第263話 彼女はスケルトンを天高く弾き飛ばす
第263話 彼女はスケルトンを天高く弾き飛ばす
リリアル男爵である彼女の手には剣でもなく槍でもなく、盾でもなく……竪琴。
『なんか、分かってきた』
「無駄に長くこの世に存在しないわね」
『まあな。だが、こんな戦、見たことも聞いたこともねぇぞ』
「そうね。そもそも、旗を以って先頭に立つのが聖女の仕事なら、これも似たようなものではないかしら」
救国の乙女と呼ばれた聖女は、連合王国に包囲された旧都の周りを取り囲む砦を落す為先頭に立ち旗を振るい士気を大いに挙げたという。まあ、その時矢が刺さり、大いにうろたえたものというが。
「私にはかすりもしないのだけれどね」
『まあ、あの人は聖女だが魔術師ではなかったからな』
彼女は魔術師であり騎士であり聖女なのだ。
馬をゆっくりと東の城門の前に移動させる。背後の彼女に気が付き土ぼこりをあげ、ゆっくりと前進を始める骨と死体の軍勢。生者のあげる声は無く、ただその歩みを伝える音が低く鳴り響くのみである。
彼女は城壁の上に立ち並ぶ兵士たちに手を振る。歓声が上がり、「男爵様!!」「おきをつけて!!」「神様!男爵様をお守りください!!」と声が聞こえる。
「神にではなく、私に祈りなさい!!」
魔力を込めた声で彼女は城に立て籠もる者たちに自分の意思を伝える。彼女は知っている、皆の祈る気持ちが自分の魔力に聖なる力を込める事をだ。いつもは嫌な気持ちになるその事実を、今回は大いに利用しなければならない。
つまり、彼女は―――魔術師であり騎士であり聖女なのだ。
街の教会に、聖都から彼女の知り合いの司祭が来ている。そして、王都からも。彼らに彼女はある頼みごとをしていた。
「ミサを開いて下さい。神が街と街を護る私たちをお守り下さるように」
教会では、街で戦いに参加できない全ての人が集まっていた。何故なら、城壁が破られた場合、か弱き子羊を護ることが出来るのは、石造りの堅固な教会や修道院であるからだ。貧しい村において、立派な石造りの教会が存在する場合、多くは食料庫と避難場所を兼ねているからに過ぎない。
さ、搾取してるわけじゃないんだからね!
『神よ、街を護る戦士たち、聖リリアルをお守りください』
教会の鐘が街に鳴り響く、祈りをささげる鐘である。鐘の音は城壁に響き渡り、その周囲へと広がっていく。
馬首を返し、何度も城門の前を左右に駆け巡る。馬には回復のポーションを与えつつ、疲れを残させないようにしなければならない。
城壁の上は多くの市民、兵士が歓声を上げている。さて、舞台は整ったという事だろうか。
「さあ、行くわよ」
『どこへだよ』
『むろん、あの戦列に向かってですね』
彼女が城門の前の回遊を止め、竪琴に魔力を込め乍ら奏で始める。馬の上には彼女と『猫』そして彼女の腰には『魔剣』、ただ一騎で敵の戦列の左端に向かい突き進んでいく。
左端手前で大きく外側に膨らませると、魔力の『障壁』を馬の進行方向に矢印の先端のように二枚展開する。上から見れば矢印、横から見ると斜め上方に角度を付けた魔力の障壁を展開する。
『雪掻きするのか!!』
「正解よ」
彼女は竪琴を奏でるのをやめ、手綱を握りしめると馬の腹を軽く蹴る。
右手に手綱、左手には……王国を護る聖リリアルの御旗
―――νリリアルは伊達じゃない!
彼女の身に纏う魔力のオーラがオーロラの様に輝き始める。それは、届けられた祈りの力、聖なる神の加護。
『なんか、いつもと違うな』
魔剣も、魔力の高まりとその聖なる力に違和感を覚える。が、そんなものは、目の前に壁の様に立ち並ぶアンデッドの群れには関係ない。
「さあ、皆に良いところ……見せてあげましょう」
『神様、そういうの望んでるのか?』
「馬鹿ね、あの神様は自分のファンが無双するの大好きじゃない? 旧聖典なんて、チートのオンパレードよ」
魔剣は『俺は聖典読まねぇんだよ。あんな出来過ぎた話、信じられるか!』と呟く。リアリストの魔術師と神の力を信じる聖典は相性が悪いのだ。
途端からさらに加速する馬。本来は重たい甲冑を背負った大男を背負う身が、今日はか弱げな女の子と猫一匹がほぼ平服で背中に乗っている。それは、羽が生えたように軽やかに突進できる。
「「「「「BAGaaaan!!!!」」」」
戦列の側面から、ラッセル車が通り過ぎるように骨の兵士が斜め後方に跳ね飛ばされていく、その吹き上げられた兵士が後方のスケルトン兵の頭の上から降り注ぐ。
『WOOOOOOO!!!!!』
右手の城壁の上から大きな歓声が上がる。腕を突き上げ、大声で彼女に口々にエールを送る。その歓声が、更に彼女の魔力に力を与える。
アンデッドは物理的な力に耐性がある。只跳ね飛ばしても、骨が偶然に砕けなければ時間がたてば回復し、行軍を始める。だがしかし、彼女の魔力を伴った『聖なる障壁』により跳ね飛ばされたスケルトン兵は、立ち上がる事も動き始める事もなく、その体を動かす術式が浄化されてしまっている。
「どうかしら」
『一騎当千だな実に』
『まことに、主様は一騎当千でございますな』
一騎当千、只一騎を以って千の敵に当たる、古今東西、歴史に名を遺すであろう豪傑を示す言葉だろうか。
「私は……まあ、悪くないわ。士気が上がるならね……」
豪傑……嫁の貰い手がなくなるじゃない!! と口に出すと実現しそうなので黙っておくことにした。
スケルトンの戦列をあらかた殲滅することができた彼女だが、残念ながら一つ問題が発生している。
「あの、アンデッド・ナイトには効果が薄いわね」
『死んだ恨みとかの念が強いから、障壁程度だと解呪浄化されないんだろうな』
スケルトンは浄化・骨に戻すことができたのだが、グールに近いアンデッド・ナイト&ポーンは打撃を受けても退くだけで致命打に至っていない。簡易ゴーレムに近いスケルトンより人間に近い能力を持っているからだろう。
『ありゃ、グールと同じ首を斬り落とさねぇと無理っぽいな』
「なら、ここからは仕切り直しね。一旦引きましょうか」
戦場を骨だらけにした彼女は馬首を返すと、城門に向けバラバラになったアンデッドの戦列を背後に走り去った。
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東の堡塁正面から一気に敵中を突破し、東門正面のスケルトンをほぼ浄化した彼女であったが、少々調子に乗り過ぎたのか珍しく魔力切れを起こし、魔力回復用のポーションを飲んだのだが……
『どうだ?』
「……多少マシにはなったかしら。ふらつきはしないわ」
魔力量が根本的に違いすぎる為、並の魔術師なら回復する魔力量のポーションでもほんの一割程度しか戻らなかった。とは言え、彼女に捧げられた祈りによる効果で、聖女としての魔力はスケルトン程度なら完全に浄化し、東側の戦力はアンデッド・ナイトなどの高位の者だけとなった。
「どう、大丈夫?」
伯姪が様子を見に来た。壮観ではあったが、きっといつものように無理をしたのだろうと察していたのだ。それは、海賊船をたった二人で討伐したあの日から変わらない彼女の性格からすれば容易に推察できる。
「ええ、全然問題ないわ」
「ということは……もう限界ね……今日の所は」
『そらそうだろ。スケルトン三千を一人で浄化とか、完全『聖女様』だろ?』
本来なら、カトリナや守備隊長に大司教まで部屋を訪れたがっていたのだが、実質的彼女の副官である伯姪の「様子を見てくるのでここで待機を」という言葉で押しとどめてきたのだ。
彼女の質問に伯姪は答える。
「市街の空気はかなり良くなったわ。流石は『聖女』様だってね」
「魔力の壁でスケルトンを跳ね飛ばすのは……らしくないけどね」
とは言え、魔力壁に跳ね飛ばされたスケルトンが、濡れた薄紙のように溶けて消える様子は城壁の上から観戦していた市民兵たちによって街の住民に語られ、一応の安心と落ち着きをもたらしている。
「あれ、今日で最後なんでしょ?」
「他の場所では……馬で疾走というわけには行かないから。条件的に無理ね」
ある程度の速度で疾走し、魔力壁で一方的に跳ね飛ばすことが必要であり、東門は前面が平たい外郭の空白地であったから可能であった。他の三面は街道と畑と堡塁が入り組んでいるので困難である。
「それと、スケルトン以外のアンデッドの軍勢が残ったわ」
「……全部ワイトなのよね……」
何らかの方法で攻撃するにしても、削っていかねば討伐は不可能。その戦力は恐らく彼女たち騎士学校の女騎士四人と聖騎士達十数人以外、有効に対処できずむしろ被害を増やす可能性が高い。
「東の堡塁と城門の間に私の魔力を込めた『石塁』を築いて保険を掛けましょう」
「スケルトンがいなくなったから、東門にはあのワイト擬きが直接攻撃に参加してくるでしょ? 東門詰めになりそうだわ」
「カトリナや聖騎士の皆さんにも東門の防衛に参加していただくように伝えてもらえるかしら」
士気は回復したが、根本的な問題は残っている。王都の増援が到着したとしても、ワイト擬き千体を相手にする事は相当に無理がある。普通の兵士にワイトを倒す事は出来ないからだ。
「聖都には連絡が行っているわね」
『数が違う。精々二十人の聖騎士と同数の駐留する騎士たちだろ? 魔導騎士だって、スケルトンならともかく、ワイトにはダメージ大して入れられないぞ』
魔力の質と量の勝負となる。そう考えると、かなり分が悪い。
『ガキンチョどもが来るのを待つしかないな』
明日一日、恐らくそれまで持たせれば、明後日にはリリアル生が到着してくれると彼女は確信している。
そのための準備は整えてあった。そして、彼彼女たちは遠征慣れしている。その為に、あちらこちら連れまわしたのだ。彼女と伯姪抜きでも問題なく到着するはずだ。
彼女をミアンの住民が信じたように、彼女はリリアルの生徒たちを信じていた。
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スケルトンが消えて、東門の状況は一気に難易度が上がったように市民兵には思われた。アンデッド・ポーンは人間のように素早く、また、力は並の男では刃が立たないほど強力であった。
「くっ、はっ」
「掴まれるなよ! 突き放せ」
「な、こと、言ってもよ!!」
剣では間合いが近すぎて『触られたら負け』と聞いている市民兵たちは、フレイルやハルバード、スピアで城壁に飛び移ろうとするアンデッド・ポーンやナイトを払い落としているが、致命傷を与える事は出来ない。
ワイトは悪霊が憑りついているスケルトンであり、その能力は魔力を纏う攻撃でなければ対応できない。故に、昨夜から、交代で騎士学校の従騎士と大聖堂の聖騎士が叩き落としているのだが、数が足りていないので、市民兵も壁役として参加している。
運悪く触れられ『呪い』の掛かった市民兵は、軽ければ後方に下がり、教会で安静にすることで回復させ、重篤なら門で待機している司祭の浄化で回復させ命を取り留めている。
彼女はそこにはいない。というより、彼女の負担を軽くするべく、市民も騎士も進んで前線に参加している。これも、昨日の一騎駆の効果なのだろう。
彼女と伯姪は東門と堡塁の中間である橋の全面、堡塁側に彼女の魔力を込めた『石壁』を構築していた。
「ここで押しとどめられなければ、最悪橋を落しての持久戦ね」
「暫く帝国とは交戦状態となるでしょうから、東側の街道を使用する機会は大きく減るでしょうからこの門が使えないのは問題がない……とは言えないわよね……」
作るのは簡単だが、破壊するのは少々骨なのだ。とは言え、石を削り倒すことは時間を掛ければ不可能ではない。
「互い違いに半分ずつ壁を作るのはどう?」
「……馬車は無理かもしれないけれど、人間なら通れるくらいの間隔にすればいいかしらね」
「それなら、安全確保にもつながるし、暫くはそれで問題ないんじゃない?」
馬車は他の門から出せばいいだろうし、東側はしばらくは内郭と外郭の間の補修工事など必要となるのだから、人が出入りできた方がいい。
「では早速……」
石壁の術式の刻まれた魔石を地面に置き、彼女は橋の前面に交互に壁となるように二枚の『石壁』を築くのであった。




