第260話 彼女はアンデッド・ナイトについて考える
第260話 彼女はアンデッド・ナイトについて考える
今から二百年ほど前、王国の軍がランドルで大敗した戦いがある。『騎士の悲劇』と呼ばれる、一連の王国騎士団が敗戦し続ける契機となった戦であった。
ランドルは王国と連合王国に共に臣従している時代があり、両国にとっても係争地であった。毛織物業が勃興し、連合王国は自国の羊毛を輸出し毛織物として製造することで経済的な権益を確保しようと考え、また王国はその連合王国が隣地に勢力を扶植することをよしとしなかった。
王国軍によるランドル進駐と総督による統治が行われたが、税の収奪が過酷であったことから市民軍が反乱を起こすことになる。当時の王国軍を率いた将軍たちは、重装騎兵の能力があれば歩兵中心の市民軍など恐るるに足らずと考えたようだ。
『結局、騎士たちに手柄を立てさせようと前衛の歩兵が優勢だったにもかかわらず、歩兵を下げて騎兵を突撃させたのです』
『けどよ、市民軍の奴らは巧妙でな。その辺りを泥濘化させておいたのさ。おかげで今は泥に足をとられて身動き取れず、徒歩の騎士たちも鎧の重量と足場の悪さに体力を消耗して槍衾を並べた市民どもの歩兵にいいように討ち取られていったって言うじゃねぇか』
王国騎士団が大打撃を受けるパターンは、地形的に狭隘であったり泥濘のような機動力を削がれる場所で対峙し、騎士の衝突力を殺され、長い間合いの兵器……弓・銃・長槍で打ちのめされることで起こる。
「それ故に魔導騎士であったり、騎士団の再編があったわけね」
『お前の魔装もそうだな。騎士も軽装の機動力を優先した古の帝国の時代の戦術に戻りつつある。槍より間合いの長い銃が重宝されるのも同じ理由だ』
弓銃も長弓も装備するのに訓練と設備投資が必要である。銃は槍の延長である程度訓練すれば使用が可能とされている。実際、暴発する可能性も二三割あるのだが。
『その時は騎士同士の戦いでなかったから、それまでの生け捕りにして捕虜交換で金にするってのが無かったんだよ』
もともとが王国の酷政に対する反乱であるから、その支配の根幹をなしていた進駐軍である騎士たちを生かしておくわけがなかったのだ。つまり……
『騎士だけで参加した人数の四割、千人が殺された。同数の歩兵もだな』
軍全体の構成は騎士が少なかったのは当然だが、罠にはまり先陣きって泥濘にはまった故に多数が殺されたのだ。
『ここから先が問題だ。連合王国と帝国は王国の再侵攻に対応するために、この死んだ騎士の死体を用いてアンデッドを作成し、国境付近に展開させることにした。勿論、平素は封印しておいて侵攻時に即応戦力として投入することにしてたんだよ』
コルト近郊で行われた『騎士の悲劇』のあと、コルトのさらに西にある王国との境目の城塞都市『リル』近郊に『レヴナント』化させた騎士・歩兵を約千体ほど帝国の死霊術師は伏せたのだろうという。
そうすると、その死霊術師は少なくとも二百年程生きている……と考えねばならないだろう。長命なのか、不死の術を己にかけたのかは分からないが、普通の魔術師ではない事は察することが出来る。
「レヴナントは時間の経過とともに魂が抜けてしまうから、それでは二百年もたっているのだから戦力にならないのではないかしら」
『そのままだったらな。だから、レヴナント化したあと魂と死体を癒合させることにした。見た目はスケルトンかリッチに近いが、実際は劣化したレヴナントといえばいいか』
アンデッドナイトは騎士の死体と魂を用いたレヴナントをさらに魔導を用いて魂を固定化させたものである。とはいえ、精神的にはレヴナントと比べると劣化しているのだが、理性や人間的な記憶が摩耗し、動物としての本能、騎士として身に着けた技術のみ残る状態となっているのだという。
「つまり、非常に危険な騎士擬きということかしら」
『レヴナント並みの身体強化状態で、狂化されていると思えばいい。あれだ、自分が滅するまで激しく剣で斬りかかるような存在だな』
『とても厄介です。人間同士の戦いを想定していると、恐らく飲み込まれます』
「魔物化した人間擬き……むしろ罠や道具で討伐する方が効率が良いのね」
『落とし穴とか爆薬とか使えばいいな。燃え尽きるまでは動き回るが、ある程度損壊すれば脅威ではなくなる』
骨と皮に魔力による仮装の肉体を得ているのであるから、その骨を砕くかつなぎ合わせている皮ごと焼き形を失わせることが必要なのだという。
『鈍器だな』
『鈍器ですね』
「……鈍器なのね……」
フルプレートの騎士に対抗するため、メイスやフレイル、槍ではなくピックや引き倒すフックを備えたハルバードのような装備が存在する。剣ではなくその辺りのもので間合いの長い物を使うべきなのだろう。
『バルディッシュとフットマンズフレイルでしょうか』
『魔装銃も悪くねぇ。削れるからな』
戦列を崩すために遠距離から魔装銃で攻撃しておき、次に長柄の打撃武器で叩きのめす。接近中は油球と火球で燃やすことも有効だろうがそのまま燃えた状態で突入されるのも困る。
「簡易な堡塁を形成する魔術が欲しいわね。結界では恒常的に魔力を流し続けることになるから望ましくないのよ」
『それなら、いい考えがある』
『魔剣』は水晶を用いた土魔術について説明を始めるのである。
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帰還したブルームメンバーに居残りであった従騎士達が話しかけ、スケルトンとの戦いの話を口々にせがむ。
「なあ、どんな感じだったのだ」
「……まあ、ただの骨だから存外脆いな」
「そ、そうか。なら!」
「……数が余りにも多い。それに、複数で同時に襲いかかってくるから、一体に関わってると、あっという間に背後を取られる」
「バディを組んでお互いに背後を庇いあう。押されたら引きながら後ろをとられない様に左右を警戒しつつ一撃で倒す。の延々繰り返しだな……」
容易な相手だが、エンドレスの戦い。平地で向かい合えば厄介な相手である事は間違いない。
「何を勘違いしているのだ。我は城壁を盾に時間を稼ぐのが目的だ。討伐は城門を護るための手段に過ぎぬ。それも、全ての門をずっと守る必要もない。引き込んで孤立させ殲滅するために、敢えて敵を中に入れる事も必要だろう」
甕門と呼ばれる敵を引き込んで周囲から攻撃するスペースはミアンの東門にも存在するが、損耗を強いれば後退する生身の軍隊ではないので、それは必ずしも成功するとは限らない。
「閣下、引き揚げた鉄の柵を降ろすだけで甕門を塞ぐことは可能です。スケルトンでは鉄の柵を破壊する事は難しいでしょうから、ギュイエ公爵令嬢の仰ることは間違いではございません」
同席している聖騎士の一人がそう囁く。連合王国・帝国との最前線を担う特権都市であるミアンはこの百年、相当に手を入れて街の防御策を充実させてきているのだ。自信もあるだろう。
既に四方に放った斥候はスケルトンの集団を確認し、ミアンに帰還している。危惧した通り、この街に四方から迫っていることが判明している
スケルトンは弱い。しかし、スケルトン達は侮れない。野戦であれば数で押し込まれるであろうし、攻城戦でも結局、スケルトン自体を破壊する手段は直接武器で殴るしか方法がない。糧秣不足となり撤退するという事がありえないので、持久戦はこちらが不利になる。
引き込んだとして、どうすればスケルトンを個々に討伐できるか……一番良いのは迷路のような柵を施し、一対一で対峙できる環境を作る事だろう。もしくは、背後に回れないように腰の高さほどの擁壁でもあれば前進が防げる。城壁では最初から登れないので、向こうも攻撃できないが、こちらも包囲を解くために何かすることはできず、じり貧である。
彼女はあの数のスケルトンを押しとどめる策を考えていた。引き込んだとしても、恐らくは押しとどめる事が出来ず、囲まれてしまう可能性が高い。故に、彼女は苦手な『土』魔術を行使するために、魔石に『魔剣』から教わった術式を刻み込んでいくことにする。
実際は、彼女の魔力を通して『魔剣』が刻んでいるに等しいのだが。
『よし、これでどうだ』
「……試してみる場所が必要ね」
彼女は周囲に断りを入れ、外郭と内郭の間にある広場に来ていた。ここは、兵士を集める場所でもあり、攻城戦となれば大砲の射程から内郭の城壁を守るためのバルジに相当する。
『この辺りでいいだろう』
内郭の正面、橋の前面に当たる場所に彼女は立っている。
「では、魔石を置くわ。この範囲で良いわよね」
『感覚は、魔力壁を作る感じだな』
「了解よ」
彼女は地面に置いた魔術式の刻み込まれた魔石に己の魔力を通す。すると、地面から1m、厚さ30㎝ほどの『岩』の壁が城門の幅ほどに形成された。
『どうだ調子は』
「すこし、くらくらしたわね」
『土』の魔術を使える系統の者は、『土』の精霊であるノームを魔力を用いて使役する事で、地形を変えることが出来る。この術式は、ノームの存在を介せずに魔力で強引に土を壁上に整形し強度を高めるものなので、魔力の消費量がとても多い。つまり……
「精々、一日一度か二度ね」
『十分だろ?』
甕門内部にこの中間壁が存在すれば壁で動きを阻止されたスケルトンを安全に攻撃できる……かもしれない。少なくとも、自由に前進されるよりは遥かにましだ。
『それと、これ、お前の魔力が掛かっているから、アンデッドは地味にダメージ加わるぞ』
カトリナ嬢でも同じことはできるかもしれないが、彼女では追加効果を生み出す事はない。とは言え、彼女だけがこれを続けて作成する事も魔力量的には厳しい。
「要相談ね」
幸い、刻んだ魔術式は再利用できるという事なので、魔石を拾うと、彼女はミアン城内に戻るのであった。
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城内に引き上げると、東門で伯姪が待ち構えていた。
「なんか、東側で凄い発光があったみたいだけど、貴方何かしたのかしら?」
彼女は伯姪に、魔力で『石壁』ができるかどうかの実験をした旨を伝える。
「ああ、ドリアスの石壁みたいなものね」
『ドリアスの石壁』とは、古の帝国の皇帝が連合王国が現在ある島に遠征した際に、帝国領と蛮族の住む地を分けるために築いた石を積んだ長い壁のようなものだ。
「コンクリートのようなものなので、石ではないわ」
「うーん。後片付けが大変そうだね」
「そ、そうかしら……」
彼女は少々考え「馬車が通れる程度の狭間を切ればいい」ということを思いついた。その場で検問すれば、塀の上に立って上から見下ろし、荷馬車の上面にも目が届くというものだ。
伯姪に説明すると「良いわね」と賛同してもらえた。そして……
「全部の甕門に設置するつもり?」
「……協力してもらえればね」
魔力の消費が膨大で、彼女でも一箇所が精々だという。伯姪は「誰に?」とは聞かなかった。
「……どうかしら?」
「ふむ、それは私がするべきだろうな」
カトリナが大いに胸を張る。警備隊長、教官、聖騎士たちを踏まえた防衛手段の確認の際、彼女が提案した『防御壁』について説明すると、賛同を得ることが出来たからだ。
「私たちは初日、それほど展開する可能性もないだろうしな」
「カトリナの仕事としては壁作り優先で良いと思うわ」
初日は、市民兵の士気も高く、ある程度「やれる」と実感させる必要がある。甕城や限られた空間でスケルトンを相手させる必要もあると彼女を含め、ここに集まる幹部は考えていた。
「場所は?」
「外郭の無い東側以外の三つの内郭の門に必要ね」
「コノ字型にする必要がありそうだけど……」
「正面の大きなものだけお願いするわ。後は、木の柵で塞ぐことも可能でしょう」
コの字型に整形することも可能だろうが、カトリナは魔力量は多いが制御が苦手だ。魔石の術式は直線の形成を魔力壁で形成して土をその形に整形・固定するものだから、三度行う必要がある。
故に、左右の間隙は木の柵などで塞ぐことでも問題ないだろう。
「スケルトンが力持ちと言う事はないだろうな」
「……中に、スケルトンではなく、ボーン・ナイトが指揮官として含まれているので、それが前面に出て来ると危険です。ワイト同様、魔力・体力を吸収し、触れた相手に弱い呪いをかける能力を持っています」
「おお、ワイト風スケルトンか。その時は……」
張り切るカトリナの声を制するように、『我々が対処します!』とミアン大聖堂付きの聖騎士と司祭が応じる。司祭も胸当や手甲を付け、討伐するスタイルに変わっている。
「我々はスタッフの扱いも学んでおりますので、騎士の皆さんに守られずとも自衛程度は問題ありません」
壮年にはやや早い年齢の司祭が、穏やかな表情で答える。軽い呪いなら、聖水と司祭の祈りで、浄化することも可能だろう。いざとなれば、彼女のポーションだって使用できる。ただし、七日間でどの程度の被害が出るか分からない為、消耗の経過を確認するまでは安易に配布するつもりはない。
「では、先ず南側の門で作成しましょう」
南側はデンヌの森から到着するスケルトンの軍勢を引き受けることになる。数は三千。決して少なくはない。
「この人数で三千のスケルトン討伐とはねー」
伯姪が「今回も大変だわ」とぼやくものの、彼女の表情はいたって穏やかだ。
「大丈夫。あの子たちが明後日には到達するわ。その時に、内と外から一気に討伐して迎え入れることが出来れば、士気は十分回復するでしょう」
リリアル学院の機動力なら、恐らく連絡を受けて二日かからずにミアンに到着するだろう。彼女の頭の中で、持たせるべき時間は『二日』と考えられていた。
これにて第七幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
第八幕『防衛線』は後日に投稿開始いたします。
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