第235話 彼女は修道騎士団の存在を理解する
第235話 彼女は修道騎士団の存在を理解する
王国の中にある王国が手出しできない存在。それが宗教騎士団であった。勿論、修道院や教会もそうではあるし、封臣であったとしても義務以上のものを王家は王国内の貴族に求める事は出来なかった。
修道騎士団が全盛期の頃、国王は王国に危機が迫った時に貴族が集うさいの取りまとめ役に過ぎず、今よりもずっと小さな領地しか持たず財力も戦力も僅かしか持たなかった。現在王領であるロマンデや南都、それ以外の旧都や聖都にシャンパー地域も独立した貴族の領地であり、王は現在の王都圏の更に一部を領する存在に過ぎなかった。
その日、ルーンから戻ってきた姉も子爵家に現れた。妹が実家に寄っているという事で、久しぶりの家族揃っての夕食を摂ることにしたのだそうだ。
食後、自室で調べもののまとめをしていると、姉が「聞いたわよ~」とどこかのメイドのおばさんの様な口調で部屋を訪ねてきた。姉もルーンで活動する際に、そういった王家に対する抵抗の端々を感じるのだという。
「その『十三日の金曜日事件』が起こったのが『修道騎士団』なのね」
『聖征』により、カナンに聖王国が成立すると、御神子の信徒は挙ってカナンに巡礼の旅に出た。天上の王国へ向かう事が出来ると信じられていたからだ。とは言え、貴族や富裕な者は法国から船で優雅に旅することができたのだが、貧しい庶民は乞食同然の姿でひたすら東を目指した者も少なくなかった。
聖王国において、巡礼者たちをサラセンや賊から守り、弱った者や貧しい者を助けるべく、九人の騎士が始めた事業が『修道騎士団』というものであった。
「今は無いのよね?」
「聖母騎士団が残っているわね。それと、帝国東方に拠点を持つ『聖帝国騎士団』も活動しているけど……王国内の修道騎士団は王家に吸収されたのよ」
「……ギッたわね」
「ええ、ポッケナイナイね……」
巡礼者を護る篤志家達の寄付が集まり、寄進により領地や資金が集まり始めると、その活動は変質し、やがて諸侯に融資をしたり国を跨いだ封建諸侯のように振舞い始める。
身分としては上には教皇猊下しか頂かない存在であり、その騎士団総長はいうなれば王家と同格と言うことにもなる。各国に支部を設け、その支部は王宮の城塞より強固で堅牢であった。
「王都にも残っているわ。今は、王太子宮扱いだけれど、実質的には財務卿の為の金庫よね」
「山手の商人区画にある大きな城塞ね」
最初の王都の城壁ができた際、修道騎士団王都支部はその外側の敷地に独自の城塞を築いていた。当時の王都の胸壁の厚さが3mに対して4mの厚さ、高さも10mあり、二十を超える円塔を有していた。中央のダンジョンは五階建てであり高さは40mを越え、王都のどの建物よりも高かった。
王都を訪れるものは、そのダンジョンを目印に歩いたとさえ言われる。
当時、王国内の修道騎士団には七百の拠点と数千の騎士とそれに数倍する従士がいた。ほとんどが『異端』とされ処刑された……と言われる。
「教皇でなければ処罰できない存在を、王国が勝手に処刑するっておかしくないかしら?」
「当時の教皇猊下はボルデュ大司教から国王陛下の強い後押しで就任した方で……ずっと王国内で暮らしていたのよ」
「ああ……それはどうとでも出来るわね」
法国の教皇庁と敵対していた当時の王国の国王は、武力を背景に教皇人事を自分の影響下にある者にするべく活動していた。何人かの短命な教皇が教皇庁で御神子教皇となったが、最終的にボルデュ大司教を教皇に据える事ができたのは、教皇を選ぶ枢機卿を王国人で固める事ができたからである。
「なら、その資産は協力してくれた王国の貴族たちが山分けしたわけね」
「借金もチャラよね。恨まれない方がおかしいわね」
「……そうね。今の王家とは直接つながらないけれど、王国を恨む気持ちはあるでしょうね。納得だわ」
似たような経緯があり、『聖帝国騎士団』も解散こそしていないものの、領地は『プロシ公国』として世俗化しているが、スポンサーは『商人同盟ギルド』である。つまり、騎士団とギルドが領地争いをし、勝ったのはギルドであったということになる。帝国をさらに都市商人に有利にしたような国と地域であるから、今のところ弱小国家と見なされている。
現在は隣接する原国の保護国扱いであり、最後の騎士団長が原神子教徒に改宗し、原神子の支援を受けようとしたが失敗……今では原神子派の統治する国となっている。ギルドの影響を考えれば妥当だろう。
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「『衆道騎士団』ね、なんだかホモホモしい響きだね☆」
「……音は同じなのだけれど、文字が違うわよ姉さん。修道士の修道よ」
修道騎士団に関して、姉のもつ情報も確認してみようと話をしたのだが、以上の内容である。
「でも、今の商人のやり取りの中の金銭的な部分は、あの団体のノウハウを取り入れたものなんだよね」
多くの国に跨る領地からの収益を聖王国で活動する騎士団に届けるために、各国にある支部やその下にある管区(支部の支部)を用いて効率よく資金の移動を行う術は、『商人同盟ギルド』も大いに注目している内容であった。
「『商人同盟ギルド』……めんどくさいから『同盟』ね。ライバル関係であった面もあるけれど、切磋琢磨する関係でもあったんだろうね修道騎士団とさ」
実際、小さな領地ごとに区切られていた王国は、修道騎士団の交易ルートを吸収し今の姿への変わって言ったと言える。帝国の場合、『同盟』の存在がある為、小さな領地がそれぞれ皇帝の元に独立しても経済的にはあまり困らないと言える。大きな都市は自治が進んでおり、封建領主が手を出せない程の独自の武力をもつことができている。
一つは市民と呼ばれる有産階級・ギルドに所属する商工人が自らの資産で武具を買いそろえ市民兵として戦場に出ること、今一つは、市民から集めた税で雇った傭兵の存在である。
『年貢』とわずかな『税』で集められる兵士は限定的であるし、『兵役』も限りがある。基本は年間四十日までであり、それを越えれば傭兵同様、賃金を支払う必要がある。腕自慢の帝国騎士や下級貴族は半ば傭兵化している者も少なくないのだ。
「でさ、その解散したホモ騎士団は一体どうなったのかな?」
「……衆道ではなく修道よ。処刑まで至ったのは極少数なのよ」
騎士団長とロマンデ管区長は、取調べでは『異端』であったことを認め、悔い改め許されることになっていた。取調べには拷問が用いられ、自白が強要されたという。貴族ではありえない取調べであったのだろう。
「判決の日にね『異端であった事はない!!』と前言を翻したの」
「ああ、それで、異端であったものが悔い改めたはずが『異端』に戻ったということで……火刑に処せられちゃったわけだ」
王国の南部でも『タカリ派』という異端の教徒が王国と教皇庁に反旗を翻したことがある。修道騎士団が解体される五十年程前であろうか。その時も、大半の信徒は異端を認め改宗し、罪を許されている。認めなかった者や二度目に異端と見なされたものが火刑に処せられている。
『それな、タカリ派の奴らから修道騎士団に逃げ込んだ奴らもいたんだぜ』
王国と対立する勢力同士であったことが理由か、タカリ派の教義と騎士団が通じるものがあったのかは分からないが、その時点で王国は騎士団の解体を目論んでいたのかもしれないし、教皇庁も守る気が無くなっていたのかもしれない。
「でもさ、その騎士団の団員って戦争すっごく強かったんでしょ?」
信仰に裏付けられた修行の果てに戦場があり、敵対するのが神の敵であるとすれば、士気は常に最高であり、退くことなく死ぬまで戦う集団であったのは間違いないだろう。当時の、教皇の護衛を修道騎士団が担っていたことからもその強さと信頼が見て取れる。
「強すぎる存在と言うのは、権力者にとって許し難い存在なのかもしれないわね」
彼女がそう呟くと「妹ちゃんたちも気を付けるんだぞ!!」と姉は言葉を繋げた。
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男爵の手記や当時の記録を紐解くと、『修道騎士団』がいかに隔絶した存在であったかを理解することができる。王国を二分する勢力であったのだ。
そして、修道騎士団が解散した後、幹部の何人かは終身刑を受けたが、大半の騎士達は釈放され自由の身となった。あるものは修道士として生きることにし、あるものは傭兵となり戦場に身を置き続ける事になった。
そして……
「王家の今の騎士団って……この時の釈放されたメンバーが基幹要員になってるじゃない?」
『ああそうだな。数年間裁判にかけたんだよ。三部会や王都大学でいかに罪があると認めても、罰する権利は教皇と公会議にしか存在しないからな。公会議は問題に結論を出さず、教皇は時間稼ぎをしたけどそれだけだ』
スポンサーの意見は否定できないが、教皇としての立場を否定する認定を行うわけにはいかない。つまり、助けることも罰する事も出来ずに、修道騎士団の解散に向けて差し押さえた王国内の騎士団財産の処分が次々に行われていった。不動産も動産も出来る限り換金し、接収してしまったのだ。
「土地なら返せと言われかねないから売りとばしたわけね」
『そうだ。結局、最終的に解散になった後、修道騎士団の機能や人員は『聖母騎士団』に引き継がれたんだ。だから、王国外には聖母騎士団に組み込まれた修道騎士団の系譜が残っている。神国はそのまま騎士団として名前を変えて残したりしたな。神国支部ごとだ』
彼女は知らなかったことであるが、残党は様々な王国周辺に逃げて現地の『修道騎士団』の団員と合流し活動を継続していると言われているのだ。
連合王国では財産の没収こそ行われたが、異端審問に関しては拷問も行われず、管区長を始めとする幹部も精々城に軟禁される程度で済んでおり、裁判も行われたが『無罪』とされることが多かった。
その中で、気になる後日談が記録されていた。
王国管区長が連合王国に敵対する北王国にまで、配下の騎士達を連れて修道騎士団の財宝と共に海を渡り加わったというものである。連合王国に渡った幹部も少なくないという。
「調べれば調べるほど、今起こっている様々な魔物騒ぎと言うのは、この騎士団にまつわる様々な因縁が引き起こしているような気がするわね」
『そうかもな。王国の南部や西部では今のところ事件は起こってないしな。
王家ゆかりの場所ばかり……というか、子爵家が巻き込まれるのはその辺りにしか事件は関係ないんだけどな』
因みに、その当時の王家は次の代で断絶し、修道騎士団の解体を主導した王の家系は途切れている。今の王家はその分家筋が継いだものなのだ。処刑される場で、騎士団長が王国と王家を呪ったという噂が流れていたそうだ。
『ねぇな。だってよ、ワイトでもリッチでもなれば意趣返しはできただろ? レイスでもいいけどな』
「最近ようやく召喚できるようになったのかも知れないじゃない。政争に負けた故の処刑だったのだから、仕方ないのではないかしら」
負けた王家の血族が後顧の憂いを無くすために皆殺しにされるのは良くある話である。修道騎士団は血縁を持って成り立つわけではないから、その組織自体を根絶するしかなかっただろう。最後に和解を反故にし異端として処刑された騎士団長は、ある意味自棄になっていたのかもしれない。そのまま何もしなければ死ぬまで幽閉であったろうから、緩慢な死を人知れず迎えるより、自分たちには非がないと抗弁した上で処刑されたかったのだろう。
「その後、百年戦争に突入していくのよね」
『ああそうだ。最初の頃は俺も起きてたが、その後はよくわからねぇな。王都も一時期、連合王国軍に占領されていたしな。一応、男爵家は王都を管理する総監の家って事で、継続して仕事させられてたけどな』
文官の家ということで、連合王国の占領下でも普通に仕事をしていたという。
彼女の知らないことは余りに多く、知り得ることは極わずかにすぎない。王家が百年戦争の後、連合王国の領土を全て大陸から奪い、王国の一部と為してから随分と経つが、いまだ一つのまとまりには程遠い。まだまだ時間がかかるのだろう。
『難しいな。王家の戦争と王国の戦争は違うからな』
『魔剣』曰く、領主におさめる『年貢』は土地の使用料兼権利の担保であり、教会に納める十分の一税も教会に所属する信徒としての義務である。それ以外に王家が徴収する『税』というのはそもそも、後からできた臨時の徴収に過ぎないのだという。
『ほんとは、王が戦場で捕らえられたときの身代金と、王太子の騎士叙勲、長女の婚姻、聖征の時にしか徴収できないもんだったんだよ』
王は王国内に臨時に『税』を課すことができた。理由は四つの内容のみなのだった。それが、聖征を何度も発動したり、王が戦争で捕らえられたりした結果……百年戦争の時に三部会で何度も徴税を認めさせる事になった。
『三部会ってのは、王様が好き勝手理由をつけて税金を掛けないように話し合う場でしかないんだよな。で、その中で、なし崩しに恒常的に税金を掛けることを認めさせて……現在に至る』
小さな領主では自分たちを護れないという事で、王家に直接庇護を求めるようになったのだ。一つは王家が『特権』を与える対価に税を納め、王の庇護下に置くことで、周囲の領主たちから守ってもらう手法だ。
「それで、小さな領主が王家の臣下に吸収されたりして、今の様な体制に変わってきているのね」
『そんなところだ。王国内の税ってのは王家以外は課せられない。だから、王家は時間の経過とともに大領主になり、力を蓄えることができるようになって来たわけだ』
今の時点でも王家の持つ騎士団は、他の貴族のもつ騎士団全てを合わせた戦力を越える存在である。百年戦争以前は、そうではなかった。修道騎士団解散前は……さらに貧弱であった。
「どの道、我が家は王家に付き従うしかないのだから、自分のできることを為すだけよね」
『それがこの家の在り方だからな。悪い事じゃねぇ。でも、まあ、王家が大きくなればなるほど恨みも大きくなる。近くにいるお前らもその影響を受ける。望んでいた将来とドンドンズレているけどな……』
珍しく、彼女の感傷に近い思いを口にする『魔剣』である。多少は、自分の置かれている状況が不本意であるという事を認めてくれているのだろう。
「それでも、リリアルは続けていくわ。いつか遠い将来、修道騎士団のように解散させられるかもしれないけれど」
先のことは判らないし、どこまで何ができるかも見通せない。それでも、彼女の周りのために、自身が仕事をしなければならないと考えているのは納得している。
『それはねぇよ。大体、リリアルは金持ってねえだろ?』
王家をしのぐ資産と収入を持っていた当時の修道騎士団から比べれば、スズメの涙ほどの資産しかない彼女である。それも、学院も借りものであるし、王家の臣下の一人にすぎない彼女たちは、王家と対等であった今は亡き騎士団と大いに違う存在であるから……そんな心配は無用なのだ。
生かさず殺さず……といったところだろうか。




