第25話 彼女は王妃に呼び出される
第四幕『レンヌ』
彼女と伯姪は侍女として王女の婚約相手となる『レンヌ』へ同行するよう、王妃様に依頼される。準備を整え、情報を集め、彼女は旅立つ
第25話 彼女は王妃に呼び出される
王都に戻り、彼女の仕事は再び薬とポーション作りに戻っていた。騎士団の巡回が軌道に乗り、討伐依頼も減ってしまったため、護衛と素材採取以外の依頼が激減し、脳筋冒険者が王都を離れていくようであった。
「治安が改善されて、商人も安心して仕入れができるのでいいことなのだけれど、冒険者にとっては痛しかゆしなのね」
『楽して金儲けしたいようなやつは長生きできねえのさ。傭兵になるか冒険者になるかってやつらはいない方がこの辺の治安にはいいだろ』
冒険者と傭兵の違いは、戦争で仕事をするかしないかの違いくらいだろうか。賃金体系とか雇用体系は似ている。とはいえ、傭兵の仕事がいつもあるのは正直困るが、ないからと言ってその辺にいてもらうのもまた困るのである。
1か月ほど間が空いたので、ポーションを卸しに行くと、ギルドでは喜んでくれたのだが、活気は幾分減っているのは、討伐依頼が減っているからだろうか。
「お久しぶりですアリー」
「御無沙汰してます。依頼が減っているんでしょうか」
「ええ、安全になったので、採取も自分で出来る人も増えましたので、全体的に王都のギルドの依頼が減り、冒険者も移動していますね」
王都の東、帝国との境目や北の連合王国との境目に移動する冒険者も多いようだ。とはいえ、その辺りは、装備のいいオークやハイオークの討伐依頼が多いので、高位の冒険者が主体になる。白黒等級は先のないものは引退を考える時期になるのかもしれない。
「他の支部のことはここで分かることはありますか」
受付嬢は首を振る。まあそれはそうだろう。ニースに行く途中で山賊を討伐した件で、気になることを伝える。
「王都でも話題になってるんです。ゴブリンの後は山賊かって!」
「……姉と護衛の騎士様がほとんど倒したんです。私がしたのは、目くらましの油を撒いたくらいで」
「そうなんですね。御姉様も魔術をお使いなんですね」
「そうです。私より、魔力も強くて昔から有名なんです」
受付嬢は貴族の令嬢として、姉が有名であることを知らなかったのは当然なのだろうが、夜会や茶会では恐らくかなり色々聞かれることになるのだろう。ニース辺境伯の令息を婿に貰い、商会を開くことはこの先、ワンシーズンは社交界の話題に上り続けると彼女は考えた。
話を戻すと、山賊が傭兵崩れか隣接する領主の部下ではなかったかと説明する。つまり、山賊の討伐依頼のない支部はグルではないかという推理である。
「……他の支部のことはわかりませんが、ギルマスには情報として伝えておきます。指名依頼、お願いすることになるかもしれません」
「承知しました。薄赤の皆さんと受けるようにお願いします」
受付嬢は二つ返事でその話を受けたのである。
『また、余計なことに首を突っ込むのかお前は。王都の民のことだけにしておけよ』
魔剣の言う通りなのだが、そうも思えないのだ。姉や辺境伯の一家が襲撃されることも考えられるのだし、あの人攫いのようなことを、領主も絡んで行っているかもしれないのだ。
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さて、その後しばらくして、久しぶりに王妃様からの茶会の誘いが来る事になった。今回はありがたいことに、姉も呼ばれている。
「あー 何着ていけばいいのかしらー」
社交慣れしている姉は、王妃様だろうがあまり気にしていないようである。どう考えても、姉の婚約と噂になっているニース辺境伯領での事件について聞きたいだけなのだろう。王妃様と王女様の聞きたいことは想像に難くない。
「昼間のドレスであれば、あまり派手でなければ問題ないでしょう」
「そうだけどさ。これから、社交も増えるから、少し誂えた方がいいよね」
確かに姉はそうだろう。婚約者として、あちらこちらであいさつ回りをするだろうから、あまり数が揃っていないのも困る。既婚者用のものに切り替える必要性もある。
「あなたの分もだよ」
「……なぜなのかしら」
「ああ、聞いていないのね。王女様、レンヌに行かれるのよ。将来的には、レンヌ大公妃ね」
姉の王都不在の間に起こっていた情報を、この期間で整理した結果、10歳の誕生日を機会に、正式に婚約者を決めることになっており、恐らくブルターニュ公爵の嫡子がお相手になるというのだそうだ。
「王都からはそれほど離れてはいないけど、ある意味大変よね」
元々王国は、外敵に対して緩やかな連邦国家として成立してきた歴史的経緯がある。今でこそ、王・公・侯・伯と別れているものの、領土を持つものは全て「君主」とされていた。外敵の侵入に対して、相互防衛を行うための総司令官が王家というだけで、最初はそれほど王家の力は強くなかったのだ。
王都が建設されたころ、王家は「ルーテシア公」であった。これが、御神子教の教皇から「王国王家」と認定され、代表者となったことが始まりなのだ。長い間婚姻や譲渡を受けながら他の「君主」の領土を吸収し、最大の勢力となったのが現王家なのだ。
王国には、「同輩公」という制度があり、王国に所属するが、王家と同格と見なされる家がある。その一つが、レンヌ公なのである。
王と公の違いは、教皇に認められているかどうかの違いであり、格としては変わらないのである。だから、扱いも難しく、王家の方針とは合わないこともしばしばなのだ。
「どうなるんだろね。叔父が国王ってことは、俺も国王になれる血筋だとか言い始めないといいけどね」
「でも、娘だけなら娘と王家の王子が結婚して王家の元に統合されるから、これはどちらの目が出るか賭けでもあるのよね」
女系でも相続できる王国では、そうやって吸収してきた領土も複数あるのである。
「でも、それがどうかしたのかしら。まだ、結婚は当分先よね」
「そうそう、王女と公太子の顔合わせ? があるんだよ。王女様が1か月くらい向こうの城に滞在するんだって。まあ、結婚するまで全く知らないってのも揉める元だしね」
金髪碧眼の絵に描いたような美少女様だから、たぶん、公太子もズキュンとハートを打ち抜かれるだろう。あうなら早い方がいいだろうと彼女も思った。
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「……というわけなのよ~」
「素晴らしいですわ。妹なら、王女様の護衛も問題なくこなせますわ」
「ははは、『妖精騎士』の護衛なら、敵地同然の『何を言うのかしら。今は親戚同然でしょう。口を慎みなさい』……王宮のように安心です」
王妃様は今回、彼女を護衛にするつもりである。まあ、騎士爵として、受けねばならない指名依頼なのだろう。タダではないのだよねやっぱりさと彼女は納得することにした。
「大丈夫でしょうか……」
王女様、私も心配ですと同意する。今回は、騎士団も近衛中心にある程度同行させることになっているので、山賊の心配はなさそうであるが、正直、近衛の女性だとかなり年齢差があり、また警護はともかく、侍女としてはそれなりに不安なのだそうである。
「侍女の真似事は難しいかもしれませんね」
「いいのよ、しばらく王宮で見習いとして来てもらうから。子爵にはお話ししてあるのよ」
知らない間に、親同士というよりは、臣下に命令をしていたのだそうです。子爵、男爵は王家の直臣なので、命令は遵守しなければならないし、まして彼女はただの令嬢ではなく騎士爵でもあるのだから逃げようがない。
「ご一緒いただけるなら……安心です……」
「……不肖の身ではございますが、誠心誠意務めさせていただきます……」
「あら、良かったわー。それに、悪い話じゃないのよー、短い期間でも王女付きの侍女をしたというのは立派な淑女の経歴ですものー。少なくとも伯爵夫人以上にはなれるわー」
なるほど、そういうことですかと彼女は理解した。恐らく、王女の側近を育てたいのであろう。彼女は遠からず大公妃となる。その時に、相談相手となったり、支えてくれる存在を選んでいるのだろう。
「重責だけど、やらないとね。子爵家のためにも、あなたの将来のためにも」
小声ではあるが、姉が真面目な声で伝えてくる。まあ、侍女を永遠に遣れという意味ではなく、王女の近しい存在として、王家を支えるのも子爵家令嬢の仕事ということなのであろう。
「ええ、承知しているわ」
彼女は不安に思いながらも、ニッコリと淑女の笑顔で答えることにした。
彼女には一つ策があった。一人で侍女を務めるにはいろいろ問題がある。故に、仲間を集めることにした。
『まずは私ですね主』
「ええ、使い魔として王妃様には紹介するわ。一先ず、旅の間は王女様付きの猫よ」
『ふふ、考えたなお前。それなら、王女の危機を察知した時に、とっさに対応もできよう』
使い魔というよりは、番犬ならぬ番猫として教育してある特殊な契約の精霊であると伝えるのである。欲しいと言われても、契約を解除することは出来ないと念を押すつもりである。
事実、猫は彼女を守るためにこの世に残っている存在なので、王女と契約することはできないのであるが。
「今一人は、伯姪を誘うのよ」
『あのものであれば、頼ることもできよう』
『身分的にも侍女でおかしくないでしょう。こちらで縁づくにしても、王女様と昵懇というのは、側近の法衣貴族にとってもプラスの査定でしょう』
伯姪は彼女とは太陽と月のような関係であり、王女様を元気づけたり、楽しませたりできる存在になり得るだろう。王都での婚約者探しにも大いに貢献してくれる。ならば、辺境伯家にも子爵家にも文句はないはずだ。
なにより、彼女がそれを望んでいるのだ。
城から下がり、王妃様からの依頼が正式であることを確認すると、彼女は子爵に伯姪を共に侍女にすることを提案した。
「そうだね、いい提案だ。まだ会った事は無いが、辺境伯領で起こった事件を二人で協力して解決したと聞いている。それに、王都での人間関係を大きく後押ししてくれる縁を結べる」
娘の心配もしろよと内心思いつつ、笑顔で同意する。とは言え、手紙を書き準備をしてもらうとしても、辺境伯一行がこちらに来るタイミングは丁度、王女とレンヌ公領へ向かう時期であり、事前準備ができない。
「その点は、辺境伯家で彼女に侍女の教育を施してもらうことにするさ。なに、行儀見習いだと思えば、夫人にお願いしても問題ないさ」
確かに、辺境伯夫妻か御隠居夫妻にお願いして、侍女の仕事を覚えてもらえばいい。恐らく、夫妻も本人も楽しんで教え教えられるであろう。なかなかそれもいい提案に思える。
「侍女の衣装は王宮でお仕着せがあるから問題ないだろうが、化粧は覚える必要があるだろう」
子爵の言う通りではあるのだが、母も姉も貴族の夫人・令嬢のメイクはわかるものの、いわゆる勤め人メイクは知らないと思われるのである。
「そうだね、知り合いにお願いするとしようか」
「……ありがとうございます……お父様」
父の知り合いに、侍女をしていた方がいるのかと思い、彼女は意外な縁があると思ったのであるが……
「母上に頼むのだよ。久しぶりに会ってきてもらえるか」
「かしこまりました……」
前子爵夫人。今は離れた王都の中のアパルトマンに一人の使用人と共に暮らしているのである。そういえば、祖母は若い頃王宮で侍女をしていたと聞いた覚えがある。まあ、厳しい人だとは思っていたのだが、納得いく理由である。
「ついでに、侍女としての心得も教わっておきなさい。そうだね、1週間ほど同居して教わればいいね」
「……ありがとうございます……」
という事で、彼女は子供の頃から苦手である、祖母の家にメイクを習いに行くだけではなく、侍女見習のブートキャンプに行くことになった。恐らく、王妃様からお話があった時点で、父の腹の中で閃いていたのであろう。姉の策士ぶりが目立つものの、父はその大元でもあるので、こういう時に容赦がないのは昔からなのである。
「『代官の娘』の話も聞きたがっていたから、丁度いいね。久しぶりにゆっくり話しをしてくるんだね」
そういえば、祖母もその話に関しては……いや、考えるのはやめておこう。嫌なことはその時だけでいいのだから。
翌日、既に内々に依頼はしていたことであるから、子爵は出勤前に彼女を馬車に乗せると、彼の母の待つアパルトマンへと娘を連れて行くのであった。急いで用意した1週間分の用意と、町娘が着るドレスをカバンに収め、猫をつれてである。
「……猫もかい?」
「ええ、王女様との旅に同行させるつもりですので。少し、知らない人にも慣れさせようかと思いまして」
「それはいいね。ニース領までの長旅の時も癒されたと聞いているしね」
実際は、あの厳しいおばあ様の盾になってもらいたいという思いもあるのだが、それは言わぬが花であろうか。
大通りから少し離れた市場と商業地区にほど近い比較的裕福な市民が居を構える一角に、祖母の住むアパルトマンはあった。これは、裕福な商人や独身の貴族がフロア毎に借りている物件で、祖母の部屋は2階である。家賃は高いが、階段を何段も登るのは年齢的に大変なのだろう。
門衛に声を掛け、訪問の旨を告げる。話は事前にあったため、特に誰何されることもなく中へ通される。彼女はこれから数日お世話になる旨を門衛に伝え軽く会釈をした。
大きなカバンを持ち、階段をのぼる。ドアの前に立ち、ノックをして訪問した旨を告げると中から、厳しくも懐かしい声が聞こえてきた。




