第246話 彼女は王都共同墓地の悪霊を知る
第246話 彼女は王都共同墓地の悪霊を知る
調べると、修道騎士団を異端と認める事で処分を逃れた幹部たちがある程度、出身である貴族の家の庇護の下、生き延びたことが判明した。
「でも、家の墓に入れられなかったわけね」
「異端を認めて尚且つとなると……家族の心情より貴族の体面が優先されたのでしょうね」
「それで、結果としては共同墓地に埋葬されたのか。厳しい結果だな」
「……」
リリアルに話を持ち込んで調査という事も考えたのだが、今回の遠征に関してカトリナ主従の安全を考えると、王都のバックアップ可能な場所でアンデッドの対応を検証しておくことも必要だと考えるに至ったのだ。
「なに、私もいい年をした淑女だ。子供のようにお化けが怖いという事はない」
「……その脳筋さが怖いわ」
「……脳筋……」
「カトリナ様、魔物の一種でございますから、アンデッドとはいえその特性により対応方法が異なります。対応方法が異なれば、ダメージを与えることが出来ないことが高位の不死系魔物の共通する特徴なのです」
カトリナ、世話役の話を良く聞けと彼女と伯姪は思うのであった。
「半霊体なので、メイスよりも取り回しの良い魔銀製の片手剣が良いわね」
「魔銀製の盾もあるとなお良いかと」
「ふむ、揃っているので問題は無い。それと……」
「サイズ直しの件ね。週末、リリアルに行くことで問題ないかしら。その上で、装備を整えてから共同墓地の『スペクター』討伐に赴くとしましょう」
その間に、共同墓地で起こっている現象の情報収集を茶目栗毛と歩人に依頼することにしておくのである。
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「昏睡に呪いの状態ね……」
「幸い、王都の大聖堂が積極的に介護してくれているので、それほど長く寝付くことなく回復に至っています」
「だけど、工事はかなり遅れちまってるってさ。作業員が集まらないってのもあるし、墓地自体の移転が途中までだから、全体の工事は進めらんねぇってさ」
茶目栗毛と歩人の調査と、実際、夜間に『スペクター』が徘徊しているのかどうかに関しては『半透明の騎士』数体を確認したという事である。一体ではないらしい。彼女はげんなりしていた。
「いいところだな、リリアル学院は」
「あったりまえじゃない、王妃様からお借りしている王家の狩猟用の別宅だったのよ。まあ、ギュイエの家ならその程度の感想だろうけれど、末端貴族からしたら、王宮なんだからね!」
「「末端貴族ですが……なにか?」」
男爵令嬢の伯姪のツッコミに、二人の子爵令嬢が答える。男爵・子爵は基本領地無しなので、領主館がないのでこの手の建物には縁が無いのだ。
「ノーブル伯領のも中々趣があったわね」
「あそこは、以前は小国の王家のような家だからな。サボアと変わらぬ」
「そうそう、だから、サボアとニースとノーブルは少し前の時代なら家格的には同程度だったのよね」
「まあ、跡継ぎとか婚姻の関係で立場は変われど、それなりの家になるな」
「その名家の名跡を姉さんが継ぐなんて……」
破天荒な面もある彼女の姉だが、外見だけは完璧である。年が彼女と同じなら、王妃候補にもなっていたと言われている。王妃様寄りの性格が王太子にはお気に召さなかったとも言われているが定かではない。
「フィッティングもそれほど時間はかからなさそうなので、後は今日の情報を摺合せして、実際討伐に向かう事になるわね」
今回は騎士学校の女騎士四人で突入する。剣と盾の組合せは伯姪もカミラも得意なので問題は無いのだが……
「『ワイト』と『レイス』と『スペクター』というのは、何がどう違うのだ」
カトリナから率直な意見である。
「ワイトは死体に悪霊が憑りついた物。レヴナントは、生前の魂が死体に戻り動く死体となった物で、時間の経過と共にその魂は希薄になり動く死体にしかならないのだけれど、ワイトは、体と魂が別の場合もあるの」
「それだけではないわね。例えば、体が騎士で中身が魔術師であった場合、肉体の記憶と魂の記憶の双方の技能が扱える」
「つまり、今の例なら騎士の剣技を扱いながら同時に魔術の発動もできるというわけだな」
ワイトはその組み合わせ次第で、脅威度が大きく変化するので、見た目だけに囚われるのは危険でもある。
「ワイトは他の上位の死霊同様、生命力や魔力を吸収することができるのだけれど、実体を通してなので、肉体が存在しなくなればワイトは機能を喪失する事になるわね」
「一般的には、聖油を使って炎で浄化するような対応をする。かしら?」
彼女の場合、普通に魔力を通すと『聖女』の効果で浄化されるのだが、一般の魔力ではそこまでは浄化できないので、聖油を用いた炎で浄化する必要がある。
「レイスはどうなんだ」
「ゴーストに似た外見だけれど、ゴーストからファントム、そしてその集合体がレイスになるわ」
「何がどう違うんだ?」
ゴーストとは肉体から抜け出た魂。生前の現身のまま、半透明であったりする。場合によっては、生前の最も充実していた年齢の外見になる場合もある。
「普通のゴーストはしばらくすると天に召されるわね。レヴナントはこのゴーストが体に一時的に戻ったもので、生前と変わらないように生活するのだけれど、やがて魂が徐々に天に召されるので壊れた人みたいに意思が無くなるのよ」
「ああ、そういう理屈か」
「ファントムは、実体が保てなくなるほど時間の経ったゴーストで、強い感情だけが洗い残された物。怖いとか悲しいとか恨めしいとか……そいういう単純な強い感情を持った者がゴーストからファントムになりやすい」
「処刑場とか戦場、殺人現場や事故現場なんかに残りやすいのがこれね」
人が突然死ぬとき、強い感情は生まれる。死の瞬間の強い感情の一つが残っていくのがファントムだ。
「レイスは一見ゴーストの様に見えるけれど、複数のファントムが強い感情で結びつき合って集合した霊の塊。だから、多重人格的に感情が狂っている。強い感情の塊だから、自分の存在する場所に生者が現れた場合、問答無用で襲いかかってくる。そんな感じね」
そして、ワイトと異なり、ゴースト・ファントム・レイスは物理的な存在を通過することができる『霊体』なのだ。
「ふむ、厄介だな。魔力を込めた武器で存在自体を破壊しないと効果が無い」
「尚且つ、レイスだと、ワイト同様に魔力や生命力を吸引する力があるわね」
ワイトより一段厄介なのがレイスと言えるだろう。
「では、スペクターとはなんだ?」
今回王都に現れた「スペクター」とはどういう存在なのか。
「ワイトとレイスの悪いところどりね」
「ワイトの様に実体を持って攻撃を仕掛けてくる、生前の意識を持った霊体を基にしたアンデッドであるけれど、レイスの様に物理的なものを透過することができる……」
「はあぁ!」
「物理で攻撃するとこは実体があるけれど、こちらが攻撃すると透過してしまう能力がある。意思と人格が存在するが、完全にまともに見えるくらい狂っている。生命力・魔力の吸収能力もある」
その『スペクター』が数体もいれば、それは工事にならないだろうことは容易に理解できる。
「あー ただ、朗報ではないけど、同時に数体現れるわけじゃねぇ」
「……遺体が安置されていた場所の周囲でしか移動しませんので、地下墳墓から出て来ることは有りません。反対に、地下墳墓の遺骨を回収し、再埋葬することが現状不可能ですし、そのまま封印しても何らかの変化で地上に再出現しないとも限りません」
すると、部屋の外からノックされる。
「先生、大聖堂の大司教様からご使者が参られました」
「……応接室にご案内してお茶をお出しして」
「お茶請けはフィナンシェでよろしいでしょうか」
「ええ、お願いするわ」
薬師の学院生の一人、『碧目金髪』が一礼して部屋を去っていく。
「来たわね」
「誰なのだろうな」
恐らくは、いつものあの人であろうと彼女は考えてた。
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彼女が応接室に伯姪と共に向かうと、そこにはおなじみの『防疫担当』司祭がそこにはいた。
「聖女アリー様、メイ様ご無沙汰しております」
「こちらこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「はい、既にお聞き及びかと存じますが、王都共同墓地に現れました死霊の件でございます」
治療を施した王都大聖堂の治癒師たちからの報告もあり、地下墳墓に現れた死霊討伐の為王都の聖騎士が派遣されたのだというが、結論からすれば半死状態となり撤退したのだという。
「魂の深い部分に傷を負わされているので、回復に時間がかかりそうなのです」
「アンデッド用の護符などは持たせていたのでしょうか」
彼女は対吸血鬼用に護符を作成し、聖騎士達にも身に付けられるよう教会に納めているのだ。
「それが……相手も聖騎士の死霊なので、効果がございませんでした」
「……それは大変でしたね」
「はい。こちらからは聖騎士達からの証言と、今回の討伐のご相談に伺ったまででございます」
恐らく、王国から騎士団経由で彼女たちに依頼が来るだろうというので、その事前報告を兼ねて訪ねてくれたのだそうだ。
「こちらも準備は進めているのですが、聖なる力に効果が無いのでしょうか」
「いえ、お互いに相殺し合うので、向こうの攻撃を防げないというのが実態です」
アンデッドの実体のない者は特に、護符の聖なる力で攻撃を弾くことが可能なのだが、スペクターに関しては普通にダメージが通ってしまうようだ。
「元は高位の聖騎士ですから、並の聖騎士では太刀打ちが出来ず、さらに、
生命力・魔力を奪われトラウマをもたらされた……という事でございます」
常人なら、触れられた際に脳内に流れ込む感情の激流に流され、常軌を逸する事もあるのだそうだが、聖騎士はそうならずに踏みとどまれたということなのだろう。
「手傷を負わせることは叶いましたか?」
「いえ、攻撃されるときに剣を合わせる事は出来るのですが、こちらが攻撃するさいには素通りしてしまい、その攻撃がかわされたタイミングで体に触れられ自由を奪われる事につながったようです」
氷と水蒸気が一瞬で変わるようなことなのだろう。
『結界で囲えれば問題ねぇだろ?』
『魔剣』の呟きに思わずうなずく。但し、それは彼女にだけ可能な方法だ。何の因果か、彼女は『聖女』として、王都と聖都の大聖堂に関わる教会の司祭とその信徒の間で崇敬の念を集めている。聖女の衣装などうっかり着て大聖堂を訪問したりすれば、取り囲まれるくらいなのである。
故に、彼女の魔力には聖性が備わってしまっており、アンデッドを囲むことで、容易に破壊されず、破壊の際にはダメージが、魔力を纏わせた攻撃には通常の魔力による攻撃を大きく上回るダメージが発生することになる。
それゆえ、この話はリリアルというよりは、彼女個人に依頼するようなものなのだ。
「では、それと……」
彼女は大聖堂にできる限りあるものを集めて欲しいと依頼した。
「それは、貴方様では不可能なのでしょうか」
「魔石やポーションには可能ですが、私自身の魔力で作れるとは思えません。神への祈りは、皆さまの専門ですから」
御子神教の司祭に頼まなければならないというのは……彼女自身が作成できてしまうのが個人的に嫌であるからでもある。
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それから五日ほど、装備も修正が終わり、依頼していた物も大聖堂から無事に受け取ることが出来た。今日は週末金曜日。本来であればリリアルに戻る二人だが、今日は公爵家の馬車に便乗し王都に向かっている。
「せっかくだから、夕食は是非公爵家で共にしてもらいたい」
「……よろしくお願いするわ」
「変なの待ち構えてないでしょうね?」
カトリナは首を横に振り、「この時期は社交もないので皆領地に戻っているので、公爵家の者は私だけだ」と答える。それなら安心と……思った彼女が馬鹿であった。
公爵家のダイニングに通されると、既に一人の客が座っていた。主賓席に。
「……なぜ貴方様が」
「ん? 魔装馬車だと南都から二日でここまで来れるから便利だね。ちょっと、王都で気になる事件が発生していると聞いてね。その対応をリリアル男爵に依頼したので、立会をする為に今日は来ているのさ」
「……では、元帥閣下直々の視察というわけですね」
「そうだね。中には入らないから大丈夫だよ。心配しないでもね」
いや、全然心配しておりませんわと心の中で思いつつ、カトリナを横目でジロリと睨むことにした。なにサムズアップしてるんだ、このポンコツ公女は!!
王太子殿下をお迎えしているとはいえ、余りゆったりとしているわけには行かない。
「軽めの食事、パスタとサラダくらいで良いのだけれど」
「ああ、そのつもりだ。それと、今夜の段取りはどうするつもりかも、食事をしながら確認するとしよう」
「まあ、いつものペアで前と後になるんでしょうけどね」
「狭い地下墳墓内なので、カトリナ様はバスタードソードはおやめください」
「ふむ、魔銀のカットラスにするつもりだ。真似ではないぞ」
伯姪は剣盾だが、カトリナはカットラスのようだ。
「振り回す余地は無いから、距離を取ってね」
「あまり近寄っていると、互いに斬りつけ合うことになりかねんだろうな。その辺は最初の段階で確認しておこう」
地上の墓地に問題は無く、問題なのは高位の貴族や富裕層の棺を納めた地下墳墓の街区。その中の数か所に、恐らくは『元聖騎士』である異端を認めた修道騎士の遺骸が人知れず埋葬されていたと想定される。
「聖騎士の肉体を触媒に、狂信者の精神を持つ霊を召喚したスペクターね。率直に言って、私には手が出せそうにもない。今回は王太子として、王国元帥として副元帥の働きを監督する事にしよう」
はっはっはっと空元気な笑い声をあげる王太子を横目に、突入する四人の女騎士は『ヘタレが』と内心呟くのであった。怖いなら、王宮で王妃様に添い寝でもしてもらえばいいと。




