとの伝令が参りました」
「では、市民兵の方のメイスやフレイルに布を巻いて……」
「はい。聖水を浸した布でアンデッドには打撃を与えるように指示しております」
『聖女』リリアルへの祈りで、大聖堂自体の聖水作成能力が格段に上昇しているようであり、通常の十数倍の聖別が可能となっているということは連絡を受けていた。それが、防衛戦に役立てばいいのだが。
ポーションの素材は手持ちがなく、追加で促成する事は出来ない。明日、明後日にはリリアルの増援が追加を持ち込むだろうが、それまでは節約というか、それ以降、解放されるまで節約しなければならない。
「王都の救援は戦力が整うまで時間が予想よりかかりそうですが、魔導騎士の応援は早期に受けられそうで何よりです」
「はい。我々はスケルトンの漸減と、アンデッド・ナイトらの侵入阻止に全力を注ぎます」
「お願いします」
彼女は守備隊長に挨拶をすると、応接室を出ていくのであった。
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少なくとも、仮面の騎士ロランの登場は、昨日の彼女のデモンストレーションと同様、ミアン防衛戦の士気回復に大いに役立った。実際、具体的に救援部隊が編成されていること、全国の聖騎士が集められつつあること、そして、聖都から魔導騎士の増援がニ三日中に現れること等、市民・騎士たちの心に安堵をもたらすものであった。
『でも、王太子が直接、単身で乗り込むとか、良く王国軍が許したな』
「……許すはずないじゃない。多分、置手紙よ」
彼女の推測通り、王太子の姿が一日ほど前から見えず、王宮の王太子執務室の机の上には『ミアンに行きます。心配しないでください』とメモが残されていたため、大至急王都のアンデッド討伐可能な騎士・魔術師・聖職者・冒険者が招集され、馬車に乗せられ昼夜兼行でミアンを目指しているということを王太子も彼女たちも知る由もなかった。
その中には、薄赤パーティー、偶然王都を訪れていたジジマッチョと愉快な修道士たち、そして魔熊使いが含まれていた。まさに、全力で救援体制が整えられつつあった。
それを先行するように、リリアルの少年少女もミアンに到着しようとしていた。




