第253話 彼女は限りある準備を進める
第253話 彼女は限りある準備を進める
通常の魔物対応は、見習騎士・従騎士でも全く経験の無い者は少ない。近衛や魔導騎士はどうなのか知らないが、猪や狼と同程度と考えてもそう誤差は無い。
斬れば血が出るし、傷を重ねればある程度のダメージで死ぬ。という事は、ドラゴンでもゴブリンでも差はない。ところが、アンデッドは少々異なる。実体のあるアンデッドに関していえば「首を斬り落とす」という方法が一般的に有効であると言える。
例えば、スケルトン・レヴナント・グールに吸血鬼。アンデッド化された魔物に関しても同様である。但し、力はオリジナルの魔物たちと比べ格段に上であり、動きも早く失血によるダメージもない。
吸血鬼であれば、その攻撃の圧力はオーガ並みだと考えても構わないだろう。
スケルトンなら攻撃を止めることも可能であろうし、冷静になればレヴナントもそう対応は難しくはない。グールも、魔力を用いれば互角に戦えるだろう。但し、数はこちらの数倍、数十倍いてもおかしくないので、一対一というのは望めない事だろう。
地形的な有利性や、攻撃方法による優位性を得る必要がある。
この実体のあるアンデッドには、『火』による攻撃はある程度有効である。吸血鬼以外は再生しないし、体の強度は死霊術により付与された魔力に左右されるのだが、その体を覆う筋肉が破壊されれば、魔力を受け止める肉体が無くなる。スケルトンに火攻めは効果的ではないだろうが、無意味ではない。
距離を取った火攻め、ダメージを与えた後の接近戦で首を取るの二段階の対応を前提にできるだろう。油をまいた泥濘の上を歩かせ、火を掛けるという遅滞戦闘を行ったのち、複数で一体を倒していくという泥臭い戦いとなるだろうか。
霊体の物は、さらに厄介だ。まず、魔力を帯びていない武器ではダメージが与えられない。また、魔力を有する者でなければそのダメージを継続する事は出来ない。
但し、ゴースト・ファントムと言った人間の魂に近い存在は、その場所に居つく『地縛霊』であり、その魂の集合体であるレイス、悪霊が死体を乗っ取ったワイト、そして、用いた魔力で実体化するスペクターも移動はそれほど得意ではない。むしろ、移動しないと言えば良いだろうか。場所に居つくのである。
故に、発見して無暗に攻撃せず、対応可能なものに報告し、周辺一帯を封鎖する事が誰にでもできる対応と言えるだろう。
実体系の魔物で今回、接触が行われていないものの一つに『デュラハン』が存在する。実体を伴う首なしの騎士の霊であり、『死神』と同様の意を持つ存在だ。その武威は吸血鬼の支配種並であり、魔力を持たない者の攻撃を寄せ付けず、不死者でありながらオーガの如き戦意を発する。
戦場において恐怖をもたらし、人間を弱体化させるとも言う。その能力が『呪い』に端を発するとも言われ、戦場で死なずとも、その力により衰弱し死をもたらす事もある。
「考え始めたらきりがないわ」
『だがよ、聖都の周辺のグールの群れ、そう長い時間かけて造られた物じゃねぇ』
「……あの隊長がもたらせたものだから、吸血鬼がいれば一晩であの程度の戦力はグール化できるのでしょうね」
『あの能力で百でも固まって街を襲えば、あっという間に街一つ滅びるだろうな』
準備段階で異常に気が付いたから聖都に侵攻する前にグールを討伐することが出来た。吸血鬼が少なくとも四体存在し、その内三体は捕らえることができた。だが、それは偶然の積重ね、敵がこちらを侮っていたから可能であったに過ぎない。
「遠征……行きたくないわ……」
『ミアン、最前線っぽいもんな。騎士団の幹部、なんか嗅ぎ付けてるんじゃねえのか。お前らを行かせる合理的理由があるんだろうぜ』
彼女の頭の中に「騎士団内に帝国の協力者がいる」もしくは、その人間に操作されている幹部がいるのではと思い立つが、だからと言って今更遠征を中止すれば、ミアンが大変なことになる可能性もある。
『まあ、何か起こると思って準備するしかねぇな』
「しばらく、この魔力を充てんする作業、続けなければならないのね……気触れそうなのだけれど」
『ポーションか傷薬塗っとけ』
先の事を考えると、色々なことで気が重くなる彼女であった。
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気が重たいのは、リリアル学院の魔装工房においてもであった。
「魔装鍍金三昧だな。燃えるの、小僧よ」
「まあな。これ、少々加工してもいいよな?」
土夫的には二百本のメイスを見て心が躍っているようだ。これだから、脳筋鍛冶師はと彼女は思う。
「一応何をどうしたいか聞いてもいいかしら」
「先生、それは、私のメイスが参考になっているんです!!」
赤毛娘参上。確かに、グール討伐では前線を任され活躍をしていたと記憶している。
「脳を破壊するには、メイスにスピアヘッドを付けてこれで頭蓋を突き刺して脳を破壊するんです。グールや吸血鬼には効果が特にあります」
「反対に、霊体のアンデッドやスケルトンには効果が無いから、ヘッドの部分で叩き割る感じかの」
「手が滑って取り落とさないように、革のベルトを付けて腕に通すようにするからよ。振り回しても安心だ」
「護拳付きがいいよ。あたしのみたいに」
「いや、加工が面倒だし、聖騎士が剣と別に身につける武具だから、おまえのみたいなものは不味い。明らかに、魔物を討伐する為の装備であって、剣は正装だから似せるのは良くない」
「あ、なーるほど。私はこれ、背中に背負ってるから問題ないよね」
赤毛娘が、護拳付きのメイスを革ひもで背中に背負っているのは、明らかにおかしいと思います。先っちょ凄いトゲトゲだし。一応、王国騎士なんだけどなこの子と彼女は思ったりするが、余り強く否定すると、姉がしゃしゃり出てくるのでそっとしておくことにしている。
「この加工のペースで日産どのくらい行けそうなのかしら」
「鍍金は恐らく一週間ほどで終わるな。其の追加の加工で更に二週間、仕上げでさらに二週間か」
「先に出せる分を三十本今週中に可能かしら」
「……何とかする。遠征に必要なんじゃろ?」
察しの良い老土夫に思わず頭が下がる。
「儂とこいつが、少々きつい思いをすれば済む事じゃ」
「あ、鍍金終わったら、バリスタの鏃も作りこまなきゃだろ?」
「そうさな。それは追々でいいじゃろ。バリスタの初期装備はリリアルの戦車に乗せるから、それと合わせてじゃな」
来週に差し迫ったミアンへの遠征のため、出来る限りの事をしておかねばならない。
『増援呼ぶなら、編成を事前に決めないとだろ』
「悩むところね……」
全員動員したいところだが……どうだろうか。
赤毛娘・黒目黒髪・茶目栗毛・青目蒼髪・赤目蒼髪・赤目銀髪に歩人。癖毛に藍目水髪・碧目栗毛・碧目赤毛、灰目赤毛の魔力持ちメンバーに南都遠征に同行した二人の薬師娘を加えた十四人。騎士見習の全員より恐らく戦力になるだろう。間違いなくだ。
「兎馬車と魔装馬車で各二台は出せるわよね」
『兎馬車はバリスタの発射台として割り切り運用でもいいな。疾走は出来ないが、移動しながら撃つ程度なら、兎馬でも速度は出るぞ』
全力疾走では勝てないが、早足程度までは兎馬も馬も変わらない。むしろ、軽量小型の兎馬車に発射台としての利点は上回るかもしれない。
『魔装馬車は門前の防衛にも使えるだろ? 役割を分けてもいいと思うぞ』
全員投入となれば、その展開も可能だろう。彼女に劣るとはいえ、癖毛と黒目黒髪の魔力量は戦車の魔装装甲を終日起動するだけの力はある。周りに纏わりつかれたとしても、簡単には破壊できず、触れれば魔力によるダメージもうける事になるだろう。
『投網みたいに、魔力を通した魔装網で何度も周りに投げつけるとかありじゃねぇか』
「良い考えね。経糸にワイヤー横糸に魔装糸製の縄で組んで、何度も蝟集する魔物に投げつけるのも悪くないわ」
投擲攻撃に対しても、魔力障壁を展開した状態で頭を上げる分には安心であるし、弾切れの心配がないのが何よりも良いことだ。いざとなれば、簡易障壁として機能させることもできるだろう。
「けど、また彼らの仕事が増えるわね」
『ばっかやろう、そんなことはあいつらが考えるべき段階だ。課題を与えて、それを乗り越えたら褒めるのがお前の役割だろ。気を遣って先々死ぬくらいなら、いま死ぬほど働かせるのが愛情じゃねぇか!!』
それもどうかとは思うが、打てるべき手をできるだけ対応させることが優先だと彼女も理解している。カタパルト用の投網を先に流用すれば、この装備を整える事は出来るだろう。
この話を老土夫にすると、「まあ、当然じゃの」と言って、リリアルの馬車の拠点防衛装備として最優先で作成する事を決めていた。実際、加工するのは癖毛なのだが。
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「必ず殺すと書いて『必殺』!!」
「必ず殺される場合も『必殺』じゃない? 縁起でもない」
最近、遠征が近づくにつれ、脳筋度が加速している公爵令嬢である。冒険者として得難い経験をして一回り成長したのだが、ジジマッチョ方向に成長してしまった、残念な令嬢と言えるだろう。
「……まあ、公爵令嬢であれば、嫁の貰い手は沢山あるでしょうから、別に何も言う事はないわ」
「ふむ、最低でも王太子妃の枠は残っているからな。今から、王太子妃様(笑)と呼んでも構わんぞ」
確かに、ギュイエ公爵家の娘なら、王妃も全く問題ないだろうが、なおのことこんな所で生き死にを掛けるような立場にいていいのかどうか疑問に思う。その辺り、本人はともかく公爵家や王家はどう考えているのだろうか。
「騎士として一人前になるまでは好きにして良いと言われているからな」
「公爵様は……娘が話を聞く気が無いので、線引きをしておるだけでございます」
「なっ、娘の自主性に委ねているのではないのか!!」
カトリナ嬢の言葉をバッサリ斬る侍女カミラ。その子供の頃からの苦労が偲ばれる。自分に都合の悪いことが記憶できない人が一定数存在するのだが、間違いなくカトリナはその人だろう。
――― 見た目は麗しいが、中身は真正のポンコツなのである。
『こいつが王妃とか、絶対ヤバいな……』
『魔剣』の呟きに、彼女は同意するのだが、国内の高位貴族の娘に王太子に釣り合う女性は彼女くらいなのである。かといって、帝国・連合王国に釣り合う女性を求めるのは環境的にも宗教的にも難しいし、法国の公爵家なども同様に問題がある。政治的な勢力をいじりたくないので、国内の有力貴族の娘を嫁に取りたいのが王家の本音であろう。
「ん、王太子妃に興味があるのか?」
「いえ、全く」
「でも、今のままで行くと、あなた伯爵になる事になっているじゃない?」
彼女は、タラスクス討伐の功をもって、順次陞爵することになっている。何より、自前の騎士団が持てるのは伯爵以上の家系であるのでリリアル騎士団設立のために、伯爵となる事は内定しているのである。タラスクス討伐の功績で、それが確定路線となっただけなのだ。
「十八歳で子爵、二十歳で伯爵の予定でしょ? 伯爵家の当主なら、王妃でも可能になるわよね?」
「……聞いたことないわね、女伯爵が王妃になるとか」
「まあ、何事にも初めてはあるからな。リリアル伯爵が先例となるだけであろう。伯爵領も王家の一部になるのだから、王家としては丸儲けだな」
そんなケチ臭い王家は嫌なのだが、王妃様や国王陛下なら合理的に考えないでもないと思えるのが恐ろしい。
「私、仮にそうだとしてもリリアルに住み続けるわよ」
「元々、王妃様の離宮なんだから問題ないじゃない。むしろ、本来の使用用途に戻っているから、悪くないわよね」
「問題は、リリアル騎士団長が王太子妃であることくらいだろうか」
「……ちょっとカッコいいわね。どこぞの年増独身女王より、若き王太子妃が軍の先頭に立つ方が士気が上がるってものじゃない」
「戦争しないわよ、私は」
彼女は王国を魔物や盗賊から守るためには働くが、対外戦争に参加する気は全くない。そうならぬよう、魔装騎士たちを国境に配置しているのは王国の国防戦略の要なのだ。
「まあ、絵的には羨ましいな。私も、自分の騎士団が欲しいものだ。魔装騎士はロマンがあるからな」
「確かに、筋肉ムキムキのおっさん集団にはないリリアルの良さがあるわね」
少女騎士団と実際の編成上見られているリリアルである。その実戦の戦績より、可愛らしい少女たちが騎士服を身に纏う姿が王都でも話題になっているという。王都に彼女らは遊びに行かないので、本人たちはあまり知らないが、彼女の姉や孤児院のシスターたちから話を聞くことがある。
「私も、自分の侍女たちを女騎士にするかな」
「……お辞め下さい。公爵閣下の具合がまた悪くなります」
「前にも何かやらかしてるんだ」
「それで、近衛にぶち込まれたのではないかしら」
「む、た、大したことではない。ささやかな遊び心だ」
カミラ曰く、カミラを基準に貴族の子女に訓練させたところ、大怪我や疲労困憊者続出で、公爵様に抗議が殺到したり、侍女を辞職する者たちが殺到して大混乱となったらしい。数年前の話だが。
「それで、冒険者の依頼も正規ルートで出したわけね」
「う、そうだ。実際、良い経験をさせてもらったので、感謝している」
話は堂々巡りになりかねないが、彼女が話をできるブルームのメンバーはカトリナ主従しかいないので、ミアン遠征に向けてのすり合わせを行う。
「アンデッドが出た場合、霊体の者はその場から動けないので、発見したらそのまま後退して近隣の大聖堂に報告。アンデッドの専門家に討伐は任せてもらいたいの」
「リリアルで聖魔装を作成しているから、その装備を持った聖騎士が討伐に向かうから、任せてちょうだい」
『聖魔装』の言葉に激しく反応するカトリナだが、一切無視する。
「そ、その聖魔装とは!!」
「教会の聖騎士優先だから今回の遠征にあなたが持ち込むのは無理よ。王家にも騎士団にも断りを入れているから」
と先に断言をしておくのだが……カミラがカトリナの耳元で何か囁く。
「ふふ、こんな事もあろうかと、ギュイエ公爵家の家宝の一つ『ポワトゥの聖魔棍』を持ち出す事に成功したぞ」
ポワトゥの聖魔棍とは、サラセン人が王国に侵攻した千年ほど前の戦いで当時の王が使用した聖なる棍棒のことである。その地の大聖堂であるポワトゥ大聖堂に保管されていた物を……無理やり借り出したらしい。やはり、高位脳筋令嬢は侮れないと彼女は思った。
【作者からのお知らせ】
四部の裏で活躍する修道女達の成り上がり。
没落令嬢どんとこい!~修道院に送られた四人の令嬢の物語~『聖エゼル奇譚』
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