第240話 彼女は飛燕の練習をする
第240話 彼女は飛燕の練習をする
カトリナ達の『薄黄』昇格の確約を貰い、依頼は完了ということになった。実際は、昇格の手続きの完了をもって終了し報酬が支払われることになる。
「報酬? そんなことより他にやるべきことが山積なのよね」
彼女は日曜日の朝の礼拝を終えると、昼食も早々に書類を片付け始めるのである。出来るだけ試射場で『飛燕』を練習する時間がとりたいのだが、今のうちに終わらせたい仕事もある。待たせている案件がいくつかあるのだ。
『新人のカリキュラムとか……あいつらも考えてるよな……』
「本当にありがたい子達ね。私が教えたことも、教わる側からしたら段取りを変えた方がわかりやすい事もあったでしょうから、教わった側からの視点で整えるのは良い事だと思うの」
リリアルの魔術師練成は……魔力を増やす為にポーション作り、そして、『気配隠蔽』『身体強化』『魔力纏い』の同時発動まで出来て、冒険者として登録に進めることができる。この流れは変えるつもりはない。
薬草採取は薬草畑の管理が優先で行われ、採取に関しては冒険者として登録できてからに変更された。つまり……
以前は、冒険者登録→採取・並行して魔術の発動という流れを、薬草の畑管理→魔術の発動→冒険者登録→採取という流れに変え、安全に素材採取ができるように変えたいというのである。楽だし。
この手順であれば、採取の護衛の為に魔術師の学院生を多数連れて行く必要もなく、引率に薬師と魔術師が一人づついれば十分ではないかと考えられるのである。
食事を終え、急ぎ優先度の高い書類から処理していく。遠征中の火急の書類は伯姪が処理してくれたものも多いのだが、彼女の判断や確認が必要な案件もそれなりにある。
例えば……二期生の早期の入校申請などであろうか。サボアの子達を含めて進捗に差が出るのは好ましくない。どの道、早急に戦力化できるとも思えない。一期生や薬師娘たちの負担が増えるので断りたいのだが……
『薬草畑の世話程度なら差にならねぇんじゃねえか。サボアの子達は使用人や村長の孫ってことで社会経験があるけど、孤児院の奴らはその辺弱いだろ?』
「王都からここまで通わせるのもどうかとおもうのだけれど」
『なら、教会に薬草畑を少し作らせてもらってそこの世話をさせればいい』
「……盲点だったわ。その提案をして、薬草が自給できたり世話の為に入学後も定期的に薬師の子たちと孤児院を訪問させることで、良い効果もあるでしょう」
中等孤児院が完成すれば、三年程度は就業学習をするわけで、その為に孤児院でもそうした職業に結び付く仕事を与えるのは良いだろう。
彼女自身が考えて案を出す内容は、意外と少なくない。その時に、『魔剣』が相談役になることもまた少なくない。
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一旦書類仕事を辞め、続きは夕食後に回すことにし、彼女は射撃演習場に足を運んでいた。そこには……達磨吸血鬼も『的』として存在する。
さて、『結界』『衝撃』ときて『斬撃・飛燕』となるわけだが、魔力纏いを飛ばすという行為はなかなか難しい。
例えば『走査』は魔力を飛ばしているものの、自分自身と接触を失っているわけではない。切り離されていたら魔力による感知は出来ないので当然だろう。
『結界』も『衝撃』も接点は少ないが、自身と繋がってはいるのだ。宙に独立して浮かんでいるわけではない。では、『飛燕』をどうするかというと……
『凧みたいに『斬撃』と自分の魔銀の武器を魔力で繋げたまま目標まで飛ばすというイメージだな』
「紐付きの斬撃を飛ばすイメージね。やってみるわ」
教わった時点で発動するのだが、上手に目標まで飛ばないのは、言うなれば魔力の有線誘導ができていなかったからでもある。勿論、将来的に熟練度が上がれば、同時複数、無誘導、視覚のみによる誘導と段階を上げて行けるであろうし、斬撃の速度を上げることも可能かもしれない。
『ヤ、ヤメェローォォォ!!!』
「ふふ、おかしなことを言う吸血鬼ね。あなたが人を襲う時に、命乞いに耳を傾けたとはとても思えないのだけれど?」
元傭兵首領、部下全員をグール化した従属種の吸血鬼で、耐久性が他の隷属種女吸血鬼より高いので、的として重宝している。
魔剣をスクラマサクスの形状に変形させ、剣を構える。魔力を魔力纏いの状態にし、さらに衝撃のように先端に集約する。
「はあっ!!」
剣を素早く振り、魔力を的に向けて叩きつけるように剣先を振るう。イメージは剣についた血糊を振り払う感じだろうか。
魔力の塊が剣先から放たれ、的である吸血鬼に叩きつけられる……が、大きな打撃音がするものの『斬撃』ではなく『打撃』となっている。名づけるなら『牙突』といったところだろうか。
『Gwaaaaa……イテエ……ヒデェェェ……』
彼女は「スナップが足らないのかしら」等と剣先を振り、魔力を斬り飛ばすタイミングを確かめる。
『イメージだな。鉄片を飛ばす感じで剣を振るうと良いんじゃねぇか』
「イメージね。ならば……氷の欠片でも飛ばすように……」
彼女は先ほどより素早く魔力を込めると、剣を三度左右にスッスッスッと素早く振る。魔力の塊は先ほどより薄く、鋭利な形状で20mほど先の達磨吸血鬼に突き刺さる様に命中する。
『Giiiiii……イテエェェェェェェ……』
「痛いのは生きてる証拠。痛くなくなるまで甚振って欲しいのかしら? お望み通り……行くわよ!!」
彼女は更に魔力の込める量をコントロールし、薄いカミソリのような刃の形に整えると、バシバシと吸血鬼に命中させることにした。
吸血鬼を二時間ほど痛めつけた結果、『衝撃』に似た『牙突』に、並の人間や魔物であれば首を斬り落とせるような『飛燕』、切り傷を多数作る『蝶舞』という三つの形式で魔力の斬撃を飛ばす事ができるようになっていた。
『鎧を着こんだ奴の場合、斬れなければ『牙突』で昏倒させるという方法も悪くないな』
「そうね、危険な状況で離れている味方を援護するにも良いでしょう。『蝶舞』は集団で攻撃してくる魔物に対する牽制や攪乱に使えそうね。ゴブリンの集団や狼、グールも平服なら切り傷を作る程度の効果が望めるもの」
『……あれを見ると、そうかもな……』
深く、浅く様々な切り傷を付けられ、自己修復を進めている元傭兵首領の吸血鬼はぐったりしているものの、傷は治しているようである。あとで、鶏の血でもかけておけばOKだ☆
『ウウ、ヒデェ……人デナシ……』
「吸血鬼は人ではないから問題ないわ」
『ああ、マジなに言ってんだお前。人間辞めてんのに、人でなしはお前だろって言って欲しいのかね』
夕闇迫る射撃演習場に、オッサン吸血鬼のすすり泣く声がこだましていた。
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剣技に優れている伯姪なら、恐らく一撃に特化した『飛燕』か『牙突』でも良いだろうし、距離も数mでも効果があるだろう。囲まれる前に接近する敵に攻撃を加えて包囲を破るといった用法もありだろう。
伯姪が出来れば、茶目栗毛や赤毛銀髪、青目蒼髪、赤目蒼髪まで覚えて貰おうかと思う。剣や槍が主武装でない他のメンバーはとりあえず必要はないだろう。茶目栗毛は……魔力量が心許ないが。
夕食後、彼女は院長室に引き上げ、そこで伯姪も事務仕事を手伝う事になっていた。意見を交わしながら進めたい案件もあったからである。昼間の早期入学希望者に教会の薬草畑を管理させる形で予科を設ける提案には「いいわね」と賛同してもらう事が出来た。
「それで、斬撃飛ばすのは上手くいったの?」
「凡そね。魔力を飛ばすときに、自分と繋げたまま飛ばすのがコツね」
「ああ、投げ縄みたいなものね。曲げたりできると良いわね!!」
彼女はそれは盲点であったと思った。弓や銃弾では直線的な目標を狙う事は出来るが、通路の脇に潜むような敵を攻撃する事は難しい。曲げることで、『走査』と組み合わせれば、直接見えない位置でも攻撃を加える事ができるかもしれない。
「魔力の量が少ない私には無理でも、あなたには可能かもしれないじゃない?」
「研究するに値するわね。剣を持たない魔力の多い子達にも……練習してもらおうかしら」




