第250話 彼女は死霊の拡散について検討をする
第250話 彼女は死霊の拡散について検討をする
彼女は言葉を選びながら、『伯爵』に黒水晶の作成者について尋ねる事にした。
「帝国では死霊術師や錬金術師も活躍しているのでありませんか?」
『そうだね。私のいた時代は、サラセンと王国との戦争の真っ最中だったから、勝つために様々な研究を推奨していたし、大商人や貴族・司教や皇帝も資金を惜しみなく供給していたね』
つまり、心当たりはあるのだ。
「帝国には有名なホーエンハイム導師がいらしたはずですね」
放浪の錬金術師・医師・化学者そして……死霊術師と言われている著名人だ。悪魔使いであったとすら言われている。
『そうだね、彼の生涯の大半は帝国にあり、その時代に私も交流が……多少はあった』
導師が亡くなった時期は三十年ほど前、伯爵が王都に現れた時期と一致しているのは何か関係があるのかもしれない。
「ホーエンハイム導師がこの黒水晶と関わりがあったとは考えられませんか?」
『ゼロではないが、そもそも、今回のそれは三百年前の総長と管区長の魂と骨だね。つまり……』
導師のスポンサーが現在の騎士団に吸収された修道騎士団の残党である可能性はあるが、術自体は別の所でなされた行為であるということがわかるだろう。時間軸が合わなさすぎる。
『高度な術だね。先ず、魂と肉体を別々に保管した。魂はそうだな……長く身に着けていたアミュレットや帯剣なんかを触媒にして仮の保管場所にした可能性はあるね』
『なんだ、俺と同じ方法か』
『魔剣』の呟きは彼女にだけ聞こえる。つまり、処刑される時点で魂を肉体から切り離し、長く身に着けていた装飾品などに一時的に封印したと考えられる。
「なるほど。ならば、肉体が失われても、魂をこの世にとどめておくことができるのだろうな」
「すり替えて回収した遺骨を元に、魔水晶を組合せ錬金で黒水晶を作成し、そこに魂を改めて封じ込める。既に様々な恨みを抱え、投獄と拷問、さらに偽証による異端認定と聖騎士としての存在を散々に穢され、魂は大いに一つの感情へと集約される」
「「「王国への復讐への狂気」」」
そして、今一つ思い出さねばならないことがある。修道騎士団の強大化した存在は、帝国も教皇も快く思ってはいなかったことだ。聖王国を失い、おめおめと王国に帰還した彼らは、獅子身中の虫でしかなかった。サラセンの土地にいるからこその存在意義なのだ。自分の身近にいてもらっては迷惑極まりない厄介者。当の騎士団幹部がそれをどの程度理解していたかは疑問だが。
「王国が異端判定をしたからと言って、周りの国が口頭で抗議しただけというのは解せないな」
王太子曰く、王国の手で処分させ、更には王国を攻撃する為の口実、更には今回の様なアンデッド化させて利用しようとする勢力が存在したのだろうというのだ。
「その後、王国は何度も滅亡の危機にさらされている。王家の直系が断絶、更に、連合王国との百年戦争で王国の半分が支配されていたこともある。シャンパー公国も帝国皇帝の領地になった地域も相当あるしな」
「今まで、騎士団のスペクターを投入する必要が無かったという事でございますな」
司祭の解釈に王太子が頷く。
「ああ。最近、各国の工作を誰かが潰して回っているから、ここぞとばかりに使ってきたのだろう」
「その誰かが『聖女』として、アンデッド対策には最適の人材と化しているとは情報が伝わっていないのだろうな。ふむ、面白い」
「……面白くは無いわ。厄介なだけではないかしら」
公爵令嬢の軽口に真面目に反論する彼女は、帝国や連合王国がどの程度手札を隠しているのか気になっていた。
「魔物や傭兵・犯罪組織を使った内部攪乱を潰されてきて、リリアルが邪魔なのだろうな」
「それはそうだろう。いなければ、今頃王都近郊ではゴブリンキングの群れや人攫いにアンデッドの集団が暴れまわっていただろうからな」
タイミングが逐次投入となっているのは、対応が早すぎるからなのか、術者が限られているため、同時複数に仕掛けられないのかは不明だが、こちらとしても助かっていると言える。
「『伯爵』、帝国内に存在する騎士団に、彼のような騎士の魂を利用した黒水晶は更にあると思いますか」
『伯爵』はしばらく考えた後、答えた。
『一つの仮説だけどね。帝国内はサラセンとの戦い、農民の反乱、零落した騎士の反乱が続いていた時期がある。その時代において、自分の置かれた立場に大いに憤りを感じた者たちはいたと思う。但し宗教的な狂気となると、いささか疑問だな。むしろ、それは加害者側だからな』
「……なるほど。被害者になる立場ではありませんね……」
東方植民で異教徒を『人間狩り』の対象としたり、女子供を攫ったりしたのは騎士たちなのだ。恨まれこそすれ、恨みを抱えて狂気に陥りはしない。可能性的には、サラセンに捕まり拷問死に至るような存在だが、その魂を利用する人間がサラセンにいるとも思えない。
「あとは、自分たちの内部で適当な人間を粛清し、その黒卵の材料とするくらいだな」
「……無いとは言えないのが怖いわね」
ある日突然、騎士のスペクターが現れ、人を襲い始めたとするならば、高位の聖騎士か聖職者でなければたちまち殺される可能性が高い。ゴブリンやグールを送り込むより簡単だが、スペクターは自身で移動する事はないので、そこは使い所が限られるだろう。
「また出る可能性も考え、対策を考えねばだな」
「今回、聖油を用いた攻撃を試した結果のご報告がまだでしたので、この場でお伝えいたします」
教会で用意してもらった聖油の効果は、『防疫担当』司祭も気になるだろう。
「最初に出会った四体の聖騎士のスペクターには効果がありました」
「おお、それはなにより」
「効果覿面であったな」
その割に、オーバーペースで自爆したカトリナである。何故か偉そうなコメントが少々腹立たしいと彼女は感じる。
「次に、総長・管区長のスペクターには残念ながら効果がありませんでした」
司祭をはじめ、王太子もがっかりした顔になる。だがしかし、ちょっと考えてもらえるだろうか。
「ほとんどの総長・管区長は聖戦の中で戦死するか、故郷に帰って心安らかに天寿を全うしています。魂も天に帰っているのですから、あのようなイレギュラーで強固な存在を基準にする必要はないと思います」
「……確かに……」
皆の顔が安堵する。あんな強力なスペクターがそこかしこに現れるはずがないのだ。素材となる高位聖職者で恨みを持って死んだ人間の魂を保管し、さらに肉体を触媒としてスペクターとして召喚できる素材が何人もいるとは思えない。
「故に、聖油を装備したアンデッド対策班の設置は必要かと思います」
「王都の大聖堂から、各司教座・教会に聖油の備蓄を増やすこと、余剰分を近隣の騎士団が回収するという回状を出してもらえるだろうか」
「勿論でございます。聖騎士達にも、今回の内容に関して告知をし、アンデッド対策に一段と力を入れるようにいたします」
「頼んだぞ」
これ以上の凶悪な存在は早々現れないだろうと判断し、聖油によるアンデッド対策を強化するという事で、教会・王国は確認するに至った。一先ず、今回の討伐に関する検証は終わる事になった。
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『あの聖油、俺にも効くのかな』
「何なら試してみる?」
『さり気に浄化しようとするんじゃねぇよ。俺はまだこの世に未練があるんだよ』
随分と未練がましいのねという嫌味を言う気にはなれず、彼女は黙って別の事を考える事にした。
「『伯爵』の言う、帝国の死霊術師がどんな存在なのか調べたいわね」
『難しいだろうな。支配種の吸血鬼並みに見つからないだろうな。まあ、噂では聞いたことがあるけどな』
『魔剣』曰く、彼が生身の魔術師であった頃から、帝国には『ドラッケンフェロー』と呼ばれる研究者の存在が囁かれていたのだという。
「ドラッケン……どういうニュアンスなのかしら」
『恐ろしい研究とでも言うのか。まあ、死者の蘇生とか悪魔の召還、それと、魔物と人間の合成……禁忌と呼ばれる魔術の構築だな。それを、長く続けていると言われている。何百年もだ』
彼女は「不老不死の存在であるなら、高位の吸血鬼である可能性は充分考えられる」と考えるに至る。ホーエンハイム導師はその高位吸血鬼の研究パートナーであったか、若しくは高齢となった後、吸血鬼に転生する事を望んだか。吸血鬼となり、『伯爵』と袂を分かち『伯爵』は帝国から離れたと考える事も出来る。
「一連の吸血鬼騒ぎと関連あるのかしら」
『さあな。だが、支配種は女だろう。隷属種が女、従属種が男だからな。女の吸血鬼の錬金術師という可能性もゼロじゃないが、研究者は社交はしないんじゃねぇのか』
薬品くさい錬金術師が社交に出て、配下の吸血鬼を増やすために色々活動するのは合わないだろう。つまり、帝国には死霊術師の吸血鬼と、配下を多数持つ支配種の女吸血鬼の二人が少なくとも存在し王国に対し工作活動をしている……ということだ。
『サラセンとの戦争で投入しようと考えていた戦力、王国に使い始めたって可能性もあるだろ』
「王国と帝国の間は、今は戦争していないわよ」
『……『今』は……だろ』
帝国と王国、元は一つの君主の下にあった事もある。もう千年以上前の話になるが。君主の子供の間で分割された帝国・王国・法国はその地域を少しずつ入れ替えながら、今日に至っている。
帝国と王国の中間にあった法国の一部が山国や旧シャンパー公国として独立したこともある。帝国の七人の選帝君主の中には、シャンパー公国宰相という肩書が残されていたりもする。
「東の危機が去った途端にこちらに仕掛けてきたという事かしら」
『手持無沙汰なんだろうな現場の死霊術師や吸血鬼の支配種どもが。幸い、ネデル領で内乱が継続しているから、そこに王国を介入させない予防戦争という大義名分でもつけて、王国に戦力を投入する了解を上に得てるんだろう』
元々が、魔物を使った特殊工作なのであるから、本来の目標がなくなったからといってすぐさま戦力が消えるわけではない。何かを宛がわねばならないのであれば、長年の仇敵にぶつけておこうと考えるのは不思議ではない。
「迷惑な話ね」
『事実であればな。だから、この話は王国内では完結しない。死霊術師自体を滅するか、王国に矛先を向けるのが割に合わないと思わせない限り、こっちにあれらが入り込んでくるのは続くだろうぜ』
彼女は、この話が王国を護るために、帝国内に潜むそれらを駆除しなければ解決しないと理解した。それは、彼女自身が帝国内でそれらを見つけ出し、狩り尽くす事につながるだろう。
問題はいくつかある。王国内であれば、問題が発生し騎士団で処理できない魔物に関する依頼はリリアルに確実に上がってくる。故に、対処療法ではあるが対応は出来た。
しかし、帝国内でそれらが問題を起こすはずもなく、管理されているとすれば、独自に調査をする事は相当に困難だろう。吸血鬼が作り出すグールは現地で調達された人間が使用されていたし、今回のスペクターも手荷物の範囲で持ち込むことが可能な黒い水晶に過ぎない。
安置された遺体に細工されたとしても、一つ一つの遺骸を検めることは物理的にできないだろうし、その確認を誰もができるわけではないから、仕掛ける方が圧倒的に有利である。
『帝国に入り込んだとしても、余所者は分からねぇだろうな』
「……高位の冒険者にでもなって、雇われるとかかしらね」
『年単位で王国を離れる事になるが、可能かと言えば難しいんじゃねぇの。誰がいまの魔物を狩るんだって話になる』
「対処療法を行いながら、リリアルの戦力を強化して、王国の防衛と帝国への侵入の両方が熟せるだけの組織に育ててから……ということになるわね」
学院の生徒は二期生三期生と育てていけば問題ないだろうし、中等孤児院が軌道に乗れば、魔力の無い孤児でも、職業軍人としての教育も可能になるだろう。それには五年十年の単位で時間がかかる。その間は、ひたすら対処療法を行う事になるかと思うと……
「婚期が遠のくじゃない!!」
『それな』
『でございますね主』
魔力持ちは老化が穏やかなので、未だ成長期の十五歳の彼女であるが、相手は年齢を気にする。少なくとも、ここ一二年で婚約をし、十八くらいには結婚しておかねば、完全に行き遅れ扱いされるのだ。貴族の娘的には。
『まあ、諦めが肝心だな』
「……いやよ。どこぞの女王陛下のように国と結婚する気はないもの」
『あの方は、王位継承するまでに罪人の子扱いで不遇でございましたから、元々結婚には難がございましたので、諦めもつくのではございませんでしょうか』
「まだあきらめる時間じゃないよの、私は」
十五歳、貴族の女性として一番華やかで楽しい時期のはずであるが……彼女にはどうも当てはまりそうにない。
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この先、リリアル『子爵』に陞爵した後、一先ず半年の帝国潜入が王命により実施されることになるのだが、その間には……様々な事件が彼女と学院を襲う事になるのだが、それは今後明らかになる話であろう。
「先生、ある噂が気になるのですが」
茶目栗毛が歩人が耳にした奇妙な噂を少し調べたところ、今回のスペクター事件と関わりがある可能性を示しているのではと思い、彼女に報告する事にしたという。その話を聞き、彼女は人を集めた。
リリアル学院の院長室。彼女と伯姪、茶目栗毛と歩人が集まっている。
《ディエゴ・デ・トルケマダ》神国の修道士、初代異端審問所長官で在職20年間に八千人を火刑に送り込んだと言われる。
「今から百年ほど前にご活躍された方なのだけれど……」
「……あまり嬉しくない活躍ね」
神国は御神子原理主義の嵐が吹き荒れていた時代であるし、今なお継続中である。王国とは緊張感を持った関係だが、同じ側なので現在の王家とは比較的良好な関係だと言える。
「遺骨が紛失したそうよ」
「ええぇぇぇぇ……」
神国イベロの修道院で最後を迎え、同地で埋葬されていたのだが遺骸が盗み出されて行方不明だというのだ。
García de Loaysa 異端審問長官であり、トマス修道会の元総長でもある。




