第239話 彼女はゴットフリートの最後を確認する
第239話 彼女はゴットフリートの最後を確認する
足の筋を斬り、立ち上がれなくなったゴットフリートだが、上半身は依然として問題が無く、その鎧でしっかり保護されている状況からすると、しゃがんで剣を振り回すだけで攻めあぐねる状態であった。
「……む、もしかして失敗か」
カリナが呟くが、そうとも言えない。向こうは攻める事も出来ないし、他に様々な嫌がらせをすることができる。回避しようがないからだ。例えば……
「油球使って火だるまにするとか色々出来るじゃない?」
「えーと、ゴブリンの洞窟で焚いた臭い煙もいいと思います☆」
「生木を拾ってきて周りでキャンプファイアーするとか!!」
「もーえろよ燃えろーよ、オーガよ燃えろ~ って、なんか楽しいかも!!」
リリアル生、全員残酷。ではなく、勝負はついたも同然なのである。つまり、どう仕留めるかと言うだけの話であり、相手は逃げる事も躱す事もできない状況だから、ゆっくり水でも飲んで考えればいい。
「でも、手を突いて逃げるかもしれないじゃない」
「……剣を置いていくならね。それでも、走る方が何倍も早いわよ」
「なるほど! いやー残念だなー 」
「魔銀の矢の練習に丁度いい。任せて……」
さりげなく矢の的にしようとする赤目銀髪。
じりじりと間合いを確認し、剣の旋回圏外から肩の付け根や背中に魔力を纏わした刺突を交互に繰り返す、カリナとミラ。剣を振り回す速度も上半身だけであれば限界がある。徐々に出血と共に体力が低下し魔力が枯渇するのが見て取れる。
そして、彼女はゴットフリートに話しかけることにする。
「そろそろ首を取られる覚悟は良いかしら?」
『……』
既にフェーデと呼んでいいのかどうかも分からない状況だが、相手にはほぼ付け入る要素はない。時間が来れば討伐されるだけであることはオーガでも理解できるだろう。
「それと、あなたの息子さんが継いだ城、売りに出ているわよ」
『ナン……ダト……』
息子娘が十人もいたそうであるが、その全員に残すに十分な財産はなかっただろう。そもそも、領地をたいして持たない騎士が宗派の違いを盾にして司教領を襲って討伐された『騎士騒乱』が起こった土地柄である。小領主は年貢だけでは家を維持できない状況は変わっていないのだ。
「考えれば、自分たちの生きた時代と大して変わっていないでしょうし、むしろ厳しくなっているじゃない? 貴方も無理やり恐喝で資金を稼いでいたわけで、それが出来ない息子たちが維持できるとは到底思えないわよね」
帝国を脱出して数十年、自分の半生を掛けて得た小さな領地は既に、彼の子孫の手から零れ落ちてしまいつつある。
「最後にその形見の剣を息子さんかお孫さんに渡すつもりがあるけれど、あなたはどうしたいのかしら? あまり時間が無いので、早々に決めてもらえると有難いのだけれど」
カリナとミラが『えっ、なんで話し込んでるの』という雰囲気だが、既にオーガナイトは思考に入り込んでしまっており、戦う雰囲気ではない。
しばらく考え込んだゴットフリートは『何ガ条件ダ』と切り出す。彼女には色々聞きたいことがあった。
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「この場所に手引きしたのは誰かしら?」
王国に攻め込んだ経験があるとはいえ、王都に近いこの廃城を知り得ることは帝国の騎士にとって簡単なことではないだろう。それに、この場所にゴットフリートへの食糧を運び込んだ者たちがいる。
『名ハシラヌガ、ソレナリノ王国ノ貴族デアルト聞イテイル。ソレニ、オーガハ我ダケデハナイトモ』
この場所に十年以上潜伏しているのだから、既に討伐されたオーガモドキも含まれているのかもしれない。
「貴方はいつまでここで抵抗するつもりだったの?」
この場所の近くに運河が開通する。交通量も増えるだろうし、人も頻繁に訪れるようになる。早晩、オーガの存在も公になるだろう。何の目的でこの場所に潜伏していたのだろうか。
『命令マチデアッタナ。ナンラカノ軍事行動ト時期ヲアワセテホカノ魔物モフクメテ王都ニ進軍スルトカナントカ……』
王都に進軍するのはオーガ・ゴブリンの類だけではないというのだろうか。この場所はシャンパーと王都の中間に位置する街道の真南にあたり、シャンパーから北に聖都、南にブルグント・南都へとつながる位置にある。有事にこの場所が強力な魔物に抑えられれば、王都から援軍を送り出すことは困難となるだろう。
「この場所にあなたの保護者と私たち以外、訪れたものはいたのかしら?」
『イヤ……住ミツコウトシタ盗賊団ヲ討滅シタコトガアルクライダ。他ハワザワザコノヨウナ廃墟ニ来ルモノハイナイ』
「盗賊いたんだ……」
「蠅取蜘蛛みたいだね」
街道から程よく離れ人跡もまれな場所なら、隠れ家に良いだろう。設備もそれなりに残っているようであるし。
「他に、聞きたいことは何かあるかしら」
カリナとミラは首を横に振る。ならばここまでで良いだろうか。
「カリナ、これで一撃で決めてちょうだい」
「おお、これなら……鎧ごと断ち切れるだろう」
彼女の愛用のバルディッシュを渡す。魔力を通して、自身で使えるかどうかを確認する。「ちょっと試してくる」とばかりに、森の中に入っていく。大岩が来る時にあったことを思い出したというので、それで試し切りするのだろう。
「剣をお返しする時に、何か伝えることはあるかしら」
『イヤ……剣ハ……先ホドノ公爵令嬢ニユズリタイ。城モ手放ス零落シタ騎士ニハ無用ノ長物ダロウ。モシ、子孫ニアエタトシタナラ、王国デ騎士トシテ死ンダトツタエテモライタイ』
「承知したわ」
カリナが戻ってきたので、最後の止めをすることになる。
「では、そっ首貰い受ける」
「……騎士は首を取ることはございませんよ姫……」
「む、そうか。だが、魔物として討伐するのではなく、騎士として首をとりたいのだ」
カトリナはバリディッシュを掲げると、魔力を纏わせ、身体強化を行い、ゴットフリートの顎当てのない首筋に刃を入れた。首はゴロンと後ろに転がり、体が大きく飛び跳ねた。
ゴットフリートの装備を回収し、死体はその場で焼却することとした。肉体がどこかでアンデッドの戦士として利用されることを防ぐ必要があると考えたからである。
「……なんだか、討伐してみたらあっけなかったな」
「そうかしら? 魔物っぽくないのが少々味気なかったけれど、あまり会話をするものでもないわね」
みな、もう少し狂気に囚われているのかと思っていたのだが、実際は挙兵を待つ在野の騎士の様な存在であったのだ。
「騎士が騎士らしく活躍できる時代なら、もう少しいい死に方出来たのかもしれないわね」
「ふふ、騎士同士の戦いで死ぬことは事故以外ほとんどなかったそうよ。千二百人が参加して死亡者二人なんて戦いもあったそうだから。戦場で騎士が死ぬようになるのは、相手が市民兵や農民の武装蜂起で殺すことが目的の時代になってからのようね」
騎士の身代金はその騎士の年収相当とされているので、高位貴族であるほど、身代金も高額となり死ななくなるのである。
「さて、ではギルドに討伐報告に行くとするか」
「ええ、私たちも依頼達成の報告に伺おうかしら」
その場で昇格するわけではないから、依頼達成とは言えないだろうが、オーガ・ナイトの名前付を討伐したのが薄黒等級の冒険者では信憑性がないだろうという事で、彼女と伯姪は王都に同行することにする。
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さて、馬車を置いた場所まで戻ると、特に問題なく薬師娘たちは素材の採取を行っていた。
「折角なので、私たちも素材採取手伝っていきます」
「いいね! ここ沢山いい素材見かけるもんね」
「……狩も必要。猪を狩るのも仕事のうち」
この場でリリアル生と別れ、二人は公爵令嬢の馬車に同乗することにした。一旦、騎士学校に立ち寄りヴァイたちを降ろした後、公爵家の使用人の馭者と交代し、王都へと移動する。馬車の中では「終わった!!」とばかりに、弛緩した空気で満たされる。汗と泥と血で汚れているのだが。
「昇格できるのだろうか」
「できるんじゃない?」
「……後は、時間をかけて幾つか討伐依頼を受けることでしょうね。依頼の数も必要なので、実績を積む必要はあるかも知れません」
ミラ改めカミラがそう告げる。討伐依頼を二人でこなすのは難しいので、ヴァイたちを誘ってパーティーを組むことも一つの案ではある。それか……
「騎士学校の同期で腕試しの冒険者パーティーを組むとかじゃない。近衛の中にも、実際魔物の討伐をしてみたい奴もいるでしょ?」
「なるほど。今度は、我々がリーダーシップをとるわけか。悪くない提案だ。カミラ、内々に打診してみてもらえるか」
「……承知しました……」
とりあえず、週末リリアルに専念できないのはそろそろ負担なので、細かい実績を積む仕事は自身でお願いしたいのだ。指名依頼とは言え、限度がある。
「アンデッドの魔物は珍しいのだろうか」
カトリナが彼女に問う。『伯爵』の作り出した悪党のエルダーリッチと、吸血鬼絡みのグール以外では、先日のワイト・パラディンが精々だ。
「強力なアンデッドは少ないし、実体のある・無しも関係するから何とも言えないわね。レヴナントは割と良く聞く話であるし、最近は吸血鬼に関連したグールも出ているから、珍しくなくなっているのよね。でも……」
「でも?」
偶然に発生するアンデッドと言うのは可愛いもので、人に危害を加える度合いが少ない。人の恨みを濃縮したようなアンデッドは強力であり、また、珍しくもあるが、恣意的に育てられる可能性もある。
「今回のワイトのように、誰かが用意したものであれば、その誰かがいる限り次々と現れることになるでしょう。そして、一人の死霊術師が起こしている事件なら散発的で対応も簡単なのだろうけれど、同時多発なら……大きな勢力が力を貸していると見て間違いないから。正直厳しいことになると思うわ」
「……なるほど。ならば、腕を磨くしかないな」
「ええそうね……魔銀製の装備は身に着けておくべきでしょうね。魔力纏いが必要になるでしょうから」
カトリナのレイピアも魔銀製の装備に変えた方がいいだろうと彼女は提案するのである。
少し遅い時間となったが、公爵令嬢の先触れもありギルドマスターは一階で四人を待ち構えていた。少し前までは、ポーションを納品する初心者の冒険者と偉い人の関係だったのが遠い昔のように思える。
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
顔見知りの受付嬢とギルマスが先導し、貴族の面会用の高級な部屋に通される。彼女も初めての部屋である。依頼人としてカトリナが訪れている事も関係しているだろうか。
部屋はカトリナの別棟のサロンと遜色ない程度の内装であり、言い換えれば、子爵家よりずっと高級なものであった。
「本日、オーガ・ナイト、固有名『ゴットフリート』の討伐に成功しました。こちらがその証明部位です」
カトリナがそう告げると、カミラが魔法袋から血で汚れた魔銀製の義手をテーブルの上に並べて見せた。
「これが、『鉄腕』か」
「間違いない事を、私たちが証言します」
「まあそうだろうな。この……印章があるものを偽造するとも思えない。この義手を作った職人は相当前に亡くなっているから、同じものは作れないと聞いている」
本当に魔導具として珍しいものであったということだ。
討伐の経緯を説明し、オーガの死体はその場で焼却したことを告げる。また、ゴットフリートの言にあった「盗賊が利用しようとしていた」という件に関しては、運河の工事の拠点として再整備してはどうかという提案を王家に伝えてはどうかと話す事にした。
「運河自体は、民間の商人たちのグループで運営しているはずなんだ。そこに商業ギルド経由で話をしたとしても、騎士団経由で王家にも話をした方がいいだろう。使う使わないの話の後、使わないなら資材として転用してもらう方がいいだろうからな」
「それと、街道を早急に修復して、騎士団の警邏のルートに組み込む必要があるでしょうか」
「それも、今回の討伐の件の報告に合わせて行うとしよう」
珍しく、王都圏でオーガの討伐が為されたので、ギルマスもちょっとテンションが高いようである。
「それと、オーガの潜伏を導いた貴族が王国内に存在するという事も話していたな」
冒険者ギルドに伝えてどうなるわけでもないのだが、正規の報告先としてはここで話さざるを得ない。ギルマスは、ゴブリン・ロード事件を思い出し、「そうなのか」と彼女の方に顔を向ける。
「嘘は無かったと思います。食料を定期的に持ち込む馬車の車輪の跡も確認しています。ワインとパンと干し肉のようなものを月に数回運んでいたようです。その馬車は、どうやら運河の開削が始まった街から訪れていたと思われます」
「……騎士団案件だが、たぶん討伐しちまったから、跡は追えねぇな」
今回の討伐は単発的な物であり、次々に発生するわけではないだろう。商人を抑えたとしても、大本まで辿り着けるとも思えない。
「これで昇格の条件は満たされるでしょうか?」
彼女の関心はカトリナの『薄黄』昇格のみである。早々に達成して、本来の仕事に復帰したいのだ。ギルマスは「大丈夫だ」と昇格については請け負ってくれた。魔剣士として優秀な二人が、オーガの討伐に成功したのであるから、一人前の冒険者である『薄黄』等級に昇格させることはギルマスの専権事項で問題ないという事であった。




