第237話 彼女は『鉄腕』討伐について進める
第237話 彼女は『鉄腕』討伐について進める
冒険者ギルドには『鉄腕オーガ』の目撃情報を流してあり、カリナとミラが討伐した時点で、『薄黄』等級に昇格させる件はギルマスに了承させている。
というよりも、ワイト相手に魔銀製の武器で討伐可能な冒険者として、実績次第で『濃赤』まで早急に上げたいと考えている節さえ見える。子爵邸にいる間にギルドに顔を出した際にそんな印象を受けたのである。
伯姪経由で、『鉄腕』の現状を再度細かく茶目栗毛と歩人に探らせているので、週中には直近の状況がはっきりすると彼女は考えていた。
騎士学校の久しぶりの講義が『伯爵』の帝国についての講義であったのは少々疲れたのだが、同期の反応は大変良かったと思う。講師が『帝国伯爵』であり、現役の商会頭であるということも助長しているだろう。
姉は『商会頭夫人』なので、なんか文句言ってきそうなのだが、それは仕方ないだろう。姉の話は実務の話であり、騎士の頭には少々厳しいのだ。
今日の講義は『帝国騎士』についてである。王国において騎士は貴族の端くれであるが、帝国では騎士は必ずしも貴族ではないということが、興味深い内容なのである。
『皇帝に直接仕える者が「帝国騎士」で、これは貴族扱い。それ以外の貴族や司教などに仕える者たちは「従士」と呼ばれて、騎士と同じ活動をしていたとしても、騎士扱いされないからねー』
などと言われる。騎士団の騎士も正式に従騎士から騎士となれば一代貴族となるのだが、帝国ではそれぞれの領邦に仕える者たちは「従士」としか扱われない者も少なくなかった。
『同じ仕事をしていても騎士と『隷属騎士』がいたわけだねー』
従士は別名『隷属騎士』とも呼ばれていた。帝国内では、内戦が続く中で戦士としての騎士の価値が『銃』の登場と普及で大きく低下してきている。王国内においても同様なのだが、騎士を「士官」と「官僚」に置き換えている過程にある。帝国は両方が分裂状態であり、それぞれの領邦が独自の判断で活動している故に、騎士を別の役職に転用する事は進んでいないという。
『フェーデ禁止勅令というのが出たんだよー。なんでも武力で解決するのではなく、議会での話し合いで決めようってことでね。でも、大貴族や教会、帝国自由都市は議会に代表を送れたけれど、小貴族である騎士は議席が持てなかったんだよ』
皇帝も小地主でしかない困窮する騎士たちを気に留める事はなかった。戦場の主役は騎士から大砲と歩兵に変わっており、その主役は市民兵と傭兵であった。前者は商業都市の有産階級であり、後者は都市の税金で賄う存在であったから、都市の意見が優先されたのだ。
『で、あるから……自分の領地の収入で生活できなくなった騎士たちは強盗するとか、兼業傭兵になるくらいしか自分たちの生活を守る手段がなかったんだよ。あとは、賢い騎士は領地を他者に委ねて家宰として大貴族に仕えるようになったりだねー』
百年戦争の結果、王国は半分が王領、小貴族は王家の直臣が主である。騎士もまた同様なのだが、王国の軍人か行政官僚として機能するようになっているのとはかなり異なるだろう。領邦ごとに独立している帝国では、その辺りの管理は皇帝の元に一元化できないのだ。
帝国においては、百年戦争前の王国同様、貴族や都市、教会の司教がそれぞれ独立して自分たちの領地内を管理しているのだから仕方ない。
困窮した騎士は最終的に追放された原神子教の宗教指導者を護るという大義名分を掲げ、指導者を弾圧したり、反発する勢力の影響力の強い都市を軍を形成して攻撃して回るようになった。『騎士騒乱』と呼ばれる事件であり、五十年ほど前の出来事である。
『騎士の集団が司教座の持つ土地を武力で奪おうとした騒乱なんだけどね。やっぱり、武力を行使するなら、落としどころで話ができる環境を残しておかないと駄目だよね。首謀者は陣没しているから、何も変わらなかったしね』
ということで、末端の貴族として独立するよりも、王国の公僕として真面目に仕事した方がいいよというバイアスの掛かった講義であった。
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「どさくさ紛れに教会の土地を掠め取ろうとは……許せんな。騎士の風上にもおけぬやつらだ」
何故か、今日の夕食は公爵令嬢の別棟で『ロマンデ遠征お疲れ様女子会』が開かれている。討伐を共に重ねて、少し空気が軽くなっているからだろうか、誘う方も誘われる方も随分と気安くなったものだと彼女は思う。
「しかし、帝国はやはり色々乱れているのであろうな」
「フェーデよ! フェーデしかないわ!!」
公爵令嬢は騎士なのだろうか……騎士になってからフェーデを要求してもらいたいと伯姪には言いたい。伯姪は騎士爵なので相手が騎士であれば問題ない。ここが帝国であるならばだ。
「学校内で昼食を賭けてフェーデとか……ありそうだわ……」
「まあね。楽しいじゃない? 明るいフェーデよ☆」
王国内の事であれば、今は王が裁判を行う……実際は王に選任された裁判官という事になるであろうか。その昔は、年に何度か開かれる市において裁判が開催されることになっていた。シャンパーの大市などはその地であったが、現在は王国の主要な裁判所の一つが置かれているのはその影響である。南都やギュイエ公領ではポワトに設置されている。
「王国内で私闘は原則禁止よ。然るべき手続きが必要であるし、名誉以上の物を賭ける事も出来ないでしょうね」
「……校内のフェーデは単なる賭け事でございます姫」
「そ、それは判っておる!! いや、何事も勝負事と言うのは心を熱くするものなのだ」
確かに、彼女は賭け事が好きではないが、姉に挑発された時に勝利する事は心を軽やかにしてくれることがある。子供の頃はほとんど負けていたが、十歳を越える頃から勝利が増え、最近では五分を超えるので……姉がフェーデを彼女に仕掛ける事はないだろう。
「それより、依頼の件について確認しておきましょう」
『鉄腕』に関しては、騎士時代フェーデで有名であったものの、所謂弱いもの虐めの類であり、有名であったがそれは武勲によるものではないだろうという事を伝える。但し、オーガとしての底上げはどの程度か分からない。
「問題ないわけではないが、基本的に力任せ魔力頼りの戦い方であれば、仕掛けようはある」
「左様でございますね。時間をかけて削れば問題ありませんでしょう」
「こっちはカリナとミラの二人がかりだから、上手く散らしていけばなんとかなるかもね!」
オーガの力も無尽蔵というわけではない。身体強化の暴走によるオーガ化であるとすれば、暴走状態を長く維持させて消耗を引き出す事も容易だろう。問題は魔銀製の『鉄腕』の効果がどの程度のものであるかということだろう。
「魔銀の義手は盾としてもメイスとしても強力でしょう。故に、上半身を攻撃することはあまり得策ではないという結論になると思うのだけれど、どうかしら」
彼女の指摘に主従は頷く。
「ならば、膝や腿を狙った刺突が効果的か」
「刺突だけでは弾かれてしまいかねないわ。一撃で致命傷が与えられないのであれば、突きより薙ぎ払いで狙っていく必要があるわ」
「それでも、リーチは向こうが上で、得物が何かはわからないけれど、槍や両手剣ならこちらの方が攻撃しにくいじゃない?」
そこで……『飛燕』を使いたいが、短期間で習得するのも難しいであろうし、敵に塩を送るようなことになるのも困る。獣を狩る勢子のように魔銀のスピアでリリアル生たちが囲んで痛めつけるのも一つの方法だが、出来れば二人だけで最初から最後まで討伐させたい。
「一つ提案なのだけれど……足止めにこれを使うのはどうかしら」
「……なんだこの投げ縄のようなものは」
彼女が提案したのは吸血鬼対策用の『ボーラ』による投擲であった。
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翌日から、「豪華なカトリナ飯」でヴァイを釣り、オーガの代わりになって目標となってもらう事にした。下半身は勿論、上半身も安全の為に公爵家が用意した豪華なフルプレートを装備している。
「とても素敵ね……鎧が」
「流石公爵家ゆかりのフルプレートだわ!!」
「まあ、この程度のものが用意できないと、家名を損ねるから当然だ」
と、三人は会話をしつつ、練習用のボーラ(錘の周りにコーティング済み)をクルクルとまわしている。距離は20m程である。
「最初はお手本……になるかどうかわからないけれど、やって見せるわね」
距離が近い事もあり、三本の錘の中心の留具を持ち、クルクルと回転させると「やぁ!」とばかりに放つ。三本の錘が空中を回転しつつ、フルプレートに向かい一端が絡みつくとクルクルと錘の勢いで絡みつくのである。
「……人間が鎧着ている必要あるか? 木人でもいいんじゃないのか」
と、ボーラに絡みつかれたヴァイから非難の声が上がる。確かに、最初の投擲の練習は人間でなくとも構わなかっただろう。とは言え、最終的にはある程度人と対峙している状態で、背後から奇襲の様な形で投げつけ拘束することが望ましい。
「これ、オーガなら断ち切れないか?」
「今は魔力を通していないのだけれど、本来なら魔銀のメイスのような効果を持たせることを目的としたアンデッド用の暗器なのよそれ」
「ああ、魔力が込めてあれば簡単には裁断できないと」
彼女は頷く。
「カトリナ、カミラ、どうぞ」
「おお、少し……いや正対するくらい離れるべきだな」
「承知しました」
彼女から二人はボーラを受け取り、最初にクルクルとまわしてみたり、投げるフォロースルーをしてみたりする。
「最初は私からだ! なに、二人とも投げ縄の稽古をしたことがあるから問題ないだろう」
公爵令嬢が投げ縄の練習とは、猪狩りにでも動員されたのだろうか。
カトリナはクルクルと回転させると、初めてとは思えないほど上手く目標である完全鎧ヴァイに纏わりつかせることに成功した。
「悪くないな」
「ええ、効果ありそうだわ」
「では次は私が……」
カミラも同様に上手に命中させる。木人相手に練習する必要はなさそうである。
「では、いよいよ動いて貰えるかしら。最初はゆっくり、狙っている人間ではない側と対峙する感じでソロソロと武器を構えて様子を見るように動いてもらえるかしら」
「おう、豪華な夕食分くらいは活躍して見せるぜ」
ヴァイ……安い男であるが、良い奴だ。
「ガロの男は単純だが男気があるからな。言いたいことを言うし、直情型だが信用できる」
ガロとはボルデュを流れるガロ川以南の地域を指す。神国との国境であり、武の立つ男たちが多いことでも有名である。騎士より剣士に近い戦士が多い。
「内海に住む人ともちょっと似ているけど、スマートさより武骨さが売りみたい。船乗りも多いんじゃないかな?」
貧しい土地柄、外で稼ぐには傭兵となり船に乗るか都会に出るかといった選択肢のようだ。傭兵として稼いだ金で故郷に土地を買い、荘園主になるのがガロの男たちの夢なのだという。
「……詳しいわね」
「話し好きだからねアイツらは。皆同じようなことを言うから、覚えちゃってるのよ」
ニースに立ち寄る船乗りの中にもガロの男はそれなりにいて、耳タコなのだ。
今一つの課題は、ゴットフリートの右手が義手であるなら、得物は左手で握っているということになる。つまり、鏡合わせのようになる為、ある意味やりにくい。片手で持てる武器となると、メイスかウォーハンマーのような装備かもしれない。勿論、剣の可能性もある。
調査をしているのだが、得物を何にしているかに関しては実際闘争の現場を確認してみなければ結論が出せないのだ。つまり、直前まで分からない。
リーチがカリナで同程度、ミラがやや有利の可能性もあるが両手剣を片手で振るったり、魔導具である義手ならある程度握り込めるので、竿状の両手武器の可能性だって十分ある。
『魔導具の義手を使えば、魔力の消費も増えるから作戦的にはどっち転んでも悪くねぇだろう。迷うな』
『魔剣』の言う通りである。身体強化の暴走からのオーガ化、つまり、ゴットフリート自身は魔力の才能は有ったが、最終的には魔剣士や聖騎士のような存在になる事はなかった。なれば恐らく、徒党を組んで強請り集りをし、帝国の辺境の小城の領主で納まることはなかっただろう。
故に、魔力の消耗と暴走を促す為に、持久に徹するのは悪い事ではない。その上で、消耗を加速させる方法を加える事を考えるべきだろう。
「挑発することとかかしらね」
『魔物化した時点で正気はかなり低下している。元が小悪党なのだから、打算は出来ても思考は疎かだろうから、カッカさせるのはありだな。罵倒するのは手助けにならねぇから遠慮なく煽ればいい』
自分自身に卑しいところが無ければ罵倒されても意に介することはない。しかしながら、年老いてまで魔力を暴走させ王国の廃墟に逃げ込む段階で吟遊詩人が謡うような義侠の騎士でも何でもないことは確かなのだ。
『煽るの得意だろ?』
「失礼ね。事実をありのままに述べることが失礼に感じるなら、自らの行いを省みたほうが良いのでしょうね」
魔力が切れて動けなくなったヴァイの代わりに……ジェラルド参戦。食事にボルデュワインが付くことが条件だ!!
こうして、その週を連携と持久の練習に費やした二人はいよいよ『鉄腕』討伐に向かう事になる。
茶目栗毛と歩人に確認させたところ、ゴットフリートは確かに存在しているという。また、真新しい馬車の轍の跡が残っており、確認すると旧都の上流にある運河の始点となる街の作業現場に続いていたという。
恐らく、ゴットフリートを手引きし、食料を与えている存在がいるのだろう。以前から暗躍している者と同じであるだろうことは容易に理解できる。領地も接しているわけであるし、魔力を暴走させてオーガ化している傭兵を雇っていた実績も多分……あるのだ。
彼女は、その昔話に語られる『狂戦士』や『人狼』というものは、魔力を暴走させた魔戦士の成れの果てではないかと思うのである。




