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第02話 彼女は『濃白』の冒険者

登場人物

『彼女』:主人公の子爵家令嬢・次女。黒目黒髪の美少女。13歳

『魔剣』:子爵家の書庫で見つかったインテリジェンスウエポン。古の魔術師の魂の依代

『姉』 :子爵家令嬢・長女。16歳。侯爵・辺境伯の次男三男との婚約を目指している。

第2話 彼女は濃白の冒険者


 森に入りしばらく歩き、踏み慣らされた林道を外れて木陰に隠れる。


『どうする。一気にヤルか』

「……やり過ごすのよ。冒険者をいきなり殺そうとするのはいただけないわね」


 魔剣的には魔力を吸収したいのかもしれないが、魔力を持つものの大半は冒険者にはならないし、持っていれば新人のうちに中堅冒険者のパーティーに勧誘される。新人は効果的に経験と依頼達成を行うことで等級を上げることができるし、パーティーは希少な魔力持ちの恩恵を独占でき、さらなる高みを目指すことができる。


 魔力持ち=貴族の関係者と考えると、『青』等級が最低ラインであり、魔力持ちは赤等級のパーティーに勧誘されることが多い。青にはすでに育てたメンバーがおり、今さら新人を入れてバランスを崩す必要性を感じないから、勧誘することは少ないのだろう。


 結果、魔力持ちは青や濃赤のパーティーに集まっている。反対に、黒や黄でくすぶっているパーティーは魔力持ちが欲しいのである。


 しばらくすると、目の前を4人の冒険者がやってきた。ギルドで見かけた顔であるし、高位の冒険者はあの場にいなかったので下位のそれだろう。全員、20歳前後の男性であった。冒険者となり数年がたち、続けるつもりならそろそろ中堅に入らなければと焦る年齢でもある。


 世間では20歳は若手の部類だが、下位の冒険者としてはベテランなのだ。高位の冒険者ともなれば40代50代で活躍する者もいるが、それは達人の域に達したものか魔力持ちである。魔力は経験を重ねるほど効率がよくなるので、年齢はそのまま実力差となりやすい。若さが味方することがあまりないのだ。





 『隠蔽』をかけなおし、彼らの足跡がない分岐を移動する。森の中で何か所か『狼』の群が確認されており、同じ方向に行く必要はあまりないからだ。


 しばらく進むと狼に食われた鹿の死体があった。熊などもそうだが、一度に食べずに、時間をおいて食べに来ることもあるのだ。この場所で群が現れるのを待つのが良いだろう。


『足跡的には……』

「6頭……7頭かしらね」


 森の中で生活する群は母親とその子供たちという系統が多い。そして、母親は賢いので相手を見て仕掛けてくるのである。ゆえに討伐は少数では危険で、多ければ姿を現さないのだ。


 討伐依頼が来るのは……狼が逃げない人数で討伐が可能だからと言える。


 ギルドを出てそれなりに時間が経っている。そして、彼女が夕食の時間までに戻らなければ……家族に不信感を与えてしまう。そろそろ引き上げなければと考えていると、待ち人ならぬ待狼がやってきた。


 森にすむ狼はそれほど大きくはない。中型犬並みだろうが、噛み切る力は犬よりもはるかに強力である。俊敏さも大きく異なる。


『じゃあ、始めるか』


 彼女は黙ってうなずく。見張りの狼を除いた群の大半が残された鹿の死骸に口をつけ咀嚼し始める。1匹だけなら『隠蔽』で殺すことも容易だが、死んだ仲間を見た狼が逃げてしまう可能性を考えると、うつべき手は一つだ。


 彼女は小さな竪琴を持つと……旋律を奏で始めた。それは、ゆったりした気持ちで心休まる……眠くなる音律であった。人間ならばさらに彼女の詩を乗せ、さらに速やかに眠らせるのだが、狼は少々時間がかかりそうだ。


 一頭また一頭と頭が落ちていき、見張りの狼含め、すべての狼が寝息を立て始めた。彼女は魔剣を取り出すと、リーダーらしい最も大きな狼の首に魔剣を突き立て切り下した。


『おっ、こいつ魔物だな。フェンリルと狼の合いの子かもな』


 少量だが魔力を有していた母狼を魔剣はそう評価した。討伐依頼が来るほどの狼の群というのは、そんな理由があったのだ。母狼は仔馬ほどの大きさがあり、明らかに並の狼ではないし、大型種としても規格外の大きさであった。


『お前の魔力の質の高さは、ハープの旋律の効果も高めるのだな』


 魔剣は竪琴を奏でる彼女を何度となく見ているが、魔物相手に使うのは今回初めてであったから、そんなことをつぶやいたりしていた。





 狼の皮を急いで剥ぎ取り、一番大きな母狼の毛皮を魔法の収納袋に納めると、二人は森を後にした。


 ギルドの冒険者カウンターで依頼達成の報告を行う。そして、問題の群のリーダーが魔狼であった可能性を指摘する。


「……魔狼……ですか」

「はい、買取カウンターで素材をお見せします」


 買取担当のおじさんと受付嬢を前にして、彼女は魔法の収納袋から普通の狼の皮6枚と、魔狼と思わしき1枚の皮を取り出す。


「こいつは随分と立派な……狼か。熊じゃねえんだよな」

「仔馬ほどの狼でした」

「……これほど大きいとは……確かに魔狼かもしれません。この素材は……」


 彼女は一番大きな皮は自分の装備として使うので売却はしない旨を伝える。ならばということで、ギルドマスターに報告するために数日お借りしたいと説明された。その分、調査費用として達成料に加算して支払うというのだ。


「承知しました。では数日お預けいたします」

「では、こちらにお預かりの控えを用意しました。それとそれ以外は」

「買取でお願いします。清算は魔狼の毛皮の返却時で結構です」


 夕食の時間も近づいており、早々にギルドを出たかった彼女は控えを確認すると急いで帰るのであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 夕食は両親姉妹の4人で出来る限りとることになっている。例外は……姉が夜会に出席する場合である。このときは、彼女以外、付き添いで出席しており、屋敷で一人で食事をとることになっていた。


 そして、食事時の話題の中心は今日も姉である。姉の口からは最近、貴族の間でも話題になっている『妖精の粉』の入った回復ポーションの噂が出てきた。


「とても高品質な回復ポーションなのですって」


 姉は彼女の方を見ながら、思わせぶりな笑いを見せる。姉は妹が『回復薬』を作っていることを知っており、その何十倍も価値のあるポーションが話題になっていることがさぞかしなのだろう。母が呟く。


「そう、あなたも魔力があれば、薬ではなくポーションが作れたのかもしれないわね。残念ね」


 我が意を得たりと姉は大きく微笑み、父はそれに相槌を打ち母は小さく溜息をつく。そう、姉を引き立てるために、私はここに座らされていると彼女は思う時があった。


「そうね、私も魔力を使いこなす練習をすればいいのかしら?」


 彼女は、姉の話にそう答えると、母はそうではないと答える。


「あなたは、富裕な方のところへ嫁ぐのだから、魔力を持っている必要はないのよ。それよりも、内助の功を積めるように市井のことを学ぶ方が大切なのではないかしら」


 母は心よりそう思っているとばかりに常日頃彼女に言い聞かせている話を繰り返す。商用旅行にも付き添えるように馬にも乗れ、商会の会計もできるように経理も学んだし、商法に関しても勉強している。それに、薬師の作る薬を自家で作れるということも評価されるだろう。


 魔術はあくまでも高位の貴族以上にとって必要とされる能力なのだ。





 余談ではあるが、この世界には「魔術」「魔法」「魔導」という区分が存在する。一人の人間が比較的簡単な詠唱や素材で発動できるのが「魔術」。一人で行うなら、長い詠唱と多くの触媒、もしくは複数の魔力を有する者が合わさって一つの詠唱を発動するのが「魔法」、そして魔道具もしくは魔法陣を用いて発動するものが「魔導」である。


「魔法」は国王の管轄で管理されており、無暗に許可なく用いることはできない。また、「魔導」は軍の管理下にあり対外戦争もしくは災害級の魔物討伐に使用されるほどの威力を有する。またコストも膨大だ。


 姉も魔法を使えるものの「魔術」の延長線上の威力程度であり、正規の魔法士や魔導士の運用するそれには到底及ばない。しかしながら、限定的でも家人が「魔法」を用いることができるのは高位貴族にとってはステイタスとして十分魅力がある。


 両親と姉の思惑通り、侯爵家の数家から婚約の打診が来ているものの、家柄は古いが王家との距離も遠く、魔物の多い領地であまり豊かな家ではないのだそうだ。当たり前といえば当たり前である。


 とはいえ、姉の婚約もこの1-2年でまとめなければ「行き遅れ」扱されかねないのが貴族の結婚事情だ。17歳で婚約、18歳で結婚くらいでなければ少々厳しいだろう。


 彼女はいまだ13歳であり、下位の貴族や商家であればもう少し遅くとも問題はない。女性的な成長の遅い彼女の場合、まだ時間があると……時間が経てば何とかなると……信じたい。つまり、あと3年くらいはどうとでもなるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「あなた、結婚していたの? 好きな女性はいたのかしら」

『……』


 13歳の少女らしく、人生の先輩であったはずの魔剣に対して率直な質問をして大いに困らせるのである。彼女以外は食事の後のお茶を楽しみながら、婚約相手の品定めをしている最中である。聞いても仕方がないことなので、彼女は一人先に自分の部屋に戻ったのだ。


『なんでそんなこと聞くんだ』

「……幼馴染がいるの。もう何年も顔を合わせていないのだけれど」


 彼女と同い年の男の子。今は騎士団の幼年学校に入っている。隣の屋敷に住んでいた彼は、姉とは本当の弟のように接していた。むしろ、彼女以上に姉弟のように見られた。


 さして豊かではない男爵家の一人息子として生まれた彼は、幸い魔力を有することが分かり、体と魔力を鍛え、魔導騎士を目指すことにした。魔導騎士とは魔力を用いることで大幅に身体能力を強化できる鎧を装備した騎士であり、有体に言えばパワードスーツを着た騎士である。


 身分的には近衛騎士と同程度であり、爵位はそれほど重視されない。祖父の代に騎士としての勲功を重ねた結果、男爵位を授けられた彼の家は近衛騎士として出世できるとは思えなかったからである。


 名前は……ファルコとかホークとかそんな名前であったと思う。彼は彼女にあまり関心がなかったように思える。彼女も姉にまとわりつく彼に特に関心はなかったのだけれど、彼の家が裕福な商家であれば、自分が妻になっていたかもしれないと思ったのだ。


『結婚は……できなかったな。好きな女はいた』

「……どうなったの……」

『諦めた。俺は魔術師だしな。幸せにできそうにもなかった』


 そう思うと、彼が魔導騎士を目指したのも腑に落ちる。姉は幼いころから両親に期待されていた。侯爵の息子を婿に迎えられるようにと。そして、彼は男爵の息子だった。なら、侯爵に迎えられるような……騎士になればいいと思ったのかもしれない。


『お前はどうなんだ』

「私には幼馴染の男の子が一人いるのだけれど……」

『どうした、フラれたのか』

「……多分、姉さんが好きなのよ。私はいないモノ扱い……かしらね」

『……これから縁があるだろ……多分……根拠はねえぞ……』

「そう。ありがとう」


 魔剣は「もう少し姉ちゃん見習って胸を……」とは言わずにおいたのであるが、彼女がそう言うことに関心を持てるのは、もう少し先になりそうである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、彼女はポーションを作るか調べ物をするか迷っていた。とはいえ、とりあえず今日は屋敷を出ることはしないつもりであった。


『何が気になるんだ』


 魔剣の問いにその場では答えず、彼女は書庫にいこうかと考えていた。


「魔狼のことよ。あなたの鞘は魔狼のお腹の毛皮の白い部分で作ってあげるわ」

『それは嬉しいな。次にギルドに行ったとき、武具屋で良さそうなダガーも一緒に買うことだな。それが俺の身代わりになるからな』


 彼女は魔剣の鞘のことを忘れていないことを伝えると同時に、いまの懸念を伝えたのであった。


「魔狼はゴブリンの大きな群れと共生をしていると……聞いたことがあるわ」

『その通りだ。ゴブリンの群にロードと呼ばれる支配種が発生すると、様々な上位種を育成し大きな群れを作る。その場合、脅威度は黒等級から青等級まで拡大する。今の冒険者のギルドの評価に合わせるとだな』


 冒険者ギルドで対応できる限界の等級だろう。魔物の脅威度で当て嵌めるなら、ゴブリンは黒、オークは黄、ハイオークもしくはオーガで赤、群れた場合、それが自動的に一つ上の等級となる。


 単体で赤のオーガは群となれば青となり、その青と同等の脅威度となるゴブリンロードの発生がどれほどの問題か理解してもらえると思う。


『魔狼に乗るゴブリンライダーは、機動力、魔狼の能力、群の脅威度と重なって黄等級から赤等級の魔物になるだろう。興奮していればお前のハープで眠らせるわけにもいかないだろうな』


 青等級の討伐対象。それは、ここ王都であれば騎士団が対応してもおかしくない内容だろう。とはいえ、王都に直接被害が出るまでは、いくつかの周辺の村や小規模な街、街道を行き来する隊商やその護衛を務める冒険者の被害が相当出るに違いない。それが過去の流れなのだから。


「ただのはぐれた魔狼ならいいのだけれど……」


 聴覚と嗅覚に優れた魔狼をどうにかできないかと考え、彼女は書庫で獣除けのポーションと、それを応用した攻撃を考えることにしていた。


「……ポワブル……カイエンとかを基にすれば……」


 熊よけを参考に、彼女は撃退用のポーションを考えることにした。


「水魔法を飛ばす要領で、油も飛ばすことができるかしら?」

『魔力で生成したものほどは上手くできないだろうな。普通の油で練習してみたらどうだ』

「そうね。獣油ででも練習してみようかしら」


 その日は、撃退ポーション作りと、油玉を飛ばす練習をどうするか考えることで、一日は過ぎていった。



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[気になる点] >その何十倍も価値のあるポーションが話題になっていることがさぞかしなのだろう。 「さぞかし」と「なのだろう」の間に何か言葉が抜けていませんか?
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